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人には誰しも触れられたくないことがある

 ザッザッ、と山道を登る足音だけが聞こえる。南の半島だけあってだけ蒸し暑く、じりじりした日差しが僕たちを照らしていた。ちらりと横をみると、シャテさんとか汗をにじませながらぜーはー息を切らしてる。それに比べ僕はいつもと同じ。……ふむ。自動回復のコートのお陰なのか、それとも僕の体がこのくらいじゃ疲れないのか、どっちだろう。


「どうしてこの子はこの暑い中火山に登るのにコートを羽織っているの……?」


 一方そのシャテさんは、そう言いながら隣から真剣な顔で僕の方を見つめていた。……防具としてコートを使ってる人もいるだろうから良くない? と思って着てきたけど、なんかやっぱり駄目っぽい……。




 そして僕らは次第に白っぽくなる砂礫を踏みしめながら進み、やがて山頂に着く。縁を越えるとそこからは下りの傾斜が窪んだ火口に向かって続いており、中央には時折どぱんと吹き上がる赤い溶岩が煙を上げているのが見えた。


「さて、では行きますか」


「本当に隠された入り口なんてあるのかしら……? 聞いたことがないんだけれど」


「あたし、初めて溶岩見たかも! なんかカッコいいね!」


 ……結局普通に魔王軍のゼカさんも連れてきてしまった。まあ、魔王軍の方々は神器の形も知らないということが判明してるしいいか。それにゼカさん相手なら形を知っていたとしても、世の中にはよく似たアイテムがあるもんだ、で誤魔化せそうな気がするし。


 そんなことを僕が考えている間に、僕らは火口の底近くまでたどり着く。えーっと、この辺だったかな? ……あ、あった。


 火山内部にあるダンジョンへの入り口を開くスイッチは、ぐつぐつ煮え立った溶岩に半分隠れているような状態でそこにあった。……確かにこれだとまず押す人がいないから、知られてないのもしょうがないか。


 僕はみんなを置いて、溶岩の近くに屈んで試しに手を近づけてみる。……ふむ。なんかあったまったカイロくらいの熱さを感じる……。よし、そのままボタン押したれ。ポチッとな。


 ……すると、ゴゴゴと音がして、近くの岩肌の一部が開いた。どういう理屈かはわからないけど、こちらでも自動化されているようで何よりである。僕は開いた部分を指さして笑顔で言う。


「じゃあ行きますか」


「待って待って。早くも疑問が多いんだけど」


 ぶんぶんと頭を振ってシャテさんが何か言いたそうにしているので、とりあえず、どうぞ、と促してみた。まだダンジョンに入ってもいないのに。なんだろ? 一番乗りは私よ! とかではなさそうな気がする。


「まず、溶岩にあんなに近寄って、どうして平気なのかしら? そしてあなたはなぜこんなところに仕掛けがあるのを知っているの?」


 あ、その後半の質問、触れないでほしい部分。ほんとのこと言うと前世の記憶で知ってるからなんだけど、それを言うと完全に電波な人になってしまう。どうしよう。……そうだ。RPGとかで街の人がなぜかダンジョン攻略のための暗号のヒントを知ってることって多くない? それっぽいことを言ったらどうだろう。


「えーっと、街で子どもが歌ってたわらべ歌を解読したらわかったんです。そんなことよりとりあえず中に入っていいですか?」


「あたしもここ熱いから嫌だなぁ。早く入ろうよー」


 シャテさんはそんな仲間の切実な要望を完全無視してこちらに詰め寄ってきた。ちょっと顔が怖い。


「それと! この中には何があって、何のために入るの? それがわからないと怖くて入れないわよ。それだけでも教えて。知ってるんでしょ?」


 知ってる。知ってるけど何のためにかは言えないんだよ。魔王軍のゼカさんいるから。……うーん、でも何があるかわからないから怖い、というのももっともである。神器がある、以外のこのダンジョンの話をすればいいか。僕は目を閉じながら顎に指を当てて、もう1度詳しいことを思い出した。


