違うんです、って言って許してもらえる可能性ってそんなにない
僕らは転移の魔方陣で、ディルノスの森へとあっさり到着した。遠くまで続く重なって生える木々の間に、小さな小道が奥に続いているのが見える。僕らはその道を魔物に警戒しながら奥へと進んだ。
「じゃあ、今日は言動に気を付けてね」
「お前こそ、俺の足を引っ張るなよ」
ロランドとそう囁き合い、僕らはやや離れて歩き出す。
そして木漏れ日の中を歩いていると、すっと僕の隣にクララさんが並んできて、クスクスと笑った。
「ねえ、森好きなの?」
「まあどっちも好きですけど……どちらかといえば海より山派ですね。クララさんは?」
「んー、あたしって旅行が好きでさ。海山問わず、色んな所に遊びに行くのが趣味なの。この前もさ……」
その中で始まったクララさんの趣味話にしばらく耳を傾けていたら、ふと引っかかる会話があった。
「――そういえば、最近行ったのだと海辺の街が良かったわ。ご飯も美味しかったし」
「……海辺の街って、偉い人とかに会う機会ありました? 例えば……副町長とか」
「ああ、会ったわよ。なんだか怪しい人だったけど」
「怪しい!!!」
「な、なんでそこに食いつくのよ……でね、あたしもう1つ趣味があるの」
……そういや海辺の街行ってなかったな。忘れてた。帰ったらすぐ行こう。
森に来たばかりにも関わらずそう僕が決意を新たにしていると、ひそひそとクララさんが僕に耳打ちしてきた。
「あたし、人の恋愛話も旅行と同じくらい好きなんだけど。ねえ、ロイとどうして付き合わないの?」
……初対面の人に緑のギザギザの話をしても、おかしな人と思われてしまいそう。この人って昨日の告白事件を知ってる時点でたぶんロイの友達だよね。ならあんまりあれこれ言うのも……。
僕もひそひそと彼女に耳打ちして返した。
「……いや、ちょっとその……。あ、そうだ。私たち、賭けをしてるんです。それに勝ったら付き合う、みたいな」
「え、どんな賭けよ?」
「ロイが私に素手で勝つっていうのです。相手を殴ってKOしたら勝ち」
「……ひどい! え、体格差ありすぎじゃない!? まさかロイが言い出したの!?」
「いえ、言い出したのは私です」
「それもういつ付き合ってもいいってことでしょ!? そういう趣味でもない、のよね? もうやめたら? ……ねえ、この子を素手で殴って倒すのが約束ってホント? そんなこと止めなよ。見たくないよ」
「止めるっていうか、できないんだよなぁ……」
ロイの友人がクララさんの発言を聞いて天を仰いだ。一方ロイは力拳を握り締めてそれを僕に見せつけながら、爽やかに笑って宣言する。
「俺はいつか君を倒すぞ! この手で確かにやってみせる!! 待っててくれ!!」
うおおおお。ロイが喋るたびに暴風のようにやってくる『愛してる』の思考がやばい。でも一生懸命その思考の波を押し返していると、確かに扱い自体はちょっと慣れてきた気がする。トアのアドバイス的確。
「だからそれを止めろって言ってるの!? 耳がないわけ!?」
確かに何も知らないと、ロイの発言って笑顔で人を殴る犯行予告にしか聞こえないよね。すると、横で聞いていたロランドも不思議そうに僕に尋ねてきた。
「なんだ、今の話。俺を仲間外れにするな」
「あのー、えーっとですね……」
「俺がサロナさんに交際を申し込んだんだ。そして、それには自分より強くないといけないという条件を出された。俺は超えてみせる」
そうロイが胸を張って話すのを、なんだか不服そうにロランドは聞いていた。そしてぐいっと僕の手を引き、顔を近づけてくる。
「俺は聞いていないぞ」
「いや、別に言う必要ないかなって……なんか入院してたから」
「俺は主人なんだぞ! 俺を通さないとは何事か! けしからんな。まずあいつは俺を越えてからにするべきだ」
「いや、そもそも主人とか自称だし……それより仲良くするんでしょ。そっちを考えなよ」
僕とロランドが額を突き合わせてひそひそしていると、後ろの3人も同じように密談を始めた。
「……あの2人ってどうなの? 気は遣ってなさそうだけど」
「サロナちゃんって丁寧語じゃない時あるんだな。確かにちょっと砕けた雰囲気だ。意外に伏兵かもしれん」
森が静かだからか、お互い思いっきり聞こえてる。……伏兵っていうかロランドは地雷だと思うよ。しかも埋まってすらいないんだよなぁ。
しばらくして、2:3に分かれていた僕らはお互いに会話を止め、なんとなくニコっと笑い合った。そして再び森の奥に進み始める。今のところ好感度にほぼ変動なし。
そしてしばらく歩いていると、森の茂みからいきなりぴょんぴょんと大きなバッタが現れた。全員が構え、呪文を唱えだす。……僕以外。ちなみにロランドは僕を盾にした後に唱え始めたのでスタートがやや遅れた。
「……行きなさい、カヴァス」
やがてそう呟いたクララさんの手元から、2メートルを超える大きな犬が現れ、あっという間にバッタの頭を食いちぎる。……おー、召喚系の人だ。初めて自分以外の人を見たかもしれない。……後でちょっと参考に話を聞きたいかも。
「……この魔法? そうよ、いくつかの精霊と契約を結んでるから、すぐに召喚できるの」
「へえー。やっぱり召喚できる相手を自由に選べるのっていいですね!」
「……普通そうじゃないの?」
森の中の開けた広場のようなところで休憩中、クララさんに話を聞いていると、不思議そうにそう言われた。……やっぱり順番にしか出てこないのって、不便でしかないよね。クララさんは契約してるから自由に出し入れできるらしい。
僕はクララさんがどこからか取り出して配ってくれたコップを傾けて水を飲みながら考える。……あれ、でも確か契約って……エロゲ設定のあれでしょ……?
