ここは幕が開く少し前の、舞台の上
やばいやばい神器揃っちゃったよ。最終戦の作戦なんて「囲んでみんなでボコる」っていうのしか立ててないのに。どうしたものか。
「き、今日来ますかね」
「そう思っておいた方がいいでしょう。ゼカユスタさん、魔王軍の方々に召集を」
そう指示をするトアを見て僕はぷるぷる震える。今日来ませんように! 頼むぞ! あと3年くらい来なくてもいいんだぞ。3年も待たせてたらみんな怒りそうだけど。
「そういえば、神器を狙ってくるのかな? それとも船?」
「船ってそういえば見たことないですね」
「案内しましょう。船は破壊されてもそこまで問題ないんですよ、作り直せるので。神器でしょうね」
じゃあ神器のところに来るだろうから、どこで迎え撃つかって話になるのか……。
「これが船です」
「わー! なんか鉄の塊みたいなんだね。あたしの知ってる船とちょっと違うなぁ」
トアが武器屋の裏の倉庫みたいなところに案内してくれ、僕らは初めて船を見た。……なんか窓のない宇宙船みたい。大きさは普通の家くらい? ふむふむ、これで世界を越えるのか。ロケットに点火! とかするのかな? あれカウントダウンってかっこいいよね。その役目に名乗り出ようかなぁ。無事に終われば、だけど。
「あとは神器を組み込むだけです」
「なるほどなるほど。で、これを動かす時って大量の魔力がいるんですよね」
「いえ。そこまで大した魔力はいりませんよ。わたし1人でもなんとかなります。だって、そもそも私1人で渡ろうとしていたくらいですから」
「あ、そういえばそうでしたっけ……」
じゃあ神器の能力でなんか楽に超えられる、みたいな感じなのか。ふーん、と僕はなんとなく頷く。……ただ、それに続いたトアの言葉がなんとなく気にかかった。
「――そもそも、世界を越えるのにそこまで大量の魔力が必要だというわけではないんです。世界の端、言うならば世界の果てを超える際には多少魔力を使いますが、それくらいで。世界と世界の間にある何もない空間を移動する際にはほとんど魔力は使いません」
「……あれ……?」
……そうだっけ……? 何か、世界を越えるためには大量の魔力がいる、ってイメージがあったけど。あれはどこで? 誰かが言ってた? いかん、最近疑問に思ったことがすぐぱっと出てこない。後でちゃんと思い出そう。
「世界の果てってなんかカッコいいね! じゃあこの船に乗ったら、それを見られるってこと?」
「別に見られはしません」
「そっか、窓もないもんね。なーんだ。つまんない」
「つまらなくないです」
……世界の果てってどんなのなんだろう。やっぱり境界線みたいなのがあって、それを超えたら違う世界! みたいな感じなのかな? でも世界を越えて元の世界に戻れたとして、どこに出るんだろう。木星の内部とかに出たら目も当てられない。木星の目玉模様みたいなのって台風らしいんだけど、地球が2、3個入るんだって。意味分からないよね。規模が大きくなりすぎるとイメージできなくなっちゃう。
「ねえ、どうしたの?」
僕が考えこんでいると、ゼカさんが僕の方を覗き込んできた。
「いえ、世界の果てってどんなのなのかなって」
「ねえ、見たいよね!」
「ですからただ単に、この世界と何もない空間との境界線、というだけです。見てもわかりませんし、特に何もないですよ」
「なんかがっかりですね」
「ねー」
「がっかりじゃないです!」
* * * * * * * * * * * *
さて、さっき疑問に思ったこと。世界の果てを超えるためには大量の魔力がいるって、どこで聞いたかな? えーっと、魔力魔力……。
僕は2人と別れて部屋に戻った後に考え込んでいた。朝にまた集合ということだから、まだ少し時間はある。寝ないとだけど、僕って寝なくてもそこまで疲れないし。人外万歳である。あ、そうだ、魔力といえば……。
そういえばちょっと違うけど、僕に魔力の線が生えてる、みたいなことってなかったっけ。あれって結局ほったらかしだったような……。えーっと、線、線。僕が自分を探ってみると、魔力の細い線は変わらず僕からひょろっと生えていた。これって結局なんやねん。……よし、追ってみるか。なんか良くないものだったら困るし。最終決戦前に心配事は清算しておいた方がいいよね。