「んー、このダンジョンはですね」


「ええ」


「全体としてはドーム状の広い空間から成る地下3階層で構成されてまして。道中には罠は少ないんですが、だいたい一撃で死ぬようなものが多いですかね。出現する魔物も少なめですが、その分強力です。ほぼ炎系の魔物で構成されていて。そして一番下の層はこれまた大きな空間の中に溶岩の池みたいなのがあるんですけど、不死鳥がいます。こっちに炎を吐きながら時々空を飛ぶんですが、なんかラドンみたいでカッコいいですよ」


「詳し過ぎるわ……いったいどんな歌なの……? そしておかしい、最後まで聞いても入る理由が全然わからなかったんだけれど……」


 あ、でも解説してて思ったんだけど、危険な気がする。罠は僕が回避できるにしても、一緒に行く必要ないな。僕はひらひらと手を振りながらシャテさんに伝えた。


「あ、でも危ないからやっぱり来ない方がいいと思います。私が出てくるまでどこかで時間潰しておいてくれたら。……ほら、温泉とか探してみたら楽しいかもしれませんよ」


「……何よ、別に入らないなんて言ってないじゃない。入るわよ、入ればいいんでしょう! 別に怖いわけじゃないわ!」


「だってさっき怖いって……」


「言ってないわよ!」


 肩を怒らせてずんずんと入り口から中にシャテさんは入っていった。まあ、入り口奥の扉の開け方がわからないだろうから止まるだろう。そこまでは何もないし。


「他のお2人はどうされます?」


「あ、あたしは行きたい! 不死鳥見たいもん! あったかくて手触り良さそう!」


 お、おう。まあ、あったかいか冷たいで言うとあったかいに属するだろうけど。燃え上がる不死鳥をモフモフする気か。……護摩行か何か? オフの野球選手じゃないんだから。


 ……で、トアはどうするんだろう。そう思って僕が彼女の方を見ると、彼女は「もちろん入りますよ」と一言だけ言った。その時に僕は気づく。……3人の中で彼女だけが、汗をほとんどかいていなかった。





 火山の内部はドーム状の広い空間で、中には一面に広がる赤い溶岩と、その上に島のように浮かぶ岩場。その岩場の道を、僕を先頭にして4人で進んだ。


「あ、そこ踏んだら通路から溶岩が噴き出すので気を付けてください」


「そこの出っ張りを押すと壁から矢が大量に飛んできます」


 そんな中、岩場の陰から不意に、炎を纏った3メートルくらいの巨人が現れた。すかさずシャテさんがかざした槍から吹雪が巻き起こり、相手の全身を凍らせる。


 そして続いて出てきた火を吐く蛇を、ゼカさんの毒ナイフの斬撃が3枚おろしにした。おお、ほんとに斬撃2つ出るんだ。ていうかパーティーで進むとやっぱり楽かも。なんかゲーム内を思い出してテンションがちょっと上がってしまう。




「……あっつ! いたた……」


 そんな中、何体目かの魔物の吐いた炎がゼカさんの腕をかすり、軽い火傷を負ったようだった。するとトアが意外に素早い手つきで手当てをしてくれた後、溜息をつくとともにごそごそとリュックの中から籠手と胸当てを取り出した。


「やっぱりこれを貸してあげましょう。たいていの炎ならこれで防げます」


「あ、ありがとう……」


 それを受け取って胸に抱き、嬉しいような恥ずかしいような、そんな顔でゼカさんは笑った。そんな彼女に、トアもニッコリ笑って言う。


「代わりにあなたが神器を発見したときはわたしに全部くだ、いえ、見せてくれると嬉しいです」


 あ、これ、見せた後返ってこないな。暴利にも程がある。僕はシャテさんの隣に行ってひそひそと囁いた。


「あなたの友人が恐ろしいです。完全に横取りする気ですよあれ」


「私は全く同じことを言っていたあなたがそんなことを言うのが恐ろしいわ……」


 ……いや、僕はゼカさんに神器の場所が分かったら教えてとは言ったけど、くれとは言ってないから。その2つには埋められない大きな差があると思う。ただシャテさんはそう思ってくれないらしく、なんだかちょっと距離が開いた気がした。解せぬ。






 そうやって何体か魔物を倒しながら進んでいくと、僕らは溶岩が先に広がるばかりの行き止まりに行きついた。そしてそこの岩場の壁にはなんだかボタンのようなでっぱりがあった。……すごく怪しい。