僕はさっきの犬が2メートル以上あったことを思い出しながら、クララさんの方を見た。自分の目が真ん丸になっているのがわかる。冷や汗も急にだらだら出てきた。……僕には召喚系、難しいかもしれない。いやたぶん無理。
僕の姿勢がちょっと引き気味になっていたのに気づいたのか、クララさんはちょっと不思議そうな顔で首を傾げる。
「急にどうしたの? さっきまでぐいぐい来てたのに、顔色悪いわよ。大丈夫?」
「いえ、あのその。契約って大変だろうなぁ、なんて……思って……あはは」
……しまった。スルーすればよかった。でももう言ってしまった以上仕方がない。僕はプルプル震える手を押え、次に来るであろう18禁間違いなしな話題に対して心の準備をした。一方ロランドはさっき座っていたところより明らかにこっちに寄ってきていた。ほんまお前、そういうとこやぞ。
「そうなの! 何日もさー。飲まず食わずでひたすら精霊に祈らないといけないから、根性がいるわね」
「……ん?」
なんか予想してたのと大変さのポイントが違うぞ。僕が今度は不思議そうな顔になったのをクララさんは気づいたのか、逆に聞いてくれた。
「どうしたの?」
「いえ、その、以前に契約しようと言われたことがあるんですけど。方法は性交渉しかないと言われて危うく寝室に連れ込まれそうになったので……」
そう話していると、不意にパキッと高い音がする。……なんだろ?
音が聞こえた方を見ると、ロイの持っていたコップがなぜか粉々に割れていた。一方、僕の話を聞いたクララさんはおかしそうに笑い声を上げる。
「いや、そういう方法もあるけど! 勿論それだけじゃないよ! 当り前じゃない! だいたいもっと大きな精霊とか実体のない相手だとどうするのよ。その相手、別の目的としか思えないわね」
言われてみたらそれもそうだ。僕はじーっとロランドの方を見て、ただただ非難の視線を送った。
「……変態だ……」
「知らなかったんだ!!!」
そう大声で弁解するロランドの肩に、ポンとロイが手を置いた。あ、「屋上へ行こうぜ……キレちまったよ……」みたいな顔してる。いちおう事実を弁明しておかねば。
「もちろん未遂です。寝室に行く前にボコボコにしました」
ボコボコにしたかな? 忘れたけどそうだった気がする。うん。ところがロイはポンポンとロランドの肩を叩いた後、にこやかに告げた。
「……さっき『自分を越えてから』って言ってたけど、越えさせてもらおうか。今、ここで」
「ちょっと待て! まだ包帯も取れてないんだぞ!」
じゃあ君はそもそもなんでその状態で冒険に来たんや。……あ、でもいかん。今日は級友と仲良くするロランドを応援するために来たんだった。このままだと仲良くするっていうか、行きと帰りで人数が違ってしまう。
「いや待ってください。違うんです!」
「何が違うの?」
……えーっと。何も違わないんだけどどうしたらいいんだ。
「……その……順番が違うというか……ほら、使用人と戦ってから主人を倒すっていうのが順番的に正しいんじゃないでしょうか。うん、そう、そうだ。だってバラモスより先にゾーマが出てきたらおかしいですもん。ただの出たがりになっちゃいますからね」
「何言ってるのこの子……?」
そしてそれでもなんとかその場は収まったものの(?)、再び先に進む僕らは大変ぎくしゃくしていた。
僕が能力を駆使して測ったところによると、好感度は平均-50といったところ。……-50!? 一気に限界を突破してる気がする。でも約1名が明らかに低くて足を引っ張ってるから、そこさえ何とかすればまだいける可能性が……うん。




