たまには未来に思いを馳せてみよう(下)
僕が街角で占いを始めてから、あっという間に1か月が過ぎた。最初は絡まれたり職務質問されたりなぜか家出少女と間違われて福祉の人がやってきたりなどと散々だった。街角の占い師は皆こんな試練を乗り越えていたのか……。とりあえず手当たり次第に占いという名の幻覚と洗脳を駆使した結果、排除できたからまあ結果オーライだけど。
そしてだんだんと普通のお客さんも増えてきた。日によっては行列ができるくらい。かくいう今も、僕は、何やら切羽詰まった様子のおじさんの相談を受けている最中だった。ふむふむ、なーるほど。どうやら彼は、家業の行く末を占ってほしいのだ、というとても重要なご依頼を持ってこられたらしい。これは責任重大だぞ。
「……私の事業はうまくいきそうですか……?」
うーん……街角の占い師に事業の行き先を尋ねる時点でこの人うまくいかないんだろうなぁとは思うのだけれど、それは偏見かもしれないしね。よし、占ってあげよう。ひょっとしたらこの人が札束の風呂に入ってる未来が見えるかもしれないし。僕はむむむと目を凝らしてみた。どれどれ……。
……いや、なんか……この人が首吊る未来が見えたんですけど……。うまくいかないだろうなとは思ったけど、さすがに程度ってものがあると思うの。いやいや。えーっとえーっと。おそるおそる、僕は今後について進言する。
「事業はうまくいかないので、どうでしょう……畳みませんか」
「だって、家賃ももう払えてなくて出て行けって言われてるんです……どうすれば……」
「今はですね、生活保護以外にも住居の援助をしてくれる自立支援法というものがあるそうで。家探しも手伝ってくれるらしいですよ。ここはひとつ区役所に相談に行ったらどうでしょう」
僕を回収に来た福祉の人が言っていたそのまんまをおじさんに伝え、帰ってもらった。餅は餅屋に任せよう。困ってる人を助けるのが私たちの仕事なんだよ、って言ってた福祉の人を思い出す。僕は全く困っていないので、助けてもらう権利は他の方にお譲りすることとしたい。
うむ、それにしてもちょっとずつ慣れてきたかもしれん。これはあの占い師の子に免許皆伝をいただいてしまう日も近いな……。そして僕は次々にやってくるお客の悩みを一刀両断に解決していった。
「あの、職場の憧れの人との恋愛はうまくいくでしょうか……?」
「他の人にすることをお勧めします。その人、もうすぐ結婚するようなので」
「私の持っている株、大丈夫ですか? 含み損が日に日に増えて……でももう売るわけにも……」
「うーん……もうすぐ上場廃止になるみたいですよ」
「応援してる球団は今年優勝できますか!?」
「5位です」
「では、次の方ー」
「……あれ?」
不思議そうな声に顔を上げると、目の前にいたのはよく知っている顔だった。しかも、街角で占いをしている時に一番見られたくない人種。つまりは肉親である。端正で無表情な顔、ちんまりした制服姿の女子高生。僕の妹の莉瑚が、そこにいた。
「うわっ……!」
「いきなり『うわっ』て何……ですか?」
「……私そんなこと言いました? うわぁい、って言ったんですよ」
「そうなんだ」
何か言いたそうな顔をしたものの、妹はそれ以上は何も言わず、黙ってすとんと椅子に座った。その隣に、友人なのかお嬢様っぽい連れの子も座る。……やばい。当たり前なんだけど、占ってもらいに来たらしい。このパターンは想定してなかった。よく考えたら僕の今の姿って莉瑚にはバレてないから大丈夫なんだろう、けど……けどさ……。
……もし、いきなり家がなくなったとか言い出したらどうしよう。あとは恋愛相談とか。だって肉親のそういうのってちょっと気まずくない? そうじゃなくてももし家庭内の不和とかだったら……。「運命の人が知りたい」とか言い出したらどんな顔で聞けばいいんだ。僕の頬をつうっと1筋冷や汗が伝う。いやいや、でも次のテストのヤマとかそういうのかもしれないじゃない?
