「言いたいことも言えない」と言いたい時がきっとある
「わたし、武器や防具、アイテムなんかにも詳しいので。何か困ったことがあれば相談に来てもらっていいですよ。気が乗った時なら聞くかもです」
僕がトアさんの必要なものを持ってくるよ、と言ったら彼女はなんだか嬉しそうになり、控えめに笑った。……あんまり外見に変化はなくて眠たげだけど。それでも彼女の高揚感が心の中で伝わってくる。
……武器、防具、アイテムかぁ。今のところ困ってない、っていうか僕ほとんど使えないからなぁ。大剣くらい? ……あ、そうだ。ゲーム内での僕の愛剣、 海鳥 をそのうち取りに行こうか。……確か、ここから北のお祭りの村にあった気がするし。
「あの! あたし困ってます! 聞いてほしい!」
そうして僕が自分のこれからの自分の装備について計画を立てていると、さっそく隣で元気に挙手してる人がいた。……君って魔王軍やん……まあでもそこはいいのかな? 敵対してないらしいし。
ところが、トアさんはちょっと眠そうな顔になったかと思うとゼカさんをちらりと見て。座ったまま、ぽてんとカウンターに頭を乗せて目を瞑った。あ、さっきまでと違ってあからさまにめんどくさそう……。
「ごめんなさい、わたし今ちょっと忙しいかもです……」
「いつもこうなの。だからさっきはよく喋った方よ」
はあ、と大きなため息をついてシャテさんがそれを見つめた。ゼカさんはしばらく手を上げていたけど、周りを見渡して意味がなさそうだとわかるとそろそろと降ろし、ちょっと赤くなった。
……あ、でも僕も武器防具アイテムに詳しい、と言えなくもないよね。わかれば聞いてあげるか。魔王軍の先輩として。僕はゼカさんの方を覗き込んで尋ねた。
「何で困ってるんですか? 私、以前に初心者向けのアドバイザーとかしてたので、そういう相談に乗れるかもしれません」
「あ、あのね! ……えっとその……このナイフに合うアクセサリーがないかなって……」
そう言って彼女が恥ずかしそうに取り出したのは、柄も刃も、一色の赤黒い色に染まったナイフだった。ぬめってそう。……っていうかそれなんか見たことある。毒の斬撃が飛んでいくやつだ。魔王城での僕の相棒やんけ。
「あ、それ私も前使ってました。便利ですよね」
「え!? そうなんだ! なんだか嬉しい! ……だってみんなこれ見て馬鹿にするんだよ。気持ち悪いって。そもそも持ってたら近くにすら来てくれないし……これくれたの魔王様なのに魔王様まで……」
馬鹿にするっていうか、近くに来ないのは触ったら猛毒に侵されるからなのではないだろうか。ということはゼカさんは耐性持ちか。そして魔王が僕の知ってる人物じゃないと確定した。だってあの子これ見たら逆に寄ってくるからね。というか撫でる。ナイフなのに。
ゼカさんは声を弾ませて僕の手を取った。初めて同志を見つけた! という感じの満面の笑顔で。やったやった、と僕の手を振り回した後、彼女は身を乗り出して尋ねてくる。
「ねえねえ、参考までに聞かせて! その時はサロナはどんな装備してたの?」
「えーっと……確か、呪いのローブと不幸のブローチだったような……」
「他も呪い装備!? どうして!? 全然意味がわからないよ……。あ、そうか、みんなって今の私みたいな気持ちだったのかも……」
なぜかゼカさんとの心の距離が開いた気がした。と、急にトアさんが僕に近寄ってきて。僕の手を取っているゼカさんの手をぽいっと外し、ぎゅっと握手してくる。その目はさっきまでと違ってきらきら輝いていた。
「……戦闘特化の機能性重視。素晴らしいです」
「えっと、ありがとうございます、トアさん」
「トアでいいですよ、めんどくさいですから」
わかってもらえたらしい。そしてこやつ、ついに口に出してめんどくさいと言いおった。さん付けの何が面倒なのかはよくわからないけど。
そのあとトアはナイフをじーっと眺めた。どうやら、どんな性能なのかを知りたいらしい。ここは僕がかつての相棒を紹介してやろう。僕は人差し指を立てて、相棒の特色を伝える。
「このナイフは毒の斬撃を飛ばし、遠距離の相手に攻撃し、毒状態にすることができるんです。ただ、持っている本人も猛毒に侵されます」
「……これに合わせるアクセサリー、あなたならどうします?」
「……相手の状態異常ダメージ分だけ自分が回復する『天秤の指輪』と、ダメージを肩代わりしてくれる『身代わり人形』のコンボとかいかがでしょう? 遠距離を保ちつつ、一撃入れた後は睡眠魔法か麻痺呪文をひたすら連打しながら身代わりで時間を稼ぎ、相手が力尽きるのを待つとか」
あれ、僕のアイデア結構いいんじゃないだろうか。もしくは回避率上昇アイテムを重ねてひたすら積むとかでもいいけど。
「この子、可愛い顔してえげつないわ……。本当に初心者向けのアドバイザーだったのかしら……?」
「か、考えさせてもらっていいかな……」
