バレなきゃセーフは当然、発覚したらその時点でアウト
「……ちょっと! 先生、何してるんですか!?」
実験と称してウルタルに炎で炙られた後に氷漬けにされ、半解凍されてすぐに首に縄を引っかけられてずるずる床を引っぱられている最中、横からそんな声が僕にかかった。……誰だろ? もう暇すぎてほぼ寝てた。
僕がこっそりあくびをしながら目を開けると、声の主はウルタルの弟子らしいルートさんだったらしく。顔が大変ひきつっておられる。僕が眠い眼を擦ってぱちぱち瞬きをすると、次第に視界がクリアになった。
……確かに、はたから見たら絵面的に最悪かも。無抵抗で拷問を受ける未成年女子。その首に巻かれた縄を引っ張る手を止め、すごい勢いで手に持ったメモ帳に何かを書き留めているウルタルは、どう控えめに見ても狂科学者だった。その隣で同じくらいの勢いで頷いてるロランドがちょうど、悪の発明にスポンサーとして資金を提供する成金2世みたいに見える。何に同意してるのか知らないけど、絶対理解してないよあれ。
「相変わらずふざけた耐魔法防御だ……。物理耐性も頑丈には違いないが。……体を構成している魔力の質が違うのか……? それとも術式が」
「もう、こういうのやめてあげてくださいって言ったじゃないですか! 可哀想すぎて見てられないです! この子、引っ張られながら目を瞑って、死んじゃうって泣いてましたよ! 私見たんですから」
「わかった、わかった、わかったよ。これからは気をつける」
……その台詞、初日に怒られた時も言ってなかった? 絶対やめる気ないよね。そして一通り説教された後、ウルタルが心の中で小さく呟いた(?)のを、僕は聞き逃さなかった。
「――やる時間帯を考えよう」
……やはり。バレなきゃセーフの精神。全然反省していなかった。
その後、僕はルートさんに後ろから抱えられたままで、ウルタルと離される。それからしばらくルートさんの腕の中から脱出できず、そのままの状態で「私が妹弟子を守らないと」と言われ、抱きしめられた。僕はウルタルの弟子になった覚えはないし、この人は僕のことを人形か何かと勘違いしている節がある。
……いや、僕のことを大事にしてくれる人はこの空間においては大変希少なので、ありがたいことではあるんだけど。その後、僕が元気なことをルートさんに証明するのにしばらくの時間がかかった。
ちょっと時間が経ち、ルートさんが「用事があるので出てくる」と言っていなくなった隙に、先ほど湧いてきた疑問をウルタルに尋ねる。僕がいつも握りしめてる、掌の宝石を見せながら。……この宝石に込められた魔法は一体、どんなのなのか。
これ手に持ってるのとか正直忘れそうになるんだけど、「めっちゃ大事だから無くしたら絶対駄目!」って毎晩何度も繰り返したら、手がずっと勝手に握っててくれるようになった。素晴らしい。一人だったら絶対どこかで落としてた。
……それはともかく、これきっと凄いよ。異世界言語が翻訳されるんだから。神の力だよ。専門家だからこそ具体的に凄さが分かるはず。腰を抜かすがいいぞ。さりげなく僕が手元をちらちらと見せていると、ウルタルもやっと気づいたらしい。
「……何だね、さっきから不自然極まりない行動をして」
「ふふ、やはり気になりますか? 凄いでしょう、これ」
「……? その手がどうかしたかね?」
「ノーノー、全、然。違います。この宝石に神の魔法の力を感じませんか?」
僕はちちち、と首と指を振って、ウルタルに笑顔で正解を教えてあげた。注意力がなっていない奴である。ほんとに専門家なのかな? こんな宝物に気がつかないなんて。
ウルタルは宝石を一瞥し、まるでロランドを見た時のような表情になった。即ち、1ミリも興味ない、って顔の全面に書いてある。
「何を言っているんだ……神だと……? くだらん。そんなもので良ければこの学校の売店にも売っているよ。安ければ昼食代くらいの値段でね」
「……!? 売店!?」
……売店って……あの売店? これ、弁当代くらいで買えるの……え、マジで……? 一瞬そんなことを言って僕から神の宝具を巻き上げようとしているのでは、と様子を窺うも、全くそんな気配はない。そして、しばらく経って、それが真実であるということを僕は理解した。
ショックを受けて立ちすくむ僕を怪訝に眺めるウルタル。今まで離さないように苦労してきたちょっとぬくもりのある宝石を撫でながら、僕はとりとめのないことを考える。
……だって、特典だって。生まれ変わって、女神がくれる時に言ってた。今だけあなただけに特別だよ、って。このチートを授けますって……言ってなかったっけ? 美化され過ぎ? ……それにしても悲しかった。これをくれた女神にいつか会う機会があったら、諭してやりたい。特別だって言いながら大量生産品を手渡すその行為は、詐欺であると。……バレなきゃセーフだけど、もう発覚しちゃったから。
そうして気がつくといつの間にか部屋の端の方に座っていた。どうやら勝手に歩いてここまで来たらしい。そのまま、自動的に手がぎゅっと膝を抱える。そこに顔を埋めると少し気分が落ち着いた。……今日はなんかもういいや、このまま過ごそう。
そんな僕の落ち込みを見たウルタルは宝石を眺めて、慰めるように一言かけてくれた。
「まあ、売っている中では一番質のいいものではある、保証しよう」
「すみません、気を遣ってもらって悪いですけど! 全然! 嬉しくありません!」
「あ、なんでもう虐めてるんですか!? こんなに端っこに……ちょっと目を離したら!」
戻って来たルートさんが目を吊り上げて、体育座りしてる僕の前に駆け寄った後、ウルタルの方を振り返って睨んだ。そのまま手を広げて立ちはだかる。
「いや、これはだね」
「私がいないところなら何してもいいや、って思ってたでしょう!?」
「まさしくその通りだが、違う、そうじゃない」
「どういうことですか!?」
……その後、僕が何とか話せるレベルまで復活して誤解が解かれるまで。実に、30分の時間を要した。
風邪が治りました。今回を一行で言うと、宝石の価値が発覚しました。終わり。
流石にそろそろ話が動いてほしくなってきました。