世界にたとえ自分だけだったとしても、だから1人とは限らない
「ねえトア、何度も転ぶ人ってそんなにいませんか? 一般的な視点から答えてください」
「そ、そんなに根に持たなくても……」
「……いませんか?」
「わたし、転ぶか転ばないかで人の価値って変わらないと思うんです」
「い・ま・せ・ん・か?」
「……あまり見ないのは確かかな、と。……でも、聞いてください……あのですね……わたしはそんなこと、関係なく」
「あ、もう十分です」
よし。副隊長もそう言っている。それに、違ったらまた他の選択肢を探せばいい。いつだって、僕らはそうしてきた。これまでも、これからも。ただ、僕の勘が言っている。たぶんこれは間違いない。
なぜか背中が煤けて黄昏ているトアの手を取って、僕は街の一角、他の都市へ転移するための魔方陣へ急ぐ。僕に引かれて走りながら、トアが叫んだ。
「あ、あの! どうしたんです? 急にどこへ……?」
「武器屋へ。そして、……おそらくは、この世界の魔王城へ」
「……どういうことですか!?」
「大丈夫、会いに行くのは、敵じゃありません」
そう、敵が女神な時点で、この世界の魔王軍は恐らく敵じゃない。僕らが生きていくために戦うべきは、魔王じゃない。僕は振り向いて、トアに向かって笑いかける。
「大丈夫です。私、こう見えてもかつて魔王軍の幹部だったことがありますから」
魔方陣に駆け込み、僕らは魔法都市に転移する。きっと、急げば急ぐほどいい。誰かに追われていた、というサロナの話も気になるし。
「ゼカさん! ちょっといいですか!?」
「……ふぁ……?」
ゼカさんはトアの武器屋で、いつものようにカウンターでこっくりこっくり居眠りをしていた。……いつものように。かつてここで、僕に魔王軍の話をしてくれた時のように。
「あ、おはよう……って! やっと帰ってきた! もう、あの後どうしたの!? いきなりあたしだけはぐれちゃうしさ! それで何日も経ってから、2人で手を繋いで帰って来るってどういうことなの?」
「ゼカさんって、あの後どうなったんですか?」
「なんか、気がついたらいつの間にか大きな川に流されてて、そのまま海に行ったわよ……。1人で飲む海の水は、それはそれはしょっぱかったわ」
おおう、あの転移装置で弾かれたらそうなるんだ。気の毒に。いや、悪いが今はそれどころじゃない。
「あの、前に魔王がどんな人、って話を私にしてくれたと思うんですけど。魔王ってそもそもどんな外見ですか!?」
「えー何よいきなり……。魔王様はね、ローブを被ってうろうろしてるから普段は誰にも姿を見せないんだけど。なんとあたしは知ってるんだよね。ふふふ、知りたい……?」
「あ、今そういうのちょっといいんで」
「何よもう……もっと構ってくれてもいいじゃない……」
彼女はそう言うと、カウンターの内側の狭いスペースにごそごそと引っ込んでしまった。……いかん、心を閉ざしてしまった。ゼカさんはこうなるとめんどくさいぞ……。
「わたしもまだ理解しきれていないところがあるんですが……魔王軍の存亡にかかわる事態かと。そのきっかけを掴んだゼカユスタさん。……きっと、もてはやされるでしょうね……」
それを聞いて、ピクリと後ろを向いたままのゼカさんの肩が揺れた。……いや、トアが言ってることは間違ってないけど、うん。存亡にかかわるっていうか、たぶん魔王軍無くなっちゃう方一択だと思うけど。そしてもてはやされる……かなぁ……? もてはやされる、の意味によるよね。サヨナラエラーした人もある意味話題の中心にはなるわけで。
トアは黒い表情でニヤリと笑って、ゼカさんの後ろからひそひそと、なんか青年誌の後ろに載ってるような、札束のお風呂になぜか入る成功者の語るストーリーっぽい夢物語を囁き続ける。……あ、君のその顔久しぶりに見たかも。ちょっと怖いぞ。
「も、もてはやされるかなぁ……」
「はい、それはもう。ねえ、サロナ」
「……ええ、あのきっと、えらいことになりますよ」
「へへへ。ならいいかな! 教えてあげる! 魔王様はね、緑の髪の女の子だよ!」
……やはり。あいつ、なんで魔王なんてやってんねん。アルテアさんをいつまでも悲しませてないで、さっさと戻ってこいや。僕はゼカさんの肩に手を乗せて、ニッコリ笑い、お願いしてみる。
「ちょっと魔王様に会いたいんですけど……魔王城、連れて行ってもらってもいいですか?」
「え、いいよ? あ、なんか肩がミシミシ言ってる……?」
きっと何か理由があるにせよ。このままずっと、あの2人が離れたままなのは、僕らは嫌だった。なら、まずは本人から事情を聴くべきだろう。その後、どうするかはそれから決めたらいい。
「じゃーん! ここが魔王城です! どう? どう? 凄いでしょ? ちょっと怖いかな?」
