変わったもの、変わらないこと
こいついつも余命宣告されてんな、と思わなくもない
予言者と握手をした後、僕はこれまでよりちょっと真剣に考え始める。……肉体の寿命が2年なんだ、って言われるともうどうしようもないので、まずは今まで後回しにしてた「御使いって何よ?」という部分もしっかり確認しておく必要がありそう。やっぱり教会かな? さっき近づくなと言われたばかりな気もするけど、ちょっとだけなら大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキ。
……しかし、元の世界に戻る。時間制限付きで。……場合によっては2年縛りを何とかしたうえで、という条件が付く。
うん、難しい。どこで躓いてるかすらわからない。とりあえず移動手段があるというのは、この世界から来たらしきゲームの作成者の存在があるから、間違いないとは思うんだけど……。僕はあらためてこの難題について考えを巡らせた。
……移動手段が、ある……。あのゲーム作成者は、この世界から僕のいた世界に来た。何らかの方法で。ここまではいい。……つまり、あの人の足跡を辿れば、何かの手がかりがある、かも。頼りない手がかりだけど、他にあてもないし。……しまった、名前を聞いておくべきだったか。今更ながら。
とりあえず、僕が製作者について知ってるデータとしては……
(1)研究命、他人はどうでもよさげ
(2)人の人格を勝手にコピーするという意味不明な犯行に及んだらしい
……という2点。50歳くらいで怪しい雰囲気、黒目が大きい。趣味は魂の研究。以上。
……これで人を探すって無理っぽくない? 近所の迷い犬捜索の貼り紙にももう少し情報あるよ。……あ、でも故郷を追い出されたって言ってたから、ここでは大きな事件になってるかもしれん。
「あの、すみません。人を探しているんですが……」
「お、さっそくですか。しかも私にちょっと合ってるお願い」
どれどれ、と身を乗り出してくる予言者。……結構この人、面倒見良いよね。幸せになっていただきたいものである。
「魂の研究をしているという、50歳過ぎの研究者、って聞いて心当たりありませんか? 何でも街の人の人格を違法コピーして故郷を追い出された人らしいんですが」
「……人格の違法コピーって何!? 初めて聞いた!」
――あんまり大きな事件になってなかった。
「……うーん、そんな事件、聞いたことないですけど……。でも、魂に関する研究っていうのは確かに禁忌なんです。心を読む魔法が禁呪になってるのもその一端なんですけど。思考を読むことは魂を侵食するもの、ということで。……ですから、事件そのものが闇に葬られた可能性はありますね」
そう、首を傾げながら予言者の子は見解を述べてくれる。闇に葬られてたらすごく困っちゃうんだけど。何とか掘り起こさねば。…………そうだ、世間に出てなくても専門家は知ってるとかそういうのない? 警察とかさ。そう期待して彼女を見るも、相手は首を左右に振る。
「そういう方面に私は伝手はありませんね」
「そうですか……」
「……あ、でも。こっそり魂の研究をしている人なら一人知ってます。同業者ということになるでしょうから、何か知ってるかもです」
「本当ですか!?」
「さすがに直で紹介はできないので、そういう話を聞きたい子がいるって、話をしておきますよ。もし向こうがいいって言ってくれたら、その後、ということで。……ちょっと偏屈ものですけど、完全に悪い人ではないと思います。……あなたのことも、ある程度話しても良いですか? 秘密は守れる人ですから」
「……お願いします!」
****************
「なんだ、えらくご機嫌だな」
「……そうですか? うーん、いいことと悪いことがあったので、どうリアクションしていいか自分では決めかねてるんですけど」
執事のお爺さんが作ってくれたおいしい夕食を囲みながら、ロランドにそう尋ねられ、僕は微妙な表情を返す。……どっちかと言えば、嬉しいが大きい? 一応方向性は決まった訳で。ただ、確認すべきことはまだ大いにあった。
……そう、確認すべきことはたくさんあって。
辺りが寝静まった真夜中に、僕は自室の窓をこっそり開け、外へと出る。明かりのない通りはすっかり静まって、壁際に光る魔法の(?)小さな灯りだけがうっすらと道を照らしていた。タタタ、という自分の足音だけが、誰もいない澄んだ夜の空気の中に響く。遠くに見える無数の塔の窓からは未だにどこも灯りが漏れており、「不夜城」という単語が何となく頭の中に浮かんだ。
……そして、いくつか角を曲がり、たどり着いた先は。一軒の宿屋と、傍らにそびえる5階建ての塔。眩しい宿屋の入り口をちょっと気にしながら、僕は塔の入り口をそっと開けて中に入る。ギッという音とともに、扉は簡単に開いた。そのまま2階へ。
