会議は踊る、されど進まず(2)
「……あの、私ってどんな人だったか覚えてます?」
「とんでもないお節介」
即答されてしまった。しかも修飾語が追加されてる。これ絶対根に持ってるやつだ。
「あ、いや、そういう性格みたいなのじゃなくって。……属性というか、種族というか」
僕がそうトアに尋ねると、彼女は何か可哀想なものを見るような目でこちらを見てきた。マジかこいつ自分のことも覚えてられないのかよ、みたいな顔だ。大変遺憾である。昨日覚えてたことを今日忘れてるのは国民全員の方なんだよ。そう考えるとこの国大丈夫か。
「御使いでは? アンナちゃんからそう聞いています」
「正解です。なぜ覚えているんですか」
「意味不明です。なぜ忘れた前提なんですか」
僕たちは顔を見合わせた。……そうか、忘れてた。まずは状況を説明しなければ。
「なるほど。……状況は理解できました。……信じがたい部分もありましたが、いちおう信じましょう」
「ありがとうございます! それでどうして覚えてるんですか?」
その問いに対してトアはうーん、としばらく考え込んだ。
「そうですね……おそらくその先輩が魔法を発動したときに、わたしが武装を整えていたからですかね」
「武装?」
「ええ。……ちょっと色々本気で取り組んでみようかと思って。それで久しぶりに武装を揃えてみたんです。わたしの愛用のローブは魔法を含めた全てを遮断する機能を持つので、それで相殺されたのかと」
武装だって。フルアーマーガンダムみたいになったトアを僕はちょっと想像した。無駄に大きいハンマーとか撃つのに時間がやたらかかるビーム砲とかロマンを感じる兵器が満載の。え、いいじゃないか。そうそう、こういうのでいいんだよ。
「完全武装見たいんですけど」
「いや、正直装備するだけで疲れましたし。その調整で徹夜したのに……こんなことでまた働かされて」
そう言いながらカウンターと同化する勢いでぐてーっとする彼女は、確かに疲れ果ててるように見えた。うーん、どうしたものか。何かこの子の体力のなさを埋める方法はないかなぁ。
「で、この資料を読んでもらった上で、先輩の話との整合性をお互いで確認した後に、いくつか出てきたわからないことについて話し合いたいんですけど」
トアはそれを聞いてうへぇ、という顔をした。口に出さなくても「やることが多い」と顔に思いっきり出てる。
「あなたはもう読んだんですよね……どうでしたか? もう気になったところだけで……」
「正直公式記録は当てにならないということはわかりました。でも、気になることがあって。結局、御使いは泊まっていた宿から出ようとしたところで闇に消えた、というのが公式です。……で、ここ。失踪する直前の御使いの行動なんですけど。誰も来てないのに不意に窓を開けたり扉を開けたり、ということが何度もあったようなんです。どうしてこんな記載をわざわざ残しているのかっていうのが疑問で」
久しぶりの来客だと思ったら窓に激突するカナブンだった、とかそういうあれではないと思う。トアが以前言っていたことを僕は思い出していた。……「その記載に意味がないのにわざわざ残しているなら、それは事実なんだろう」。
トアも僕の話を聞いてふむ、と真剣な顔になり、目を閉じて何かを考え込んだ。
そして腕を組んだまま彼女が全然動かなくなったので、僕はそーっと顔を覗き込んでみた。なんとなく、何が起こっているか想像つく。いつのまにか彼女の小さな肩はかすかに上下していて、すーすーと規則正しい寝息も聞こえた。やはりこやつ、隙あらば寝よる……。
「ほらやっぱり! 寝ないで! 起きて!」
肩に手を当ててガックンガックン彼女の軽い体を揺らすと、トアははっと目を覚ました。彼女は目をくしくしと擦りながら、寝ぼけたような声でぽつりと呟く。
「……なぜか誰かに引っ張られて、ひたすら屋台巡りをさせられる夢を見ました」
「そんないい夢を見ているときにすみません」
「いえ、別にいい夢では。……なるほど……ならとりあえず、その先輩の話と合わせて、1つアドバイスを。……これから先、誰かに外から呼ばれても、扉や窓は開けないようにしてください」
「え、なんでですか? もし開けたらどうなるんです?」
そう聞く僕の顔を見て、トアはふう、と大きく溜息をついた。なんかいつものことだけど呆れられてる気がする。でも、その後に出てきた彼女の台詞は、いつもと違ってあまり穏やかではなかった。
「その記録が確かなら、……腹を食いちぎられますよ」
……ん? なんか今やばいこと言われなかった?
