旅で一番テンションが上がるのって準備してる時だと思う
さて、この世界にも怪しい副町長は存在しているらしい。これはさっそく海辺の街へ行かねば。……ということで色々準備をしないといけない。えーっと、どれだけかかるかわからないけど、とりあえず1週間めどでいいか。
僕は家に帰った後、バイト先への休暇の申請から始めた。まず、食堂のウエイトレスのバイトは、頼み込んだところ休みを快くもらえる。あとは……。
「ほう、休みが欲しいと」
「はい。調べ物があって、1週間ほど海辺の街へ行くもので」
「えー、私も行きたいなー」
ルート先輩がそう言って片手を上げてアピールしてくる。え、でも学校とかあるんじゃない? 僕が返事を迷ってると、先輩は手を上げたままぶんぶんと振ってさらに主張した。いや、見えてないから返事しないとかじゃないんだけど。
「なるほど、では同行して御使いの生態を調査する、という名目ではどうかね。もちろん私も同行しよう」
「先生、いいんですか!?」
意外だ。何か裏がありそう。僕が疑惑の目を向けていると、ウルタルは心外だ、とばかりにかぶりを振った。
「私ほど弟子のことを考えている師はいないよ」
……これ絶対裏があるわ。間違いない。……どれ、ちょっと探ってみよう。僕がウルタルの心の中を覗いてみようと意識を向けると、なんだか濁ってて中がよく見えなかった。そしてやがてその意識も弾かれる。ぐぬぬ。僕の能力の行使に気づいているだろうにウルタルは全く表情を変えていなかった。くそう、そのうち能力を進化させて、黒歴史とか絶対暴いてやる。
そう決意を新たにしていると。こちらを向いた先輩が、一生懸命両手をぶんぶんと振っているのにふと気がついた。……いかん、これ僕の返事待ちだ。
「じゃあ明日の朝出発ってことで、いいですか?」
それを聞いて「わーいさんせーい」と先輩は両手を胸の前で合わせて喜んだ。それを見て僕はちょっと安心する。
うん、なんだか今回の旅はストレス少な目、のんびり行けそう。……旅に行く前にストレスの心配をするってなんだかおかしい気もする。けど、そういう旅もあると僕はロランドとの冒険で知ったのだ。
……あ、そうだ。あとはそのロランドとの冒険で手に入れた素材をトアに渡してこねば。
僕が表通りの武器屋に行くと、トアはおらず、代わりにゼカさんがべちゃっとカウンターで突っ伏して昼寝していた。……なんだか店番みたいになってるけど、どうしたんだろう。火山に行ってから2人は仲良くなったのかな? うん、めでたい。
起きて起きて、とゼカさんを揺らすと、彼女は「ふぁっ」と言いながら体をビクッとさせてこっちを見上げた。……この店番、役に立つのかな? いやいやいかん、せっかく友人が社会復帰を目指しているのに、水を差すところだった。
僕は森に行った戦利品である、戦った石像の一部をはい、とゼカさんに渡す。
「これトアに渡しといてください」
「うん、……何これ?」
「森に学校の人たちと一緒に行ってきたんですけど、その時のお土産です」
「友達と冒険……うらやましい……」
カウンターに突っ伏したまま顔だけ上げて彼女は恨めし気にこちらを見た。いや、あの場にいたら絶対うらやましいなんて言えないから。「気まずい」を辞典で調べたらあの場面が事例として載ってても僕は驚かないぞ。
……それにしてもゼカさんってまだ同僚と微妙なんだ。№3の人とか、変態だけど避けたりはしなさそうだけどなぁ。……いや、あれは変態だからゼカさんの方が避けてるのか。
「ねえ、明日もあたし暇なんだ。遊ばない?」
「ごめんなさい、明日から1週間くらい先輩ほか1名と海辺の街へ行くんです」
「なんで!? なんでそんなに一緒に出かける人がいるの!?」
「いや、たまたまだと思いますけど……」
「あたしも海辺の街行きたい……」
そう言ってゼカさんは上げていた顔を再びべしゃっとカウンターに伏せた。……いや君、魔王軍としての責務ってどうしたの。神器探しは?
