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不在証明

 僕らはそれからしばらく馬車に揺られて、海辺の街を目指す。そしてひたすら長く続く坂道を馬車が登り切ると、今まで斜面で遮られていた目の前の景色がいきなりぱあっと開けて、青く一面に広がっている海と空が僕らを迎えた。空には雲一つなく、海は空よりちょっとだけ濃い青で。ここから見下ろすと、海までの道は下り坂になっていて、きらきら日の光を反射している海のそばに街が広がっているのが見える。海の方から吹き抜けてくる潮風が馬車の中まで吹き込んできて、僕らの髪を揺らした。


「わぁ……」


 ゼカさんが窓から外を眺めて、声を上げる。ゴトゴトと揺れながら、僕らを乗せた馬車は、海辺の街へ降りていった。





 さて。ではこの街の副町長に会いに行かねば。僕が知る限り、ここの副町長は人の精神とか魂を実験してた、というよくわからない人で、ゲームを作った黒幕だった。……僕の世界では。なのでこの世界の副町長もきっと何か関係があるんじゃないだろうか。クララさんも怪しいと言っていたし。


 ……でもさっそく問題が1つ。……どうやって会ったらいいのかな? こっちではまったく面識がないんだよね。いきなり押し掛けてにこやかに対応してもらえる可能性はあんまりないだろうし。なのでまずはこの高い関門を越える方法をなんとか考え出さないといけない。


「なんで難しい顔してるのかな?」


「いえ、この街の副町長に会いたいんですけど、どうしたものかと」


「なんだそんなことかね。私の知り合いだ、紹介してやろう」


 マジか。考え始めて1分経たないのに、もう高い関門越えられちゃった。ウルタルはやっぱり教科書に載るレベルの人と言われるだけあって、偉い人にも顔が利くらしい。……偉くても全部許されるわけじゃないけど、今回お世話になったしもう少し優しくしてあげよう……。






 そして僕は部下っぽい人に案内され、さっそく副町長の部屋に通された。とりあえずお辞儀とともに挨拶をしておく。


「こんにちは。……初めまして」


 すると副町長は席から立ち上がり、黒目の大きな感情の読めない目で、僕の方を見ながら微笑んだ。ただ、目だけが見事に笑っていない。外見は僕の知っている通り。……そして確かに怪しい。いかにも何か企んでそう。デスゲームとか唐突に始めそうな顔をしてる。……偏見かな。


「……ほう、これは可愛らしいお嬢さんだ。この街へは何か目的があって?」


「ええ、ちょっと調べ物がありまして」


「それはそれは。何か手掛かりが見つかることを祈っていますよ」


 僕はニッコリ笑いながら、彼にさりげなく握手を求めた。そしてがっしりと手を握ったままで会話を続ける。


「ありがとうございます。……ところで」


 なんですかな、と言う副町長の目を覗き込みながら僕はストレートに尋ねた。


「……あなたは人の魂に関する研究について、何か知っていますか?」




 ……なんと驚くことに副町長は白だった。あんなに怪しいのに。でも心を読むときに違和感もなかったし、僕の能力を誤魔化している感じはしない。


 ……なら、どうしてゲームでは副町長が運営っていうか黒幕だったんだろう? たまたま選んだのがここだった、ってこと? 確かにあの人って運営だったんだから、どんな姿にもなれたんだろうけど。でもそうすると、もう手掛かりなんてないじゃん……。





 僕とその後ろをカルガモのようについてきたゼカさんは、その後も当てもなく街の中を歩き回った。しかし何も手掛かりは見つからない。だって何を探してるかもわからないんだから、それも当たり前だった。


「いったい何を調べたらいいんでしょう……」


 僕は手に持った海鮮の串焼きを見つめながら溜息をつく。ちなみにここの串焼きは使われてる食材が新鮮のようで、身が大きくプリプリとしてて大変おいしい。さすがクララさんお勧めのグルメの街なだけある。


「よくわからないけど、サロナが知ってる副町長とさっきの本物、喋り方は一緒だったんだよね。なら副町長を知ってる人ではあるんじゃないかな」


 もぐもぐとこれまた大きな魚のフライが挟まれたサンドイッチを頬張りながら、真剣な顔でゼカさんも意見を述べてくれた。……なるほど。それもそうだ。ふむ。


 えーっと、探している相手の条件を整理してみよう。ここの副町長と知り合いで、魂とか精神の研究をしていて、他人を実験台にしても心を痛めなさそうな人間。……あれ……?


