プロローグ(2)
目の前の開けてくれた男の子は、まじまじとこちらを眺めている。NPCかな? とりあえず友好的な態度を表現するため、女性キャラの営業モードで笑ってお礼を言ってみたけど、なんか。距離を感じる。
「あなたは御使い、ですか……?」
恐る恐る、そう、尋ねられた。……御使いとな。言い換えると天使。……うわぁ。とりあえずぶんぶんと首を振って否定しておく。黒歴史になりかねない。
「まったく違います」
「え、そうなんですか? あ、すいません。大人を呼んできますね!」
走り去ってしまった。うーん。どうすればいいのか。とりあえず待とう。
「これはこれは……」
その子が引き連れてやって来たのは、法衣を着た50歳くらいの男性だった。やや髪の毛が寂しい。でもニコニコしていてとてもいい人そうである。それに年齢相応の落ち着いた知的な雰囲気を感じる。彼は大司祭と名乗った。
「御使いか、生まれたての精霊、というところですか。精霊にしても言語を理解する人型とは珍しい。私も初めて見ましたよ」
《こいつが万一、本物の御使いなら人を呼べるし、仮にそうでなくてもこの魔力量なら高く売れるだろう。頭も悪そうだし、どうとでもなる》
……ん?なんかノイズ的なものが聞こえる。どうやら、ステータスは開けなくても能力は有効らしい。僕のキャラの能力って幻覚と精神魔法特化だから、この副音声はその恩恵。相手が何を考えてるくらいかは何となくわかる。ただ、こんなにはっきり聞こえるのって、珍しいな。
……その能力によるとこいつは腹黒人間だということになってしまうけど。あと地味に馬鹿にされた気もする。ぐぬぬ。初対面なのに。
「どうもありがとうございます。まだ何もわからないので、いろいろ教えてください」
……とりあえずどういうシナリオなのか理解しなければ始まらない。きっとこの人に着いていけば、次には進むだろうし。
「そういえば、御使いは未来を見通すことができると聞きますが、仮にあなたが御使いだとして。……どうですか。この街の未来は」
未来。個人的には意地悪で、お前の家だけ溶岩に飲み込まれるとでも言ってあげたいところだけど、僕は大人なので我慢しよう。笑ってごまかす。
「うーん、よく分かりません」
「では、私は……どうですかね? ……ちょっと緊張しますね」
おお、食い下がるね。心配事でもあるの? じーっと僕は相手を見てみる。…………あ。こいつ浮気してる。しかも神殿で逢引きとかしてる。こんなんすぐバレますやん、というかもうバレてるだろ。むしろバレろ。……誰だ、こいつをいい人とか賢そうとか言った奴は。
「浮気が発覚して大変なことになる未来が見えます。手遅れかもしれませんが(←願望)、家族を大事にした方がいいんじゃ……」
それを伝えると相手は急に挙動不審になって、それ以降一言も喋らなかった。やったぜ。
「こちらで、しばらくごゆっくりしてください」
10分ほど通りを歩いて。辿り着いた大きな神殿横の建物がどうやら居住区になっているらしく、初めに会った男の子がそのうちの一部屋に案内してくれた。部屋の中はそこそこ広く、フカフカっぽいベッドと、机と椅子。後は化粧台っぽいの、くらい。なんとなく、部屋の中を歩く。
そして、一通り部屋の中をきょろきょろして、ベッドにダイブしたり、ごろごろ転がったりして。……ふと何気なく化粧台の鏡を覗くと。……そこには、ゲーム内のキャラとは全然違う、見覚えのない女の子の姿があった。思わず二度見した。誰だお前!?
