何でも直接聞くのが一番間違いがないと思う
ウルタルが部屋の隅で何かぶつぶつ言いながら怪しげな薬を振ったりしている間、残された僕達3人は椅子に座っておやつを食べながらお喋りする。
「……そういえば、ルートさんってなんであの人の弟子をやってるんですか?」
純粋に疑問である。まさか若くしてマッドサイエンティスト志望なのだろうか。その道はあんまり実りがなさそうだから今のうちにやめておいた方がいいと、個人的には思うけど。
ルートさんはしばらく目を瞑って、何事かを考えた後。首を横に傾けながら、笑って答えてくれた。うん、裏表なさそう。守りたい、この笑顔。
「うーん、一言で言うと……人の役に立つ魔法を私も作りたいな、って、思ったからかなぁ」
「俺も同じです。自分の力を生かして世の役に立ちたいと思うのは当然でしょう! それが力のある者の責務なのですから」
……字面は一緒だけど、なんかたぶん違うよね。ロランドの同意にふふっと微笑むだけで何も答えない彼女は、手を合わせてじーっとロランドの方を見つめていた。嬉しそう。あったかい陽だまりのような、いい表情である。ウルタルに説教してない時のこの人って絶対ゆるふわ系だと思う。外見もそんな感じだし。
……ふふふーと笑っているルートさんを眺めながら、この人は日々幸せなことがいっぱいっぽいよね、と僕は何となくほのぼのする。ロランドも正面から見つめられ、キョドったのちに何故かキメ顔で斜めになりながら尋ねた。
「どうしました?」
「んーん、いいなぁって思っただけ」
「おお、好印象なのか……」
喜んでいるロランドをぼーっと見ながら、何がだろう、と僕が思った瞬間、小さな心の声が聞こえた。……きっと、それは、心電図で言うともう死んでます、ってくらいに平坦な、起伏のない声。僕がルートさんの方を見ると、彼女は笑顔でひらひらと手を振って合図してくれた。
……さっきの声は、どういう意味だったんだろう。
『――いいなぁ。理由のない人は』
……そうだった。先入観はいかん。だいたい、偉い人っぽいウルタルを説教できる時点でおかしい。ひょっとしてヤバイお人って可能性は捨ててはいけない。今の一瞬でちょっと鳥肌立っちゃった。笑顔で話しているロランドとルートさんをそっと見ながら、僕は気を引き締める。世の中には笑って人に手錠をかけることのできる女の子だっているのだ。
……うーん、でもこの人、基本的に嘘言ってないんだよね。それは分かる。僕のことを本気で心配してくれてるっぽいし、怒ってくれてる。人の役に立つ魔法を作りたい、っていうのも100%本音だった。いい人なのは間違いないと思うんだけど。
「ところでルートさんって」
「あ、その呼び方やめて。他人行儀で傷ついちゃう。先輩かお姉さん、って呼んでくれていいんだよ」
これも本音。そう言った後、天井を見上げながらちらちらっとこっちを見て「……まだかなぁ」と訴えてみたり、テーブルの上の小物をつんつんと指先で弄ったりしながら、僕がそう呼ぶのを待ってるご様子である。ちょっとかわいい。
「俺も呼んでいいですか?」
「あ、あなたは駄目ー」
「なぜ!?」
「だって、あなたは後輩でも弟弟子でもないよ……」
僕もどっちでもないんだけど、それはこの際置いておこう。……そういえば、ロランドは就活に来たのにここで話してていいのだろうか。このままだと、ただの見学者で終わっちゃうよ。僕はあんまり手伝う気はないけど。
そうこうしていると、ウルタルが僕たちの方に歩いてきて、傍の椅子に腰を下ろした。ちょっと休憩、かな。ルート先輩のことを話しているのはわかったようで、彼女についての補足をしてくれる。
「彼女はとても優秀だ。そして、何よりも大事なことに、研究に禁忌を持ち込まない」
「さっき思いっきりウルタルさんの実験を止めていませんでしたか?」
