パフェは血より重い
のんびりゼカさんとカフェでだべった後、僕らが家に帰るべく道を歩いていると、男2人組から急に声を掛けられた。
「……そこの怪しい君。ちょっと待ちなさい」
「ゼカさん呼ばれてますよ」
「なんであたしよ。そっちでしょ」
……また職質か。と思いつつ声を掛けてきた人の方を見ると、なんか警察的な人とは違う雰囲気だった。なんか神父みたいな服を着てる。黒で、立襟の背広服みたいな。十字架とか握らせたら日曜の教会にいそう。……教会? なんか、最近気を付けろって言われたような……。しかしこれまで教会が絡んでくることなんてなかったのに、なんで急にいきなり?
「とりあえずご用をお聞きしても? あと怪しいなんて言うのやめてください。ゼカさんはこう見えて他人を思いやれる優しい子なんですから!」
「庇うふりしてあたしをディスるのやめてくれないかなぁ……」
「……他人を思いやれる優しい子なんです」
「やめて! それだけ抜き出されてもなんか嫌!」
「なあ、そろそろいいかな」
「あ、ごめんなさい」
「はーい」
とりあえずゼカさんと2人でぺこりとお辞儀をして、僕らは話を聞く態勢になる。
「で、声を掛けたのは。君たち2人とも、そんな魔力なのにうちの名簿に登録がないよね。何者なのかと思ってね」
また登録かい。もう住民登録はロランドに任せたからいいんだけど、まだあるの? ……あれ、ロランド作ってくれるって言ってたよね? ちょっと自信なくなってきたけど、うん、確かそうだったはず。
「何か手続きで漏れがあったならすみません……えーっと、名簿というと?」
「私たちは教会の者なんだが、教会では一定以上の魔力の持ち主を名簿化していてね。そのはずなのに、名簿にない人間が2人も一緒に歩いている。……ちょっと気になってね」
「……それってそっちが単にリストアップし損ねただけなんじゃ」
「いや、もちろんそうだ。ただ、協力をお願いしたい。なに、少しで済むから」
何か協力を求められているらしい。……うーん。怪しいからぶっちぎって家に帰るべきか。この手の輩が「少しで済む」と言って実際そうだった試しなんてないからね。きっと話している最中に偶然通りかかったというこの人の先輩が話しかけてくるはずだ。その前に離脱すべきだろう。そう僕が考えていると、くいくいと袖をゼカさんが引っ張ってきた。
「なんか困ってそうだから、協力してあげたらいいんじゃない?」
「まあ、ゼカさんがそう言うなら……。それで、協力ってどうすれば?」
「おお、ありがたい! では、血を少しくれないか。それだけでいい」
……怪しいー! 暗黒の儀式とかに勝手に使われそう。地獄の悪魔を呼び出すみたいな。名簿化できるくらいみんなそれにあっさり協力してるの? そっちの方がおかしいやろ。異世界にオレオレ詐欺の名簿屋があったらそのリスト高く売れそう。
「ちなみに、血で何かできたり、わかったりするんですか?」
「うーん、私にはそこまで教えられていなくて……ただ、コップ一杯貰えたらそれでいいそうだ」
「少しとはいったい」
……でも今なんとなく、違和感があった。ふふふ、この人は嘘をついている。どれどれ。血で何ができるのか、っと。
『種族、魔力の把握、現在地の探索、本人がいなくても教皇との契約が可能』
ほうほう。……おや? 最後の1個ってどういうことだろう。……まず教皇って誰やねん。いやたぶん教会の偉い人なんだろうなーっていうのはわかるんだけど。というか契約って本人がいなくても可能なんだ。これ絶対トアには内緒にしとこう。ショックでまた寝込んでしまう。
……でもこれってさ。別にそんなメリットじゃなくない? だって誰か1人と契約したら二重契約できないんでしょ? なら本人がいなくても契約できるって、そんなに名簿化するほどじゃ……。よし、さりげなく聞いてみるか。……できるかな?
