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自炊始めたら40点はすぐ取れるけどその先が難しい

 そうして入った厨房で、僕はまず辺りを見回した。異世界って言っても台所なんてどこも違いは……あれ? ……なんとなく、あんまり調理器具が見覚えないかも。早くも計画の一部に暗雲が漂ってきた気がする。食器が重なってたり、ボウルっぽい何かにひき肉状の何かが入ってたりはするけど。調理器具は? 火元はどこ?



 ……しばらくきょろきょろしていると、コンロはないけど、端っこの方に鍋の載った平べったい台を発見する。あれがそうなのかな? 異世界なのにIHなの? 何気なく近づき、何も載っていない台のくぼみに手をかけて背伸びをしながら奥の方を覗き込むと、ガコンと手元で何か音がした。ん、なんだろ? 自然と僕の顔も下を向く。


 次の瞬間、僕の顔に台から突然燃え上がった火炎の塊が直撃した。ゴオッという音とともに、僕の視界が凄い勢いで一面の炎で包まれる。一瞬それにびくっとするも、なんだか炎はドライヤーの風くらいの体感しかなかった。……異世界の火は温度が低いのか。はたまた僕の顔面が厚くなったからか。







 僕はいったん体を後ろに戻し、手を離す。その瞬間、周りの空気をめらめらと揺らめかせながら1メートルくらい立ち上っていた火柱はあっさりと消えた。あの中に顔があったの? やばいでしょ。今更ながら顔を触ってみるも、すべすべで特に変化はなし。そのかわり胸に手を当てると、まだドキドキしてる気がした。とりあえず目をつぶってため息を1つ。


 ……あ、でもちょっと前髪がちりちりしてる。ぱっぱっと髪のすすを掃う僕を、周りの料理人はなんだかどん引きで眺めていた。……何も分からない中で、不注意にも程があったか。でもだって、急にあんなクッパ城みたいなギミックがあるとは思ってなかったから……。絶対ここの厨房、年何人か死んでるよ。


 ……でも、気を取り直して! 






 僕は料理人の方々を見渡し、満面の笑みを浮かべる。異世界の食卓を、ついでに僕の懐を豊かにするために。さっき首から上を丸ごと火炎で包まれたばかりなのに笑顔の僕を見て、料理人の皆さんもひきつった笑いを浮かべた。『突然なんだかヤバい奴が来た』という、失礼な感想を全員一致でひしひしと感じる。


 ……ふむ、ヤバいという印象、それ自体は間違っていないと証明してあげよう。今日この場所が、異世界の料理革命の発祥の地となるのだから。僕は指を立てて、革命の目撃者となる彼らに最初の一言を告げた。


「……それでは皆さん。まずはオムライスを作ってみましょうか」







「いや、アイデアは面白いんだけどよ……。出来上がったものを見ると、すぐに店で出すには難しいわ」


 僕の作り出す、ここにとっては異世界の料理の数々。かつて日本で友達に食べてもらった時も「決してまずくはない」「とりあえずお腹は膨れる」「半年に1度くらい食べたくなる味」と評された微妙な腕前では、飲食店のメニューという一軍ステージはまだ遠かったみたい。あっさりと二軍落ちを宣告され、僕は胸いっぱいの敗北感に打ちのめされたまま、料理革命発祥の地(仮)を後にする。





 ……厨房から放逐され、とぼとぼと出てくる僕を見て、ウエイトレスのお姉さんがこちらに駆け寄り、慰めるように言葉をかけてくれる。なんだか気を遣われてる感満載だったので、この惨敗っぷりを目撃されてたのは間違いなかった。


「あなた、接客は良かったから! 新人とは思えないわ! 明日から来なさい」


「……ありがとうございます!」


 時給が低くても、悠長でも、まだ僕には帰れる場所があるんだ。手を取り合うお姉さんと僕に向かい、ロランドが空気の読めない一言を発した。


「そろそろ爺やとの約束の時間だぞ」


「……あなたはね、そういうところですよ。次に空気の読めないことしたら水差し野郎と心の中で呼びますからね」


「俺は今そんなに間違ったことを言ったか……?」









 そこそこ人通りの多い通りに沿って前を歩くロランドの背中を見ながら、僕は歩きつつ考える。


 ……そういえばさ、この世界に慣れるのを優先してたから後回しにしてたけど、そろそろ今の自分の体のスペックを把握しとくべきじゃないだろうか。なんかほら、究極に強かったら叫ぶだけで次元に穴を開けられたりとか、するよね。その時点で戻れるやん。……うん、さすがに僕はそこまでじゃないとは思うんだけど。


 ただ、どうやって確認するか。ここがゲーム内の始まりの街だったら、一番弱い敵キャラであるウサギ相手に戦いを挑みに行くところだが、この魔法都市の付近にはいなかったはず。確かこのへんって、ゴーレムとかスライムとか出たよね。ゲームストーリー的には中盤付近にある場所だし。


 ……うーむ、スライムか……。今の状態で負けたら溶かされて死亡か、生き残っても18禁的展開になってしまう気がする。これはネット内に存在する多種多様な文献からも明らかである。死んでも嫌。





 僕の中の情報ソースが偏っているのは否定できないけど、慎重に。とりあえず今日は街の中で建物から飛び降りて頑丈さだけでも確認するとしますか。……そんなことを考えてると、いつの間にか立ち止まっていたロランドの背中に僕は勢いよくぶつかった。ぶつかられたロランドは水平に1メートルくらい飛んで行ったあとヘッドスライディングのように地面に跡を残して胴体から着地する。……人間って、結構地面にバウンドするんだ……。


「ちゃんと前を見ろ」


「……ごめんなさい……」


 一刻も早くスペックを把握しよう。そう僕は心に誓った。……でもどうして急に立ち止まったんだろう。


 僕は、10秒くらいして起き上がりこちらに歩いてくるロランドを見上げた。頑丈である、でもほんとごめん。食事代だと思って勘弁して。……そして、ロランドは立ち止まったままこちらを見てしばらく考えた後、重々しく口を開いた。


「実はな」


「どうしましたか、水差し野郎」


 きっとろくなことじゃないと思う。でも僕がろくでもない目に今彼を合わせたばかりなので、なにも文句を言わず聞いてあげよう。僕は茶々も入れずに笑顔で首を傾げ、次の彼の言葉をおとなしく待った。


 ……でもひょっとしたら、すごくいいアイデアを降臨させたのかもしれない。……ほら、普段おかしな人って実は天才だったりするって言うじゃない。異世界に転生した人間を元の世界に戻す方法を思いついたぞ! とか。……ならないな。……でもいい話って言ってるし、戻る云々じゃなくても何らかの実りはあると信じよう。









「……まだ何も言ってない! むしろいい話だ。いいか。……お前に、爺やとの待ち合わせ場所に俺を案内することを許してやろう。光栄に思え」



「知ってた」

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