どこの世界でも就活に大事なのはコネとタイミング、らしい
「結局お前は仕事どこか見つけたのか?」
ウルタル氏の研究室に通うようになってから、3日目。毎日朝から夜までどこかに出かける僕を不思議に思ったのだろう。朝ご飯を食べた後、洗い物をしている僕にロランドが背後から声をかけてきた。
「まあ、そこそこいいバイトというか。そういうのは見つけましたよ」
食器を全て洗い終わった後布で拭きながら、そう僕は答えを返す。バイトの内容としては、魔法学校の敷地の端にある、怪しい研究室に行く。そこでなんかいろいろ薬を飲まされたり魔法で攻撃されたり。まったくどれも効果がないけど。そして、その代わりになんか日当として普通の人の半月分くらいの給料を貰えてる。
……そこそこ、っていうかめっちゃボロいバイト。でもそれを言うと、自分も自分も、って言いそうだもん、この人。かけられる攻撃魔法の余波を見る限り、同じ仕事内容だと一撃死しちゃいそう。……あとは食堂にも給仕として通ってはいるけど、週2くらいなのでメインじゃない感じ。週6勤務である。異世界でもシフトに追われる毎日。
「……ところであなたの方は仕事、決まりました?」
「当然、順調に決まっているだろう」
……あんまり異世界の就職活動事情に詳しくはないんだけど、何となくうまくいってないような気がする。だっていつも家にいるし。何でも執事さんにこっそり聞いたところ、異世界の就活は1に職務経験、2に学歴で決まるらしい。日本と同じようなもんだね。
「……どんなところが希望なんですかね? 実際受けてみたところはどんなでした?」
さりげなく進捗状況と本人の方針を確認しておく。だってヒモとか嫌やん。僕、男養う趣味はないし。女性でもちょっと、ってなるけど。一刻も早く自立していただきたい。
異世界に来た当初は自分もぐうたら生活を送っていたことからは目を逸らしつつ、僕がそう思っていると、ロランドから現状報告が返ってくる。
「魔法を駆使して俺は世の中の役に立つ、大きな男になりたい。そう言って実技を見せたらどこでも鼻で笑われたんだ。俺には間違いなく才能があるはずなのに」
「ふわっふわじゃないですか」
小学生が将来の夢で書く内容レベルだよ。面と向かって笑われるのはちょっと可哀想な気もしなくはないけど……ん? そういえばこの人が以前見せてくれた魔法って、やっぱりあんまり大したことなかったの? 花火が的に飛んでいくやつ。僕あれ、一発芸としては結構好きだったんだけど。
「お前はどうやってその仕事を見つけたんだ?」
「んー。コネとスカウト……?」
予言者の子からの紹介と、後はなんか成り行きで。でも僕自身の目的には沿いそうな人と会えたのは確かなので、win-winではないだろうか。向こうも楽しそうに実験してるし。
それを聞いて、何故かロランドは大いに憤慨していた。世の中の闇を発見したと言わんばかりである。そのうち、何の意味があるかわからないけど何度も立ったり座ったりし始める。
「何だそれは! お前、卑怯だぞ!! ちゃんと正々堂々とやれ!!」
「……そんなこと言われても……。だって私たちの希望職種って、被ってないから関係ないでしょ」
キュッキュッ、と最後の一枚を拭き終えて僕はそうため息をついた。そのまま棚にしまうためによいしょ、と乾いた食器を腕に抱えて移動し、上の方にはなかなか届かないのでつま先立ちでほいほい、と棚にしまっていく。
僕の身長ちょっと返してほしい。こういうのとか超不便なんだけど。後ろの人はでかいのに手伝ってくれないし。……まあでも、お前だと届かないのでやってあげるよ、と言われるのは何だかとても屈辱的なので自分でやるけどね。
そう思ってジト目でロランドを眺めていると、その視線をどう受け取ったのか、ロランドは慌てたように続ける。
「……お前の職種って、何だ? そういえばどこで働いてるか聞いてなかったな」
「魔法学校の中の研究室に通ってます」
「被ってるじゃないか!!!!」
「……もう、うるさいなぁ……」
その後、自分も連れていけと騒ぐロランドに根負けして、とりあえず研究室についてくるだけならいいけど仕事の斡旋はしない、ということで決着がついた。俺にも同じ仕事をやらせろ、と深夜までうるさかったけれど。
そして、翌日。大きな門をくぐり、魔法学校の学舎を横目に、敷地の端にある工房のような建物に向かう。独立した建物を貰っているということは、ウルタルってひょっとして結構偉いの?