「あの、ちょっと今の話で気になったことがあるんですけど」
「なんだい? なんでも聞いてくれていいよ」
「……えーっと、二重契約ってできないんですよね? それって例外なく、なんですか?」
「『今の話で気になったところ』ってなんだったの……あ、ひょっとして、あたしのため……? いや、それでもタイミングおかしいけど。……でも、ありがとう……」
「……そうそう! そんな話をさっきしてたばっかりだったんです! 複数人と契約ってできたらいいのになって!」
僕の質問だけだとやっぱり唐突過ぎたらしく首を傾げていた2人組も、ゼカさんの援護射撃により違和感が消えたらしかった。ナイスアシストだゼカさん。そんなゼカさんはぎゅっと手を胸の前で握りしめて感動してるみたいだった。おおう……なんか、罪悪感が……。別にゼカさんのこと考えてそう言ったわけではなかったんだけど。よし、ゼカさんにはお詫びもかねて、後でめっちゃ高いパフェ奢ってあげよう。さっきの店で最後頼むか迷ってたやつ。
「いや、例外はないと思うよ」
『教皇様だけは何人とでも契約できるらしい、って話は聞いたことがある』
「え、なんでですか!? それずるい!」
「そうだよ! 何とかならないの!?」
「いや、そんなこと言われても。……ずるい……?」
しまった口滑っちゃった。でもゼカさんがヒートアップしたことで僕の失言はスルーされたみたいだった。ゼカさん今日何アシストしてくれてるんだろう。異世界のイニエスタかな? よし、やっぱりゼカさんには後でパフェ2杯奢ろう。お代わりもいいぞ。
……でも教皇が何人とでも契約できるならそれって最強やんけ。何人分も力使えるってことでしょ? チート過ぎるやろ。チートはいかんぞ、不公平な。……あれ、でも今……?
僕が自分のことを棚に上げて大いに憤っていると。能力を展開していたおかげか、ゼカさんの「何とかならないのか」という質問に対して相手が一瞬、何かを考えたのがわかった。……お、これ何とかなるの? なら知りたい。ゼカさんも契約に入ることができたらそれが一番いいんだし。だってその教皇はできてるわけだもんね。それを真似したらいいのでは。
……むむむむむむ……? でもなんかこれについては相手の心が読み取りづらい……。しかしこのチャンスを逃すべきではない気がする。多少不自然でも、ええい、いったれ。僕は集中しながら相手の顔をじーっと見上げた。当然というべきか、相手と目が合う。うーーん……?
「……あの、君、どうしたの? 黙ってそんなにこっちを見つめられても……」
「いえ、あと少しだけ!」
「ええ……?」
「ごめんなさい、この子たまにちょっとおかしくなっちゃうけど悪い子じゃないんです。……ごめんなさーい!」
ゼカさんはやばいと思ったのか僕の横でペコペコと頭を下げ、ずるずると僕を引っ張ってその場を脱兎のごとく後にした。当然僕も引っ張られてその場から消える。そして街角で曲がり姿が見えなくなるその瞬間に、不意に相手の心の声が聞こえた。……複数の契約を成立させる、その方法について。
『――なんでも教皇様は、女神様から特別に許されたとか』
「もう、なんだったの? そりゃああいうこと聞いてくれて嬉しかったけど……その後はただの変な人だったよ。次からもっとマークされちゃいそう……」
「ゼカさんナイスです。最後の離脱のタイミングと速度も、見事でした。……ではちょっと作戦会議しましょうか、さっきのカフェ辺りで。会計は任せてください。……パフェ3杯、奢ります」
「3杯!? そんなにいらないよ!? 太っちゃう!」
「食べられなかった杯数は次回持ち越しでいいですよ」
ならいいや、全制覇しようっと! と言いながらウキウキでカフェに向かうゼカさんの背中を見ながら僕は考える。……この問題を何とかするためには、女神と話す必要があるかもしれない。ただ……危険だろうか?