「……ちょっと、変な相談になるんですけど」
あれでもやばいぞ。なんか前置き入った。これ絶対テストのヤマじゃないわ。でも恋愛相談ではなさそう。その意味では一勝一敗といったところか。
「物の声を聴くことができる人って、どこにいるかわかりますか?」
「……もののこえ?」
「すみません、聞き取りにくかったですか」
聞こえたけどよく意味わからん……。我が妹は昔からちょっぴり不思議ちゃんなので、いつものことと言えばそうなのかもしれないけど。……ま、まあとにかく、人探しがしたいのかな? ならばお任せあれ! 僕はちょっと安心して、懐からごそごそと方位磁石を取り出した。
「ここにこういうものがあります」
「これは?」
「人や物を探すものです。どっちにいるか、これでわかりますよ」
よしよし。なんか知らんけど探し人なら問題ない。解決してとっとと帰ってもらおう。僕は方位磁石を掌に載せて、そっと見つめた。妹とその友人もしげしげと覗き込んでくる。僕ら全員の視線を受けて、方位磁石の針はぐるぐると勢いよく回った。
「この針がピタリと止まったら、そっちに探し人がいますよ」
「へー……こんなもの、どこで手に入れたんですか?」
それは、異世界でカツアゲして。でもそんなこと言ってもなあ。まあ、言える範囲で言っといたらいいか。
「心ある人が私を水牛の群れに放り込んだお詫びとしてくれたんですよ」
「…………そうなんだ」
「莉瑚ちゃん、今の何言ってるか分かったの?」
「昔からこういう人だから」
ひそひそ、と妹と友人が内緒話をしているのを、僕は感慨深く見守った。そうか、我が妹にもついにひそひそ話をできる友人が出来たんだなぁ。大変めでたい。
しかし、しばらく待っても針は一向に止まる気配を見せなかった。これ見たことある。トアが幽霊駄目だからって物件探し直した時に、結局こうなった記憶。つまり……。
「これ、止まらない場合はどうなるんです?」
「いない、ってことになるのかなぁ……あ、でもそういえば」
「そういえば?」
「いえなんでも」
「そういえば?」
「何も言ってません」
「そういえばって、何?」
真顔で問い詰めるのやめてほしい……。怒ってないのわかるんだけどそう見えちゃうから。そういやかつて僕が冷蔵庫のプリンを食べてしまった時もこんな感じで白状させられてしまった気が。あの時の莉瑚は怖かった。いや、でも名前書いてないのが悪いよね。
僕はそっと目をそらして、小さな声でもごもごと呟いた。
「その……自分から近いものを指すって仕様だったなぁと。ということは……」
「ちょっと私も持ってみていい?」
「あ!?」
莉瑚はひょいと方位磁石を手に取った。すると、グルグル回っていた針は段々と速度を緩め、やがて僕の方をピタリと指して止まった。
「……なるほどね。そういうこと」
「あの……」
「物の声の聞き方、教えてもらえる?」
「いえ、ちょっと今そういう気分じゃないっていうか」
「……どうして?」
肘をついて、聞いてくれる体勢になる莉瑚。なんか立場が逆になってる気がする。この人結構めんどくさがり屋のはずなので、こういうのは珍しい。ただ、どう話したものか。
「私、人を待ってるので。いつ来るかの手掛かりがなかなかなくて、困ってるんですけどね」
なんでそんなことを言ったのかは自分でもわからなかった。でも口に出してみて気づく。どうやら、僕は思った以上に困っているらしい。
「連絡してみたら? 相手の携帯とかに」
「携帯持ってないと思いますし、連絡先も知らないです」
「……家まで行ってみるとか」
「おいそれと行けるような場所に住んでなくて」
「…………約束とか、してる?」
「はっきりとは……」
「莉瑚ちゃん、これヤバいよ」
何やら再びひそひそとし出す妹とその友人。どうでもいいけど丸聞こえな上に心の声も伝わってくるから、2人が僕のことをどういう風に受け取っているかは大変よく伝わってきた。やがて、莉瑚は姿勢を正して僕の方に向き直る。
「私、親族からストーカーを出したくないの」
「違うんですって! 遠くから船で来るんです!」
「遠く、で、電話も通じない……外国からでも来るの?」
「まあ広く言えばそうかも……?」
「広く言うって何」
とここで僕らの間に漂う空気がどんよりしてきたのを察知したのか、ご友人も慌てた感じで介入してきた。いい子なんだろう。大事にしてほしいね。
「そ、その人、今どの辺にいるとかわかるんですか?」
「空の向こうです」
「は?」
「いえなんでも。ほら、それいい加減返してください!」
僕は相手の手から方位磁石を奪い返す。すると、莉瑚はしばらく僕の顔をじっと見つめ、ふと宙を見上げた。そして何やら遠くを見つめ、何かを思い出すような表情になる。
