魔王軍と悪の科学者だと、いったいどっちが勝つんだろう
しかしまずい。一応女の子相手なのに、思いっきり先制腹パンKOしてしまった……。相手も戦う気満々だったとはいえ。それにしても……。
僕は床に倒れている女の子を見ながら首を傾げた。……僕が知らない魔王軍が出てきた。……№7といえば僕らの敬愛する上司の番号なんだけど、100回生まれ変わってもこの子にはならない気がする。
つんつん、と彼女を突っついてみたけど、彼女はうーんといううめき声をあげるだけだった。みぞおち直撃だったもんなぁ。ちょっと申し訳なくなってきた。治療とかしてあげた方がいいかな? ついでに彼女の所属する魔王軍についても聞きたいし。……あ、そうだ。
「そういえば魔王軍って伝承の中にしかいないんですか?」
くるりと回って僕がシャテさんの方を振り向くと、彼女はびくっと体をすくませた。
「急に振り向かないでよ! びっくりするじゃない! ……そうよ、魔王軍って遥か昔に勇者に滅ぼされたって。人間とは比べ物にならない強大な力を持つ者たちって言い伝えがあるわ。……とても残忍、だとも。さっきの敵意といい、この子も明らかに人よりも魔物に近いわ。今のうちに倒しておいた方が……」
ということはこの子は新しい方か。僕全然関係ないのに、つい復活めでたいとか言ってしまった。……でも、なら彼女たちの目的は何だろう。
ふーむ、と僕が首を傾げていると、扉の向こうから複数の足音が聞こえてきた。……ひょっとして他の人が来ちゃったか。この子が魔物に近い、ってことは置いてたら退治されちゃうかも? ……とりあえず連れて帰って介抱しようかな。湿布的なものが研究所の薬箱にあった気がするし。
そして僕がよいしょ、と彼女をおんぶして背負うと、シャテさんとテヴァンはなんだか慌て出した。
「ねえ、なんで背負ってるの!?」
「こうして持つのが一番楽だからです。さすがに引きずるのも可哀想ですし……」
「いや違う、そういうことじゃなくてだな!」
「じゃあ帰りましょう」
「「……ちょっと!!」」
だって、さっき向き合って感じたんだけど、たぶん僕の方が彼女よりもだいぶ強いよ。反撃してきても倒せると思う。それにもし彼女が人間じゃないのならウルタルに調査してもらったりとかもしたらいいのでは。僕魔族って何なのかよく知らないしね。……でもこの子が殺されそうになったら止めよう。まだそこまで悪いことはされてないし。
そうして僕は自称魔王軍№7の彼女をウルタルの研究所まで持って帰った。驚くべきことに、彼女は着いてソファに寝かせても起きなかった。というかむにゃむにゃ言っている。……この子、新生魔王軍でしか生きていけなさそう…。僕はとりあえず肩を揺すってみた。起きて起きて。しかし全然起きない。……困った。……脳内に大声で叫んだりとかできたらいいんだけど。
僕がそう考えながら彼女の寝顔を見ていると、急に彼女は飛び上がった。
「え!? な、何の音!? 遅刻!?」
自分ばっかり寝ててずるいぞ、という感情を心の中に感じ、僕は何が起こったのかをなんとなく察した。今日ちゃんと朝早く起きたからね、仕方ないね。
そして彼女はきょろきょろと辺りを見回して僕の顔を見る。と、次の瞬間、ひえっ、と息を呑んだ。……あれ、なんか虐めてるみたい……。めっちゃ気まずい……。とりあえず僕は頭を下げる。
「いきなり殴ってすみませんでした。お腹大丈夫ですか? この湿布使ってください」
「あ、え? どうも……でも大丈夫です、もう痛くないし。あの、こちらこそ、ごめんなさい……」
「えーっと、あなたは何を謝ってるんですか? まずそれから教えてください」
謝るようなことをするつもりだったなら、あんまり可哀想じゃなくなるしね。まずは話しながらこの子がどういう人なのかを知ろう。
「いやその、あそこに行ってどーんと魔王軍の力を示してくるのだ、って魔王様が仰ったので……それで誰か来たからちょうどいいやと思って……思いっきり攻撃しようとしてました……」
「ほうほう」
……なんかすごいふわっとした指示だ。僕が知る魔王とはちょっと違うな。……いや、でもあっちも「適当に人間の街を見てきて報告してね」ってガバガバ指示をスパイに与えてたっけ。……けどたぶん僕の知る魔王なら聞いたような指示は出さなさそう。彼女はもう少し戦況をシビアに見るタイプだから。
そしてこの子はその指示にあんまり疑問を持ってなさげだった。……あんまり細かいこと考えない感じなのかな? 僕がじーっと彼女を見ていると、彼女はパタパタと慌てて手を左右に振った。
