向こうがこっちを知ってるのに、こっちは向こうを知らない時って気まずい
「君か、御使いというのは」
予言者の子が自称魂研究家なる怪しい人物に取り次いでくれたところ、会っても構わないというお返事が貰えたので、向こうの指定してきた場所にさっそく出向いた。向かったのは、街の端の方にある、広い庭つきの大きめのお屋敷。
そして、門の前で到着した僕を迎えてくれたのは、ぱっと見30歳あたりの白衣を着た顔色の悪い男性だった。若白髪交じりの黒い髪の毛に痩せた体、神経質そうな表情がちょっと怖い。なんか下手なことを言うと説教されそうな雰囲気。まあ僕は大丈夫だろうけど。
「どうも、よろしくお願いします」
と言ってとりあえず頭を下げる。礼儀にうるさそうな顔をしてるが、とりあえず無難に挨拶はこなせたはず。そう思って腰を折ったままにしていると、「ドガッ」という鈍い音とともに後頭部に何か重いものが振り下ろされる感触があり、突然視界が真っ暗になる。
「!?」
顔が何かに埋まってるのに気づいて首を引っこ抜くと、いつの間にか地面に頭部がめり込んでいたみたいだった。すぐに引っこ抜いて顔を上げる。……その僕の前で、どこかから取り出したらしきハンマーみたいなものを手を振って消した後に。
男はふむ、と1つ頷いて重々しく口を開いた。
「なるほど、頑丈なのは確かだな。ついて来たまえ」
そう言って玄関の方にすたすた歩いていく目の前の男の後ろ姿をぽかん、と僕は見送った。……え、何今の。ちょっと、礼儀がなってないんじゃないの。仏と呼ばれた(?)僕でも怒るよ。
……うん、わかった。3回まで我慢しよう。あと2回何かあれば、思いっきりぶん殴ろう。無礼を働いてくる人間には礼を尽くす必要がないと思うし、ガンガンやったれ。
……そう思うと、早くあと2回が来ないかな、とちょっとだけウキウキしてきた。魔法を結構使えそうな人間にどれだけ物理で対抗できるか、さっそく大手を振って試すチャンスが来たのだ。なんか来た趣旨と変わってる気もするけど。
僕はニコニコしながら前を行く男性の隣に並び、歩きながら相手の顔を見上げる。無礼にされなきゃそれでいいし、されても試せる。どちらに転んでも有意義。
「御使いなど目にする機会がなくてつい、やってしまった。悪気はないんだ」
「ええ、いいですよ。ついうっかり、って誰でもありますよね」
笑って許してあげる。ここでは、誰でも、というのが重要である。3回目が来たら、僕もついうっかりこの人のこめかみに蹴りを入れてみよう。……いや、ちょっと待てよ。そのまま頭部が取れて飛んで行ったりしたら、さすがにトラウマもんである。見たら泣いちゃうと思う。
……そういえば、背中は正面の7倍の防御力がある、とどこかの格闘漫画で読んだ気がするな。……背中か……。漫画の知識がここでどこまで反映されるか実証するいい機会かも。実験は大事だよね。
……じーっと背後を眺めている僕の視線を感じたのか、相手は少し訝しげにこちらをちらっと見て。そして、先ほどの暴挙が当然だ、と言わんばかりの表情で言い切る。
「何事も検証が必要だと、そう思わないかね」
「ええ、私、今まったく同じことを考えてました。気が合いますね」
ふふふ、と僕たちはいい笑顔でお互いの顔を見合った。……ただ、1時間後にお互いが笑っている未来はあんまりなさそうな気がしたけど。
……そのまま、前を行く彼に続いて玄関のドアをくぐろうとしたその時、バァン、という音とともに空中に細かい紫電が走り、体にぴりぴりと刺激が走った。足元の石畳に電気がぶつかった部分が焦げているところを見ると、結構出力はあったっぽいけど……。振り向いて表情を変えずにこちらを見る彼は、興味深げに尋ねてくる。
「……どうだったね?」
「なんだか健康になった気がします」
肩をぐるぐる回しながら笑顔でそう返す。銭湯の電気風呂を思い出した。ピリピリするあれ。……どうするの、家に入ってすぐなのに早くもあと1回だよ。そろそろ素振りをしておこう。
「……ところで、自己紹介がまだだったな。私はウルタルと言う。一応、魔法学校の研究室で、魔道の探求を行っている。……君は? 魂の研究に興味があるそうだが」
通された客間らしき部屋で、僕は勧められたソファに座り、ウルタル氏は僕の正面の椅子にテーブルを挟んで座る。……聞き覚えのない名前。とりあえずお辞儀をしながら挨拶を返した。
「サロナ、といいます。御使いだそうです。使命については聞かないでください。どうかよろしくお願いします」
「――――サロナ……? ……まあ、いい。短い間だと思うがよろしく頼むよ」
名前を聞いた一瞬、遠くを見る目つきになり怪訝な様子を見せるウルタル氏だったが、すぐ平静に戻る。……なんだろ? ちょっと探ってみるも、相手が何を考えているかはよく読み取れなかった。
「……それで、君は何を知りたいのかな?」
「えーっとですね、魂の研究をしてた研究者で、街の人の人格をコピーしてたのがバレて追い出された人ってどなたかご存知ないですか?」
ふむ、と首をひねるウルタル。……これは外れかも。どれだけ目立たないところで暗躍してたんだ、あの製作者のおっさんは。
「聞いたことがないが……人格をどうのという部分は興味深いな。確かにコピーできるならそれを弄った方が効率的だろう。……どういった方法を使った?」
「……さあ……?」
そう言って首を傾げる僕を見て、ウルタルは不満げに鼻を鳴らした。読み取るまでもなく、くだらん、と思ってる。何だこの世界の男は。ロランドといい、こんなんばっかりか。
その後しばらく沈黙が続き、ウルタルはふと席を立って何かを持ってきた。小さい、クッキーみたいな……お菓子……? それがお皿に何個か盛られている。ちょっとおいしそう。
「どうだね、ひとつ」
「……これは何ですか?」
「茶菓子だ。もうすぐ私の弟子が茶を持ってくるらしくてね。……少しばかり待たせてしまうので、その間にこれを振る舞おうというわけだよ」
……怪しいー! もう完全に毒だよこれ。茶菓子を出して客をもてなそうって人間は、会って10秒の人間の後頭部をハンマーで殴ったりしない。世が世なら完全に入院コースである。した方もされた方も。……そもそもお茶菓子ってお茶と一緒に食べるもんじゃないの? 僕の中ではそうなんだけど。
……まあでも、そもそも毒って、効くのかな……? ちょっと食べてヤバそうならやめたらいいか。……そう軽く思いながらそのお茶菓子を1つ手に取り、口に含む。シャリシャリ、と軽く砕けて、ちょっぴり甘い。
……あれ、これおいしい。本当にお茶菓子? ひょっとしていい人なのかも……。さっきのは初対面で緊張してたとかそういうの。
「……そういえば、私の名前に聞き覚えがあったみたいなんですけど、あれは?」
もぐもぐとお茶菓子を残り1つまで食べ終わり、僕はさっきの疑問について尋ねてみる。ウルタルは少し考えた後、答えを返した。まったくその表情は変わらない、平坦なままで。
「……1人、同じ名前の人間を知っている。それだけだよ」
「え、それってどんな……」
……子ですか? と聞こうとした時にちょうど呼び鈴が鳴り、会話は一時中断された。
適当に配置していたら男女比がヤバイことになってきたので、これから先は女性陣ばっかり出そうと心に誓った