えー。僕が今から装備するなら絶対そういう構成にするよ。自分のダメージを抑えつつ相手を行動させないことが勝ちにつながるのはいつの時代もそうだとキノガッサ先輩も言っている。……思いっきり害悪扱いされるだろうけど。
しかしもう1度トアにがっしりと握手されたものの、僕の提案はなんだか評判が悪くて。しーん、と沈黙がその場をしばらく支配する。と、あーもうしょうがないな、という顔を全面に押し出して、トアが棚をごそごそした後にピアスを取り出した。
「この双子のピアスをつけたら、飛んでいく斬撃の数は2倍になりますよ。いかがでしょう」
「わー、ありがとうございます!」
ゼカさんは僕が提案した時とは違う明るい表情でピアスを受け取った。……なぜか負けた気がする。僕の案の方が絶対レートもいいはずなのに。くそう、将来意味不明な不具合でゼカさんの回線が頻繁に切断されるといい。
そしてトアはそのまま僕の方を見る。
「あなたは何かありますか。なければないでいいですよ」
一応この世界のプロの意見も聞いておく? 僕の長所は物理と魔法の耐性が高いことか。あ、そうだ。僕ってそもそも最初の最初は魔法剣士になりたかったんだよ。……よし。ただ、僕は魔法が使えない。それなら。
「魔法を勝手に使ってくれる武器とかありません? 私自身が魔法を使えなくても武器が使えば私は魔法剣士になれると思うんです」
「それ魔法剣持ってるただの剣士だと思うよ」
外野からそんな心無い意見が出るけど、僕は聞こえないふりをしてそれをスルーした。いつでも時代の先端を行く者は理解されないものだ。剣士か、悪くない……あ。
「私、そういえば剣術知りませんでした」
「もう剣士ですらなくなった。魔法剣持ってるただの人だよ」
「なんか頭痛くなってきたわ……」
そうシャテさんがこめかみを押さえて呟く。知恵熱かな? お大事にね。……しかしどうしたものかな。耐性が高い……ということは、毒ナイフみたいなのをデメリットなしで使えるということでもあるか。僕は、ゼカさんのナイフを指さしてトアに尋ねた。
「こういう、使用者自身にダメージいくやつとか、呪いの装備的なものってありません?」
「ありますよ」
「あるんだ……」
「この店は機能性重視ですから」
……そして出てきたのは、装飾のない直刀。持ち手のところまで金属が使われており、ずっしりと重い。
「これは炎魔法を刀身に纏って相手を斬れますが、弱点として」
「持つところが熱くなるんですね、わかります」
なぜこの世界の武器職人は使う時のことを想定しないのか。うーん、悪くはないけど……。僕が首を傾げていると、反応が微妙なのが分かったのか、トアはまた別の装備を持ってきた。漆黒の盾で、黒いその身に何か赤い文字が書いてある。こっちは明らかに何か呪われてそう。
「この盾は自分にダメージがあった場合、それを近くの他人に押し付けることができます。100%ではありませんが」
……チート過ぎない? これって、ソロプレイなら最強なのでは。他のパーティーの近くにいたらいいだけだし。……うーん。でもなぁ。僕が首を捻っているのが気になったのか、トアが首を傾げて尋ねてくる。
「ご不満ですか」
「いや、他の人に迷惑かける装備はちょっとやだなぁと思って……」
「当たり前のことを言っているはずなのになんだか不安になるわ」
「さっきの今だと、何か裏があるように聞こえるよ……」
駄目だ、今ここだと外野がうるさくて集中できない。よし、また相談したいことがあったら来ることにしよう。
僕は結局燃える直刀だけを貰ってその場を後にした。一応この世界の武器も参考までに見ておきたかったし。……さて。じゃあ、トアのご所望の神器とやらを取りに行こうか。それで元の世界に戻って、めでたしめでたし。来週あたりには自分の部屋で温かい紅茶でも飲めるだろう。……いやでも確か、海底神殿と月の平原のダンジョンって入れる日時が決まっていたような気もする。まあでも誤差だよ誤差。
店を出ると、ゼカさんが隣にやってきて小声で僕に囁く。
「……そういえば、さっきの、どういうことだったんだろうね」
「ああ、魔王が集めたいのと世界を超えるための神器が同じっていうあれですか? ……魔王も他の世界に行きたいとか? 直接聞いてみたらいいじゃないですか」
「んー、あんまり魔王様あたしに近寄ってくれないから……」
あ、ごめんそうだった。っていうか求めるアイテムが同じなら僕は魔王軍と競争する立場になるのか。……僕の方が圧倒的に有利だけど。場所全部知ってるからね。すまんな見知らぬ魔王様、せいぜい空っぽの宝箱を開けてくれたまえ。
そんな時、くいっと袖を引っ張られ、振り向くと。シャテさんがちょっと来て、と言って僕を少し離れた場所に連れて行った。
「ねえ、ずっと気になってたんだけど。本当に大丈夫なの、あのゼカユスタって子。魔王軍でしょ? あなた脅されてたりしない……?」
