トカゲとドラゴン、プールと氷の湖も大まかなジャンルで見たらギリギリ同じ
僕は最深部に降りて行きながら、この後について計画を整理する。
確か最深部は大広間になってて、ボスキャラとしてスノードラゴンが配置されていたはず。それを倒すと後ろの宝物庫の扉が開くんだけど、実はその宝物庫の中に隠し扉があるという二重構造。ドラゴンにウサギ攻撃が通じるとはあんまり思わないので、試してみて駄目だったら物理で戦うしかない。まあいけるんじゃないかな。駄目そうだったら早めに離脱すればいい。
そう考えながら最深部に降りきると、なんだかそこは既に騒がしかった。大広間の方を窺うと、どうやら多人数がドラゴンと既に交戦しているらしい音が聞こえてくる。……洞窟の方でもそうだったけど、なんでこんなに人がいるんだろ? まあいいか、行ってみよう。
大広間では、15メートルくらいある二足歩行の白いドラゴンが大暴れしながら、戦士の集団を吹っ飛ばしたり、後衛らしき魔法使いたちに吹雪を吐きかけてるところだった。
……あの吹雪って、実物だとどういう原理で出てきてるんだろう。体内でずっと吹雪いてるのかな? でも雪山で吹雪を吐いても「おっ、今日は天気が悪いな」くらいにしか相手には思われなさそうなんだけど、やっぱり威力も特別なんだろうか。そんなの体内で発生して、自分では大丈夫なのかな。……けどおそらく「フグが自分の毒で死ぬか?」という有名な原理にのっとってるんだろうなぁ。
僕がそうやってドラゴンの生物学的見地に想像を馳せていると、魔法使いが一斉に火炎魔法らしき火球をドラゴンに射出した。輝く光の弾がドラゴンに着弾した後、ゴオッという轟音とともに離れているこちらにまで熱風が来る。しかしドラゴンはあまりひるまず、足元の岩を蹴り飛ばして魔法使いの部隊を半壊させた。……なんかゴジラ対自衛隊みたい……。それだと人間側が負けるけど。よし、これはとりあえず助太刀しよう。
僕が筆を掲げると、すぐにウサギが空中から現れ、ドラゴンに突進していった。そしてそのまま脚のすね部分あたりにぶつかって消えるけど、あんまりドラゴンにダメージが入ったようには見えない。しかしまたウサギ……。もうこの武器、 水彩画家 じゃなくて「ウサギ射出機」とかでいいんじゃないだろうか。
でもとりあえず今回は遠距離攻撃は無理らしい。……よかろう、ならば。ここからは、物理の出番だ。
* * * * * * * * * * * *
「俺って夢でも見てるのかな……? なあロイ、お前起きてる?」
「俺も寝てるみたいだ」
仲間の魔導士のエディが口にした半ば独り言のような問いかけに、ロイはそう答える。ロイだって信じられなかった。どこからかやってきた可愛い女の子がスノードラゴンと殴り合いをしている、なんて。やがてエディがぽつりと疑問を口にする。
「なんで魔法使わないんだろうな」
ロイは確かに、と思う。……生粋の格闘家なのか? それとも、スノードラゴン相手くらいなら、魔法を使うまでもないということか……? この世界でも最上位に数えられるであろう魔物相手に。そんな存在がいるなんて、聞いたことがない。少なくとも、今の世の中では。三賢者でも無理なのではないだろうか。
「あ、ドラゴン相手にボディーブローって効くんだな。俺帰ったら彼女に教えてやろうと思う。きっと驚くぞ」
「お前ら付き合ってもうすぐ1年だったか? 1周年を1人で迎えたくなかったらやめとけ」
「そうだな……あ」
不意にエディが上げた声に、ロイも視線をドラゴンの方に戻す。と、吹っ飛ばされた女の子がこっちの方に飛んできてるのがわかった。このままだと岩にぶつかる。思わず体が動き、ロイはその子を受け止めた。みしり、とロイの体が軋む。それだけで、その子がどれだけの勢いで飛ばされてきたかが分かった。
「いたた……」
目を瞑ってそう小さく呟いたその女の子は、ドラゴンと殴り合っていたとは思えないくらいに華奢だった。ロイの腕の中で、その子が目を開け、その大きな紫色の瞳がロイの目と通じる。その瞬間に気づいた。……この子の魔力は規格外だ。なら、あえて素手で戦わなくても、魔法を使えばきっとすぐに決着は着く。
「なあ、魔法を使ったらどうだ。絶対その方がいい」
「ま、魔法ですか……?」
