表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/120

日の光の降り注ぐ、どこまでも明るい中庭で

 僕が池に落下し、びしょびしょになってしまうというアクシデントはあったものの、とりあえず無事に魔法を習得することはできた。1つだけだけど。まあ、0と1の間には越えられない壁があるのだ。


 芝生の上で日光浴しつつ全身を乾かしている僕の横に、トアはちょこんと座っている。その顔を見ると、戻ってきた時の不機嫌さはどうやら消えているようだった。しょうがないなぁ待っててやるか、という顔。いやでも僕を池に叩き落としたのは他でもない君やで。




「……では、残りの2つの議題についてですが」


「あ、ここでやっちゃいます?」


 あたりを見回すと、確かに周りに人はいなかった。50m位離れたところで、生徒たちが謎の球技をして遊んでいるくらい。……おお、ここにもクィディッチ的な球技があるんだろうか。あれ結局よくルールわかんなかったけど。これもうスニッチだけ狙えばよくね? って僕はなっちゃった覚えがある。


「まず、あなたの性能で血まみれになることはあり得ない、という話。……まあ、確かにそうです。いくらあなたが迂闊でうっかりで信じられないほど抜けているとしても、さすがに性能差がありすぎますからね」


「私、そんなにうっかりしてますかね……?」


 確かに「しっかりしてる」と人生で言われたこと、ないかもしれない。人生2回目なのに。トアは逆にめっちゃ言われたことありそう。……なんかくやしい……。


「ですから、何が来るのかは予想がつきます。……これを」


 そう言ってトアは何かを虚空から呼び出し、僕の方にそれを差し出した。なんだろう……本? やたら色んなページに付箋が付けられている。




 その本の開かれたページには、何やら文字がつらつらと書いてあった。……いや、だから全然読めないんだってば……。僕が助けを求めるように彼女の顔を見ると、トアは「マジかこいつ」みたいな顔をしながらも、順を追って解説してくれた。


「ここに書いてあるのは、黒い獣の話です。……獲物を追い続ける、鋭い牙を持った。どこまで逃げても、どこに隠れても、追ってくるそうです。……それこそ、永遠にでも。そして目標を食いちぎる、と」


「永遠に……ひえぇ……。それで、どうしてこれが来る、と?」


「あなたの先輩の話からです。……というのは、この獣は不思議な習性を持ってまして。最初に『開けてくれ』と言ってくるんですよ。外から、誰かの声を借りて」


「外から、開けてくれ……?」


「ええ。窓だったり、ドアだったり。呼び声に応じて開けた瞬間が、追跡開始の合図だそうです。今まで逃げ切れた者は、いない……とも」


 確かに、先輩の会った来訪者のお姉さんは、こう言ってた気がする。『あっちの知り合いの声で呼んできた』『開けた瞬間にがぶっとやられた』と。……んー、確かにその点で一致はしそうだけど……。


「で、これって私の防御力を突破できるんですか?」


「……これは、相手を呪い殺すための使役獣なんですけどね。その殺傷能力は、使役者の魔力によるそうです。使役者が魔力をどれだけ注いだか、どれだけ相手を呪い、殺したいと思って育てたかで、この獣の力が決まります」


「んん? ……それで?」


「例えば。――女神がこれを育てたら、どうなるんでしょう? 果たしてあなたの防御力で、防げるんですかね?」





 それを聞いて、僕は再度あたりを見回した。見える光景は、さっきと同じ。日の光の降り注ぐ中庭、遠くで聞こえる生徒たちがスポーツに熱中しているだろう声。それらが、急に恐ろしいものに思えてくる。


 ……そういえば、女神って何かを育ててる、って言ってなかったっけ。何かに「噛まれた」とも。いつも通りの明るい声で。……あの声を出していた時、女神はいったい、どんな表情をしていたんだろう。


「なので、何かに呼ばれても、開けないでください。屋内にいる時こそ危険です」


「なるほど……来たら、どうしたらいいでしょうか」


 僕がそうトアに聞くと、彼女には珍しく、しばし答えるのを逡巡した。僕はその反応を見て理解する。……きっと、回避の方法は、どこにも記載されていない。多くの付箋が付けられている本。たぶん、彼女は何度もこれを読みこんで、探してくれたんだろう。