 ……でもこんなのあったかな。ここって普通に先に行けるんじゃなかったっけ。……この火山って僕の担当区域じゃないからなぁ。正直曖昧で……。ただ、押してもいいや、とならないところをみると何かあったような気もする。えーっと、矢が飛んでくるとかじゃなくて……。


 僕が首を傾げながらあーでもないこーでもないとボタンの前で考え込んでいると、ゼカさんがしびれを切らしたように隣にやってきた。


「これって押すしかないんじゃないかな? 押すしかなくない? だって進めないんだし!」


 いやもう少し待って。えーっとここは一番上の階層で、ちょうど中央あたりまで来てるはずだか「カチッ」ら……ん? なんか今音しなかった?


 目線を上げると、ゼカさんがすごく嬉しそうな笑顔でえいっとばかりに壁のボタンを押しているのが見えた。いやまあ、押すしかないんだろうけども……。僕は何が起こってもいいように、きょろきょろと辺りを見渡す。




 ……それからやがて、ガガガと壁が上がって溶岩を遮り、通路が現れた。おお、正解だったらしい。ゼカさんが僕の隣でどや顔でこっちを覗き込んでくる。


「ほらー! ね、見た? 見た? ほら言ったでしょ! 大丈夫だって!」


「……うーん、そうみたいですね」


 そして踏み出そうとした僕とゼカさんの真下の床が消失した。……ほら言ったやん。待ってって。





 宙に浮いた一瞬、後ろを振り返るとふとトアと目が合った。だが、すぐに僕らは足元に開いた穴に落下し始め、あっという間に彼女は上の方に見えなくなる。


 嫌な浮遊感の中しばらく暗い中を落ちていくと、不意に周りの景色が一気に明るくなってぱあっと開けた。僕らは下の階層に天井から落ちてきたみたいで、はるか下を見ると赤い溶岩の海が広がっている。離れたところにいくつか崖っていうか大きな岩場が見えるけど、明らかに着地点付近には何もない。


 ……やばい。僕はともかくゼカさんはこのままだと死ぬなこれ。……あそこの岩場まで投げるか。でも普通に投げたら着地して衝撃で死ぬのでは。とりあえず落ちながらすぐ隣にいるゼカさんを抱き寄せた。ひゃっという声が聞こえるけどとりあえず説明はあと。……ごめん、今は女子同士だからセーフだと思って許して。


 さて。……投げたらあの岩場にうまくふわっと着地、できそう? そうコートに尋ねると、可能だと返事が伝わってきた。さすが魔王様コレクションのコートだけあって、耐衝撃性もあるらしい。有能。


「あ! 下が……! どうしよう!?」


「ゼカさんは着地の衝撃に備えてください」


「着地って、えっ、あの溶岩に? 衝撃とかそういう話なの? もうこれ、無理だよ、死んじゃう……ごめん、あたしが押したせいで……」


 そう会話している間にも、どんどん溶岩の海は近づいてくる。空中で涙目であたふたしている彼女にうまく説明する時間と自信がなかった。……いいや、投げよう。あとはコートに任せた。


「大丈夫ですから」


 僕がそう言って視線を合わせて笑うと、彼女はなんだか泣きそうな顔になってぎゅっと目を瞑った。その一瞬後に目を開け、真剣な顔になってこくりと頷く。そして下の溶岩を睨みつけて何かをぶつぶつ唱え出した。よし、たぶんこちらの意図は伝わった。僕はコートを脱いでそれごとゼカさんを、よいしょと思いっきりぶん投げる。


「えっ」


 彼女のその台詞を最後に、僕はゼカさんと空中で別れ、5秒くらい経って溶岩の海にばしゃんと無事着水(?)した。……たぶん大丈夫だと思う、僕って魔法で出した溶岩にも触ったことあるし。




 ……いやでも待て、思ったよりちょっと熱いぞ。やばい、熱めのお風呂くらい熱いこれ。上がらないとピンチかもしれない。……あっつ! あっつい!


