ふるさとは、遠きにありて
結果を伝えるたび、部屋の空気はどんどん重くなっていった。……ちょっともうどう声をかけていいかわからないんですけど……。
ロランドはやたらカクカクした動きで部屋の中をひたすら歩き回ったり、何度も立ったり座ったりを繰り返している。ひきつった笑いを浮かべながら。……うん、気持ちはわかる……。
「薄々勘付いてはいたが、まさか俺にこんなに人望がなかったとはな……」
……いかん、とてもネガティブになっていらっしゃる。フォローせねば!
「現状が把握できただけ前進と、そう考えましょう! 前向きに!」
「そういう台詞はこっちを向いてから言ってくれないか」
……ついつい、自分でも気づかず目をそらしながら言ってしまったみたいだった。この現実は僕が直視するにはちょっと重過ぎた。
「……ロランド様、何かご用がおありですか?お呼びとのことですが」
そんな会話をしていると、コンコン、とノックの後に。入口でも僕を案内してくれた執事のお爺さんが、ひょっこりと現れた。うわぁ……最期の刺客やでぇ。僕がこれから起こる惨劇の予感に両手で顔を覆って、その指の間からちらっと確かめる。…………ん? あれ?
「し、白です! 白!! 信じられません!!」
「…………じい! 俺は! 今猛烈に!! 感動しているぞ!!!」
「……!?」
ロランドはものすごいダッシュで執事の元に駆け寄り、握手を求めた。ぶんぶんその手を振り回している。その後、執事のお爺さんは部屋にあった大量のお菓子を両手に持たされ、疑問の顔のまま部屋を去っていった。
それを見送って、彼は椅子に座り、ため息をつく。この短時間で大変お疲れのご様子である。
「とりあえず、最後に安心した……。現状も確認できたしな」
「……本当に、良かったですね……。しかし50人中、執事のお爺さんが白、あとはグレーがせいぜい5人で、残りは黒とは……」
「具体的に言うのをやめろぉ!」
「ご、ごめんなさい……。それで、どうするんです? 家督はちょっと危なさそうというか。ちらほらクーデターとか、そういう気配も感じちゃいましたけど」
「ま、まあいざとなればこの家は弟にくれてやるさ。……それにいい、言う通り、現状は確認できたんだからな」
「いいんでしょうか……」
なんか、しょんぼりとしてしまう。それでも。知らないより知っといた方が、良かったのかなあ。ロランドは、それでも笑って口にした。
「いいんだ!……すまない、あと1つ、頼みがある。……俺と契約して、これからも力を貸してもらえないか。……1人でも味方が、欲しいんだ。当然出せる範囲で給料も出すし、何でもする。ひょっとしたらこの街を出ることになる、かもしれないが」
そう言う彼の言葉が本心だと、僕にはわかる。だからこそ、できる部分では力になれたら、という気になった。……貴族って割に、そこまで常識外れじゃないみたいだし。
「……ちょっと責任も感じるので、別にいいですよ。……あ、やっぱりその前に。契約したらどうなるのか、教えてもらえます?」
……ただ、契約のハンコをつく前には約款を確認すべし。僕の短い社会人経験がそう言っている。……なんかほらよくあるよね、騙して奴隷にするぞ! みたいな展開とか。いやまあ疑っている訳ではないんですけれども。テンプレ的に。
「契約すると、俺とお前の能力が共有される。俺の能力の一部をお前は使えるし、お前の能力の一部を俺は使える。お互いに力の底上げはできるはずだ」
……あれ、契約って雇用じゃない方?魔法的な方のことっぽいね。
「ふむふむ。……デメリットは?」
「契約を解除するまでは、他の奴と契約ができなくなるな。当然お互いから自由意思で解除はできる。相手の同意は必要ない。……契約は精霊と、ということが多いんだが、御使いでも内容は変わらない、はずだ」
うーん、なるほど……。特にデメリットではないような……? 二重契約ができない、ってだけだよね。すぐ解除もできるみたいだし。向こうの同意がなくても。
「わかりました。別にいいですよ」
「そうか! ありがたい! ……それじゃあ早速寝室に行こう!」
そう言ってロランドは僕の手を取った。大きい手で、ほとんどすっぽり僕の手は包まれる。……こうして並ぶと、僕ら随分身長差があるなぁ。
……ん? でもなんかおかしくない? 僕は相手を見上げて尋ねた。
「……どうして寝室が出てくるんですか?」
「契約には性交渉が必要らしいからな」
「絶対しねえ!!!」
手を振り払い、大きく2、3歩後ろに下がる。僕の人生で一番早くバックステップできたと思う。エロゲ設定か! ……その反応をどう解釈したのかわからないけど、ロランドは安心しろ、と言わんばかりのリアクションで続ける。
「俺もしたことないが爺やが教えてくれるから大丈夫だぞ」
「いきなり3人で!? 余計嫌だ! いや、いてもいなくても嫌だけど!!」
そういう問題じゃない。男とそういう関係になるくらいなら死ぬ。死んだばっかりだけど。
「……どうしたんだ、急に?」
何故そんな行動を取られるのかわからない、という表情をロランドはした。……その傷ついているぞ、って捨てられた子犬みたいな表情をやめろ! ……いや確かに、できる部分では力になれたら、って思ったけれども! できる部分をはみ出し過ぎ!! やっぱり貴族ってどこかおかしいわ、と僕は再認識し、脳内に「常識のある貴族は存在しない」と素早くメモをした。
「……あのね! そっちが正直に話してくれたからこっちもぶっちゃけるけど! 僕は前世は男なの! だから、絶対契約は、し・ま・せ・ん!」
死んでもしない。勢いでぶっちゃけすぎたような気がするけど、本心である。
「御使いにも前世があるのか!? …………わかった……強制はできないし、契約もしなくて構わない。ただ、……力を貸してもらえないか。……どうしても今は、味方が、欲しいんだ……頼む」
――そう言って、頭を下げられた。うーん……
ただ、しばらくその姿を見ていると、……『周りに味方がいない時の気持ちは良く分かるから、何とかしてあげたい』と、自分の内側から、そんな声が聞こえた気がした。……。まあ、現実を突きつけた責任を感じなくもない……けど。
「……わかりました。じゃあせめて。……あなたの周りにたくさん味方ができるまでは、力になります。……私の目的に反しない範囲で、という限定ですけど」
その差し伸べられた僕の手を見るロランドは、救われた、という表情を見せて、大きく息をついた。そのまま僕らは握手する。こいつ今日何度も握手してんな。
「……ありがとう! じゃあ、さっそく契約の方も」
「それはしません! それが最低条件!」
即座に手を振り払う。意外に強引に自己主張をぶっこんでくる奴である。味方がいないのってそういうところだぞ、きっと。大いに反省するべき。
その後、彼はきっとそれでは悪いと思ったのだろう。何気なく、次の一言を口にした。
「……じゃあ他に俺ができることは……。そういえば、さっき言ってたな」
――お前の最終的にしたいことって、なんだ?
そう問いかけられて、僕はどう伝えたらいいか少し迷って下を向いた。……視界に、変わってしまった自分の小さな体と、身につけているワンピースが目に入る。この状態で? どうやって? 問題点はいくらでもあった。でも……。
――しばらくして僕は顔を上げ、相手に分かる範囲で、正直に告げる。……したいこと。
「……えっとですね。難しいかもしれませんが。……故郷に帰りたいんです。ずっと遠くにあるので、いつになるかはわからないんですけど。でも、絶対帰ります。……まだ、色々と途中な気がして」