「じゃあ、考えとかないとですね。どうしたらいいか」


 僕がそう笑顔で言うと、彼女はちょっと意表を突かれたような表情になって一瞬止まり、そしてすぐにいたずらっぽく笑った。


「あなたがですか? わたしが思いつく方が先だと思いますけど」


「なら、競争するということで。この話は宿題にしましょう」






 と、ここまで話した後。トアは姿勢を正し、さっきよりさらに真剣な表情になった。……あれ? ということは、さっきの獣の話よりヤバい話ってこと? ……でも残ったのって、魔力の線でしょ? なんか知らないうちに勝手に生えてるだけの。言っちゃえばちょっと進化した産毛みたいなもんじゃないの? それの何がヤバいんだろう。


 そして彼女は「どう話したものか」と迷っているのがこちらにもわかるくらいに言い淀みながら、3つ目の議題について話し出す。


「あの後、調べてみたんですが……覚えのない魔力の線、わたしからも出ていました。細くて今までは気づきませんでしたけれど」


「……ん? あれ?」


 どういうこと? トアからも出てた?




「……契約したから、私に影響されちゃった、とかですかね?」


「私も最初は、そうかもしれないと思いました。……ところが。アンナちゃんに会った時に、本気で彼女を精査してみたんです。すると同じような糸が、アンナちゃんにもありました。その後会った人、全員にも。……おそらく、ほぼ全ての人から魔力の線が出ています。その人自身は、知らないうちに」


 僕の脳裏に、この世界の人全ての頭の上から細い糸が出ている光景が浮かんだ。それは、まるで……誰かに意のままに操られている、人形みたいに。


「でもそんな、全ての人に何かできる存在なんて……!」


「そう、わたしたちが知っている相手なら、できるんじゃないですか? ……たとえば、女神なら」


「でも、どうして……」


「わかりません。……だからこそ、聞いてみるんですよ。あの馬鹿女に」


 そう言い捨てるトアの言葉には、何か怒りが含まれている気がした。これは、女神に対する……?





「そういえばトアって、どうして他の世界に行きたいんですか?」


「……知っていますか? この世界で死ぬと、一度女神の元に戻って、そしてまた生まれ変わるんです。この世界の中で、女神の元でね。実際、これまで女神の思いつきで世界は何度も荒れた。この世界は、彼女の箱庭みたいなものだと、そうわたしは感じています。その中にいる玩具みたいなものが、わたしたち。彼女は、その箱庭から出て行くことを、玩具に決して許しません。……なんだか、腹が立つじゃありませんか」


「腹が立つ?」


「そうです。わたしがたとえ、女神に作られた存在だとしても。与えられた役割を『はいそうですか』と素直に受け入れるのは、どうも性に合わなくて」


 そう言って、口の端だけをかすかに上げ、トアは皮肉げに笑う。その目はどこか挑戦的で。僕は同じような台詞を、ゲームの中の彼女から聞いた記憶がかすかにあった。……きっと。見えないフードの奥では、あの時も彼女は、今と同じような表情を浮かべていたんだろう。あの時は僕らは最終的には敵だった。けど、今は味方だ。……いや、助けてもらいまくってるのは今も昔も一緒だけど。





「だから、あなたとわたしは、理由は違えども。この世界から出たいという点においては、数少ない同志なんでしょうね。……他の世界の存在を知らしめてくれたあなたには、感謝しています。戻ることを全く諦める様子がないのにも。戻れることを疑っていない、その能天気さにも」


 そう言って彼女は静かに笑った。そして座ったそのままの姿勢で、彼女は突然ぎゅっと膝を抱え込む。


「…………ねえ、わたし、最近思うんです。あなたとわたしなら、いつか、この世界の果てを越えられるんじゃないかって。おかしいですよね。何の、根拠もないのに。……あなたはそれを聞いたら、変だと笑いますか?」


「……いえ。私も、そう思います」


「何の根拠もないのに?」


「ええ、ないのに。それも一緒です」


 僕らはそう言った後、お互い顔を見合わせて。……どちらからともなく吹き出し、声を上げて笑った。それはきっと、僕たちの未来に対するどこか前向きな笑いで。それは僕らのうちどちらが欠けても、存在しなかった場面。


 僕は彼女の笑顔を見ながら、不意に思う。この光の降り注ぐ中庭での、彼女と2人での今日の出来事を……僕は一生忘れないだろうと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[良い点] つまりはこれから野宿すればいいんやな! [一言] 全員の魔力の細い線を切って回れば女神を弱体化させれる可能性が微レ存
[一言] これは元の世界のフードさんは嫉妬したりして。 はたしてトアとフードさんが対面することはあり得るのかどうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