第11話:新ジャンル、ショタジジイ
――【碑賀暁】という【悪役】の軌跡――
碑賀暁はかつて世界を救う為に悪と戦った改造人間だった。
それは彼が十八歳だった頃の話。
暁は世界征服を企む悪の組織に誘拐され、そこで改造人間へと作り変えられた。
本来なら彼はそこで人であった事を忘れ、ただ殺戮を繰り広げるだけの存在となるはず、だった。
しかし彼はそうはならず、組織から逃亡。
その後、彼は自身をこんな風にした組織への復讐心と人々を悪から守りたいという思いから【主人公】となる。
戦いは四十年にも及び、暁は様々な仲間との出会いや別れを繰り返しこの戦いに勝利した。
だが――
彼はその組織との最後の戦いに参加する事は出来なかった。
最終的にその組織を滅ぼしたのは、当時の暁より強大な力を宿していた魔法使いや超能力者達の小隊。理由は適材適所。改造人間が都市に放たれ破壊の限りを尽くそうとするのなら、その存在を瞬時に抹殺出来る存在に対処に当たらせるのが良いと【聖なる鎖】は判断したのだ。
当時の暁の実力はお世辞にも高いとは言えず、唯一の長所といえば不老であった。
だがそれも今となっては疎ましい力。
本来なら――碑賀暁は堕葉薫と同い歳。嘗ては同じ高校に通う幼馴染だった。
【終劇】から二年。本当の彼は今年で六十歳。しかし肉体は十八歳の時のまま。
当時守ると誓った女性――堕葉薫とは最早孫と祖母ほどに歳が離れている。
その現実が彼の胸を締め付け、今の暁にとっての呪いに等しい。
そんな業を暁に背負わせた組織。彼はその組織とこの上ない因縁があったにも関わらず、その結末に関わる事が出来なかった。
不満がなかったと言えば嘘になる。しかし当時の暁が敵の改造人間と戦って被害を出さずに解決出来たという保証は何処にもなく、寧ろそちらの方が難しかったろう。
何人もの犠牲を出した上での勝利だったかもしれない。
何より重要なのが人命であるのなら、これは正しい判断だったと他者は言う。けれど――
自分の四十年間はなんだったのか……。
こうして暁は戦う理由と存在――二つの意味を失った……。
これが暁の【終劇】だった。
今――【聖なる鎖】を除隊され、自警団の一員として働いている。
相手はもっぱら強盗や強漢。満足――と言えば嘘になる。
だが骨のある悪人は皆他の【主人公】たちの獲物だ。
それに他者の獲物を取る事は自分がやられた事を誰かにする事に他ならない……。
そんな悲しくも充実した日々を甘んじて過ごしていたそんなある日だった――
その子が現れたのは。
◇ ◇ ◇
「こんばんわぁ」
その日の夜、工房の椅子で寝ていた暁の傍らに一人の少女が立っていた。
「……!?」
一言でその少女を表現するなら――【死霊系少女】が適切だったろう。
実際にどうであったかは問題ではない。その少女はおおよそ生気と呼べるものがまるで感じられず、とてもこの世の生物とは思えないほど――怖いくらいに美しかったのだ……。
癖のない腰まで伸びる髪は不思議な純白の色を宿し、所々で銀色の光沢を放つ。
まるで童話に出てくる雪の妖姫の様で、現実にこんな髪の色はあり得ない。
それが暗い部屋の中でもはっきりと認識できる。
さらにその純白は髪だけでなく、まつ毛、眉毛に至るまで、肌さえ同色と見まがう程の透明さを持っていた。
対照的に瞳は黒過ぎるほどに黒く、見ているだけで吸い込まれてしまいそうなほどの深淵。
まるで目に入る光を一切反射させず、永遠に屈折させ、二度と外に逃がさない様な……。
しかし真っ黒であるその瞳は、何処か微細ながらも光を発している様にも見える。
それは瞳が潤んでいるから光を反射して光っているのではない。もっとこう瞳自体が光源であるかの様な、例えるなら暗闇で光る魔物の如き眼光。
故に――怖い。
この少女は美し過ぎた。
少女を――同じ生き物と認識出来ない。
生きているのに生きていると思えない。存在しているのに幻としか感じない。そんな少女は細工めいた掌を暁に差し出しこう述べる。
「碑賀暁さん、私と契約を結びませんか?」
「契約?」
その声は少女から受けた連想に反し、歳相応に澄んでいた。
だがそれはあたかも【悪魔】から契約を持ちかけられたかの様であり、少女の微笑む姿から何処となく危険な媚を感じる。退廃的な雰囲気が、倒錯した美を作っていた。
「暁さんはまた人々から必要とされたくないですか?」
「何だ。君は……」
彼女は話し始める。己が何者か。契約とは何なのかを。そして――
彼女の言うもう一度人々から必要とされる方法を……。
そして見る。
この世界の真実を……。
少女は暁に全てを伝えた。
暁はそもそも根本的にこの少女を勘違いしていた。
何故なら彼女は――はなから人間などではなかったのだから。
数秒後――暁は憑かれた様に少女の手を握り返し契約を交わした。
「協力しよう。世界の為に……」
「ありがとうございます」
彼女は最後に、その組織の名を告げる。
「【平和の鷹】――今日から貴方はその翼の一枚です」




