プロローグ(3)
……どういうことだ。もう一度、整理してみよう。ゲームで作られていないはずの部分が作られている。ゲーム内で開けるステータスも、メニュー画面も開けない。ということは、これはゲームじゃ、ない? ……そして、あの夢。あれが、現実に起こったことだとして。死んで、全く違う場所で、全く違う姿でいる……ってこと?
そして、さっきの小部屋で。目が覚めた時、光る玉が宙に浮いて周りを照らしていた気がするけど……あんな照明見たことないっていうか。……まるで、魔法みたいっていうか。それって。よくある、死んで全く違う世界に生まれ変わった、かのような。
……死んだ? 全く、実感が湧いてこない。僕はぽふ、とベッドに体を倒し、天井をぼーっと眺める。その状態で、掌に持ったままだった宝石をなんとなく触った。……そういえば……、これ、何だろう。
仰向けのまま、目の前にその宝石をかざしてみる。これを、誰かに、渡された気がする。そう、死んだ、と思ったその後。特典がどうとか、聞こえたような。特典。普段なら嬉しいけど、今はとてつもなく嫌な響きである。
……夢だと思ったあの時、眩しくて何も見えず、最後以外は言葉も聞こえなかった。聞こえた部分だけを、ちゃんと思い出してみよう。
「――特典はあげないけど、これはないと困るからあげる」
……細部は違う気がするけど、確かこう。ないと、困るもの。……何?手から試しに放してみるけど、特に何も起こらない。別に放してもいいのかな? ずっと手に持っとく、って訳にもいかないもんなぁ。
そう考え込んでいると、コンコン、とドアがノックされた。とりあえず宝石を机の引き出しに入れて、ドアを開ける。さっきの男の子が顔を出した。……さっきは取り乱してすまんな。もう大丈夫だ。
「○××○××? ×△△×?」
現れた男の子は、そのまま口を開いて。特に表情を変えないまま僕に向かって、謎言語による謎会話を繰り出した。
「……!?」
とりあえずバタンとドアを閉め、何度か大きく深呼吸する。なんだあれ。
……そして、しばらく考えた後。引き出しに走り、さっきしまったばかりの宝石を取り出す。一文字も理解できんかった。そして、理解できた気がする。……この宝石は、きっと。僕は宝石を握ったまま、もう一度ドアを開いた。
「なんだよ、急に閉めて」
「マジか」
……翻訳機か、これ。それと同時に、男の子が急に得体の知れないものに見えてくる。……ここは、どこ? 答えの返ってこない疑問を僕は心の中で呟く。……そう、まずは現状を把握するべき。それには、怪しまれるわけにはいかなかった。
「すみませんでした、ちょっと混乱してました」
「そう……? 大丈夫? ……そうそう、名前、聞いてなかったと思って。また食事ができたら呼びに来るけど」
「名前……」
これがゲームの中なら。いつものキャラネーム通り、「サロナ」でいいんだろうけど。自信が持てない。……でも。他の名前を名乗るということは。自分が死んだという可能性を認めるような気がして、なんだか嫌だった。僕は質問に答える。……ゲーム内だったら、そう答えるように。
「名前はサロナです。……そう、呼ばれていました」
「そっか。姉ちゃんの世話をするよう大司祭様から頼まれたから、困ったことがあるなら何でも言ってよ」
「ん、今何でもするって……?」
ほほう。ちょいちょい、と僕は手招きして男の子を部屋に招き入れ、誰にも見られていないのを確認して、ドアをしっかりと閉める。……とりあえず。聞こうではないか。この世界が、何なのか。
「どうしたんだ?」
「まあまあまあ、座ってください。ちょっと楽しくお話ししましょうよ」
精いっぱいの笑顔で、思いっきり優しく話しかけてみる。にもかかわらず、男の子は胡散臭いものを見る目でこちらを見てきた。
「なんか怪しい」
……なぜだ。まだ小学校高学年くらいの子供なのに、鋭いではないか。でもよく考えたら素直に聞いていい気もしてきた。嘘をつかれても大体わかるし。
「私、何もわかってないんです。……ここが、どこなのか、とかも」
「ここはテスカラグの街だよ」
「いえ、そういうドラクエの街の入り口に立ってる人みたいな台詞だけだとちょっと。それってどこにあるんですかね」
少なくとも、ゲーム内にそんな街は存在していなかった、筈だ。僕の問いに、男の子は首を傾げる。
「どこに……って?」
聞き方を間違えたかもしれん。もっとこう、現在地が特定できるような……。
「大陸名とか、国名とか。もっと大きな範囲では?」
「国は、ディアスラだよ。この前習った。大陸ってのはちょっとわかんないや」
ディアスラ、って確か。ゲームの舞台となった王国と同じ名前だ。……ゲームの中と同じ地名の異世界なんて滅多に(?)存在しないと、普通ならそう思うけど。
……ただ、以前このゲームの製作者に会って話した時に、確かこう言っていた。「このゲームの舞台は、私の故郷を参考にした」、と。あの人自体が異世界から来たと、そう言っていたような気もする。真偽は不明だったけど。どこか嘘だと断定できない、そんな雰囲気があった。……故郷? ここが?
でも、まだゲーム内の可能性も、捨てきれない。例えば、体の細部まで再現できるようになったのを、技術班が隠してて。……隠してて? ……そう、いきなり実装して、皆をびっくりさせようとか、そういう可能性も……。
「……なんか思いつめたような顔してるけど、大丈夫?」
いつの間にか下を向いていたらしく、顔を上げると、男の子に気遣われていた。これでは立場が逆である。しっかりしないと。
「……ええ、すみません。大丈夫。……あと、私ってなんでこんなに親切にされてるんですか?」
もう一つの疑問。ただの行き倒れにこんなに親切にする訳がないので、何か理由があるはず。
「姉ちゃんが、御使いかもしれないから」
「そうそう、さっきもそう言ってましたけど、御使いって、何ですか?」
「御使いが何かも知らないのに、最初あんなにはっきり否定してたのか……?」
……この子はきっと、偉い人間になる。自分の発言が穴だらけなのでは、という仮説からは目をそらしつつ、僕はこの子の将来を祝福した。男の子は呆れたようにこちらを見ながら、ため息をついて。それでも答えを教えてくれた。
「……御使いっていうのは、女神様の遣いなんだって。すごく大きな力があって、使命を持ってて」
「使命?」
「うん、女神様から、何かしてほしいことを直接言われて。それを叶えるために、この世界に降りてくるんだって」
「直接言われて……?」
……確か。死んだと思ったその後。誰かに何か、ぶつぶつ言われた気がする。……ただ、小さすぎて聞こえなかったし、何一つ覚えてない。……これ、まずい? ひょっとして?
とりあえず、笑ってごまかしながら尋ねてみた。
「例えば、例えばの話ですよ。……使命を覚えてない御使い、ってどうなるんですかね?」
マジかこいつ、という顔をした後。少年は答えてくれた。
「存在意義、ないんじゃない……?」
……それは間違いなく、本心からの言葉で。それ故に、僕に深く突き刺さった。
(補足)
主人公が「丁寧語+一人称私」なのは、ゲーム内で女性キャラの姿の時にそうだったから、です。
癖みたいなものですかね。年季が入ってます。
プロローグは(4)で、きっと終わります。