「ありよりのあり」ってつまり「KING OF KINGS」みたいな意味なの?
未来では僕は血まみれになって横たわってしまうらしい。それは嫌だ。ということで、海底神殿に行くまでにできる限りの強化をしておくべきだろう。すぐに取りに行けそうな魔王様の装備もあんまりないし、手元にある武器をまずは強化しよう。……とすると、まずは。
「ではさっそく心を読む魔法について、やり方を教えてください。私ってなんとなくしか使えないので」
「いきなり来て何ですか……めんどくさいんですけど……」
火山から帰ってきた翌日。僕はさっそく魔法学校のトアの寮室にやってきていた。彼女は今日もぐっちゃぐちゃの部屋の中、ベッドでぐーたらしていた。店に行ったらいなかったからこっちにいると思ったら案の定である。単位とか大丈夫? 学校に来るけど授業に出ないってどういう扱いになるんだろう。
そう僕が考えていたら、彼女にじっと見つめられ、さっそく何かを読み取られた気がした。
「あ、今何か読んだでしょう。それですよ、それ。私って読むのを制御できてないっていうか、読みたいときに読めないし、読みたくないときに伝わってきて、とっても不便なんです」
「あなたは能力とか使わなくても、何考えてるか読めます……」
そう言って溜息をつかれる。あ、今のは呆れの溜息だ。能力使わなくてもわかった。それでも手を合わせて、お願い、と粘っていると。トアは、あーもうしょうがないな、という顔をして体を起こした。
「……そもそもですね。心をしっかり読むためには、相手が心を開いていないといけません」
「ふむふむ」
「相手が自分のことを信頼していたり、好感を持っていたら、それだけで心は読みやすくなります」
「……ん? なら私の思ってることが伝わりすぎるのは、周りを信頼しすぎているが故と」
「それは全然違います」
そう言って彼女はもう1度溜息をついた。……やばい、呆れられてるのがすごい伝わってくるけど僕の制御能力が今飛躍的に開花しているわけではおそらくないと思う。でも、今そう言いましたやん。
「周り全員が心を読む能力を持っているならそうでしょうけど、そうじゃないでしょう? 単にあなたは顔に感情が出やすいだけです」
じゃあ能力を制御しようがそこはどうしようもないんだ……。いやともかく今は魔法の話が先だよね。
「続けます。逆に、相手の思ってることを読み取ろうとしていないのに伝わってくるなら、それは相手が一定以上の感情をあなたに持っているか、あなたが能力を制御できていないかです」
「可能性としてはだいたい後者だと思うので、制御の仕方を教えてください」
「簡単です。数をこなせばいいんですよ」
「えー……」
ほんと簡単に言うよね。でも結構数はこなしてきたのに改善されないから困ってるんだけど。
「ただしその際、1つだけ意識してください。……相手と自分の境界はどこなのか。それだけで、きっと制御は上手になるはずです。……あー疲れた」
その言葉を最後にごそごそとベッドに潜り込んだトアは、もう出てくる気配はなかった。僕はぺこりと礼をして、その場を後にする。
「あ、こんにちはシャテさん」
「あら、今日はどうしたのかしら?」
「個人授業を受けていました」
えーっと自分と相手の境界はどこなのか、か。僕はシャテさんとの距離を測る。だいたい1メートルくらい? でもたぶんこういうことじゃないよね。次に、なんとなく彼女の考えていることを測る。
『個人授業って何かしら……?』
お、伝わってきた。えーっと、相手の考えてることが伝わってきてる時に、相手と僕の思考の境界線はどこにあるのかな? 今まで考えたことなかったけど。
……なるほど。うん、ちょうど僕とシャテさんの真ん中くらい。全部こうじゃないの? ともかく1人目クリア。
「あ、ありがとうございました。参考になりました」
「何が!?」
「ではまた」
「ちょっと! 何なの!?」
『ちょっと! 何なの!?』
うおぉ、エコーかかる。……いや待て。今、境界線、僕の目の前まで来たぞ。その目の前まで来た境界線を試しに押し返そうとイメージしてみたら、シャテさんの心の声は遠ざかった。……おお。こういうことか。
「シャテさん今の素敵です。とてもいいヒントを貰いました」
「ちょっと待って! 説明していきなさい! 今のって何!?」
『また何かおかしなことを始めたの!?』
……また? 今までそんなおかしなことをシャテさんの前でやったっけ? 覚えてないな。覚えてないならきっとそんなにしてないはず。うん。
僕は彼女から逃げるため3階の廊下の窓から飛び降りつつ1人納得する。……いや、言い訳をさせてもらうと、シャテさんの追いかけてくる顔が怖すぎた。
「君! この前はすまなかった。どうか許してほしい!」
ほとぼりを冷ますべく、中庭をふらふら歩いていると次はロイに声をかけられる。きっと前にここで僕のお腹に思いっきり電撃魔法をぶち当てたことを謝ってるんだろう。ずっと待ってたわけではないだろうけど、またここで会うなんて偶然だね。謝罪の気持ちが伝わってくるのでもう許した。
「いえ、あのくらい別に構いませんよ」
「それでは俺の気が済まない! どうか埋め合わせをさせてもらえないだろうか……」
「いえ、そこまでしていただかなくても……全く痛くなかったですし」
ぱたぱた手を振って断っていると、その手を取られてなぜかぎゅっと握られる。……なんだろう。でもちょうどいいや、僕の実験台にしてあげよう。君は名誉二号機に任命する。えーっと、どれどれ……。二号機は今いったいどんなことを考えてるのかな?