ロイのその言葉に、なぜかその子の目が泳ぎ始めた。なんだ? 何か問題でも? その子の視線がちらりと横に向けられたのを見て、ロイもそちらに目をやる。そこには、負傷者を一生懸命に治療している仲間たちの姿があった。……そうか、この子が魔法を使えば、その余波も大きいだろう。それをこの子は心配しているのか。
「私、実は魔法が苦手なんです。……あ、すみません、助けていただいてありがとうございました」
よいしょ、と言いながらロイの腕の中から抜け出て、彼女はドラゴンの方に歩き出す。その小さな肩をロイは掴んで引き留めた。
「その魔力で苦手なわけがあるか。もう少し上手に嘘をつくんだな」
「うわぁ……えーっと……」
振り向いた彼女の表情は、困惑と疲労が半分ずつ混じったように見えた。ロイが受け止めても、きっとダメージはあったのだろう。見知らぬ他人より、まずは自分の心配をしろとそう言いたい。
「そもそも、あんなに近づいて戦うことはないだろう」
「リーチで差がある相手にアウトボクシングを仕掛けるのは愚策です。むしろインファイトにこそ活路が……いえ、そういえば私、身体硬化の魔法を使っているのでダメージないんですよ。忘れてました」
「硬化? さっき受け止めた時の感触だととてもそうは思えなかったが。……いやすまない。無神経だった」
「いえ、大丈夫です。もっとずっと無神経な者を知ってますから。心配してもらってありがとうございます。……では、決めてきます」
自分の肩に置かれたロイの手をそっと外して、彼女は微笑んだ。そしてそのまま背を向けて、物凄いスピードでドラゴンに向かって走り出す。止めようと伸ばしたロイの手は虚しく空を切った。
「くそ……」
「なあ、俺空気だったんだけど……そろそろ喋っていいか? さっきの硬化の話ってどういうこと? 柔らかかったのか」
「……馬鹿野郎」
……そして再開された壮絶な肉弾戦の後。彼女がスノードラゴンを素手のみでKOしたのは、それからしばらく経ってからだった。両手を上げてぴょんぴょん跳ねる彼女を見て、ロイは安堵の溜息をついた。
「今回の殊勲者は間違いなくあんただ。俺たちだけだと確実に全滅していたよ。どれでも好きなだけ持って行ってくれ」
ところが、隊長であるトルステンが勧めても、彼女は宝を選ぼうとしなかった。宝物庫の中にはぎっしりと貴重な宝石や魔法の武器が詰め込まれていたのに。彼女も見はしたものの、特に興味は示さず。
結局、「手ぶらで帰らないでくれ!!」と全員から頼み込まれた彼女は地味な槍と小さな宝石だけを選び、それを抱えて困ったように笑っていた。
「財宝目当てじゃなかったら、あの子ってなんでここに来たんだろうな。……ていうかあの服装でここまで降りてきたんだよな。軽装過ぎてヤバくないか? 今更だけど」
確かに、財宝のことなんて何も頭になさそうな感じだった。そしてあの服装。街を歩いているならともかく、こんな雪山の洞窟であんな……そうか、自分たちを助けるために、装備も整えず、急いで来てくれたのかもしれない。いくら洞窟内の方が気温が保たれているとはいえ……。
ちょっと休憩してから帰る、残られる方が気を遣って困ると言われ、彼女を置いて帰らざるを得なかったが、何度もロイは後ろを振り返った。彼女も、ずっとこちらを心配そうに見送ってくれている。そんな中ふと目が合うと、彼女は笑顔で大きく手を振ってくれた。ドラゴンと殴り合うなんてした後なのに、疲れや傷の痛みも見せずに。けれど痛くない訳がない。自分の腕の中で彼女が漏らした、「痛い」という小さな呟きをロイは思い出す。自分たちが去った後、誰もいない静かな大広間に座り、1人で自分の傷の手当てをする彼女が心に浮かんだ。そんな彼女に、自分は何も返してやれなかった。
……しまった。……名前は、なんていうんだろう。住んでいる街くらい、聞いておけばよかった。
そう物思いに沈むロイにエディが寄ってきて、一言だけ囁いた。
「惚れたか」
「うるさい」
* * * * * * * * * * * *
……いや、スノードラゴン強かった。今までで一番強かったかもしれない。吹っ飛ばされたときとか、プールで飛び込んでお腹を打った時くらいには痛かったからね。さっきちらっと見たら、別にあざにもなってなかったけど。
それにしても、先発隊の人たちって見た感じほとんど魔法使いだったみたいだ。ただ、だからといって誰もが魔法を使える前提で話すのはいかがなものか。まあいいや。気をつけてね。
