契約するのってなんでも意外に大変だったりする
開幕直後に僕はえいや、と絵筆を振った。……何が出るっけ? 正直何が出るかはわからないけど、ここは強いけど目立たない、そんないぶし銀が望ましい。打順で言うと2番、ダイの大冒険でいうとクロコダイン的なやつ来い来い来い……お願い!
ところが、そんな僕の希望とともにポン! と出てきた魔物はやたら大きかった。僕の目線の高さだと、膝くらいまでしか収まらない。この時点で嫌な予感。目立つ度と大きさは得てして比例する。……しかしそうするとクロコダインって目立つな。いかん、念じるところから失敗してしまったか。
そして僕がそろそろと正面に周って見上げると、どうやら召喚したのは4メートルを超える鬼の巨人、オーガだった。魔王城の外をよくうろうろしてるあいつ。……アカン。「強い」の部分では申し分ないけど、「目立たない」の部分では0点である。だって3階くらいの高さに顔があるもん……。これが目立たないのなんて魔王城くらいだよ……。
こうなったら短期決戦で終わらせるしかない。あ、でも僕に魔法が飛んで来たら効かないことがバレてしまうな。僕がオーガの方を見上げると、言いたいことが伝わったのか、僕を大きな手で拾って肩に乗せてくれた。なんだかナウシカで巨神兵に命令する性格きつそうな女性将校になった気分。……よし。僕は残り5人の方を指さして命令する。
「……では、薙ぎ払ってください!」
そして轟音とともに、一瞬で勝負はついた。壁にめり込んだ僕以外の対戦相手はどうにか掘り出され、救急室へ緊急搬送される。
「私の勝ちということで。これから先、トアにお願いを聞いてほしい人がいたら、まず私を倒してからにしてください」
ざわざわ、と騒がしくなっている地上に降りて、僕はとりあえず胸を張って宣言しておく。……こんな約束で戦ったかな? まあいいや、大きく間違ってはいないはず。しかしクラスであんな群がってきたらサボりたくなるに決まってるやろ。……まあ、実際サボるかどうかは置いといても。
僕がトアのところに戻ると、彼女はお上品モードを崩さず笑顔で迎えてくれた。ただ、クラスメートが5人薙ぎ払われて壁にめりこんだ直後だと考えるとそれって逆に怪しい気もする。
「……この上ないほど目立ってましたね」
そうだね。もうこうなったら開き直るしかない。あれを目立ってないと言ってしまえる方法を残念ながら僕は思いつかなかった。オーガを追加で5匹くらい召喚して大暴れさせたらうやむやでなかったことになるのでは、と一瞬考えたけど自重する。
「勝ったんだからいいじゃないですか。ふふ、見てました? うごくせきぞうとキャットフライくらいの差がありましたよ」
「……ではこれで、あなたのお願いを聞かないといけないわけですか」
そう言ってトアはじっと僕の方を覗き込んでくる。……あ、そうだった。トアにお願いを聞いてもらうためにはまず僕を倒してからにしろ、じゃなかったか。ふむ。どうしようか。そもそもこの勝負も勧誘のために始めたわけではあるけど。
「うーん、それなんですけど。やっぱりいいですよ」
さっきクラスの他の人が誘ってるのを見て思ったんだけど、無理やり聞いてもらったところでなぁ。ここは契約したい! とトアが思ってくれることが大切な気がする。会の戦力の底上げは必要ではあるけど、今日明日って話でもないし。
「いつか自分から契約したいと言わせてみせます。……あ、今言ってみません? ほらほら」
「言いません」
くそう。どさくさに紛れて言ってくれてもいいじゃないか。あ、でもそれだと無理やりとあんまり変わらないか。けど僕がお願いを聞いてもらえてない状態だと、いいこともあるしね。
「それにちょうどいいじゃないですか。私がお願いを聞いてもらってない間は、他の人はお願いできないでしょう? だって順番を抜かしたら緊急搬送されるとはっきりしたわけですし。ふふふ、群がる級友から会員を守るというのも会長の仕事です」
「そうするとあなたは会員を守るためには、ずっとお願いを聞いてもらえないということになりますが」
……そういえばそうなるな。僕がお願いを聞いてもらってしまうと次の人が来てしまうわけか。会員を守るためにはお願いを聞いてもらう訳にはいかなくなる。なんと契約できないではないか。