 そうして溶岩の中を手足を振り回し、無我夢中でばしゃばしゃ泳いでると、いつの間にか岩場に辿り着いた。やばい、ちょっと舐めてたかもしれない。岩場に無我夢中で上がり、大の字になって体を冷ます。


 その後、ゼカさんが着地に成功したかを確認しようとしたけど、一生懸命泳いできたので投げた岩場の方向もわからなかった。きょろきょろと見渡したけど、見る限り人影はない。……第2階層、こうして見回してみると、岩場が多くて死角もたくさんあるもんなぁ。それなのになぜ着地点だけあんなに岩場がないのか。悪意を感じる。


 岩場に座って、ぱたぱたと手で自分を仰ぎながら、さっき落ちる直前のことを僕は思い出した。……あのとき目が合ったトアから伝わってきたメッセージが1つ。「後ほど、最深部で」。


 ……ふむ、あっちはあっちで下を目指すと。口で言ったらいいのに。……そもそもそれで伝わることをなんで彼女は知ってるんだろう。あとで聞いてみるか。


 そこから岩場を辿り、第2階層を抜けても、他の3人の姿は見えなかった。……まあ、最深部でっていうんだから先に行ったらいいのかな?






 そして辿り着いた第3階層。降りていくと、天井は高いものの第2階層までよりは広くない。それでも、向こう側の壁までは100メートルくらいはありそうだった。一面に溶岩が広がっていて、いくつか点在する飛び石のような足場がある。あたりに他のみんなの姿は見えなかった。


 見回すと、遠くの岩場に不死鳥がとまっているのが見える。大きさは4メートルくらいだろうか、大きく翼を広げ、赤い炎がその全身から燃え上がっていた。ふとその視線がこちらを向き、僕をにらみつける。




 僕は絵筆を取り出し、掲げた。


「―― 水彩画家(アクアレリスト) !」


 ポン、と空中から猿の魔物が出てきて、一直線に不死鳥の元に駆け寄っていく。しかし足場をぴょんぴょんと飛んでいく途中で溶岩にぼちゃんと落ち、猿は消えた。……おおう。そして、なんか不死鳥が「えっ何今の」みたいな顔で僕の方を見てくる。


 っていうかこれから何が出てくるのか正直わからん……。よし、どんどんいったれ。


 ポンポンポン、とどんどん筆を振るたびに亀、猿、カニ、などが出てくるけど、結局不死鳥の元までたどり着けた奴はいなかった。というか亀とカニは最初の足場に飛び移れすらしなかった。そのまま溶岩にのそのそ近寄っていき、ポトリと落ちて消えた。なんか見ててすごい切ない気分。


 不死鳥の方もなんだか困惑しているように見えた。そりゃあ目の前で延々と集団自殺を見せられたらそうか。……でもうん、無理な話だったかもしれん。ペンギンに空は飛べないの! と昔の偉人も言っている。よし、直接行こう。


 僕が岩場をぴょんぴょん飛んで不死鳥に近づくと、「こいつはどこで落ちるんだろう」みたいな顔をして眺めてきたので、その予想を覆すべく、近づいた勢いのまま、そのくちばしを思いっきり蹴り飛ばした。





 そのまましばらく不死鳥と素手でやり合っていると、不意に不死鳥が宙に飛び立った。……あ! 卑怯だぞ! こっちには飛び道具はないのに、っていうかあるけど弾が溶岩に自動でダイブしていくやつしかないのに。不死鳥はそんなこちらを煽るように、頭上を悠々と舞っている。僕がそれをぐぬぬと眺めていると、不意に後ろから声がした。


「あ、あれが不死鳥なの!? 思っていたよりずっと大きい……」


 振り返ると、シャテさんとトアの2人が飛び回る不死鳥を見上げていた。やがてゼカさんの不在に気付いたのか、シャテさんが僕に尋ねてくる。


「あら? あの子は?」


「えーっと、岩場に向かってぶん投げました」


「どういうことなの……」


 ……あ、そうだ。ゼカさんぶん投げ事件で閃いた。僕は不思議そうな顔をしているシャテさんを置いておいて、もう1度筆を振る。すると、ポン、と亀が出てきた。よっしゃ。


 僕はその亀を手に持ち、頭上を余裕そうに飛び回る不死鳥に向かって思いっきりぶん投げる。油断していたのか、不死鳥の翼のあたりに亀はゴッ、と音を立ててぶつかり、不死鳥はよろよろとよろめいた。


「アンナちゃん槍!」


「……あ、ええ!」


 そしてシャテさんが振りかざす槍から出た吹雪を、不死鳥はもろに浴びてふらふらと遠くに逃げていく。今だ。僕は筆を何度も振って、出たのがカニだろうが亀だろうが猿だろうが全部投げて不死鳥を狙う。ただ警戒されているのか、なかなか当たらない。……近くの方が当たるかな?


