姉と妹、の話(1)
「言ってた子来たんですね、先生。……わ、かわいい。いくつなんですか?」
入ってきた長身の女性はこっちを見て開口一番そう言って、笑った。ピンクのゆるふわパーマというファンタジー世界にしかいないような姿。自分が褒められたから言うんじゃないけど、いい人そう。騙されやすそうにも見えるけど。20歳くらいの美人さんである。
「まだ検証途中だが、とても頑丈だよ」
もはや会話が成立していない。異世界の男性はキチガイばかりという説が僕の中で提唱されるも、そういえば家臣団の皆さんだったり執事のお爺さんは普通だったから、僕の周りだけ? 類は友を……という考えが浮かぶけど、いやいや。これ以上は考えるのを辞めておこう。
「私、この先生の元で弟子をしてるの。名前はルート。あなたは? よかったら名前、聞かせて欲しいな」
その子はこちらに歩み寄ってきた後に身をかがめて、挨拶をしてくれた。
あ、なんかまともっぽい。やった。……ウルタルみたいな頭のおかしい人間に弟子入りする人がまともな訳がないのでは? という疑問も一瞬湧くけど、きっと騙されたんだよ。
「サロナ、といいます。初めまして」
「わー、すごい。ちゃんと挨拶できるじゃない」
にっこり笑って褒めてもらうもハードルが低すぎて、あんまり嬉しくない。向こうが170センチくらいありそうだから、身長差もあって余計子供に見られてるっぽい。
男の時の姿でも僕の方が低いんじゃ? という考えが一瞬浮かぶけど、首を振る。うん、実測したらきっと僕の方が高かったよ。比べられなくて残念である。ふうやれやれ。
「これから研究室に出入りすることになるから、彼女とも顔合わせを、と思ってね」
「……これから……? いえ、私はそんなに暇じゃ……」
「……いやいや、君はその魂研究家とやらを探しているんだろう? なら私のようにその道に明るい者に頼んだ方が賢明ではないのかな。特に当てもないのならね」
「それはまあ、そうですけど……私、いきなり危害を加えてくる人って嫌いなんです」
「それは失礼。以後、気をつけるとしよう」
「……先生、何かこの子にしたんですか?」
しれっとしているウルタル氏を横目で見ながら、僕は先ほどの凶行を訴えることにする。後頭部をハンマーで殴られて、電撃を浴びせられて、おいしいお菓子を貰った。……アレ? まあいいや。
「なんてことしてるんですか!? 大丈夫だった? 痛くない?」
ええ、全然。くらくらもしないし。それに痛いほど大事になってたらもう手遅れだと思う。すっと抱き寄せられて後頭部を見られた。その瞬間、ふわっといい香りがする。「うわ、髪の毛綺麗」という小さな呟きが聞こえた。
「頑丈なのは一目見ればわかる。大したことにはならないという確信があったからね。でなければさすがに時と場所を考えるよ」
……時と場所さえ揃ってたら大したことになってもするの? こいつのどこがいい人なんだ。僕はちょっとこの人を紹介してくれた予言者を恨むが、うん、確かに何か言い淀んでた気がする。あの時にもっと不思議に思うべきだったか。
「それより、君でいろいろ実験、もとい検証してみたいことがある。……協力してもらえないかね」
出てる! 読み取らなくても思っていることがモロに出てる! もちろんお断りである。
「嫌です。その前に謝罪と賠償を求めます」
「……そうか。まあ、少し考えてもらってからでも良いよ。ほら、その茶菓子を食べながらでも」
……うん、まあ確かにこれはおいしかったけど……。そう思いながら最後の一つに手を伸ばすと、ルートさんは不思議そうにこちらを覗きこんで、ウルタルの方を仰ぎ、何やら疑問の声を上げた。
「……あれ? これってこの前主任から預かった、潜在魔力を増やす魔法薬に似てますね。確か、実験で偶然できて現物しかないから大事にしてくれって言われてたあれ。もっとたくさんあったような気がするので、違うんでしょうけど」