僕とトアがそんな会話をしていると、シャテさんが呆れたような顔でスタスタと寄ってきた。
「どうしたの? 結局あなたのお願いって何なのよ」
「えーっと、一言で言うと私の前で飲まず食わずでひたすら踊ってほしいっていう……」
「……何それ!? そりゃ断るわよ!」
そうシャテさんと話していると、ふう、とトアが溜息をついた。そしていつものように、あーもうしょうがないな、という顔をして、ゆっくりと首を振る。
「わかりました。……いいですよ。なんだかあなたを見てると心配になりますから。……それに、わたし、副隊長ですからね」
そう言って、彼女はほっそりとした手を僕の方に差し出した。苦笑いのような、でも透明な笑いを顔に浮かべて。仕方がないなぁ、というその気持ちが、能力を使わなくても伝わってくる。……僕は初めて、彼女の本当の笑顔を見た気がした。そして僕らは、そっとお互いの手を重ねる。僕の手の中に納まった小さな彼女の手は、ひんやりと冷たかった。
「がんばってください!」
「がんばって!」
「がんばれー!」
その後、僕とシャテさんといつの間にか現れて合流したゼカさんの3人で僕の部屋へ移動し。そこで僕の前で踊るトアをみんなでひたすら応援した。既に2時間ほど経っていて、なんか効率よく踊ってたっぽくて最初は全然疲れてなかったトアも、今はふらふら。ただそれでも彼女の動きは未だに滑らかだった。この子踊る才能もあるっぽい。無敵か。
僕はせめてもと思い、自分も2時間じっとしたまま彼女を見守った。シャテさんとかも、ずっと声援を送ってくれてて応援の熱量はすごいんだけど絶対これが何のためかわかってない。ゼカさんも拳を上げて応援してくれてるものの、彼女もこれが何の儀式か本当に理解できてるのかどうか。
「ぜー、ぜー……わたし、もうこの会やめる……やめてずっと部屋で寝る……」
「駄目です。ずっといてください」
「応援されると腹立つ……なんでわたしだけ……」
「がんばれー! 諦めないでー!」
「……ああもう馬鹿ばっかり……こんな世界なくなったらいいのに……」
なんか危険な台詞が混じるようになってきた気がするぞ。……でもそういえば、この子ってなんで他の世界に行きたいんだろう。ちゃんと聞いたことなかった気がするけど。
それから、踊る方も見守る方も休憩なしで4時間半ほどが過ぎ、ようやく無事に契約は終了した。ゴロンと床に寝転がって大きく息をつくトアに、3人で駆け寄る。
「よく、頑張ったわね……ベッドでゴロゴロしてる時より今のあなたの方がずっと素敵よ」
シャテさんが目の縁の涙を拭きながらそうねぎらいの声を掛ける。……たぶんシャテさん的にはサボらずに最後まで頑張ったということを見届けて感動してるんだと思う。もうこれ母親やろ。
「最後まで上手だったよ! 見られてよかった!」
ゼカさんも胸に手を当てて熱い感想を述べた。ただ違うんだ、これ契約のためで別に発表会とかじゃないんだよ。君もやっぱりわかってなかったか。
「お疲れさまでした……ありがとうございます」
そう言った僕の手をぎゅっと握って、トアは横になったままこちらを向いた。乱れた髪がべったりと汗の滲んだ額にへばりついている。彼女はどこか安心したような瞳でこちらを見て、少しだけ微笑んだ。
「これで繋がりましたよ……あなたと、わたし」
あ、そうだ。体力回復といえば、僕っていいアイテム持ってるじゃないか。僕は部屋の棚にしまっていたコートを取り出し、床に寝たままのトアにふぁさっと掛ける。
「これ……なんですか……?」
不思議そうな顔をするトアの元にしゃがみこみ、僕は笑顔で解説を加えた。
「このコートは 精英大師 といって、体力を回復させる能力があるんです。今は何も気にせず、ゆっくり休んでください」
「……そんなものがあるなら……最初からこれを羽織って踊れば……よかったのでは……」
まだ肩で大きく息をつくトアからそんな意見が出された。……確かに一理ある。その意見を聞いて笑顔のまま止まった僕のみぞおちに、無言で放たれたトアの拳が突き刺さった。
「ごふう!」
契約は確かに、その効果を発揮しているらしかった。久しぶりに感じる痛みとともに僕はそれを理解する。それは、ちょっぴり昔を思い出させる、どこか懐かしい痛みだった。
なぜ会長なのに副隊長なんだ