とりあえず皆様には一刻も早く帰っていただきたい。宝は持って帰ってもらっていいので。だってさっき見たけど、2つを除いてあんまりいいのがなかったし……。この槍と宝石くらい? 帰ったらこの宝石は先輩に、槍は今回お世話になったトアにあげよう。どうせ長すぎて僕は使えない。……それはともかく。
僕は慎重に彼らがいなくなったのを確認する。出て行ったふりとかじゃないよね。ずっとここから見てたから大丈夫だと思うんだけど……。だって、僕が隠し扉を開けたとする。で、それを見られたら。何で知ってるんだ、ってなっちゃうよね。……うん。大丈夫そうかな。
僕はあたりを窺いながら、宝物庫奥の壁の一画にある凹みをそっと押してみた。すると、ゴゴゴと低い音がどこからか響くとともに、壁の一部が扉として開く。……よし。
隠し部屋の中に入ると、そこには台座が1つあり、台座の上には銀色の腕輪が鎮座していた。―― 意思 。空間を捻じ曲げる能力を持つ腕輪。僕がそれを持ち上げると、ひんやりとした冷たさが伝わってくる。……それにしても……。
僕はもう1度まじまじとその腕輪を眺めて疑問に思った。……やっぱり魔王軍の人たちが見せてくれたあの絵は、違うものを描いていたんじゃないだろうか……。
そして洞窟を上がり、普通に門から出ようとしたら見張りの兵士から止められたので、僕はダッシュで振り切って雪山を下山した。そして帰りに『氷の湖』に寄り、その底でも無事に魔王様コレクションの指輪を回収することに成功する。この指輪は、相手の未来を一瞬見るというこれまたやばい性能だったはず。あとで確認してもらおう。
「戻りましたよー」
「あらおかえり。どこに行ってたの? というかその槍は?」
僕が魔法都市の武器屋に戻ると、シャテさんがトアとカウンターで何か世間話をしている途中だった。まずは、笑顔で戦果を報告する。あとはアイテムについてのお願いも一緒に。
「 意思 を届けに来ました! あ、この槍も差し上げます。それで、その代わりにこの 水彩画家 、ちょっと見てもらえませんか? 調子が悪いみたいで……。それにこの指輪も使えるようにしてほしいんです。この指輪は、 千里通 といって、目の前の相手の未来を一瞬見ることができるはずなので」
「待って待って待って。ちょっと、疑問が多すぎる」
シャテさんがこめかみを抑えながら、目を閉じた。
「まずね。どうしてもう神器を持ってきてるのかしら」
……あ、そうか。場所がわからない、と言ったばかりだったっけ。うーん、どう言おうか。拾った……はさすがに信じてもらえなさそう。僕が事前に知ってたことだけ伏せて、あとは普通に話したらいいか。ええい、強気にいったれ。
僕は、どうしてそんな当たり前のことを聞かれるのかわからない、という顔をしてシャテさんの疑問に返事をする。
「雪の都の奥にある雪山の洞窟に行ったら、普通にありましたよ」
「普通に。……あら凄い勘の良さだこと。昨日の今日で、あんな北の果てに行ってきたの? わざわざ?」
じろりと僕の方を見てそれだけを言うシャテさんは、全く信じてなさそうだった。確かに自分で言って気づいたけど、知ってたことを伏せると違和感がすごい。一発目でなんでそこ選んだし、ってなる。とりあえず僕がえへへと笑って誤魔化してみると、シャテさんは溜息をついた。
「それで、次に。その槍は?」
「洞窟で会ったのがいい人たちで、なんかよくわからないけどくれました」
ドラゴンを殴り倒したから、というのは入れると余計信じてもらえなさそうだったので省いたけど、これも自分で言ってながら怪しい。これなら普通に言った方がよかったかな……? くれた事情がないだけでこんなに変になるとはっていうか、そうはならんやろ、って感想しか出てこない。控えめに言っても誘拐犯に遭遇したように聞こえる。
「うーん、怪しい……まあでも、あなたの外見ならあり得るの? ……地味な槍だしね」
「アンナちゃんそれは違うよ」
トアが、やれやれ、と首を振り、シャテさんの肩に手をぽんと置いた。
「この槍は『氷竜の槍』といってね、吹雪を巻き起こす能力を持ち、決して折れない。113年前の北方戦争で紛失した、準伝説級武具だよ。常識だよね。……それで本当にそれを頂いてしまっていいんですか。わたしちょっと嬉しくておかしくなっちゃいそうなんですけど」
「どこの国の常識よ……。……なら余計変じゃない。どうしてそんなものをよくわからないまま貰えるのよ」