シャテさんって僕のゼカさん腹パン事件をさっき目の前で見てたはずなんだけど忘れちゃったのかな? 心配してくれてるのはありがたいけど。ああ、別れた後に何かあったのかってことかな。……後っていっても、ゼカさんが解剖されそうになって泣いてたくらいしかないからなぁ。でもあれを他の人に話すのはちょっとかわいそう。
そう思って僕がゼカさんの方を見ると、おそらく会話が聞こえてたのか、ゼカさんはこっちを必死な顔で見て、首を左右に高速で振った。耳いいなぁ、さすが魔王軍。大丈夫、言わないから。
僕はシャテさんに向き合い、笑ってぱたぱたと手を振りながら告げる。
「……何もなかったですよ?」
「いや今の目配せ何!? あの子もめちゃくちゃ睨んできてるし!! 絶対何かあったでしょ!?」
僕はとりあえず笑って誤魔化し、みんなのところに戻る。世の中言えないこともあるんだ。
「で、これからどうするの?」
「私はとりあえず神器を集めます。王国が秘蔵、っていうのがちょっとアバウトでわからないので……先にそれ以外のを取りに行こうかと」
「なんだか場所が分かってるみたいな口ぶりだけど……当てはあるのかしら?」
やっべ。えーっと、どうする。当てはなんだ。知ってるとは言えないから……。
「いやそう言いつつ当てが全然ないんですよね、困りました。……ちなみに、魔王軍の方々はどこを探しておられるんですか?」
僕の質問を聞いて、魔王軍も探してるのかよ、という顔になりながらシャテさんもゼカさんの方を見る。ふう、危ないところだった。
「えっとね。北の村と、海辺の街と、砂漠の宮殿に行ってるらしいよ。それぞれ幹部3人ずつ。何か手掛かりが見つかったんだって」
ゼカさん1人余ってる……毒ナイフの影響がここにも。気落ちせず頑張っていただきたい。それで、王国のどこに秘蔵されてるのかわかったら教えてほしい。
「あ、 關之影 の場所が分かったら教えてもらえませんか?」
「え、いいけど……。あれ? なんで知りたいの?」
「……いえやっぱり一国民として気になるじゃないですか。王国の秘宝がどこにあるのか。そうじゃありません?」
「……そうだね! 気になる!」
あ、これでいいんだ。駄目元で言ったんだけど。「横取りする気だわこの子……」という顔を隣でしているシャテさんを僕は笑顔で封殺した。世の中、口にしない方がいいことがあるんだ。
「うーん、じゃあその調査の進捗状況も気になるのでゼカさんにまた会いたいんですけど」
「いいよ! ……じゃあいつにする?」
僕たちは、1週間後にまたここで、という約束をして別れた。去っていくゼカさんの後姿を見送った後、僕はシャテさん達にもお礼を言う。
「ありがとうございました。お陰で帰る見込みが立ちそうです。何かまたお手伝いできることがあれば言ってください。私、たいていウルタルの研究所にいますから」
「何かね……あなた疑問が多すぎるわ……頭痛いから今日は帰るけど」
「またダンジョンに潜る時など、手伝ってもらえたら有難い。その時は声を掛けに行こう」
そう言い残して2人は反対方向、街の中心である学校の方へ帰っていった。よし、僕も家に帰ろう。明日は北の村を経由して、雪の都まで行こう。飛ばせば1日で着くはず。で、帰りに氷の湖に寄って魔王様コレクションをあれば拾ってくる、と。うむ。やっと何をすればいいかはっきりしてきた。頑張ろうっと。
僕が今日1日の成果を噛みしめながら家に帰ると、玄関の扉を開けた瞬間に満面の笑みのロランドがいたのでいったん扉を閉める。……何だ今の。目の錯覚かな? もう1度そろそろと扉を開けると、やっぱりいたので注意しながらとりあえず聞いてみた。
「どうかしたんですか?」
頭が、という意味で聞いてはいないけど、そっちでも間違ってないと思う。するとロランドは不思議な踊りを踊りながら絶叫した。近所迷惑にも程がある。
「受かったぞ! しかも最上位クラスだ!」
何の? 頭のおかしさとかかな? でもつい最近、僕はその最上位クラスという階級を聞いた覚えがあった。……もしかして……。
「ま、魔法学校のですか……?」
僕がそう尋ねると、ロランドは狂気を感じさせる笑みで頷く。……え、あのひょろひょろ火花が飛んでいく手品みたいな魔法で? 最上位クラス? この世界の魔法はどうなってるんだ。
僕が自分は全く使えないのを棚に上げてやるせない思いを抱いていると、ロランドは僕が抱えていた直刀に目をつける。
「それ、なんだ? 朝は持ってなかったよな?」
「ああ、これは炎魔法を刀身に纏える剣で……」
「炎魔法!? 俺にピッタリじゃないか!! そうか合格祝いだな? ありがとう!!」
そう叫んでロランドは僕の手から剣を取り上げる。いや、これは持つところも熱くなる欠陥品で僕以外は使えない……。そう説明しようと思ったけど、僕は彼の笑顔と剣を抱きかかえている様子を見て、全てを諦めた。……世の中には、言おうと思っても言えないことがある。




