あたたかい目……のつもり
「そもそも、どうしてここに……? な、なぜ出歩いているんですか? あんなに重症だったのに」
信じられないものを見る目でこちらを見るトア。なぜここに……? えーっと、簡単に伝えるとすると。
「魔石のお値段が友人をパシらせる額じゃなかったから……」
「……??」
なんか伝わらなかった。でも一言で言うとそうなんだよ。ちょっとパン買ってきて、というのとは重みが違う。1個パン10万円だったら不良でもたぶんパシらせたりしないよ。もし買いに行かせたらそれってパシリじゃなくて仕入れとかそういうのだと思う。
「というか目、赤いじゃないですか。ひょっとして、泣いていたんですか……? どうして……そんなに追い回されたんですか」
……あ、それはただ単に痛いだけかな。怪我と振動って相性悪いんや。でもこんなことで泣いていたら恥ずかしいかもしれない。僕はこしこしと目を擦ってとりあえず否定しておいた。
「な、泣いてません」
「……ああもう、わかりました。この部屋にいていいですから。わたしがあなたを、守ってあげます」
「ありがとうございます!」
やったぜ。とりあえず部屋主の許可も得られたことだし、よいしょ、と部屋の中にある椅子に腰を下ろす。……んーでも、やっぱり座ると痛むかも……。
「……ベッド使いますか? 私が椅子に座りますから」
「いやいや、そんなの申し訳ないので!」
仮眠してる人の部屋に押しかけてベッドを占領するって、それもう強盗やろ。さすがにそこまで図々しくはなれない。仮眠してる人を叩き起こして部屋に居座るのもどうなんだ、という疑問の声は聞こえないものとする。
「怪我をしているならそちらが優先されるべきかと」
「無理です」
「いいですから」
「駄目です」
「……はあ……」
その溜息とともにすっとトアに手を掴まれ、そのまま不意にふわりと視界が横転する。……そして気がつくと、ぽすんという音とともに、僕はベッドに横たわっていた。どうやって入れ替わったのか、目の前、真上にはトアの顔がある。彼女の瞳に僕が映っていることがわかるような気がするくらい、いつの間にか僕らの距離は近かった。トアに僕が押し倒されたみたいなその体勢で、彼女と僕はしばらく目が合ったまま、黙って見つめ合う。彼女の青い髪の毛が僕のところまでさらりと垂れ下がった。
やがて、んー、と何かを考えながら、なぜかその状態のまま、彼女は口を開いた。
「……本当に弱くなったんですね」
「……え、えーっと……?」
背中に当たるふわふわとした布団の感触と、どこか甘い匂いが、僕を包む。やがてゆっくりとトアが顔を近づけてきた。目を閉じられず、そのままで僕は彼女の顔を見つめる。そしてお互いの鼻が触れ合うくらいまで顔を近づけたトアが動きを止め、ふふっと笑った。そして押し倒してた体勢からごそごそと僕の隣に入り、そのまま目を閉じる。
「ほら、広いですから、2人寝られますよ。どうぞ」
「……あ、はい」
そしてトアは3秒で眠りに入った。すーすーと寝息が聞こえる。……はやっ。やっぱりめっちゃ寝不足だったっていうか……いやいやそれより。なに、なに今の。なんか隣であったかいし。……眠れん……。
「うわー……」
「あらー……」
急にゼカさんとシャテさんの声が聞こえたような気がして、僕はぱちりと目を覚ました。……あ、眠れないと言いつつめっちゃ寝てた。ぼんやりとした視界の中で、部屋の隅からその2人がこちらを見ているのに気がつく。
「おはようございます」
「お、おはよ……あの、うん、えーっと。やっぱりここにいたんだ」
「……そうなんですよ。もう大変でした。疲れましたよ」
「へ、へー……疲れたんだ。そ、そう。なんて言っていいかわかんないけど」
……なんかゼカさんの様子が変だ。僕が無断で出てきちゃったから探しに来てくれたんだろう。そしてシャテさんはなぜか僕と目が合うとやたらうろたえて目を逸らす。
なんで……? 何かおかしいところがあるの? と確認すると、僕の服がずれて肩が出ていた。あらら。ロランドの振動か、トアに引っ張られたときか、単に寝相か。このワンピースちょっと緩いからね。しかしこれで2人がどうしてこんな反応なのかはわかった。一緒のベッドに寝てたわけだし、トアと僕がそういう関係だと誤解されている気がする……。……誤解? どうなんだろう。なんか最近自分でもよくわからないけど。ただ、2人の思ってるのとはたぶん違うぞ。
「あの、違うんです」
「あ、あたし理解ある方だから! むしろ祝福するよ!」
額に汗をかきながらゼカさんが力説する。ちなみに、全然部屋は暑くない。
「そそそそそそそそうね」
やたらと振動しながらシャテさんも賛同してくれた。なんか壊れた音楽プレーヤーみたいになっとる……。どうしたのシャテさん……。目線も反復横跳びしちゃってる。なんやこの2人組は。
「あの、動揺が出すぎててこっちもどう反応したらいいのか」
「そ、そうだよね。コホン。……いいと思うな、あたし。だって、みんな違ってみんないい、だもんね」
キリっとした顔をした後、ゼカさんはニコニコと菩薩のような笑みを浮かべた。全部を許す、そんな器の広さを感じる。さっきの反応の直後である、ということに目を瞑れば。
「な、なんかかえって嘘っぽい……」
「なんでよー!!」
「最近ね、トアが『めんどくさい』って言わなくなったの……。あなたが来てからだと思うわ。本当にね、感謝してる……」
「シャテさんもそういうのやめて! 今言われたらなんか複雑な気持ちになっちゃうので!」
そんな風にみんなでわーわー騒いでいたら、トアがむくりと体を起こした。
「うるさいなあ……。……あれ……?」
そのまま隣の僕と目が合う。一瞬後、ボッと顔が赤くなり、彼女はもう1度布団の中に潜り込んだ。それを見て、ゼカさんとシャテさんの2人が「あっ……」みたいな感じになる。
「いや違うんです!」
「そ、そう、違いますから。ちょっと眠かったからですから……」
お、おう。トアのその理由もどうなんだ。まあ、当事者2人がこうやって否定している以上、もう誤解の生じる隙間はあるまい。僕がそう期待を込めてゼカさんとシャテさんを眺めると。……2人はなぜか揃って、菩薩のような笑顔を浮かべてこちらを見ていた。
「すみません。私が脱走しちゃったから、ゼカさん探しに来てくれたんですね」
「ううん、違うよ?」
そう、曇りのない目でゼカさんは首を左右に振った。あ、これほんとに絶対違うわ。そうか、物事を否定するときはこれくらいに他の可能性を感じさせない対応が求められるらしい。以後気をつけよう。
「え、じゃあどうしたんですか?」
「別に用事が無くても来てもいいじゃない……今回は用事はあるんだけどさ」
どないやねん。でも用事、用事……。何かあったかな?
「――お姉ちゃんがもうすぐ帰って来るよ。……ってことで、傷が良くなったら、会いに行こ」