「いや! 是非! ……そうだ、いい店を知っているんだが、どうだろう。ご馳走させてくれ」
なんか何かを思ってるみたいなんだけど、心の声が大きくて逆に読み取りづらい。暴風の中にいるみたい。……とりあえずまた境界線を向こうに押しやって……なんて言ってるんだろう。んー……? 僕は自分よりだいぶ上にある、こっちを見つめるその目を覗き込み、首を傾げて一生懸命読み取ろうとする。と、急に耳元で叫ばれたような大きな声が聞こえた。
『どうだろう、俺と付き合ってくれないか?』
「あわわわわわわ」
「ど、どうしたんだ?」
いやお前がどないしてん。この二号機故障してるよ。とりあえず握られていた手をそっと離し、僕は真後ろに3メートルくらい小刻みなステップでざざっと瞬時に下がった。
「……お断りします」
「どうして!?」
「さすがにそれを受け入れるのは無理ですよ……私が私でなくなるっていうか。うん、無理無理」
「そんなにか!? ……いやそんな半端な気持ちで誘ったんじゃなくて……」
「あーはい待て待て引くことも大事だぞ。ごめんなこいつ連れて行くから」
どこからか急に現れた友人っぽい人に引きずられて、ロイは嵐のように去っていった。僕はただ呆然とそれを見送る。……いやちょっと。2人目にして、魔法の制御どころじゃなくなったんだけど。
……心を読む魔法を練習していたら。唐突に、人生で初めて男に告白されてしまった。まあ今って顔はいいからね、中身は置いといて。しかし、うーん……。
僕はテラスでテーブルに頬杖をついて遠くを見ながら。さっきの衝撃的な記憶を少しでも薄めようと努力する。いや、そっかぁ……ちゃんと考えたことなかったけど、女性に生まれ変わったら恋愛相手は男なのか……。「芋けんぴ 髪に付いてたよ」とか言われるのか。いかんでしょ。
……いやでも、リアルに無理だぞ。さっきも正直素が出ちゃったくらい無理だった。男と付き合うか女子風呂に入るかだと、僕は間違いなく女子風呂にずっと浮いている方を選ぶだろう。そうだ僕、生まれ変わったら黄色いアヒルの玩具になろう。
「……はぁ……」
「やっと見つけた。さっきのは何なの……って。えらく元気がないじゃない」
「シャテさんは女子風呂にずっと私が浮いてたらどうします……? 遊んでくれますか?」
「……はぁ? ……もう、いったいどうしたの。言ってみなさいな。聞いてあげるから」
困った顔をしながらもそう言って、僕の向かいにすっと座るシャテさんは、きっといい人なんだろう。よし、相談してみようか。
「実は、さっき生まれて初めて男性に告白されまして」
あー、とテーブルにべちゃっとなる僕を見て、シャテさんは身を乗り出してきた。……意外にミーハーなのかなぁ。
「え、そうなの!? 誰に!?」
「それはさすがに言えないかなーって」
「……ならいいわよ。それにしても初めてだったのが意外ね……それで、どうしてそんなに元気がないの?」
「いや、男と付き合うって選択肢が私の中にないっていうか。お弁当の中に入ってる緑のギザギザって好物なの? って聞かれても、そもそも食べ物じゃないじゃないですか。今そんな感じです」
「ちょっと意味が分からないわ……」
だって試しにあのまま抱きしめられたらと想像したら、駄目だもん。さば折りとかの技を掛けられてると仮定したらギリギリ行けるけど、そういう感情を持たれてると設定したら頭を柱にぶつけたくなる。……あ、でもどうなんだろう。今って心は男なんだから、僕は女子ならOKなのだろうか。むむむ……?