そうすると、彼女はうぅ……、と低い声で唸りながら言い訳めいたことを口にする。
「だって誰も見つけられてないんだもん……きっと誰も行ったことない秘境とかに隠してあるんだよ」
見つけられないのはそりゃそうだろう。あの絵だけで見つけられたら逆にびっくりだよ。あと君この前、その神器の隠してあるダンジョンに一緒に行ってるからね。まったく気づいてなかったけど。……あ、でも。
「魔王ってその状況に怒ったりしないんですか?」
「魔王様はそんなことで怒ったりしないよ」
ほう。こっちの魔王も器がでかいらしい。……ふむ、やはり組織のトップはそうでないといけないということかな。
「偉い人はやっぱり違いますねぇ」
「あ、でも。魔王様が取ってたおやつあたしが食べちゃったらその時はすごく怒ってた」
……器がでかい……? いや違うかもしれんこれ。そしてゼカさんって組織トップのおやつ無断で食べるんだ。傍若無人やね。……そういえばこっちの魔王ってちゃんと聞いたことなかったけど、どんな人なんだろう。
僕はそのへんにあった椅子を持ってきてゼカさんと並んで座り、こっちの魔王軍の現況についてもう少し詳しく聞いてみることとする。
「魔王様はね、日中あんまり動かないかな。でもその代わり夜になるとごそごそし始めて、ごはんとか探してたりするよ。ローブ着てるんだけど、すそが長すぎるみたいでたまに出歩いてる時はよく踏んで転んでる」
……それってほんとに魔王かな? 虫とか野生動物じゃなく? あとゼカさんは観察してないで、こっちの魔王に裾上げの概念を教えてあげてほしい。
「でも部下には優しいんだよ! あたしにも武器くれたし。……でも、あたしのナイフに触った後にパン食べてお腹壊したらしくって、それ以来避けられてるの……」
「なぜ毒ナイフを触った後にわざわざ手づかみで食べるものを……」
やばい。魔王軍の幹部もやばかったけど、さすがトップだけあってレベルが違う。ということは、頭脳でなく力で押すタイプなのかな?
「強いんですか?」
「らしいけど、あたしは見たことないなぁ。この前、真夜中に城の廊下を魔王様が歩いてたから、後ろから『わっ!』て脅かしたら思いっきり飛び上がって泣きそうになってたけど」
……それ避けられてるの毒ナイフのせいだけじゃないんじゃないかな。ゼカさんが思った以上にトップに対してやりたい放題すぎる。そして、やがてそのゼカさんは、もじもじしながら切り出した。
「……ねえ。あの、あたしも一緒に、海辺の街行きたいんだけど……駄目かな……? 神器の手掛かりがありそう、って言っとくから!」
「いいですよ。でも他の人もいますけど、大丈夫ですか?」
「……もちろん! ……ふふ、えっと、その……ありがとう。あたし、楽しみにしてるから!」
ゼカさんはそう言って座ったままこちらを向き、満面の笑顔になる。おお、こんなに喜んでくれるなら何より。それに、海辺の街ってきっと楽しいよ。ご飯も美味しいらしいし。なんとなくテンションが上がったので、よーし海に行くぞー、と手を上げてみる。すると、お、おー! と彼女もちょっと恥ずかしがりながら拳を突き上げてくれた。おお、意外に結構ノリがいい。
そしてそれからしばらく僕ら2人は、海辺の街の名物は何だ、とか、どういうところに行ってみたい、とか、旅行についてのたわいもない話をあーだこーだとして盛り上がった。
そしてそのまま軽やかにステップを踏みながら帰っていった彼女と別れてから、僕は肝心なことを話していないのに気づく。……そういやウルタルとゼカさんって大丈夫? 前ってやばい出会いじゃなかったっけ? でも、うん、時間が解決してくれてることを祈ろう。
「……嫌だぁぁぁぁぁ! ……か、解剖されちゃう……」
駄目だった。集合場所にやってきたウルタルを見た瞬間。僕の足にしがみついて叫ぶゼカさんを眺めながら僕はあらためて後悔する。いや、ほんとごめん。というかそもそも、時間が解決してくれるほど時間経ってなかった。
そんな中、ちょうどそこに手を振りながらやってきたルート先輩は、僕と僕の足に縋りついてるゼカさんを3度見くらいした。おそらく何度見ても解決しなかったのか。先輩は「?」を5個くらい頭の上に浮かべて首を傾げる。
「お、おはよー……それで、いったい何をどうしたらこうなるの……?」
そして、その後いきさつを聞いた先輩は大いに憤慨した。カッカッ、と靴音を鳴らしながらウルタルの方に大股で近づいていく。ウルタルは何食わぬ顔で、おはようルート君、と声を掛けるも、先輩はそれを無視してウルタルの前で仁王立ちした。
「先生……そういうのやめてくださいって! 私は言いましたよね!」
「聞いたがやめると言った覚えはないな。それに今は何もしていない。彼女が勝手にサロナの足に纏わりつき始めたんだ。いや、この場にたまたまいた地縛霊かと思ったよ」
「そんな問題じゃないんです! そしてその傍観者な口ぶりをやめてください! 完全に先生が原因じゃないですか! 信じられない! この子に謝ってください!」
そう言われて、見るからに渋々といった様子でウルタルはゼカさんに頭を下げた。
「すまない、さすがに地縛霊ではなかったな。私にもそれくらいはわかる。失礼した」
「前の行いを!! 謝ってください!!」
まだスタートしてもいないのに騒ぎが大きくなるばかりの一行を眺めて僕は思った。……これ今回の旅も、なんかやばいんじゃなかろうか。