そういえばそうだった気もする。ロランドもいいことに気がつくね。その調子で自分を売り込んでいったらいいと思う。さりげない有能アピール、大事よ。……でも、その実験って、僕が火で炙られたりしてたあれのことだよね。それを止めるのはけしからん、と当の僕の隣で言うのはいかがなものか。
「あれは実験の手段に対してだろう。将来的には手段も選ばないようになって貰いたいが、今私が言っているのは分野だよ。くだらん禁忌など、研究においては邪魔でしかない」
「……そういえば、ウルタルさんはここで何を研究してるんですか? まさか、禁忌に触れる何かなんですか? ……なーんて、ははは」
『君のような勘のいいガキは嫌いだよ』という言葉をなんとなく僕は思い出した。……一瞬、ウルタルの目がこの場の全員と、自分の背後にある部屋の入り口を順にゆっくりと見る。たぶんだけど、今ここで犯罪が起こった場合の発覚の可能性について、シミュレートしてる気がする。……さすが禁忌がくだらんと言うだけあって、選択肢が広い。
……よし、方針を変更しよう。よく考えたら、ただの見学者のままここから帰れるってすごく素敵な気がしてきた。100点と言っていいかも。
「今のは何でも好き嫌いしては駄目だよね、って意味ですよ。……ところで、今日はもう実験もないし帰った方がいいんじゃないですか? ねっ」
「俺は残るぞ。今、流れが来てる」
……今のところ、残ったら頭を粉砕される流れしかないよ。さすがにロランドでも頭が取れたら死ぬんじゃないだろうか。餓死とかで。……それはさすがに見たくないので、ロランドの耳元に顔をよせ、僕はこっそりと聞いてみる。
「――ルート先輩を見て『身長だけじゃなくて胸もでかいな』って思っていたことを今ここで公表されるのと、素直に帰るの。どっちがいいですか? 私は別にどっちでもいいんですけど、公表した場合どうなるのかを考えるとちょっとわくわくしちゃいます」
彼はそれを聞いて即座に立ち上がり、やたら真面目な顔であたりを見渡しつつ、宣言した。
「あまり長居するのも失礼だな! 俺は帰るとしよう」
「はい、いい判断だと思います。私はもう少し、話があるので」
「……私もどちらでもよかったがね」
「聞こえてました? さっきから、耳良いですね」
「君が彼を連れてきた理由が分からんな」
「どうでした? 見込みとかあります?」
「まあ、悪くはないな。資質は中の上といったところだ。……ただ、いくらでもいる。それに彼は独学だろう? 基礎を学んでいない普通の人間には、興味を持つ以前の問題だ」
おや、中の上らしい。正直意外。でも雇っては貰えなさそうだった。通常なら残念って思うところだけど、今は助かって良かったね、という気持ちしか湧いてこなかった。命大事に。死んでもおかしなところに生まれ変わる可能性だって、大いにあるんだから。
「……ところで、ルート先輩はどこまで?」
「彼女は全て知っているよ。……私が何の研究をしているかも。そこを隠すと意味がないのでね。まあ、彼女自身も普通とは言い難いが」
「へえー」
「ふふふ、実はそうなのです」
なんか変わってるらしい。僕が彼女の方を見ると、なぜかビシッと敬礼して合図を返してくれた。……でもまあ、変わっててもいい人っぽいし今はいいか。それより、これからどうするかだよ。
「目下、私が解決したいことは2つです。1つは私が元いた場所に帰ること。もう1つは、御使いが2年たったら頭がおかしくなるという謎の風説の真偽についてです」
「魂の研究家を探してほしいというのも、その一環かね」
「それは1つ目に関係ありです。私が元いた場所にここから渡った人が、高名な研究家だったそうで」
「ふむ……国内では魂の研究家は私が知る限り10名にも満たないが……。当たってみてはいるが、君に聞いた特徴に合う人間はいないな。……そもそも妙だ。確かに広いが、この国で起こっていることで私が知らないことなど基本ないはずなのだがね」