「シャテさん、ちょっとこっち向いてみてください」
「もう何よ」
そう言いつつ顔を上げ、こちらを向いてくれる。律儀である。僕はじっと彼女を見つめた。金髪巻き髪に気の強そうな目と眉、高い上品そうな鼻すじ。細くてすらっとした長身。……うーん、美人。ただ見てるだけだとよくわからない。
「シャテさん次にちょっと私を抱きしめてもらっていいですか」
「ちょっと意味がわからないわ」
「……私にこれから先恋人が一生できないかもしれない、その分岐点が今ここなんです」
「何を言ってるの!?」
駄目だった。そりゃそうか、仕方ない。まあ今確認しなかったところで死ぬわけじゃないし。今度ゼカさんあたりをおやつで釣って頼むとするか。
「ならいいです」
「……何よそんな顔しなくたって。…………わかった、わかったわよ。立ちなさいな」
……え、マジで? 半分冗談で頼んだんだけど。シャテさん器広すぎない?
僕らは立ち上がり、お互いそろそろと少しずつ近寄った。そして、どうしよう……と2人してちょっとの間止まった後、シャテさんはおずおずと、僕の肩にそっと手を置いた。そのまま僕は不意にすっと抱き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられる。
……あ、触れてるところからシャテさんの体温が伝わってくる気がする。柔らかいし、なんかふわっといい匂いまでする。無敵か。……うーん、でもこれで興奮するかと言われたら特にそんな感じも……。
……いや、ちょっとドキドキしてる? でもこれはシャテさんの鼓動? 僕は自分より15センチ上にある彼女の顔を見上げた。抱きしめられてるからか、距離はほぼ0。なんかふわふわする感じもしてきたけど……。
「うーん、うーーーん」
「……で、何がわかるのこれで」
「いや、私、男はちょっと駄目っぽくて。で、女子はどうなんだろうと。今なんかふわっとした気分が出てきそうです」
「えっ」
それを聞いたシャテさんに、ばっと離された。僕らはちょっと黙ってお互いの顔を見合わせた後、どちらからともなく、また向かい合って座る。
「私の顔を見ながらそんな気分を出そうとしないでよ……で、結果、どうだったの」
「男に抱きしめられると泡を吹いて死ぬと思うんですけど、シャテさんに抱きしめられてる時はそれはなかったです」
「なぜかしら……全然嬉しくないわ……」
シチュエーションにドキドキしてるだけかもしれないしなぁ。でも協力してくれてありがとうシャテさん。僕は感謝の意を込めて、満面の笑顔でレビューを締めくくった。
「ありがとうございました。総合的に申し上げると、ありよりのありです」
……あれ? 使い方これで合ってるかな……? ありとなしで言えばあり、って意味だよね。
それから、なんとなくお互い気まずい感じになり。しーんとしたままちょっとそわそわしつつ2人して座っていると、そこに不意にさっきのロイの友人っぽい人がやってきた。そのまま、彼は親し気に僕の方に話しかけてくる。
「あ、ごめんなさっきは。よく言い聞かせといたから」
それを見て、シャテさんが興味ありげにちらりとその顔を見た。
「……この人かしら?」
「お、何の話?」
いやいや、告白した奴ならさっきの今でこんな風に入ってこんやろ。すっぱり断ってるんだから。……あれ、でもあれって心の声だったような気もする。そもそもってなんかお詫びしたいとか言ってきてたんだっけ……? 心の声が衝撃的過ぎて正直何にも覚えてない。
「いえ、この子がさっき告白さ「ちょっとシャテさん!!」
人が経験したばかりの衝撃的な体験をさらりとばらさないで。……しかし、その友人はハハハと軽く笑ってそれを流す。……あ、これ知ってたな。そして彼は不意に真剣な顔になった。
「気づいてたのか、思ってたより鋭いな。……でもあいつ、いい奴だぜ。俺が保証する。家柄もいいぞ。ここらで玉の輿乗っとくのも悪くないと思うぜ」