「でも殺すとか言っちゃったけどほんとはそこまでする気はなくて。……ただそう言った方がカッコいいかなって……さっきはそう……思って……」
で、ちょっぴり中二病と。僕がなるほど、と頷くと、次第に下を向いたあと彼女の顔は一瞬で赤くなった。……やばい、今のところめっちゃ無害なんだけど。残虐ってどこにいったんだろう。
「そもそも、どうして力を示すんですか? 魔王軍の目的っていったい何でしょう?」
そういえば、ゲーム内の魔王軍の目的は「勇者を殲滅すること」だったけど、ここには勇者はいないしね。
僕がそう疑問を呈すると、彼女はそろそろとまだ赤い顔を上げて上目遣いに答える。
「王国が秘蔵している神器、 關之影 を手に入れたい、って魔王様は」
…… 關之影 、って確か……魔王であるフードさんが持ってたコレクションの1つで。能力はその場を夜にする、だったような。ああいう意味ないの大好きだよねあの人。……それを手に入れて、どうするんだろう。ていうかこっちの魔王は持ってないのか。むむむ、と僕が首を捻っていると、彼女はおそるおそる、といった感じで僕にお伺いを立ててきた。
「それで、帰してもらえるんでしょうか……? 襲おうとしてたことは謝ります……」
「もうちょっとだけ待ってもらっていいですか? あなたが人間じゃないのなら少し調べてもらおうかなぁと。その後すぐに帰します」
僕のその言葉を聞いて、彼女の顔はぱあっと明るくなった。彼女はなんだかここから生きて返してもらえないと、そう思ってたっぽい。いやいやそんな、ねえ。それではここがまるで悪の科学者の本拠地みたいではないか。
ああよかった、と目を閉じて胸をなでおろした後、彼女は何度も頷く。
「それくらいなら全然いいよ。敵意満々だった私も悪かったし……それでちょっとって、どれくらい待てばいいの?」
「もう少ししたらここの主のマッドサイエンティストが帰ってきますので、それで調査で終わりです」
「え、やっぱりやだ!! そんなの絶対ちょっとじゃ終わらないよ!!」
……言われてみれば一理ある。絶対終わらなさそう。えーっと、どうしたらいいのかな。とりあえずは不安を取り除いてあげなければ。
「……殺されそうになったら私が助けますよ?」
「殺されそうになるかもしれないの!? 余計やだ!」
だって君も殺すとか言ってたのに……。まあ言うとやるには超えられない壁があるけど。そしてウルタルはその壁めっちゃ低そう。車道から見る歩道の高さくらいしかなさそう。まあまあ、と僕が彼女を宥めてると、ふと疑問を2つ思い出した。
「そうそう、魔王軍の幹部って何人いるんですか?」
「え、10人だけど……。だってそんなにたくさんいたら幹部って言わないよ」
……聞いたかな、かつての運営様。以前の魔王軍幹部50人って絶対多すぎたろ。反省したまえ。まあ僕も今は運営側だからあまりこの問題について目くじらを立てるのは止めておくけども。そして次。ちょっと聞きづらいけど、こういうのは時間が過ぎるほどに聞きにくくなってしまうものなのだ。ええい、いったれ。
「あと……あなたの名前ってなんでしたっけ……。いえ、念のためですよ! 一応念のため!」
何が念のためなのかは定かではなかったけど、僕はそう言って誤魔化すことに成功した。それを聞いて彼女は何か言いたそうな顔をしたけど、結局何も言わず素直に教えてくれる。
「……ゼカユスタ」
駄目だ、絶対覚えられないし5分後には忘れる自信がある。だって聞いたことないもん。検索してもヒット数0件っぽそう。ただ、もうあとで聞き直すのはまずい。忘れたのがバレてしまう。……えーっと前のゼカと後ろのユスタ、どっちも聞き覚えがないのにくっついてるから覚えにくいんだ。よし、バッサリいっちゃえ。
「…………ではゼカさんと呼びますね」
「今の空白なに!? ううん、また忘れると思ったんだ! 絶対そう!」
「うるさいなぁ」
なぜ1度目も忘れているのがバレているのかはわからなかったけど、さすが幹部だけあって鋭いではないか。……あれ、でもあと9人は何してるんだろう。
……まさかひょっとして。この子は1人地方に飛ばされてどうでもいい任務を仰せつかってしまったのでは。そうなら親切にしてあげよう。僕はよしよし、と彼女の頭を撫でながら優しく聞いた。
「他の9人はどうしてるんですか?」
「え、みんなも普通に他の神器を探しに……ってなんだか頭に圧力が」
おっといかん。僕はちょっと力が入っている手をそっと彼女の頭から離した。……いや、気持ちはわかる。でも八つ当たりはいかんぞ。……そうだ、神器ってあといくつあるんだろ?