そう僕が混乱している間に、トアはさらりと次の話題に移ってしまう。
「それで、わからないこととは?」
「……まず、先輩の話に出てきたこの『彼女』って、私の世界から来た人だと思うんです」
僕が指を立ててトアにそもそもの前提を説明すると、彼女は驚いた様子もなく、静かに尋ねてきた。
「どうしてそう思うんですか?」
「……人類が月に立てることを知っているところとか」
「なるほど、あなたの世界では月に行った人間がいるというわけですか。……それはそれは」
首をちょっと傾けた後、彼女は少し目を見開いた。ちょっと驚いてるみたい。
「で、その『彼女』はたぶん女神にだと思いますけど、約束してもらってますよね。特別に元の世界に返してあげる、と。じゃあこの『彼女』は、いったい何が特別だったんでしょうか」
「さあ……それはわからないです。手掛かりが少なすぎます」
確かにそうかも。この人がどうして戻してもらえたのか、っていうのがわかればと思ったけど、さすがに無理があったか。
「……あたしが来てないのに2人で何か進めてる……妬ましい……」
不意にそんな声が聞こえたので、ふと顔を上げると。武器を置いてる棚の陰から顔だけ出して、いつの間にか来たらしいゼカさんがこっちをじーっと睨んでいた。
そしてゼカさんはいそいそとカウンターにやってきて、僕とトアの間に無理やり入ってくる。その結果として、ただでさえ狭いカウンター裏は3人でぎゅうぎゅうになった。明らかに定員オーバー。
「せ、狭い」
「なんでカウンターに無理やり入ってくるんですか……」
「だって……」
場所を移そう。あ、でも外に出たら僕が国家権力にしょっ引かれてしまうのか。どうしよう。そう悩んでいる僕を見て、トアは目を閉じ、今日何度目かの溜息をついた。
「あのですね、明らかに怪しい挙動でなければ声なんて掛けられませんよ」
そして僕ら3人は彼女が言った通り、誰にも声を掛けられずにカフェに辿り着くことに成功する。……さっきの僕ってそんなに怪しかったかな? 笑顔で一歩ずつ踏みしめるように道を歩いてただけだと思うんだけど。それすら許されないとか。ここはサイレントヒルか何か?
「あーつかれたー……」
しかしいかん。カフェに歩いて来ただけなのに、副隊長がさっそく電池切れになっている。まだ話し合いも進んでないのに。でも、毎回こうだとさすがに会の運営に支障が出るな。僕とゼカさんだけだとなぜかあんまり話が進まないし。ふむどうするか。
僕は紅茶を飲みながら、副隊長の体力不足をどう補うかを考えた。ふむむむむ。
……あ、そうだ! いいこと考えちゃった。僕とトアで契約したらいいんじゃなかろうか。なんかクララさんが言ってたところによると、飲まず食わずで祈って踊ったらいいんだよね。……トアが。
……無理かな? 契約できる前に死んじゃいそう……。でもそれさえ乗り越えたら、僕って今は体力だけはあるから、能力共有出来たら最強じゃない? どうだろう。僕もひょっとしたら魔法を使えるようになるかもしれないし。おお、なんとメリットだらけではないか。こんなことを思いついてしまう自分の才能が恐ろしい。
「ねえ、トアに提案というかお願いがあるんですけど」
「なんですか……?」
半分寝ながら、紅茶を口に運びつつトアに返事をされた。なんて器用な。……うーん、苦役を課しちゃうわけだし、ここはめいいっぱいの笑顔で勧誘してみよう。僕がニッコリ笑いかけてみると、彼女はどうやらいちおう目を開けて、話を聞いてくれる体勢になった。
「あの、私と契約してくれませんか?」
「……ぶーーっ!!」
トアがなぜか突如噴き出した紅茶は、正面に座っていたゼカさんにもろにかかる。うわ。とりあえず、僕は固まっているゼカさんのびっしょびしょになった顔を拭いてあげた。これ口に入れたの全部吹いたやろ。テッポウウオかな?
「え、なんであたし紅茶吹きかけられたの……?」
僕にも全然わからない。ひょっとして僕の提案に感動しすぎたとか? その手があったか! みたいな。違うかな? 違うな。普通は感動したからって口に含んだものを噴き出したりしないだろう。人がみんなそうだったら、感動映画を上映しただけでえらいことになってしまう。……その後、ゲホゲホと咳き込むトアが再起動するまで、実に5分くらいの時間を要した。
「あの、嫌です」
そして、ストレートに断られてしまった。予想外。このままだと僕の魔法ライフが閉ざされてしまう。この会の運営も。
「ど、どうしてですか!? なんとかお願いしますよ!」
「え、あの。嫌なんですけど……そもそもまず、なんでこの場でそれを頼もうと……他の人もいる場所で」
トアはゼカさんの、拭いてもまだ紅茶の雫が滴り落ちている顔をちらりと見た。そしてそこで初めてけっこうびしょ濡れのゼカさんに気づいたようで、「濡らしてしまってすみません……」と頭を下げる。
「いや、なんであたしは紅茶吹きかけられた後にさりげなく邪魔者扱いされたの……?」
怒るより先に疑問が来てるのか、ゼカさんは心底不思議そうな顔をした。……しかし、そうか。契約をお願いするときは他の人間がいる場所ではしてはいけない的な異世界ルールがあったのかもしれない。ならばそれには倣わねばなるまい。
「ならあとで2人でいる時にあらためて頼みます。トアの部屋とかで! それならいいですよね!」
「もっと嫌です」
今度は体を引いて、すごい拒絶されてしまった。おおう、そんなに嫌がらなくても……。ちょっと悲しい。
「そんなぁ……」
がっかりする僕を見て、さすがにしまったと思ったのか。少し慌てたようにトアは弁明(?)した。
「いえ、そのですね。別にあなたのことが嫌いとかじゃないんですよ。でも……いや、その……さすがにちょっと困るんです。あなたもそうでしょう。だってあんなに嫌がってたじゃないですか」
「私は全然困らないです!」
何を困る要素があるんだ。僕にとってメリットしかないのに。
「……いや、その。はい。ありがとうございます」
困惑したように、なぜかお礼を言われる。……相棒に選んでくれてありがとう的な?