「……なんで!?」
いかん、瞬間的にめっちゃでかい声が出てしまった。その声が聞こえたのだろう、さっき僕を案内してくれた子が、ドアをノックして飛び込んでくる。
「どうしました!?」
「いえ、あの、……自分の姿がいつの間にか変わってて……知らない人になってるっていうか」
「!? どういうことですか……? 姿が変わる……?」
目の前の子は、理解しがたいことを聞いたように眉をひそめた。……まあ、そりゃそうだよね。そのままおろおろとしている子供を見て、僕は悪いことをしているような気になった。……まあ、テストプレイの時も勝手に違う姿にされた覚えがあるし。今回もそうか。うん、一応納得。そういうシナリオだね、OKOK。子供を困らせてしまっているので、気にするなと伝えなければ。
「あ、やっぱり大丈夫です。こういうの、慣れてますから」
「どういうことだよ!? 慣れてんの!?」
「いいですから、気にせず、ねっ」
無理やり僕に背中を押され、首を傾げながらも去っていく子供。……ふう、危ないところだった。しかしアバターが変えられたのか。勝手に変えないでほしいものである。結構気に入ってたし、マイキャラの外見自体は。うーん、でも……。僕はもう一度鏡の前に移動する。
手足が細くて、やたら白い肌。可愛らしく整った顔に、150㌢ちょいの身長。やや癖っ毛の肩に少し届かない長さの金髪に、濃い紫の瞳。あ、目の色は前と一緒だ。ちょっと垂れ目なところも一緒。何となく前のキャラの面影がある、って印象。面影レベルなので別人だけど。年齢的には、16歳くらい?
……というかこれ。元に戻してもらえるんだよね? 前のは消去したとか言われたらちょっと暴動もんである。
そして、いろんな角度から姿を確認していると、ふと、何か違和感を覚えた。……なんだろ?もう一度、まじまじと鏡を見てみる。……特に変わったところなんて……。ない、よね、うん。服装は普通のワンピースである。シルクっぽくて、高級そう。ただ、胸元がちょっと緩いかな。全体的に小さくて胸もそんなにないから、屈むとちょっと見えそうになってるし。……ん? あれ……?
自分のワンピースの胸元をちょっと手で広げて中を覗いてみる。……そこにはささやかな膨らみが2つと、それぞれの先端に桜色のぽっち。……OKOK、落ち着こうではないか。ゲーム内では当然、こんなところまでは再現していない。再現していないものが目の前にある。ということはどういうことか。……どういうことだってばよ。
ためしにちょっと胸を突っついてみると、ふよふよと柔らかい。うん、無意味だ。何の確認にもならん。僕は思わず叫ぶ。
「えええええええ!?」
「……どうしました!?」
さっきより数段大きな悲鳴を聞いて、男の子が飛び込んでくる。混乱した頭の中、僕は現状をそのまま申告する。
「その、あの、いつの間にか性別が変わってるというか」
「性別が変わるってなんだよ!?さっきと同じく、何言ってるかわかんねえ!?」
そのまま2人でしばしあたふた。慌ててる僕を見て、男の子は落ち着けようとしてくれたのか、笑って言った。
「姿が変わってるのは慣れてたって意味わからないこと言ってたけど、性別は慌てるんだな。さすがに慣れてなくて、なんかほっとした」
いや、慣れてるというか。ゲーム内でも性別が変わったことなんて……。……あれ? そういえばテストプレイの時って女の子キャラだから性別も変わってるわ。でもあれはゲームで。……え、それでこれは、何? 考え込んでいた僕の口から、断片的に思ったことが、言葉としていつの間にか零れたみたいだった。
「……まあ、こういうのも初めてではないですけど」
「そうなの!? じゃあいいじゃん、姉ちゃんの中では日常なんだろ!? 次からいちいち大声あげないでくれよな」
心配して損した、そう言って、男の子はちょっと怒って去っていった。それを見ながら、僕はもう一度胸元を覗きこむ。顔を上げた時には彼はもういなかった。……え? 何これ……。
プロローグが既に長いですが、あらすじにたどり着くまで、信じがたいことにあと2話くらいありそうです。