「まあ、今のシャテさんみたいに価値を分かっていなかった、と考えたらありえるのでは……」
僕がそう控えめに見解を述べると、彼女はキッとこちらを睨む。
「……もう! わかったわよ! ごめんなさい不勉強で! ……で、次にその筆は何?」
「これは自分の記憶を具現化する筆なんですけど、なぜか……ウサギしか出てこなくって……」
話してる途中に、シャテさんから目線を外してしまう。あのウサギの生首事件にこの武器は1ミリも関係ないんだけど、どうしても。そんな僕の両肩をシャテさんはがっしりと掴んだ。……あ、やばい。またガックンガックン揺らされるわこれ。
「あなたやっぱり……あの塔の前のもそうだったの!?」
「いえ、あれは天然ものです」
僕たちがそんな会話をしているうちに、トアは筆を調べて、首を傾げた。
「この武器、見る限り正常に稼働してますよ?」
あ、そうなんだ。でもあんまり喜べない。だって、正常に稼働しててウサギしか出ない方がヤバいと思うんだ。でも壊れてるわけじゃないらしい。……まあ、遠距離攻撃はできるからいいかな。相手の意表もつけそうだし。
……「使うとたいていびっくりされますよ」と魔王様がこの筆についてコメントしていたのを僕はなんとなく思い出した。そりゃ、「魔王軍幹部の固有技能を再現する」と説明した後にウサギばっかり飛び出してきたら、びっくりするだろうね。何だ今の? ってなる。え、まさかそういう意味の驚きだったの……? やばい、対魔王戦に参加してなくて心底良かったと思う。だってどうリアクションしていいかわからないもん。
僕が魔王戦の厳しさに震えていると、シャテさんはカウンターの上に置かれた指輪に目をやった。
「それで、最後がこの指輪だけど……なんですって?」
「相手の未来が見える指輪、だと思うんですけど」
僕が知っている限り、だけど。でもあんまり多くは見えないらしい。一瞬ちらっと映るくらいだとか。でも何分後の未来を見られるとかも決まってなくて、外れたりもするらしい。そんなのあんまり意味なくないですか? って聞いたことがあるんだけど、魔王様は笑ってた気がする。「――だからいいんじゃないですか」って。よくわからない感性だ。
トアはしばらく指輪をいじっていたけど、難しい顔をして首を捻った。
「……うーん、これはちょっと預かっていいですか? すぐには何とかできないかもしれません」
「お願いします」
「あ、待ちなさい! ちょっと!」
指輪を預けて、僕はその場をダッシュで後にする。 千里通 を使わずとも、「いっぱい聞きたいことがある」という顔をしていたシャテさんから解放されない未来しか見えなかった。ある意味ドラゴンより強敵だと思う。
「あー疲れたー」
家に帰って居間にあるソファーのクッションに僕はぽふっと顔を埋めた。……今日は結構活動したんじゃないだろうか。北の村との間を2往復+雪の都までを1往復。雪山に登って洞窟を走破して、ドラゴンを5RくらいでKOして。氷の湖の底までダイビングした後、最後に問い詰めモードのシャテさんから無事逃げ切った。おお、こう考えると盛りだくさん。もう今日は家でゴロゴロしよう。なんか泳いだせいかプールの後みたいな感じでめっちゃだるいし。
そうやってしばらくのんびりしていると、玄関が開いてロランドが帰ってきた。
「なんだ、だらだらしてるな。俺は今日はオオトカゲを炎魔法で仕留めたぞ!」
「そうなんだ。僕も今日オオトカゲみたいなやつと殴り合ったよ」
「なんだかいつもと口調が違うな! 別に構わないが」
あ、しまった。相手が相手だけに、もう気使わなくてもどうでもいいやとか思ってしまった。あれ、でも気にしてはなさげ? ならもうこのままでいいか。たまには僕も素に戻りたいときがあるし。
「なんか疲れたから」
「なんだそうか。……それよりオオトカゲはな、二足歩行で歩くんだぞ」
「へー。なんかそれも今日見た」
僕はクッションに顎を乗せて半分目を閉じたまま、のんびりとオオトカゲの生態についてロランド先生からご教授を受ける。そのせいかわからないけど、その後も居間でうとうとしていた僕は、ロランドがジュラシックパークのティラノサウルスに火花の魔法を当てて追いかけられた後に食い殺されるという、よくわからない夢を見た。残念でもないし当然、男らしい最期と言える。