 なんだか僕とゼカさんの間で、ホワホワと容疑者の顔が浮かんできたような気がした。


「……1人いますね」


「いるよね」


 でも、そんなわけない。だってここは、あのゲーム作成者がいなくなった後の世界なんだから。





「……あれ、ウルタルってどこ行ったんですか?」


 その後ルート先輩と合流したところ、あたりにウルタルの姿は見えなかった。……はぐれて迷ってるのかな? 僕がそう思ってきょろきょろと辺りを見回していると、先輩はおかしそうに笑った。


「迷うわけないよー。だって先生は昔ここに住んでたことがあるんだから」


「……ここに、住んでた?」


「うん。ここでね、翻訳魔法を完成させたんだって。……前に言ってたよ。ここが自分にとっては始まりだった、って」


 ……なるほど。少なくともウルタルにとって、ここは意味のある街らしい。……うーん……また当てはまってしまうのか。けど違うのが確定的に明らかだからなぁ。


 でもそもそも、僕が探す条件に当てはまる人間ってそんなにいるんだろうか。「調べておく」ってウルタルが前に言ってくれてから、その後全然続報がないんだけど。よし、合流したらこれも聞いてみねば。





「――ああ、以前君が言っていた件か。魂の研究をしていて、街の人間の人格をコピーしていたのが発覚して追放された人間がいないか、だったな。断言しよう。調べたが……そのような人間は、過去に1人も存在しなかった」


「……存在、しない……?」


 なんでそんな風に断言できるんだろう。だってこの人でも、この国の人間全てを把握してるわけじゃないはず。例えばすみっこの方でこっそり生きてたらわからないよね。


 僕のその疑念に気づいているだろうに、ウルタルはそれには答えず。しかし、嘘をついている様子はなかった。……答える気はないけど、何らかの手段で把握できるらしい。国の人間全てを。……え、それはそれでやばいような気が……。




 ただ、ウルタルは肩をすくめていちおう補足する。


「まあ、それこそ50年も昔の話ならわからないがね」


 ……いや、昔の話じゃない。あの予言者の子は、ゲームでもこの世界でもほぼ同じくらいの年齢で存在していた。ということは、ここ最近の話のはずで。


 それなのに、あのゲーム作成者のような人間は、この世界のどこにも存在していた様子はなかったという。……ならあの人は、どこから来たんだろう。そしてあれはいったい、誰だったんだろう。副町長の顔をして、その後ろで僕と話していたのは。


 すると僕の周りの、陽の光に満ちた明るい街の風景が、海の匂いのする潮風が、雲1つない青空が。突然なぜか恐ろしくなった。……じゃあ、ここは、どこなんだろう。僕がよく知っているはずのこの海辺の街が、急に知らない作りものみたいに見えてくる。


 寒気とともに、全身が粟立つのを感じた。僕は自分の身体を両腕で抱きしめるようにして小さく震える。……自分もなんだか作りものみたいな、そんな感じまでしてきた。そのままいつ薄くなって消えてしまっても、おかしくないような。そんなこと、あるわけないのに。



 そんなとき、そっと僕の手が誰かに握られて、ちょっとびくっとしてしまう。僕が顔を上げると、ゼカさんが隣で僕の手を握り、こちらを真剣な顔で覗き込んでいた。


「……何か、怖いの?」


「……はい」


「握ってると、怖くない?」


 目を閉じて、自分の中の気持ちを確かめてみる。なんとなく、握ってもらってる今の方が、さっきより少しだけ怖さが和らいでいるような気がした。確かに僕がここに存在していると、そう言ってもらってるような気がして。


「……少しだけ」


「そう」


 その後ゼカさんは何も言わず、海辺の街を出てから転移魔法で魔法都市に帰るまで、ただ僕の隣でずっと手を繋いでくれていた。……あれこれと何か聞かれても答える余裕はなかったから、それが逆にありがたかった。





 そして、転移の魔方陣に入って街に戻るころになると、僕はちょっとだけ落ち着く。……よし。あのゲーム作成者の痕跡がこの世界にないのはわかった。ただ、あの人はそういうのも消せそうな気がするし。それにどっちみち、僕は帰れればいいのであって、正直ここがどこなんだろうと関係ないのだ。うむ、解決。


 深呼吸を1度して、僕は隣で座っているゼカさんにお礼を言うべく顔を上げた。いつの間にか、彼女にだいぶもたれかかってしまっていたみたいで、僕が顔を上げるとすぐ前に彼女の顔がある。そして目が合うと、彼女はなんだかちょっとあたふたした。


「ありがとうございました。落ち着きました」


「いや、えっと、正直なに言ったらいいかよくわかんなかったから……。……大丈夫?」


「あ、そうなんですか。でもそれ正解でした。ゼカさんが隣にいてくれて、助かりました」


「そ、そう……?」


 そう言ってそっぽを向く彼女の頬は、少し赤かった。それを見て、僕もちょっと照れる。……なんか素直にお礼を言うのってちょっぴり恥ずかしい。きっと言われる方もそうなんじゃないかな。


「そうだ、お世話になったから今度は私が何かしてあげたいんですけど……何かしてほしいこととかありますか?」


「えっ? ……えーっと、うーん、でもいいのかな……?」


 彼女は僕がそう言うとやたら真剣な顔をして悩み始めた。……何頼む気やねん。でも今なら結構なんでもOKだから言ってくれていいよ。僕が手を広げてニッコリ笑い、ウエルカムな感じを出したのが良かったのか。彼女は手を繋いだままもじもじしながら、そのお願いを言おうとした。


「…………えーーっと、あのね」


「――ふむ、着いたぞ。では諸君、行こうか」


 そのウルタルの声に遮られ、ゼカさんのお願いは最後まで言い切られることはなかった。そしてなぜか黙って天を仰いだ彼女にその続きを僕が何度聞いても、答えは返ってこなかった。……いや、どんなお願いやってん。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゲームの時の副町長はいったい誰だったのか……(゜ω゜)
[一言] 気になるねぇ
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