「……ちなみにそれ、値段をつけるとしたらおいくらくらい?」
とりあえず、すっと最後の一つをお皿に戻しながら僕はさりげなく確認する。
「うーん、どうなんだろ……ちょっと、値段のつけようが……」
「ちなみに私なら、これを分析すればおそらく同じものは作れるが。……ところでさっきの話、考えてくれたかね?」
詐欺! 注文してないものを届けて後で高額の代金を請求するやつだこれ。とりあえず無罪を訴えなければ。
「あの、これ食べていいよ、って言って出してもらったんです」
「先生!! そういうのもうやめてくださいってこの前言ったばかりじゃないですか!!」
……前科があるんだ。
「まだ歓待している方だと思うがね……御使いなんてものを見て、正直興奮しているのかもしれないな。解剖させてくれと言わない今の自分を褒めてやりたい」
突然のカミングアウトも、全然共感できなかった。それってもっと距離が詰まってからするやつだよ。初対面で正直になられても、余計距離が遠くなっちゃうやつ。
でも、この人には確認したいことがあった。思ってもみなかった方の、手がかりが1つ。
「……それではですね、代わりに教えてください。あなたが知っている『サロナ』って、どんな子でした?」
「……それを教えたら協力するのか?」
「はい、とりあえずは。……あ、魂研究家は探してくださいね」
そう伝えると、ウルタルは「いいだろう」と頷き、ちょっと遠くを見る目になる。コホン、と咳払いをして、座ったまま宙を見つめ、とうとうと語りだした。
「私の知っている『サロナ』は、……一言で言うと、ぐうたらな人間だったな。あまり器用ではなく、失敗ばかりしていた気がする。何一つ、うまくできているところを見たことがなかった」
ばんばん、と僕の手が目の前のテーブルに抗議のように何度か振り下ろされ、そのたびにテーブルには大きなひびが入っていく。『異議あり』という感情が何となく胸の内に広がる。
「何かねいきなり」
「いえ、つい」
僕も相手のハンマー振り下ろしを笑顔で流してあげたんだから、これくらいは許されると信じたい。明後日の方を見て、ほほほ、と口に手を当て笑ってごまかす僕に対し、ウルタルは「そうか」と一言だけ返して続きを話した。信じられないことに許されたらしい。……この人の基準どうなってんの。
「……その代わり、元気ではあったな。緑の髪を揺らしてあちこち駆け回っていた様子を何度も見たよ。……確か、しっかり者の姉代わりが1人。妹分と違って万事に優秀だった。……まあ、妹分のフォローをしている時の姉は満更でもなさそうだったが。妹分もそれを妬む様子はなく、誇らしげでな。まるで血がつながっているかのように、微笑ましい姉妹だったよ。……あまり親交があったわけではないから、向こうがこちらを覚えているかどうかは、分からないが」
「……それで、その子は今、どこにいるんです? 過去形ってことは、今はあんまり交流なさげですけど。あとその姉についてもできるだけ詳しく」
「……どんな人間だったかは教えた。残りは別料金だ」
「え、ずるい」
「求められたことには答えた。次はこちらの番だな」
「別に構いませんけど。次に何かしてきたら、反撃しないとは言ってませんよ」
ニッコリと僕らは座ったまま顔を見合わせて、お互いにいい笑顔で笑った。何も知らない人が外から見たら、ひょっとしたら仲良しに見えたかもしれない。
「――天誅!」
僕の回し蹴りの直撃を受けて枯葉のように宙を舞うウルタルの姿を見て、僕はちょっと胸がすっとする。くの字になって飛んでいった相手は、振動と轟音とともに壁を突き破って向こうの部屋まで飛んでいき、見えなくなった。……あ、しまった。まだ聞きたいことがあるのに。
「死なないでください!」
そう言って後を追いかける僕の後ろで、ルートさんがぽつりと独り言を言うのが風に乗って聞こえた。
「……この子可愛いけど、ちょっと情緒不安定なのかな……?」