 僕が足場を飛んで近くに行くと、宙にいる不死鳥は口を開け、ゴオッと炎を吐いてきた。それを僕が片手で振り払うと、不死鳥は岸にいる2人の方にも炎を吐く。シャテさんが槍の吹雪で迎撃するけど、不死鳥の方が優勢のようで、その炎はみるみるうちに2人に迫った。……やばい! 僕が急いで駆け寄る中、シャテさんの焦った顔が見えた。


「―― 爆水破(アクアブラスト)


 そして不意に、小さく唱えられた呪文とともに巻き起こった水の竜巻が炎に正面から激突し、相殺する。伸ばした腕を下ろして、トアが溜息をついた。


「あー疲れる。魔法って効率良くしても疲れるから嫌い」


 ……あの子魔法は苦手って言ってなかったっけ……? なんか後で聞きたいことがどんどん増えていくんだけど……。でも、とりあえずは不死鳥を先に倒さねば。


 僕はもう1度、シャテさんとトアがいる岸に戻り、筆を取り出す。……やっぱりあんまり当たらなくてもここで魔物を投げ続けた方がよさそう。そうじゃないと僕がこっちに来る炎を防げないし。


 そして、えいやと僕がまた筆を振ると、これまでと違って。ポン、という音とともに、空中に3メートルくらいの大きなクラゲのような魔物が召喚された。


 ……あ、やばい。向こう行って行って! そう願いながら筆を振ると、それを汲み取ってくれたのか、クラゲはふよふよ漂いながら不死鳥の方に向かっていった。時折、ぽっぽっ、と霧のようなものを吹きだしている。僕は後ろの2人に振り返り、この場からの撤退を進言した。


「あの、逃げてもらえますか。とりあえず第2階層まで」


「急にどうしたのよ? あの魔物がそんなにまずいのかしら?」


「あれはリュリュといって私の元同僚で。えーっと、お茶目なところもあるんですけど、麻痺毒をひたすらまき散らす毒クラゲというか。そのうち、この第3階層全体に広がりますよ」


「元同僚? ……ってここ全体!? これまで出してたのと凶悪さが違い過ぎない!?」


 まあ、1個前ってカニだったからね。ちょっと落差が激しい。……ということは次はあいつの相方か。


 …… 水彩画家(アクアレリスト) さん、ちょっと相談。昨日、出す時間を長くできるって言ってたけど、次に出すのを限界まで出すとしたらどれくらい出せそう?


『……まあ、1時間が限度かしらね』


 おお、意外に出せるんだ。でもたぶんそこまで必要じゃないかな。


「じゃあ、10分くらいでお願いします。その前に決着は着くでしょうけど」


 そして、次に僕が筆を思い切り振ると、5メートルほどの大きなウツボが空中に現れた。そちらも、宙を舞う不死鳥の元に体をくねらせて移動を始める。


「でっか!? 不死鳥より大きくない!? 何よあれ!?」


「あ、あれはギーという名前で……」


 僕がシャテさんに説明していると、ウツボが大きく口を開いた。そこから眩い閃光が迸り、不死鳥を袈裟懸けになで斬りにした。大量に抜け落ちた不死鳥の羽が空中からばらばらと舞う。


「口から光線を出すことができます。最初に見た時は岩でできたドームに穴を開けて崩してました。こちらも私の元同僚、ちなみに№は30です」


「№って何!? そしてよりによってそんなのをここで出さないで!?」


 あ、そうかしまった。このままだと天井に穴が開いてしまうかもしれん。ほどほどにお願い!