すげぇ自信だ。でもそれでこの人が見つけれなかったら、僕じゃもっと無理だね。土地勘もないし。ということでそっちはお任せすることとする。
「引き続き、お願いします。あと、見つからなかった場合も考えると……。あのですね、魔法で異世界に行くか、時間を遡る、このどちらかのことって、可能なんですか?」
自分だけで元の世界に移動できるならそれでもいいし。自分の過去に戻れれば死ぬのも回避できるので、どちらかが可能であることを希望します、特に後者。……無理かなぁ。魔法だから何でもできるって訳でもないだろうし。
「聞いたことがないな。そもそも異世界と言っても、曖昧な定義だが……。これまで、考えたことがなかったが、面白いかもしれないな。今の時点だと見当もつかないがね」
「今からどんどん考えてくれると、とても嬉しいです」
「自分の研究が一段落したら、と言っておこう」
それってあれだよね、男同士の『行けたら行く』と同じくらいの実現可能性しかないよね。これはまた何か動機づけをせねば。
「……そして、2つ目。これも結構切実です、時間制限があるので。ただ、どうしたらいいかがまずわからなくて」
「御使いの生態か……さすがに専門外だな。しかし、神の遣いなのだろう? 直接聞いてみればいいのではないかね」
「誰に?」
「たぶん、女神様にじゃないかなぁ」
「……どうやって?」
護摩業とか? 野球選手がシーズンオフに火で炙られたりしてるよね。……そういえばさっき僕も炙られたけど、あれってそういう意味もあったとか? そう疑問を持つ僕に、ルート先輩はぴっと指を立てて笑って教えてくれる。
「隣の宗教都市の大聖堂で、大司教様が女神様の声を伝えてくれるんだよ」
「直接話せるんですか!?」
神様なのに距離近い! そして、火全然関係なかった。でも朗報。さっそく、大量生産品を特別と言って渡した疑惑について確認できるね。……いや、すごく感謝はしてるんだよ? 無かったら詰んでたし。ありがとう、ってまず最初に言うし。でもちょっといろいろ聞けるなら、聞いてみたいよね。物を貰った立場で怒ったりはしないけど。
そして、とりあえず次の休みに、大聖堂に連れて行ってもらえることになった。ウルタルとルート先輩の2人とも着いてきてくれるらしい。……大聖堂かぁ……ちょっと不安。正直ゲームの中で一番入れない場所だったから……。ゲーム内での僕の種族が魔族だったせいか、ドラクエで言う毒の沼地みたいなもんだったし。今は大丈夫だとは思うんだけどなぁ。
……そして、そのまま帰宅した後、ロランドに「どうだった?」と聞かれ、僕は何のことかわからず首を傾げた。
「?」
「だから、俺の就職はどうなったんだ? その話をしてたんだよな」
「ああー……」
あんまりしてないや。……なんて言ってたか。これはそのまま伝えるべきかな。下手に手を加えると、変に解釈されかねないから。僕は下を向いて自分の記憶を辿りながら、ウルタルのロランド評を思い出す。
「資質はある。でも、独学じゃそもそも駄目だとか。基礎を学んでないから興味を持つ以前の問題だそうです」
「本当か!?」
「……でも、勉強しても雇ってもらえる感じじゃなかったけど……あれ?」
なんたって「いくらでもいる」だし。そう言いながら僕が顔を上げると、もう目の前には誰もいなかった。なんだかダダダって足音が聞こえた気もするけど。……そして、結局その後、ロランドは夜まで帰ってこなかった。
今回を3行
・次に行くところが決まりました
・今日もロランドは就活失敗しました
・人の話は最後まで聞こう
書いてて、「ちょうどいい奴いねえのかよ!」と切実に思ったので、普通の人を一刻も早く追加しようと心に誓った