その結婚したらどうなるかとかいう話を進めるのはやめてくれ。その技は僕に効く。
「悪い奴だから嫌とかそういう話はしていません」
「じゃあ何で駄目なんだ?」
「……あなたが彼に『好きだ』と言われたらどうします?」
即OKとか言ってくれたらいいのに。なら全てが上手く収まる。二人は幸せなキスをして終了。ところが、その友人は至極当然のようにそのハッピーエンドルートへの選択肢を選ばなかった。くそう。
「いや、無理だろ……」
「それと同じ理由です」
そう言って、僕は話は終わりとばかりに自然に席を立つ。ところが腕を捕まれ、もう一度座るように促された。ちっ、勢いで誤魔化せなかったか。
「いや頼むから、意味わからんまま行こうとしないでくれよ」
よし、わかった。ならば、この緑のギザギザを売りつけようとしてくる悪徳商人を論破してやろうではないか。
「……だいたいそんなに接点なくないですか?」
雪の都の洞窟で会ったのと、教室ですれ違ったのと、電撃呪文を僕のお腹にぶち当てたのの3回しか接点ないはず。そして呪文をぶち当てた結果好きになったというならロイがただの変態になっちゃうし……。あ、いや待て。頑丈だから好きになった、という可能性もあるのか。でもこれってどっちかといえばスマホとかリュックとかの購入理由だな。たぶん違う。
とすると、候補としては残りの2回として、なんかあったっけ。そもそも僕も向こうがどんな人なのかよく知らんぞ。
「他人のためなら自分を顧みない、献身的な子だって言ってたぞ」
「献身的……?」
あなたはもっと他人の気持ちを考えて行動しなさい、と注意されたことはあるんだけど。ということは僕はそれできてないんじゃないかなぁ。
……献身的……? 僕って基本自分優先だし。洞窟でやったのはドラゴンとの殴り合いだし、教室でやったのもロランドを床に引きずったまま歩いたことくらい。あれ、僕の知ってるのと「献身的」の意味が違うのかな……? 全く思い当たる節がないってさすがにおかしくない? まるで知らない人の話をされてるみたい。
いや、これってひょっとしてまさか……違う人と勘違いされてるのでは……。となると、僕って違う人と勘違いされて告白されたのに、それを自分のことだと思って断ったのか。しかも男相手に。……やばい、恥ずかしいにも程がある……。僕は思わず両手で顔を覆って考えを続けるけど、考えるほどにその可能性が高い気がしてきた。
「手で覆ってもわかるくらい顔真っ赤になってるけど、大丈夫なの?」
「大丈夫です。ちょっとさっきの自分を殺して私も死にたいだけです」
「……それ大丈夫なのかしら?」
「頼むよ! せめてちゃんと話を聞いてやってくれ! さっきは途中だったみたいだしさ。ほら、この通り!」
* * * * * * * * * * * *
「……で、どうだった?」
「断られたよ」
「え、マジで? なんか脈ありそうだったけどな。顔赤くしてたし」
「確かに真っ赤だった。あとやたらに目が泳いでいたし冷や汗がすごかった。……困らせてしまったみたいだ」
「それがまた慣れてなさそうで良かったんだろ。正直になれよ」
「いや、まあ……。で、何度も必死に『私はそんな人じゃない』『他の人と勘違いしているのでは』と言われた。その後思わず手を握ったら、俺の手を振り払って。なぜか近くにあった柱に走り寄って、頭を何度もガンガンぶつけていた。無傷だったみたいだが大丈夫か心配だ」
「いや、ドラゴンに殴り勝つ女が複数いるわけねーだろ。あと俺はそう言ってるお前が心配だよ。後半は無傷だから大丈夫とかそういう話じゃねーぞ。俺ならその時点でなかったことにする」
「それでも、結婚を前提に付き合ってくれとひたすらに食い下がってみた」
「お、完全に負け戦なのに粘るな。ちょっと見直したわ」
「そうすると何かを我慢してるような顔で、『じゃあ私と素手で戦って勝てたらいいですよ』と……」
「ドラゴンに殴り勝つ女にか……」
「……俺は、強くなる」
「そ、そうか。まあ頑張れ」