そう言って、ゼカさんが最近どこかで見たことのある門の前で手を広げる。僕らは門の向こうに続いている階段と、その向こうに見える大きな城のシルエットを見上げた。ちらりと横を見ると、教皇から逃げてきた時に最後にいた、門の横の広場も普通にあった。いや、なんかそれよりも……。
僕は空を見上げる。ドドメ色の雲が、魔王城の上空には渦巻いていた。城の雰囲気もなんだかじめじめと暗い。……うん。やっぱり魔王城はこうでなくては。きれいな魔王城なんて魔王城じゃない。
「まるで実家みたいな安心感です」
「昨日来たところと外見同じですね」
「……もう、なんでよ!?」
さて、じゃあ行きますか。魔王のところへ。
魔王城最深部。僕は玉座の横の小部屋の扉を開け、ずかずかと中に入っていく。そこには、ベッドの上でゴロゴロしながらローブを被ってる小柄な子がいた。髪は緑、目は紫。のんびりした、優しそうな顔。さっそく目標発見。……それにしても……。僕は枕元で仁王立ちしながら、彼女を覗き込む。僕と同じその紫色の瞳が、大きく見開かれて僕を見返した。
「いや、まず寝るときくらいローブ外そうよ」
「な、なんですかいきなり!? あなた、だれ!?」
「私は、別の世界のあなたです」
「……? え? なにそれ……?」
「あなたにしかできないことがあるんです。さあこちらへ」
「え? え?」
がっしりとその子の手を取って部屋から出る僕らを、後ろから追いかけてきたトアが呆れた顔で見てきた。
「いくらなんでも力技が過ぎます……」
「いいじゃないですか。自分同士なんだから」
僕と同じ歩調で、てててと隣を歩くサロナも、僕を見て首を傾げた。
「えっと、あの、だれですか……?」
「すみません。名乗ってませんでした。私、サロナといいます」
「あ! 私と一緒! お揃いだね!」
「私は別の世界のあなたです」
「そうなんだ……? それさっきも聞いたよ。……よくわからないけど……」
「ところで、どうしてアルテアさんのところに帰らないんですか?」
ぴたり、とそれを聞いてついてきていたサロナの足が止まった。ふむ、何かやはり理由があるらしい。帰り道を忘れた、という可能性も僕の中ではひそかにあったんだけど、そうじゃないみたい。……むむ。答えがないのはそれはそれで相手の答えなので、別に待ってもいいんだけど。ちょっとつっついてみようか。
「ひょっとして嫌いになった、とか?」
「そんなわけない!!!!!」
おおう、耳元でめっちゃでかい声で叫ばれた。違うんだって。そりゃそうか。本気で思ってるわけじゃないから、そんなに睨まないで。
「なら、いったいどうして……?」
「…………」
あら、また黙っちゃった。でも、僕と彼女は同類だからなのか、なんか心の中が筒抜けに聞こえる。ふむふむ、隙あらば挟まれるアルテアさん愛と2人の仲良しエピソードを省いて読み取ってみると……。
……なんでも、あの屋敷の中には教会の人が結構入ってて。精神に作用する魔法を使うことがバレちゃったので、死んだふりして逃げてきたらしい。それで、迷惑かけちゃうから帰るに帰れない、みたいな感じ……? ……たぶん。なるほどなるほど。わかるような、わからないような。
サロナは手を離して、涙目で睨みつけた。僕を。……いや、僕らを。傍から見たら、1対1にしか見えないだろうけど。
「あなたにはわかるわけないよ!」
「わかるよ」
「大好きな人に迷惑かけちゃうから、だからずっと帰れないのに!!」
「……うん」
「その辛さが、あなたにわかるわけない!!!」
「わかるよ。……だって、一緒だもん」
かつてゲームの中では、僕らは結局、アルテアさんとは別の道を行くことに決めたけど。それは、あの人に迷惑をかけるからこそ距離を置かないといけない、そんな状態だった。きっとその時のことを思い出しているのだろう、僕の目がすっと閉じられる。そしてしばらくして開かれた僕らの目の前には、かつての自分たちのような顔をした女の子が、1人で震えていた。
……あのとき、僕らは2人だった。でも、彼女には、誰もいない。なら……僕らが手を差し伸べたらいいと、そう思う。いいじゃないか。だって、僕達は自分同士なんだから。……ただ、その手を取るかは、彼女の自由。
「だからわかるの。……相手がどう思ってるかは、私が決めるんじゃない。そう、教えてもらったから」
「……どういうこと……?」
「迷惑かを決めるのは、あなたじゃないよ」
「…………」
「帰らないって決めるのは、それからでも遅くないよ。ほら……行こう?」
彼女は、しばらく迷った後、おそるおそる、僕らの手を取った。そしてそのしっとりとした手は、しっかりと僕らの手を握る。それは、きっと。僕らが自分自身の未来を変えることになった瞬間だった。……この時は、何も思わなかったけれど。




