いくつかのプラスとマイナスが加算されるも、現在地はいまだ見えず
「……とりあえず、教会関係者と接触する時は気をつけた方がいいですよ。必要がなければ寄らないようにするくらいでも……」
そう言われて、自分がこの世界に来てからのことを振り返ってみると……うん、教会関係者と接触しまくってるな。能力について何も言っていないのが幸い? そんなにまずい集団には見えなかったけど……。
でも、心配してくれてるのは分かるので頭のどこかで注意はしとこう。片手を真っすぐ上げて、僕は予言者を安心させるべく、できるだけいい返事をした。
「わかりました! 教会、気をつけます!」
「ああもう、全然大丈夫な気がしない……。でもあなた、よくそんな調子で今まで無事でしたね」
「いやまあ、まだ生まれて1か月くらいみたいですし」
「……? 人間だと14歳くらいに見えますけど……。こうして普通に話せるってことは、精霊でも100歳は超えてるでしょうに」
「私、御使いらしいので」
外から見て、誰が見ても分かるもんでもないのか。というか、精霊だと話せるまで100年かかるんだ。そっちじゃなくて心の底からよかったと思う。……やっぱり僕って運いいのかも。僕はニコニコしながらカップのお茶をおいしくいただいた。やはり情報収集大切だよね。
そのまま、しばらくしても返事がないので、顔を上げると何故かバリバリに凍り付いた顔の予言者がいる。……え、何? とりあえず僕が手を振ってみると彼女は解凍されたらしく、恐る恐る尋ねた。
「……御使いって、あの?」
「あの、っていうのがよく分かりませんが、たぶんそれです」
「……ひぇええええええええええええええ!!!!」
突然奇声を上げて部屋の隅に走っていく予言者。どうした。この部屋に入ってからの彼女はなんだか情緒不安定気味である。大丈夫? 部屋の端にあった机の陰にそのまま勢いよく滑り込む彼女を見ながら、僕はかつての友人の多動っぷりにちょっと心配になった。こんなにアクティブだっけ?
僕は自分の記憶を辿ってみると、そういえばゲーム内で初対面の時も大声を上げて走り去っていた気がする。……あれ、実はそういう性格なのかも。
「あの、盛り上がってるとこすみません、家で夕食の時間があるもので。……できれば座って欲しいんですけど……」
机の向こうから顔だけ出してこちらを窺う予言者に、手を合わせてお願いする。最悪僕が作らないといけない可能性もある訳だし。こっちの都合だけど。
「何が目的なんですか!? ここにはあなたの使命に関係ありそうなものなんてないですから!」
……久しぶりに聞いた気がする、使命。結構痛いところを突くね。……ごめん、全く覚えてない。ただ、それを言って素直に信じてもらえるかどうか。僕がどう説明するかを迷っていると、予言者はしばらくこっちを眺めて、信じ難いものを見る目のまま呟いた。
「…………覚えてないんですか……?」
そうだ、心の中が筒抜けだっけ。便利だった。……いや違うんだ、覚えてはいるんだよ。ただよく聞こえなかっただけ。そう、全然違うよ。聞こえてたらばっちり覚えてたし。本当だよ。
僕は予言者と目を合わせないよう視線を逸らしながら、質問に答えた。
「どうも私、耳が悪くて」
「……はあ、わかりました。どういうことなのかまださっぱりですが……しかし、命令を覚えてない御使いって、こんなに無害なんですね。私は昔一度だけ見たことがありますが、話が通じるような相手じゃなかったですよ」
そう言って彼女は元通りに座ってくれた。はあはあとちょっと息が乱れている。かわいそう。立ったり座ったり走ったり忙しいもんなあ。自分のせいにもかかわらず、僕はそうのん気に考えた。
……しかし、御使いって実は有害なの? 教会の人は泊めてくれたり、次期領主からは……あんまり敬われてる気はしないけど、別に嫌われてはなさそうだった。街の人も概ね優しかったし。
「御使いって危険なんですか?」
「使命のためなら何でもする、って印象です。女神様がそれを望むならきっと必要な事なんでしょうけど……」
「女神は好きなんですね。教会は嫌いなのに」
「実害があるかないかの違いです。それに、私は女神様と面識がある訳じゃないですから。この世界を作った、っていう伝承があるから、それには感謝しないと、ってくらいですね」
なるほど。とりあえず僕にとっては声が小さい人(?)、って印象しかないけど。
……あ、でも翻訳機の宝石もくれたっけ。ずっと握りしめている宝石を何となく撫でながら、僕はもう一度心の中で感謝の意を述べた。女神様ありがとう。これがなかったら即詰んでました。……でも絶対無くしちゃいそうなんで、最初から能力としてつけてもらうことはできなかったんでしょうか……。
「それで、そういえばそもそも何の話でしたっけ? あなたは結局、私の知り合い……?」
「えーっとですね……うーん、初対面、っていう事でいいと思います……。でも、同じ能力持ちっていうよしみでこれから仲良くしてもらえたらいいな、って」
僕たち結構ゲーム内ではうまくいってたと思うし。……たぶん。一瞬、能力を教会にばらされたくなければ協力しろー、って方向も考えなくはなかったんだけど、それはいくらなんでも酷過ぎだし。そんな手を使うくらいなら他の方向で、ってくらいには今の僕はのんびりしていた。だって急がないといけない理由、ないもんね。
……いや待てよ、よく考えたら僕が死んでからどれだけ経ってるの?早く戻らないと知り合い全部寿命で死亡、という可能性も……。さすがにそこまでのんびりするつもりはさらさらないけれど。
予言者はそれをどこまで読み取ったのか、ふふっと笑って話を続ける。
「いいですよ、私にできることであれば。同じ秘密を持つ者同士として、協力しましょう。あんまり大きく期待されたら困りますけど。暇な時くらい、お願い事を聞いてあげてもいいですよ」
「ありがとうございます!」
「――ただし、頭がおかしくなりそうだったら早めに言ってくださいね」
「……? おかしくなるとは一体……?」
確定的な未来っぽい、その言い方が気になる。普通ならないよね。『俺、明日から頭がおかしくなるんだ』って言う奴がいたら、そいつはその時点でおかしい。
「……御使いって、今まで2年以上現世にいたこと、ないはずです。終盤になればなるほど理性が消えて、最後はもう獣のようだったと、聞いてますし、記憶してますから」
……マジで!? 時間制限あり!? ていうか現世にいたことないってどういうこと? いきなり言われても全然実感ないし、2年て半端。思い切って2世紀とかにならない? 無理? ……でもこれは、手段を選んでいる場合ではなさそう。僕は方針を即座に翻し、笑顔で脅迫してみることにする。
「ふふふ、あなたの能力を教会にばらされたくなければですね」
「……それ以上言ったら、私あなたのこと嫌いになりますからね。知ってることも教えてあげませんから」
「……ばれないように、明日からも頑張りましょう、って言おうと思ったんでした。ちょっと間違えました」
……ではこれからよろしく、と。裏はお互い不安要素満載のまま、僕らは笑顔で握手し、友好条約を締結した。現地協力者を得た、という意味ではまずは一歩前進と言えるのではないだろうか。