 手を合わせてそう願った僕の意思が伝わったのか、一瞬ウツボはこちらを向いて大きく頷いた。……おお、さすが。どこぞの熊とは違うぜ。そして僕と同じ№30番台だけあって賢い。クラゲとかそもそもこっちを向いてるかどうかもわからないからね。正面どっちやねん。


 そしてぽっぽっ、とクラゲが吐き出す毒の霧の効果か、さっき食らったビームのダメージがあったのか。動きの鈍った不死鳥の翼を、再びウツボの吐いた閃光が貫通し、第3階層の天井にズガガンと轟音を立ててぶち当たった。……うん、あいつ全然わかってないわ。さっきの頷きは何に対してだったんだ。そして天井から溶岩がどろどろとこの第3階層に流れ込み始める。


 僕は振り返り、後ろの2人にさっき進言したプランを変更した。


「えーっと、やっぱり第2階層とは言わず、外まで脱出してください。あと第2階層にゼカさんがいるはずなので、見つけて拾って行ってあげてください」


「それならわたしが見つけましょう。ではまた外で。行くよ、アンナちゃん」


 トアが即座に立ち上がり、シャテさんを促した。


「……でも! ここに置いていっていいのかしら……」


 そう言って振り返りながら、シャテさんもトアに引っ張られて第2階層に消える。





 その後、不死鳥は溶岩の中に落ちた後に2回復活し、2回とも撃墜された。哀れ。……安らかに眠れ。


 それから僕は毒の霧で視界が煙る中、不死鳥の後ろの岩に隠された小部屋の中から、神器であるネックレスを手に入れ、無事脱出する。よしよし、なんか色々あったけど、これで一件落着だね。




 そしてダンジョン入り口の火口まで戻ってくると、なんだか騒がしい。入り口から外を窺ってみると、僕のコートをぎゅっと抱きしめたゼカさんがなぜか泣きながらシャテさんとトアに何かを訴えているところだった。……え、なになに。喧嘩? 僕はちょっとそのまま入り口部分に隠れ、そろそろと顔だけ出して覗いてみる。



「だから! っ……溶岩に落ちて死んじゃったの!」


「いや、最下層で動物をひたすら召喚してたわよ……空飛ぶウツボとか。あんな子他にいないでしょ……」


「空飛ぶウツボって何!? ……でも、あんな状態で助かるわけ……うぅぅぅ……『大丈夫だよ』って言ってくれて、一緒に何とかしようって。……そう思ったのに、じ、自分だけ……」


 ……なんてことだ。ちょっと別れた隙に、また死んだ疑惑が持ち上がっている。なんでみんな僕を殺したがるんだろう。そしてめっちゃ出て行きづらい。けど泣いてるのが申し訳ないので、普通に歩いて姿を現し、えへへと笑ってみた。


「実は私、溶岩に耐性があってですね……」


 そこまで話したとき、がばっとゼカさんが抱き着いてくる。優しく離そうとしたけど、その時「ごめんね……」という彼女の小さな呟きが聞こえて手を止める。よく見るとこちらを見上げる彼女の頬には、ぽろぽろと大粒の涙が流れていた。……やばい、ガチ泣きやん……。とりあえず、僕に抱き着いたままの彼女の頭をよしよしと撫でてみて。そしてしばらくそのままじっとする。……僕の腕の中に大人しくすっぽりと入る彼女は、普段より、ずっと小さく感じた。


 やがて、僕の胸に顔を埋めたまま、彼女が囁くように尋ねてくるのが聞こえた。


「……ねえ、なんでいきなり投げるの……?」


「いや、投げるぞって目で合図したじゃないですか。そしたらわかった、みたいな顔したから……」


「わかるわけないよ!」


 ゼカさんはそう言うと、僕に抱き着いたままでドン! と足を踏み鳴らした。器用。




 それからしばらくして、僕は溶岩は熱めのお湯くらいにしか感じないので平気だということを改めて説明すると、彼女はしばらく動きを停止して下を向きぷるぷるした後、目と顔を真っ赤にしたままで僕に宣言してきた。


「あたし、泣いてないから」


 お、おう。そうか。わかった。そしてそれ以上、僕は何も言わないこととした。……人には誰しも、触れられたくないことがある。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゼカさん可愛い。 メインヒロインかな?
[良い点] ゼカちゃん可愛いな……
[一言] ゼカさんかわええ
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