ところが。魔力の線は細いので、集中してないとなかなか追いかけられなかった。すぐにどこにあるか見失ってしまう。……あ、またどっかいった。ふむ。これは何かやり方を考えた方が良さげか……。ふむふむ……。
そもそも僕って何かを追いかけるのってあんまり得意じゃないもんね。えーっと。生えてると思うから駄目なんだよ、たぶん。自分の一部だと思ったら、追っていけないかな? ルート先輩が言ってたように、自分と相手の境界を無くす、みたいな感じで。僕から生えてる魔力の線も、僕自身だとイメージしたら。僕自身がどこにあるかはさすがにわかるはずだから。……どうだろう。
僕は目を閉じて、まずは魔力の線がどこにあるかを把握した。その状態で、魔力の線と自分が一体のものだとイメージする。だって生えてるんだからもう一部みたいなもんだって。いけるいける。そのまま何度か深呼吸をしていると、自分自身と魔力の線の境界がぼやけていくのを感じた。うん、髪の毛が一本だけ長い、みたいな感じだ。よしよし。あとはこれを追っていくのみ。どこに続いてるんだろう。
僕が線を追っててくてくと歩いて行くと、なんだか自分が魔法学校の方に向かっているのに気がついた。……あれ、これ学校行っちゃう? あの学校ってこの魔力の糸で生徒を把握してたりとかするの? 怖いんだけど。今更ながら、トアとかゼカさんを誘うべきだったか。でも、もう夜遅いしなぁ……。深夜の学校とか1,2を争う心霊スポットだし、トアとか絶対来なさそう。
後悔しながら進んでいくと、不意に魔力の線が曲がった。……あれ? 学校じゃないんだ。じゃあどこやねん。
そして僕が辿り着いたのは、なんだか見覚えのある場所だった。建物が取り壊されたらしく瓦礫が散らばってるけど、ここって確か、ウルタルの研究所なのでは……。でも、ここまで来たけどもう崩壊してるっていうか、何もなさそうだけど……。
それでも魔力の線を辿ってみると、線は地面に向かっていた。なんと、僕はいつの間にか地面から生えていたらしい。道理で日光でお腹いっぱいになるわけだ。……いやでもみんなから生えてた、ってトアは言ってたっけ。とすると、関係ない? それとも異世界の人は地面から生えるのが普通なの? いやいや野菜じゃないんだから。けど地面に行きついたらもうその先なんてもう……あ。
そんな時、ふと先輩が言っていた一言を思い出した。「研究所が取り壊されても、地下の本部は先生が守るだろうけど」って言ってた気がする。……すると、この下があるのか。どれどれ。
あたりを注意深く調べ回った結果、ちょっと離れたところにある木の根元に隠し階段があるのを見つけた。……ふふふ、今や物の声も聴くことができる僕にこの手の探し物はお手の物よ。さてさて、では中に行こうじゃないか。どうせウルタルがいるだけなんだろうけど。この線なんやねん、くらいは聞いておこう。
ギッ、ギッ、と一歩ずつ隠し階段を僕は下りていった。中は暗かったものの、夜目が利く僕には関係ない。降りると、中は無機的な通路が一直線に伸びている。奥にいるのかな……?
そして通路をしばらく進むと、大きな空間が広がっていた。ドーム状になってて天井も高いけど……広い。たぶんこれ体育館とかより広いぞ。さすがこっちが本部だというだけある。でも、ここに何が? 不思議に思って見渡すと、中心に何か大きなものがあるのに気がついた。……なんだろう。
近づいてみると、それは血の色をした、赤い宝石だった。大きい。さっきトアの工房で見た、世界を渡るための船よりも大きいと思う。しかも、ドクンドクンとなんだか脈打ってる気がする。うへぇ……率直にいうと気持ち悪い。まるで、大きな心臓みたい。絶対これなんかろくでもない研究に使われてるよ。これがもし異世界の空気清浄機とかだったとしたら僕は一生空気綺麗じゃなくていい。
その前に、ウルタルは静かな表情で佇んでいた。不気味な宝石とめちゃくちゃよく似合ってる。こちらに気づいているのかいないのか。僕はおそるおそる声をかけてみた。
「あの、お久しぶりです」
「……ああ、君か。遅かったな」
「遅かった?」
「君がやがて来るだろう、とルート君が言っていたよ。どうやってここが分かったのかね?」
「自分に生えてた魔力の線を辿ってきたらここに着きました」
「ほう! それはそれは」
それを聞いて、ウルタルは面白そうな表情で笑った。……な、なに?