「ちなみに他の神器って何なのか、わかります?」
「―― 意思 、 占板 、 奇異光芒 、そして 星海」
歌うような抑揚をつけて、ゼカさんが言うその神器の名前に全て僕は聞き覚えがあった。全部我らが魔王様のコレクションやんけ。まあ神器なんてものがあったらあのコレクターが見逃すわけがなかった。っていうか武器の名前ってあの子の趣味で付けてたんじゃなかったの? ……あ、そうか。翻訳魔法越しだからこう聞こえてるだけで、本当は他の名前なのかもしれん。指すものが一緒なだけで。
「……でも、 關之影 以外はどこにあるかわからなくて、みんな苦労してるみたい」
続いたその言葉に僕は視線を上げる。……確かに 關之影 は王国が秘蔵していたと魔王様が言っていた。私がそこからこの子を救出してきたんです!! って誇らしげにしてたのを覚えてるから。問題はそれ以外だ。……確か、雪の都、海底神殿、ベルデ火山、そして月の平原にあったんじゃなかったっけ。……設定では。ゲームでは全部既に魔王様が持ってるから、もうそこにはないんだけど、それでも行ったら召喚獣が手に入ったりいいアイテムが置いてあった、はず。
「なるほど。大変ですね! 頑張ってください!」
まあ僕はこの魔王軍に義理はないので教えたりはしないけど。設定どおりにそこにあるのかも知らないし。……海底神殿とか嫌がらせのような場所にあるけど心折れずに頑張っていただきたい。なんで森の中に入り口があるのか。
そうやって僕が新旧の魔王軍幹部で交友を温めていると、不意にガチャリと扉が開き、この館の主が帰ってきた。その視線とゼカさんの視線が宙で交錯する。
「あ、あなたがマッドサイエンティスト!?」
「……なんだこの頭の悪そうな生物は。む、ということはそうか。ひょっとして君のご友人かね」
何が「ということは」なのかはいまいちはっきりとしなかったけど、彼らの第一印象はあまりお互い良くなさそうだった。これはいかん。僕が間に入ってあげないと。
「この子はゼカさんといって、復活した魔王軍の幹部、しかもなんとですよ! あの! №7です!」
「あの、というのが何を指しているのかはさっぱりわからないが」
「そしてこの人がですね! 噂のマッドサイエンティスト! ウルタルです! この人にとったら法律も倫理もその辺のちり紙みたいなものです。ちなみに私は会って5秒でハンマーで頭を叩き割られました」
「ひえぇぇぇぇ!」
「いや待て、割れてはいなかっただろう」
「思いっきり叩いたならそれはもう同じようなもんですよ。割れたかどうかはもはや結果論でしょ」
わいわいと全員がそれぞれ喋っているせいか、その後もなかなか話はまとまらなかった。
「なるほど、自分を魔王軍だと名乗るこの者がいたので、私にぜひ解剖してほしいと」
「やっぱりそうだったんだ……うぅぅぅ……ぐすっ……お姉ちゃん、ごめんね……」
「だから違います! 解剖しないで調査だけしてもらえませんか、って!」
僕がバンバンと来客机を叩くと、大きくヒビが入った。あ、やばい、何度目だこれ。ルート先輩にまた怒られてしまう。
しかし、ちらりとそれを見たウルタルはなるほどわかった、と一応素直に頷いた。……こやつも先輩に怒られるのを日和よったな。
「確かに人間ではなさそうだ。研究のし甲斐がある。血沸き肉躍るな」
なんかあなたが言うと別の意味に聞こえるっていうかスプラッタしか思い浮かばないんだけど。まあいい。とりあえず友好条約が結ばれた。僕はウルタルとまだ泣いているゼカさんの手をがっしり握手させる。
……あ、そういえば。シャテさんとテヴァンが世界を超える手段についての手掛かりを教えるから、落ち着いたら表通りに来て、って言ってた気がする。……これは、落ち着いたとみていいよね。うむ。
「ところで私、友人と約束があるので、出かけてきていいですか?」
「いやだあぁぁぁ!!」
がっしりと僕の足にしがみつくゼカさんをちょっと困惑して眺める。そんなに怖がらなくても……。
そう思ってふと顔を上げると。上機嫌のウルタルが、何に使うかはよくわからないけどやたらとんがってる器具やギザギザしてるノコギリとかをガチャガチャと隣の部屋から持ってくるところだった。……うん。
「えーっと、私がいない間にこの子が暴れたら困ると思うので、やっぱり連れて行っていいですか」
「この屋敷内にいる私なら何とか勝てる。だから心配は無用だ」
……え、そうなの? だって魔王軍の上から8番目なのに。僕がゼカさんを見ると、彼女はしばらく考えた後で、顔を横に振った。おお、意外にハッタリでもないらしい。ウルタル強すぎやろ。……ただそうすると……。
「やっぱり友達にも紹介したいので、連れていきますね!」
僕はそう言い残し、ゼカさんの手を取ってダッシュでその場を後にした。だって帰ってきたらホルマリン(?)漬けにされてるところしか浮かばなかったから……。そんな光景を受け止める自信は僕にはなかった。魔王にだってないはず。試しに想像の中で魔王様にその光景を見せてみたら、ドン引きした彼女が口にしたのはたった一言だった。
「……おぞましい……」