冷たい夜風が吹き込む2階の窓から、体を乗り出して下を見る。……地面までは3メートルくらい? 今の体がめっちゃ頑丈なのは分かってるので、たぶん大丈夫だとは思うんだけど、それでもだいぶ怖い。
……下を覗き込んだままの体勢でしばらく迷った後、思い切ってえいっと体を空中に躍らせる。最悪骨折で済む、はず。そして風をきって落下し、一瞬の浮遊感の後、タン、という音とともに地面に両足で着地。階段を1段飛ばしで降りた時くらいの衝撃しか、足にはかからなかった。……よかった。頑丈テスト第一クリア。そして、どのくらいまでOKかも知っておきたい。
そのまま、もう一度階段を上がり、3階、4階。ちょっとずつ足にしびれが走るようになってきたので、まずは5階くらいでやめとこうと判断する。……実はそれまでに何回か着地に失敗して頭から落ちたりもしたんだけど、ちょっとくらっとするだけで済んだ。とりあえず、怪我で死ぬことはあんまりなさそう……。うん、朗報。
……そして、5階。最上階の大きな窓の前に僕は立つ。……窓を開けた外には、暗い夜の空の下、黒く静まる建物と、街中に高くそびえるいくつもの塔の影と、それぞれの塔の窓から漏れる黄色の光。その幻想的な風景を眺めながら、僕は窓の外の屋根に足を踏み出した。気のせいか地上よりも肌寒さを感じる。僕は夜風に流される、ゲームの中より少し短くなった髪を押さえながらあたりをしばし見渡す。
そして、そのままタタタと屋根の端まで歩き、腰を下ろして目の前の、どこか夢の中みたいな夜景を眺めた。ゲームの中と同じ、光景。前にゲーム内でここに来た時は、なんて思ったんだっけ? とふと思う。……確か――。
『……なんだかずいぶん遠くまで来ちゃった気がするなぁ、って言ってた』
そう聞こえた気がした。そうだったっけ。少しだけおかしくなる。
……あの時は、ゲームの中だったけど。……今は、あの時よりずっと遠くに来てるよ。
そう、あの時の自分に向かって、何となく呟く。そのまま上を見ると、空は厚い雲に覆われていて、星も月も、見えなかった。……そのまま体育座りをして目の前の街の明かりをずっと眺める。……不意に何故か、「自分はきっと今、世界で一人きりだ」という寂しさが襲ってきて。少しだけ泣きそうになった。その瞬間、自分の手がぽんぽんと膝を叩いているのに気がつく。まるで、「1人じゃないよ」と言ってくれてるみたいだった。……そうだった。
しばらくそのままぼーっとしながら、自由に動く手を眺める。ふと、宝石を握ってないことに気づきぎょっとするが、そうだ、置いてきたんだっけ、誰とも喋らないから。よかった。……あの宝石を持ってないってことは、今は日本語バージョンってことだよね。
僕はしばらく小さな声で、日本にいた時に好きだった歌を歌ったりしてみる。異世界に流れるであろう、初めての歌。今初めて気づいたけど、高音が出しやすいから女性歌手の歌もばっちりである。でも、ご近所の方に怒られる前にやめよう。聞こえないくらいの声だけど。どっかの女神みたいに。
……そう考え、自分の手を眺めていたら。……ふと、疑問が湧いた。……コピーがある、ということは。……この世界には原本があるということで。…………この子の原本は、一体どこにいるんだろう。きっとどこかにいるはずだけど。……一度会って話してみたいと、何となくそう思う。
そして、その後もしばらく夜景を眺めた後、立ち上がる。確か、ゲームの中だとこの後、友達から声をかけられたんだっけ。と、懐かしく思った。その瞬間、
「――妖精かと思った」
という小さな声がしたような気がして、後ろを振り返ってみるも、……誰もいない。ただ、何となく窓のあたりに友達が立っていた時の、やたら真面目だった表情を思い出した。……あいつ、元気にしてるかなぁ。
……生まれ変わっても、友人の黒歴史を忘れない。ふふっと少し笑って、僕は屋根から飛び降りる。今も、僕の方は元気にやってるよ。……5階から飛び降りても平気なくらいには。
翌日朝、少し遅く食卓に顔を出した僕に、ロランドが興奮気味にニュースを伝えてくれた。
「聞いたか! 昨夜、街の塔に幽霊が出たらしいぞ! 何でも、何回も飛び降りる姿を目撃した人間がいるらしい。きっと死にきれない霊なのだろうな。どこからともなく、冥界に人を招いているような謎の声も聞こえてきたとか」
「……恐ろしいですねー。怖いですねー」
やはり魔法都市は違うな、という風に謎の納得を見せるロランドを眺めて、僕は1つ賢くなる。……やっぱり、夜に音を立てると思った以上に響くね。気をつけよう。