未来がその人にとってどういう意味を持つかはその人自身が決めるとか、そういうの
僕はてくてくと魔王城の廊下を歩きながら、横にいるゼカさんに尋ねた。
「そういえば、お姉さんの名前ってなんですか?」
「ベッテさんだよ!」
前を歩くサロナが振り向いてそう教えてくれる。……君に聞いたわけじゃなかったんだけど。まあいいか。どうやら知らない人らしい。ふむふむ。これまで出てきた情報によると、世界一優しくて、壁に蹴りを何回も入れて凹ませる、そんな人なんだって。既に1行で矛盾している気がするけど、気のせいだろう。
僕らはそのベッテさんに会うべく、魔王城にやってきていた。用件はサロナが魔王軍から抜ける、っていうのの付き添いなんだけど、なんか絶対あっさりはいかなさそうな気がする。
ゼカさんと僕、トア、サロナの4人はしばらく魔王城内を歩き、やがて応接室みたいなところに通された。……ん? ここは僕の知る限り卓球場だったような……どうやらここの世界の魔王城では卓球場より応接室が必要とされているらしかった。
……あれ? なんかこっちの魔王軍の方がまともなのか……? いやいや、でも卓球場けっこう魔王軍幹部に人気だったし。お風呂上りに名物の卓球大会する時にないと困るし。そもそも魔王城に応接室っておかしいし……。
僕がなんとか自分の所属する魔王軍を援護しようとしていると、やがて長身のすらっとした女性が部屋に入ってきた。2メートル弱くらいある。ゼカさんとお揃いの黒髪だった。……背高っ。……これがお姉さんかな?
「初めまして。サロナといいます」
「……初めまして」
ぼそりと一言だけ挨拶したのち、ベッテさんは黙ってこっちを見る。なんかめっちゃ無表情……。な、なにか怒ってるのかな。
「用事があるから来たんじゃないのかな?」
「あ、すみません。えーっと……」
つんつん、と横に座るサロナの脇を突っつき、とりあえず用件を話すように合図する。ひゃっ、という声とともに身じろぎした後、サロナはおずおずとベッテさんの方を見上げた。
「あの、魔王やめたいです」
「理由は?」
「家に帰れることになりました!」
ぱあぁっと満面の笑顔でサロナはそう言う。その顔をじっとみて、ふーん、とベッテさんは無表情なままで頷いた。
「いいんじゃない?」
「あっさりだ」
「だって誰でもいいもの」
ガーン! とそれを聞いたサロナはショックを受けたようだった。……まあ、そうかもしれないとは思ってたけど。スムーズに退団がかなったことを逆に喜ぶべきかと……いや、さすがにちょっと複雑か。
「……なんでこの子が魔王だったんですか?」
「あたしたちの目的って、精神魔法を迫害する教会を滅ぼす、なんだけど。それを聞いて『教会に敵対するって、伝説の魔王軍みたいですね!』って言い出したのがこの子だったから」
「まさかの早い者勝ちだった」
「みんな、そういう響きに乗っかりたいところはあったのかもね」
軽っ。なんてことだ。大学のサークルみたいになっとる。僕は魔王軍の風紀の乱れに心を痛めた。そういや魔王城もここまで来る途中よく見たら花壇とかめっちゃあったもん。魔王城ももっとこう、ホラー物でいうと地元の若者たちが調子に乗って入った謎の洋館みたいな、サメ映画でいうとすぐ破けそうなビニールの黄色い浮き輪のみで浮かぶ冒頭の沖合みたいな、そういう即死ゾーンであるべきなんだよ。……卓球場? 知らんな。
「ちなみに№もそうなんですか?」
「そこは強いもの順だよ」
あ、そこは一緒なんだ。ということはこの人はUFO先輩よりも強いらしい。まああの人も直接攻撃系じゃないからなぁ。ふむふむ。ということは、手を組んでおいて損はないのでは。
「あの、ちなみに私たちってこれから教皇をボッコボコにする予定なんですけど、手伝ってもらえませんか?」
僕が手を上げてそう主張すると、ベッテさんは初めて僕の方をきちんと見る。そして興味深そうに腕を組んだ。あ、初めてなんか感情が出た気がする。というか自己紹介時にこの人をうろたえさせたゼカさんどれだけやばかったの。今あらためて認識したわ。
「……へえ……。どうしようかな……」
「お姉ちゃん! お願い!」
ゼカさんも手を合わせてくれた。するとベッテさんが、首を動かさないまま横目でじろりとゼカさんの方を睨む。
「ねえ、そもそも君は何してるの? 任務は?」
「えーっと……」
そう言いながらチラッチラッとこっちを見てくるゼカさん。おそらく助けを求めてきているものと思われる。よし、任せろ!