「……ということは!」
「しません」
「なんで!?」
「逆にどうして思いついたみたいにそんなすっぱり決断できるんですか。だいたい他にもっといるでしょう」
うーん。他にいるかなぁ……。
「これまでの付き合いでどんな人かはわかってるつもりですし。他にもっていうならそうかもしれませんけど。その中で、契約する相手があなただったら一番いいなぁ、って思ったんです」
「……その、なんて言ったらわからないんですけど、えっと、ありがとうございます。……いや、でも、その……いろいろ問題が……」
「嫌ですか?」
「嫌というか……さすがにちょっと考えさせてほしいというか……」
お! これちょっと前進では? どっちか考えるところまでは来てくれたらしい。やったぜ。
「わかりました! 私、待ってますから!」
「……えー……はい……」
僕とトアの話を隣で聞いていたゼカさんは、何度も首を傾げながらやっと話に入ってきた。ごめん、置いてきぼりにしちゃって。
「あのさ、結局全然わからなかったんだけど、何の話?」
「その、ですね……」
なんかこの話になってからトアの口が重い。眠気はどこかに行ったみたいだけど。そしてなぜか代わりにめっちゃ目が泳いでる。
「契約の話ですよー」
僕がそう答えると、トアはこちらを見て、マジかよこいつ答えるのかよ、みたいな顔をした。え、これ内緒にしないといけないやつ……? まあでも答えちゃったし、もう止めるわけにもいかないか。
「契約って?」
「御使いのです」
「……御使い?」
そう不思議そうに尋ねるゼカさんの顔を見たらわかった。記憶ぶっ飛び組だ。というかもうトア以外全員ぶっ飛んでるっぽい。伊達に国民全員が射程範囲だと言ってたわけではないらしい。先輩恐ろしい。
「まあいろいろあるけど、私とトアが契約したいね、って話です」
「え、雇われるの?」
「いや、もう少しお互いフラットな関係というか。ねえ、私達、そういうのがいいですよね?」
「関係成立を前提として話をしないでください。まだ決めていません」
「……はーい」
「え、したらいいじゃない。なんでそんなに迷ってたの」
いやいや。君の想像を超えた苦役を乗り越えないといけないからね。そうほいほいと決められるものでもないのだ。トアの苦悩もわかるというもの。
「何せ、ひたすら祈って踊らないといけないですからね」
「……ん? 踊る……?」
それを聞いてなぜか今度はトアが、未知の言語でいきなり話しかけられたみたいな不思議な表情をした。
「踊るって、どういうことですか?」
「え、リズムよく手足を動かすみたいなあれです」
「いえ、意味を聞いてるわけではなくて。……契約の方法は、踊る……? 前は、確か違うことを言っていませんでしたっけ」
「あ、はい。実はそうらしくって。というか、私が知らなかったみたいで、なんでもいいみたいです」
それを聞いて、トアは天井を仰ぎ、次に下を向いたと思うと一瞬で真っ赤になった。……あれ珍しい。どうしたんだろう。と、彼女は俯いたそのままでぼそぼそと何かを言い出した。……なになに? というか耳までめっちゃ赤いね。
「……わたし、今日は駄目です。……お願いですから帰らせてください……」
なんと。でも確かに徹夜明けって言ってたし、紅茶も吹くし、突然顔色が変わるし。こうして列挙すると大丈夫だと思える部分があんまりない。ここは休んでもらった方がよさそう。
「……大丈夫ですか? 送っていきますよ?」
「いえ、今は1人にしてください……ちょっともう死にたいだけです」
「それ1人にしたら駄目なやつ!」
ゼカさんと僕の再三の申し出にもかかわらずトアは頑なに断って、1人で帰っていった。そして僕らはぽつんと2人で残される。
「確かに副隊長、今日はちょっとおかしかったもんねー」
「ですねえ。まあ徹夜明けってそうですよね。あ、かかった紅茶大丈夫ですか?」
「染みにはならなさそうだしいいや。でもあたし、今日さ、……わかっちゃった」
仰々しくそう言って僕の方に乗り出してきたゼカさんは、珍しく真剣な顔をしていた。ゼカさんって正直頭はよくないけど、こういう時は本質を突いた発言をするような気がする。僕は彼女の次の言葉に耳を傾けた。
「紅茶は浴びるより飲むのに限るね」
……うん、気のせいだった。それすっごいどうでもいい。




