向かうべき先が見えている人ってあんまりいないもの
トアの部屋でしばらくトア、ゼカさんと喋ったのち、僕は情報収集に再び校内に出発した。さてさて、確かに言われてみたらなんかいつもよりざわついてるような気もする。うーん、こういう時って誰に聞いたらいいんだろう。とりあえず適当に校舎内を歩いてみたらいいか。会った人に聞こう。
「あら、今日も元気そうね」
「ご機嫌いかがかな、サロナ嬢」
あ、シャテさんとテヴァンの2人組だ。そういやトアの情報源はここだったか。さっきトアからは聞いちゃったから、情報という意味ではあまり期待できそうにないけど。僕は2人にお辞儀をしつつ、それでも聞いてみることとした。
「……そうなの! こんなこと、今まで1度もなかったのよ!」
そう、たいそうシャテさんは興奮しておられた。そして隙あらば僕の肩を掴んで揺らしてこようとするので、それに対処することに僕は神経を割かれる。テヴァンの方にもシャテさんは手を伸ばしていたけど、それはさりげなく全部回避されていた。なんか経験の差を感じる。
しかし、占い師が未来を見れないことが問題になるって、そもそもけっこう未来視できる人っていたんだ。その割には僕がたまにやってる池での占いには客がよく来た気がするけど。……でも今考えると、客の7割が男性だった時点であれは占いが目的ではなかったのかもしれん。嫌なことに気づいてしまった。「世界が滅びるので閉店します」とあそこには張り紙を張っておこう。
僕はシャテさんの腕をいなしているテヴァンにひそひそと耳打ちをする。
「……しかし、シャテさんがこんなに興奮してるのって珍しいですね。横にいて大変じゃないですか?」
「なに、彼女がこうなるのは不安になっている時だからな。隣にいるくらいならしてやるさ」
「ならもう揺らさせてあげたらいいのでは……」
「ははは!」
あ、これ絶対そんな気ないわ。まあでもシャテさんもちょっと不安定になっているらしい。海底神殿に誘おうと思ってたんだけど、これはちょっと考えるべきか。無理しないでほしいし。
「……実はそれに伴って、気になる噂がある。さっき入ってきた情報なんだが」
続いて聞こえたテヴァンの声を潜めた発言に、僕は耳を傾ける。……噂? それは初耳かも。それにしてもこの人、意外に情報通だよね。あんまり学校にいないけど。
「なんでも、ウルタル氏が何かを発表する予定だそうだ。内容については推測になるが、魔法に関する規制の撤廃を主張する見込みらしい。……ただ、おそらく受け入れられないだろう」
「へえ……、ちなみに今回の話にどう関係があるんですか?」
「未来視というのはなんというかグレーな部分でな。神の領域を侵す魔法なのでは、と言う者も多く、研究が進んでいない分野なんだ。今回の噂もそれで真偽があやふやになってしまっているというのも事実。世界の危機なら規制を緩和すべき、というのがウルタル氏の主張だ」
「受け入れられませんか」
「受け入れられないな。根回しを全くしていない。あれでは各方面から集中砲火を浴びるのがオチだ」
ふーん……。まあ、ウルタル的には自分がやってる魂についての研究も、もう少し大々的にやりたいのかもね。さすがにルート先輩だけが助手だと限界があるだろうし。それでこの騒ぎに乗じて、という訳か。……ちょっと短絡的に過ぎる気もするけど。
その後も立ち話でいろいろ聞いたものの、それ以外の話は特に目新しいものはなかった。ふむふむ。いちおう、ウルタルの研究所に行ってウルタルか先輩から話でも聞いてみるか。
「先輩、この間はありがとうございました!」
「ううん、いいよー。可愛い後輩のためだもん。……それで、どうしたの? ひょっとして、今出回ってる噂のこと? 怖いよねー……。私も聞いたとき、もう、びっくりしちゃったよ」
研究所にいたルート先輩は、そう話しながら目を大きくして口に手を当てる。ただ、僕が来ることを見越していたように、テーブルにはあらかじめ2人分のコップに入れられた飲み物が用意されていた。……ほんとにびっくりしたのかなぁ。表情1つ変わらなかった、に1票を投じたい。
「そうなんですよ! それで、ウルタルの噂も聞きました」
「そうなんだ。耳が早いねー! あれ、国の情報機関もほとんど知らないと思うよ」
おおう、そうなんだ。テヴァンの情報網、侮りがたし。というかあの人シャテさんとどういう関係なんだろう。今更ながらそれがちょっと気になる。あの2人いっつもだいたい一緒にいるし。おっと、考えが逸れてしまった。
「それで、先輩は成功すると思いますか?」
「ふふふ、そんなの当たり前じゃない」
そう言って、先輩はテーブルに肘をつきつつ、ニコニコと微笑んだ。……あれ? 先輩は成功間違いなし、って読みなのか。意外。……ひょっとして全国民洗脳しちゃうから成功、とかそういうこと言わないよね。お願いやめて。
僕がそう祈りながら先輩の方を見ると、先輩は曇りのないきらきらした笑みで僕を見返してくれる。その状態で指を立て、とても簡単なことを示すように、目を細めながら軽く言った。
「だから、……失敗するに決まってるじゃない」
「…………ん?」
えっと、どういうことなんだろう。あ、でも先輩の笑顔って笑顔じゃないもんね。不思議なのはそこじゃない。失敗するのがわかってて、先輩は放置してるということ……?