「違うんです!」
「何が違うの?」
「……ゼカさんはよく助けてくれてます。そこはなんとか汲んでもらえないでしょうか。いつもほんとに一生懸命なんです」
「だから何が違うの?」
「えーっと……その……」
待てよ。いやごめん、そもそも。僕はひそひそと彼女に耳打ちした。
「まず、ゼカさんの任務って何でしたっけ……?」
「もう少し頑張って! あたしもちゃんと守ってよ! ちょっと会員の扱いに差があると思う!」
そう言って立ち上がるゼカさんだったけど。知らないからには、さすがに無理があると思うの。それに僕は会員を守るっていうかだいたい守られてる側だぞ。全然! 全然胸を張って言えることじゃないけど!
僕があてにならないと踏んだのか、ゼカさんは偉いことに、つっかえながらも自分の姉に対して真剣な顔をして向き直った。
「あの、……ほんとに手伝ってほしいの。お願い。……やっと、ここにいてもいい、って場所を見つけた気がして……。だから……」
一瞬、ゼカさんとベッテさんの視線が交錯し、まるで空中でぶつかり合ったような気がした。そしてベッテさんは特に何も思っていないかのように表情を変えずに頷く。
「……へえ。まあ構わないか。いいよ」
いいんだ。目的が一緒だからだろうか。
「ただし、あたし達が協力するのは対教会だけ。それ以外は自分でやるんだね」
「ま、まあそれは仕方ないかと」
それにしても僕らの本業が女神フルボッコ隊であることも知っているらしい。情報源としては……。僕がちらっとゼカさんの方に目線をやると、彼女はバチン! とウインクを返してぐっと親指を立てた。……うん、違うけどなんかまあいいや。僕もぐっと親指を立てておく。とにかくゼカさんのお陰で協力を取り付けることができた。ナイスだゼカさん、これは大きい。
「……どうして神器を集めていたんですか?」
それまで黙っていたトアが口を開く。あ、それ確かに気になってた。だって他の世界に渡るのに神器が必要っていうのはトアの研究結果なのに。魔王軍にも研究者的なポジションの人がいるのかな? 辿り着く場所はいつも同じだ、と昔の偉い人も言っているし。
「協力者がいてね。その子がアドバイスをくれたの」
「誰ですか?」
「読んでみたら?」
無表情なままそう言われた。え、冗談? でもそんな様子もないし……。僕はおそるおそるベッテさんの心の中に手を伸ばす。……うーん、でもよくわからん……。ルート先輩の心の中は霧がかかってるようだったけど、この人の心の中はなんというか光源がずっと遠い感じ。暗くてどこに何があるのかも掴めない。
「……占い師の子?」
ところが、そう僕の口からぽつりと台詞が勝手に出た。するとベッテさんは、一瞬驚いたような顔をする。……おお、さすが。絶対僕だと答えられなかった。えーっと……占い師っていったら、街の占いの館のあの子? 先輩もあの子に声かけてくれって言ってた気がする。なんと意外に重要キャラなの?