「よっぽどでないと気づけない細さにはしていたはずだが……君はどうやら私が思っていた以上に繊細だったようだ」
「どうも」
なんか褒めてもらった。……いや、これ褒めてもらってるかな? ディスられてる? どっちだろう。とりあえず僕はウルタルの横に移動し、もう1度その赤い巨大な宝石を眺めた。
「それでこれ、なんですか?」
「これが翻訳魔法の本体だよ。翻訳魔法を使う者は、全員ここに繋がっている」
「これが!? 怪しい!!」
こんなんにみんな繋がってんの? 嫌すぎるんだけど! ……いや、でもこれがないと僕は異世界で言葉が通じなかったわけで……。うーん……。けど気持ち悪いのも正直なところ……だけど……。
僕はしばらく葛藤したのち、苦虫を嚙み潰したような表情でウルタルの顔を見上げた。
「いつもお世話になってます」
「なに、礼には及ばない」
そう涼しい顔をして返す彼は、そんなこと心底どうでもいいと思っているようだった。……そうだ、前にも疑問に思ったけど。そもそも、この人って翻訳魔法に興味なんて……。でも、きっと今ならわかる。これが何なのか。僕は今度は少しだけ、この宝石についての聞き方を変えた。
「では、これは 何をするためのものですか?」
「……ほう! 先程といい今といい、君の評価を修正しなければならないようだな」
「いえ、たぶん私がその答えを知っているからかと」
「なら聞く必要はないのではないかね」
「あなたの口から聞きたいんです。私には聞く権利があると思います」
「……そうらしいな。では答えよう。これは、――人の、魂を研究するために使うものだよ」
かつて僕がどこかで見たことのあるような、静かだけど熱の籠った、そんな表情で彼は笑った。そして赤い宝石に視線を戻す。
「翻訳魔法が広まれば、それだけ研究対象も増える、とそういう訳ですか。最初からそのつもりで作ったんですか?」
「当然だろう。ただ翻訳するだけの魔法に私が興味を示すわけがない」
あ、うん。自分で言っちゃうんだ。それはすごい説得力あるけど。
「でも、もうこれで終わりですよね。やがてここも誰かにバレて、あなたの研究は、おしまいです」
「……そう思っていたんだがな。ルート君がいいことを教えてくれた。私が集めて、手にしていたものの意味も」
絶対いいことじゃないやつやろこれ。だいたい想像ついてるけど。きっとこの人は――。
「――他の世界には、この研究結果をもっと生かせる場所があると、そう聞いた。元々、女神や教会の手が入るのが邪魔で仕方なかったのだよ」
「自分の世界を捨てるんですか?」
「当然だろう。……ずっと気になっていた。人の魂がどこから来て、どこに消えるのか。魂とは、何なのか。私は知らず知らずのうちに、既に手にしていたのだ。確かに魂とは存在し、私の手の中に、その手掛かりは確かに有る。ならばこの世界がどうなろうと知ったことではない」
「いえ、私があなたをここで止めます。あなたの研究はここで終わり。よって、これから先には、何も始まらない」
僕が手の中に 水彩画家を召喚するのを、ウルタルは静かに笑ったまま見つめていた。その笑顔は、純粋なのにどこか決定的に歪んでいる。きっと自分の興味のあるもの以外に、何の価値も見出していない目。
「そうだ、もう1つ言っておかねばならない」
「なんですか?」
「君はもうすぐ教皇や女神と戦うのだろう?」
「ええ」
「それに力を貸してやろう。私がいることで死人の数が変わるそうだ」
「それも、先輩が?」
「ああ。彼女は決して嘘をつかない」
「先輩に、利用されているとは思わないんですか?」
僕がそう尋ねると、ウルタルはゆっくりと首を振った。
「それは大して重要ではないな」
「……え?」
「研究以外のことは無価値だ。たとえ私自身であっても」
結局、ウルタルをどうするかはその場では決められなかった。ここでウルタルを止めることは大切だ。彼がこの後世界を渡った後に何を始めるのかを、僕は知っていた。だけど、それをするとこの世界の、僕が知っている誰かが死ぬという。そのどちらを選ぶべきか、僕にはわからなかった。
家に帰り、静まり返った暗い部屋の中で。ぐるぐると考え事をしながら、僕はベッドの上で天井を見上げる。僕はきっと、今、全てが始まる前にいる。だから、ここでどうするかでこの後の運命も決まってしまうはず。どうしたら……。…………あ、そうだ。協力だけしてもらって他の世界には連れて行かない、これでどうだろう。たぶん大丈夫じゃないかな……。たぶん……? ……本当に、そう?
いちおうの決着をつけて僕は寝返りを打った。まだ夜明けまで時間はある。だけど、まだまだ眠りが訪れるのは先になりそうだった。……最終決戦まで、あと僅か。