先輩は「うーん」と言いつつあごに指を当てて、のんびりと言葉を続ける。
「先生がやろうとしてるのはね。明日から服を着るのを止めよう、って大声で叫ぶみたいなことなの。誰も相手にするわけないんだよ。その主張がどういう意味を持つにしろ、まず相手に受け入れる態勢が整ってないと意味がないのに。先生は自分のやりたいことしか見えていないから、そんな当たり前のことにも気づかないんだよねー……困っちゃう」
全然困ってなさそうな顔で、先輩はふう、と溜息をついた。……え、ちょっと待った。
「……先輩は、失敗するとわかって、それを止めないんですか?」
「私が? どうして止めないといけないのー……?」
心底不思議そうな顔で首を傾げる先輩を見て、一瞬「止めなくていいんだっけ?」と思ってしまった。いやいや、だって。お目付け役っていうか、ウルタルの暴走を止めるのが先輩のお仕事、みたいなところなかったっけ。
「だって、先輩はウルタルの弟子で……」
「……あれ、そうだった? もう忘れちゃったよ、なんて。ふふふ」
そうおかしそうにクスクス笑うと、先輩はなぜかすっと席を立った。……どうしたんだろう。まだ、話は途中なのに。すると先輩は振り返り、申し訳なさそうに両眉を下げて、僕に向かって手を合わせる。
「ごめんね! もう少し話していたいんだけど。これからその先生が私に意見を聞きたいんだって。……これからどうなると思うか、だって。ふふ……どうなるって言ってあげようかなぁ。迷っちゃうよね。……うーん、これは難問だぞ……」
ふんふんふーん、と鼻歌を歌いながら、先輩はいつものように軽やかに去っていく。世界が滅びる予言も、師が失敗する方に進む未来も。先輩には何も影響がないみたいに。……ところが、不意にピタリと先輩の足が止まり、ぐるんと首だけがこちらを向いた。
「ここの研究所って禁呪を研究してたから、けしからんぞー、みたいな感じで壊されちゃうと思うんだよ。地下の本部は先生が守るだろうけど。……それで、女神と戦う時の話なんだけど、いつどこで、っていうのが決まれば、街の占い師の子に伝言してくれたらいいよ!」
「あの! 手伝ってくれるんですよね……?」
「ふふふ、そんなの当たり前じゃない。可愛い後輩のためなんだから」
そう言って笑い、手をひらひらと振った後。先輩は今度こそ振り向かず、研究所の奥に向かってまっすぐ歩いていく。それは、自分の向かうべき先をはっきりと知っている人の背中だった。僕はそれを、声もかけることができずにただ見送る。……当たり前に、どっちなんだろう。それが、姿が見えなくなる最後まで、僕にはわからなかった。
それから数日後。僕、トア、ゼカさん、そして大丈夫だから行くと主張して止まなかったシャテさんの4人は、海底神殿に向かうべく、メイダンの森にやってきた。この森の中に海底神殿への入り口があると、既にみんなには説明済み。ここを超えたら、あとは月の平原のみ! 一致団結して頑張ろう!
「では、気合を入れて行きましょう!」
「ええ」
「体を動かしてた方がマシだわ! 行くわよ!」
「あれ? そういえば海って聞いたのに、ここって森じゃない……? なんで?」
……一致団結してる? なんか向かうべき先がわかってない人が含まれているような気がする。気のせいかな?