「む、今日は同行者がいるな。……彼は?」
「私の同居人です。何でも、勉強のため魔法の研究を間近で見たいそうです。……ほら、自己紹介してください。売り込みたいなら好きにすればいいですけどやりすぎないように。今の立場はあくまで見学ですから」
後半はこしょこしょっとロランドに耳打ちし、そのまま彼の背中を押してウルタルの前に立たせる。じろじろと値踏みをするようにロランドの方を眺めるウルタルは、明らかに興味がなさそうだった。はよ帰れ、と言われないだけマシか。でも、研究だし部外者には秘密だぞ、って言われて終わりでも良かったかも。
……ってかこの2人、同型のような気がする。傍若無人型が2人揃ったらどうなるんだろう。
僕がちょっぴり興味をもって状況を見守っていると、ロランドはしばらく固まって、こわごわと自分の名前だけを言った。そういえば、この人研究室の表札的なやつを見てから無言で大人しかったっけ。不気味。
「ロランドです。お会いできて光栄です」
「それは結構。ウルタルだ」
……あれ、やっぱり結構偉い? この人。
準備をしてくる、と言い残して部屋を出ていくウルタルを見送った後、僕はロランドにこしょこしょと尋ねてみた。
「あの人、偉いんですか?」
「間違いなく将来、教科書に載るレベルの人だぞ……」
「うーん……? そんなすごい人には……」
僕の中では撲殺天使というイメージしかないんだけど……。ネイルハンマーとか絶対似合うと思う。え、だってまだ30歳過ぎくらいでしょ。……なんだろ、愛用のハンマーで100人の頭をかちわったとか、そういう犯罪白書に載るってこと? 確かにそれならご機嫌を取りたいという気持ちはわかる。
そう納得する僕に、ロランドは無知な人を見る目で僕を一瞥して、ため息をついた後、説明してくれた。
「今、この国を支えている翻訳魔法は、あの人が13歳の時に確立させたんだ。それまでは、異種族とは話すのは大変だったんだぞ」
「……すげー!!」
めっちゃお世話になってた! ……え、でも神の魔法じゃないの? 翻訳魔法って。僕の唯一の特典なんだけど。……あ、巷にも溢れてるけど特別製とか、そういうのかな? だって、異世界言語が翻訳されるんだから。
「ほら、ぼーっとしていないで、行くぞ。ウルタルさんが呼んでるだろう」
「あ、はい……」
僕は考え事をしながら、そのままロランドに手を引っ張られて研究室の奥に引きずられていった。
「今日は、魔法で生み出した酸の中に入ってみようか」
「はーい」
室内プールみたいな場所に一面に溜まった、なんか怪しげな液体の中に手を浸してみる。ちょっとあったかい。服のまま入って、そのまますいすい泳ぐ。……この、異世界に来た当初に着てた服って超丈夫なんだよね、体と同じく。濡れてもすぐ乾くし、汚れないし。
僕が一通り泳いだ後、ロランドが何かをウルタルに質問し、ウルタルがどこからか金属の兜を持ってくる。ちゃぽん、とプールに投げ入れられた兜はぶくぶくと煙を上げて、沈み、見えなくなった。
「お前の体、何でできてるんだ……」
そう呟きのようにロランドに問われる。……よくわからないけど、頑丈なのはいいことだよね。うん。その質問の後、ロランドは小さな声で続けた。
「そして、なぜだ。どうして服が溶けて裸にならないんだ……?」
こいつ変態だー! 知ってた。僕も同じようなことは思ったけどさ、なんか表現がちょっと。……犯罪白書に載るべき人間がここにもいるぞ。当初は聞かないって言ったけど、あれだけ希望してたから聞いてみる?
「……そういえば、私と同じ仕事やりたいって、言ってませんでした? 今なら止めませんよ」
「……悪かった。反省している」
……本当かなぁ。ちょっと、首を傾げざるを得ないよね。