「でも、占いによって方針を決めるなんて、そんな古代中国みたいな……」
「あやふやなものを大事にするのがあたし達だからね」
うーん、わかるようなわからないような……。それに、ベッテさんはなんとなくもう少し現実主義な気がするけど。とにかく1度、占い師のところに行ってみるか。
僕はいったん立ち上がり、今結ばれたばかりの同盟のため、手を握った。魔王軍の№1である彼女と。……かつてと違い今度は、女神と戦うために。
「こんにちは! お久しぶりです。聞きたいことがあって来ました!」
「な、なんですかいきなり……? あ、あなた随分前に来た……」
僕がそう挨拶しながら占いの館に飛び込むと、ちょうど客を案内しようとしていたらしき占い師の子は目を丸くした。おお、ずっと前に来たっきりなのに覚えててくれるとは。ちょっぴり感動。
「覚えててくれて嬉しいです」
「特別変な客でしたからね……今日はお友達も?」
「はい! 聞きたいことがあって来ました!」
「それもう聞きましたよ。……で、なんですか」
「あなたが魔王軍に神器のことを情報提供したことについてです」
「ちょっ……!」
同じ部屋にいた他の客が、僕の言葉を聞いてちょっとざわめいた。ひそひそと「魔王軍……?」という単語も聞こえる。すると、占い師の彼女は慌てた顔で僕らを別室に案内してくれた。……ふふふ、計画通り。
「もう。やめてくださいよ! お客さんが不安になっちゃうでしょう」
僕らは客扱いされていないのがさっそく発覚してしまったがそれはまあいい。さあ、事情を聞かせてもらおうか。
「で、どういう経緯で……?」
「守秘義務があるので他のお客さんの話はちょっと……」
「なんだかさっきの大部屋に戻りたくなってきました」
「……ちょっとまずいんですけど、たまにはいいでしょう。それにベッテ本人から聞いて来たんですよね。なら問題は何もありません」
なんて話がわかるんだ。というかこの子基本的に脅しに弱いよね。僕もこの子と何回も脅し脅された仲なのでその辺は承知済みである。
「確かに、その未来は私が見ました。結果としてどういう未来だったのかは、私には分かりませんが」
「……?? 言ってる意味がちょっと……?」
見たのにわからないってなに? 未来がその人にとってどういう意味を持つかはその人自身が決めるとか、そういう精神的な話なのかな?
「えっとですね。私の未来を見る能力を利用して、他の人が未来を見たんです。そうすると、ベッテ達の目的、その……教会を……アレする……ことにですね、神器が関係しているとそういう結果が出たみたいで」
「んー……? まず、どうして他の人が魔王軍の未来を見たんですか?」
「あ、違います違います。色々ややこしいんですけどね。他の人が自分の未来を見た際に、魔王軍に関係しそうな部分が一緒に見えたみたいなんです。そして、せっかくだからそれをベッテ達に伝えてくれと、そう頼まれたんですよ。……ちょうど、あなたが初めてこの館に来てすぐの頃だったと、そう記憶しています」
なるほど……。でもその人、魔王軍と知り合いだったの? 交友関係広いね。僕が言うのもなんだけど。
「でも、あなたに占ってもらえばいいのに、どうしてその人は自分で見たんですか?」
「その人の方が遥かに上手なんですよ、未来を見るの」
……そういうのアリなの? セルフサービス的な。だってそれラーメン屋に来た客がいきなり厨房に入って来て湯切りを始めるようなもんやろ。さすがに傍若無人過ぎる。
「……手伝ってもらわないと見られないのに上手?」
「ええ。それも普通はできないんですけどね。やっているのを見ましたが、根本的な深さが違うというか。もう嫉妬するのも止めました」
そう言って占い師の子はどこか達観したような笑みを浮かべた。きっとトアに追いつくことをシャテさんが諦めたなら同じような笑みを浮かべるんじゃないか、僕はそんなことを思う。それにしても……その人はいったい、どういう未来を見たんだろう。魔王軍の目的が教会打破なら神器は関係ない気も。それに、どうして自分で伝えなかったんだろう。
「ああ、ベッテと仲が悪いですから。まあ、ベッテも誰の未来視によるものか薄々わかってはいたみたいですけどね。それでも、彼女は嘘をつきませんから」
「……彼女?」
そう疑問を浮かべた僕に、占い師の子はいろんな感情の混ざり合った笑顔で答えてくれた。
「……ルートだったんです、その未来を見た人って。でも、『つまらないから』とずっと未来を見ようとしなかった彼女が、どうして急に来たのか……何についての未来を見ようとしたのか。最後まで教えてくれませんでした」
先輩がどんな未来を見ようとして、何を見たのか。今の僕らには分からなくても、見たであろう未来へ、僕らは収束していく。……それがどんな意味を持つのかは、僕ら自身が決めるとしても。




