慣れるっていいことばかりとは限らない
ロランドを連れて執事のお爺さんと合流し、僕達は借りた家に向かった。家はなんていうか、普通の一軒家。屋敷とかじゃなく、かつての僕の最寄り駅の付近にいくらでも並んでそうな大きさの、2階建て家屋だった。
玄関をくぐり中に入って、一通り1階と2階を探検した後、自分の部屋を決めようと家の中を歩くロランドの後ろを着いていきながら僕は考える。……同居する流れにいつの間にかなってるけど、さっきロランドは僕の奢りで食べた。貸し1。……ふふふ、なら、僕も遠慮なく住まわせてもらおうではないか。……少なくとも、お金が貯まるまで。
そんなヤクザ的な発想を浮かべながら僕は自分の部屋の所有権を主張しようとじーっと背後から隙を窺う。もう一度家の中を歩き回り、2階の一番日当たりのいい部屋を自室に決めたロランド。彼は不意に僕の方を振り向いて、不思議そうに声を上げた。
「そろそろお前も部屋を決めてきていいぞ。好きに選べ」
「え、いいんですか!? ありがとうございます!」
なんと、向こうから提案してくれるとは。彼もようやく貸し借りのルールを身につけつつあるようである。何より。僕の中でロランドの好感度が1上がった。
……とりあえずそうは言っても、僕は初対面の彼の性獣っぷりを決して忘れてはいない。なので、一番遠い1階の端っこの部屋を確保する。……なんか新しい自分の部屋って、入るとテンション上がるよね。ここを僕が異世界から帰るまでの、秘密基地にしよう。
少し硬めのベッドに腰を下ろし、足をぷらぷらさせながら何もない部屋の中を見渡す。そして1つしかない窓を開け、外を見た。そろそろ夕暮れに差し掛かった日差しの中で小さな庭にはまばらに生えた草が揺れていて。夕食の準備中なのか、隣の家からおいしそうな匂いが流れてくる。……今日の夕ご飯って、誰が作るんだろう。……夕方。あ、そういえば。
僕は約束を思い出し、家を出てすごい勢いで占いの館へと走った。距離にして1キロくらいはあった気がするけど急いだおかげか1分足らずで着く。僕は前回の反省を生かして入口からそーっと顔だけ出し、恐る恐る中に声をかけた。
「あのー、こんにちは。お元気ですか? 私です。夕方になったので来ました」
「いや、もう少し堂々と入ってきてもいいですけど。さっきと違って約束してますし。……どうぞ、中に」
予言者の子は少し呆れたように、それでも奥の方向へ手を指し、僕を迎えてくれた。
「それで、……こんなこと聞くのもあれなんですけど、私達って知り合いでした? すみませんが今もはっきりと思い出せなくて……」
奥の小部屋の椅子に座り、カップに入ったお茶(?)を出してくれた後。申し訳なさそうな顔をしながらこちらに向かって話を切り出す予言者だったが、現状申し訳ないのはこっちである。そのうちお金が貯まったら、ひびを入れた床の弁償の話をしに来よう。その前に疑問に答えないとだけど……。
「えーっと……」
困った。なぜなら説明しにくいから。……ゲームの世界で僕達知り合ったんだよ、って言ってもただの電波さんだし。でもそうすると、初対面だ、ってことになって。はよ出てけ、ってなっちゃうから……。あれ、でもいいのか。今後どうすればいいのか占ってもらえればそれで……?
その僕の逡巡を読み取ったのか、予言者は不思議そうに首を傾げた。『この子が私を知り合いだと思ってるのは間違いないけど、説明に迷ってるのはなぜだろう?』、と思っていらっしゃる。……結構楽でいいなこれ。口に出すのの倍くらいでやり取りができるし。
「……今まさに、伝わってしまってると思うんですが。知り合いではあるんですけど私の方が一方的に、みたいなんです……」
とりあえず本当のことを伝えよう。説明しにくい部分はとりあえずパスで。
ただ、その僕の言葉を聞いて、予言者はちょっと焦ったように反対に首を傾げた。……焦り? その後、彼女は何故か警戒心を露にして、おずおずと疑問を呈する。
「……伝わってる、ってどういうことですか?」
……え、そこ?
「だって、私の思ってることが読まれてますよね。私もわかるんです、そういうの」
その僕の言葉を聞いて、予言者の子は突然立ち上がり、なぜか部屋の鍵をダッシュで閉めに行った。その後、窓にかかってるカーテンをすごい勢いで閉じる。部屋が少し暗くなった。……え、何これ? 閉じ込められた?
……でも、窓は普通のガラスっぽかったから、最悪あそこから飛び出せばいいかな? 障害物はカーテンのみ。ゲームと同じならこの子は結界を使うはずだから、それで妨害されたらちょっと困るかも。今の体ならおそらく発動前にこっちが動けるか。大丈夫。
予言者の子は身構えながら真剣な顔でこちらを窺う。
「……慌てませんね。ここまでは想定内ってことですか?」
なんで慌てないか。想定してはないよね。……僕は座ったままカップを傾けてお茶を頂いた後、ちょっと考えて、すぐに答えを見つけた。
「いえ、ただ密室に閉じ込められるの、慣れてるんです」
「慣れてるって何!? ……ああ、場慣れしてるってことですか? そんな風にはとても見えない外見なのに、油断ならないですね……」
「いえ、友達に監禁されかかったことが何度かあって」
ゲーム内で知り合った僕の親友の女の子は、趣味が監禁、装備は手錠。そんな子だったから、閉じ込められるのは僕的には日常茶飯事なんだけど。……ただ、それを聞いて予言者は明らかにどん引いていた。事実なのが伝わるのって、決していいことばかりじゃなかった。……うん、あらためて一般的に見るとちょっとおかしいかもしれない。
「そっちの方が怖い! ……あの、え、あなた何ですか? 私をどうする気?」
「それって監禁した方が言う台詞じゃないと思うんです……」
「「?」」
僕たちはそろって首を傾げた。……きっとこれは、何かがおかしい。おかしい時は、聞いてみよう。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。
「なんでそんなに焦ってるんですか?」
「なんでそんなに焦ってないんです?」
「……もう。私が爆弾魔だったら、あなたを今頃爆殺してるとこですよ」
「私そんなに駄目!?」
全然話が進まない。……今まで常識的な人に会話を任せること、多かったからなあ。これは僕の今までの人生のつけだろうか。反省しよう。すぐに茶々入れちゃうし。
「えーっと、実は私はあんまり何も知らなくて……常識外れになっちゃってるかもしれないので、最初から教えてください」
「……だって、心を読む魔法は禁呪ですから。大きな声ではとても言えません。……もし、教会関係の人間にバレたら、殺されてもおかしくないですよ。……まさかあなた、その調子で他の人に自分の力について言ったりなんて、してませんよね? まさかですけど」
……確かロランドに初対面の時に言っちゃった気がする。でもそれを素直に今伝えると、なんだか怒られる気がした。僕はとりあえず何も答えず、あははと笑ってごまかす。
それを見て、予言者は呆れたように大きくため息をついた。……やっぱりこの能力、不便だわ。禁呪なのも残念だが当然。