「……空の向こう、か……。そういえば、部長がそんなこと言ってたっけ……」
「部長?」
「なんでもない。……あ」
莉瑚は僕の手元を見て、少し目を見開いた。何だろう、と思って視線を追うと、僕の手の上に載っている方位磁石は、妹の方を指して止まっていた。妹はそれを見て、なぜか頷く。
「なるほどね。……それ、やっぱり借りていっていい? 返すから」
「え、嫌ですけど」
「返すから」
「嫌、ですけど……」
「返すから。いいでしょ? 絶対その方がいいと思う」
「……はい」
あ、いかん。つい渡してしまった。いや、なんか頷くまでこのまま続きそうだったから……。あと真顔で迫ってくるのが怖すぎた。しかしそれにしても、さっきからペース握られっぱなしな気がする。なんかうまく調子が出ないっていうか。
「じゃあ、また来るから。もしそっちの待ち人が来たら、あらためて相談聞いてくれる?」
「そりゃいいですけど……」
「あと実家にもたまには顔を出して。……とりあえず、こんなところかな。じゃあ優佳里、帰ろう」
「ちょっと莉瑚ちゃん!? 私、恋愛相談したいんだけど!?」
友人の訴えにも耳を貸さず、何事かを考えながら妹は早足で去っていった。その後をダッシュで追いかけていくご友人。……ヤバい、ナチュラルに肉親にカツアゲされてしまったぞ。ていうか妹ってこの前3日くらい家出してたって聞いた気もする。あの子の非行化が心配……と考えたところで、僕も何ヶ月も異世界に家出っていうか生まれ変わってたことを思い出した。まあ、それに比べたら3日間の家出くらい可愛いもんかもしれん。すまん妹よ、兄さんはちょっと心配症になり過ぎてたみたいだ。
ただ、あれが戻ってくるまで、探し物依頼どうしよ……。結構頻度高いんだけどなぁ。
そして数日後の夕暮れ時。ついに恐れていた捜し人の依頼がやってきてしまった。いちおう断ったんだけど、依頼人であるゆるふわ系の美少女はなかなかに粘った。なんでもこの子、お世話になった人を捜しているんだって。中学生くらいに見えるけど、きっと苦労人なんだろう。
「いやぁ……ちょっと人捜しの道具を貸し出しちゃってて。見つかったらいいですねと一緒にお祈りするくらいしか今はできません」
「ええぇ……もうちょっと効果のありそうなのってないですか……?」
僕の最大限できる誠意を提示したものの、当然ながら不評だった。その子は困ったように眉を下げる。ていうかこの子、目大きい。そういやトアも大きかったっけ、と僕は懐かしく思い出した。
「連絡とってみたらいいんじゃないですか? ほら、電話してみたりとか」
「いえ、いきなり行ってびっくりさせたいんです」
その子は、ニコニコと笑いながらそう答えてくれたものの……あれこれ大丈夫? ストーカーとかじゃない? ほらあの常識のありそうなご友人も言ってたじゃない。莉瑚ちゃんこれヤバいよ、みたいな。まあその時ヤバいって言われてたのは他ならぬ僕なんだけど。あれ? じゃあいいの? うーむ。
そして僕らが2人揃ってうーんうーんと困っていると、ふとその子の後ろから、人影がゆらりと突然姿を現した。
「話し中ごめん、これ返すね。……あ」
さっきまでいなかったはずの空間に現れた我が妹。と、僕から目を外し、なぜかお客の子をまじまじと見つめた。お客の子も目を細め、黙って妹を見つめ返す。
「あれ、2人知り合いなんですか?」
「……知り合いっていうか、すれ違ったっていうか。たぶんこの子が来たのが原因で思いっきり揺れたから。正直、滅茶苦茶怪しいと思う」
「そっくりそのままお返しします、だよぉ」
「どういう関係だか知りませんが、喧嘩なら他所でやってください。……あ、でもこれで捜し人の場所はわかりますよ。ちょうどよかったです」
そして無事に動作した方位磁石のおかげで、お客の子の捜し人は無事発見された。彼女は嬉しそうにその場でくるくると何度か回った後、去っていった。なんで回ったのかはわからない。その後、その場には僕と妹だけが残される。
「で……まあ、今度でいいか。もうすぐ来るみたいだし。じゃあね」
妹も今来たばかりなのに、そう言って帰っていく。どうやらこの磁石を返すためだけに来てくれたらしい。なかなか律儀な奴。でも、もうすぐ来る……って何が? 僕は左右をきょろきょろ見回してみたものの、夕闇の広がり始めた街並みのどこからも、誰かが来る気配はなかった。
……なんだ。今の流れだと、トアとゼカさんが遂に来たかとちょっと期待したのに。……なーんだ……。
なんだかやる気がなくなってしまったので、僕は占いを早仕舞いして、家に帰ることとした。もう日も暮れたしね。いやぁ今日もよく働いた。我が家に帰って暖かいシチューでも作ろうじゃないか。……ふう。
机を片づけた後、僕はなんとなく、ごそごそと懐から絵筆を取り出した。手の中の絵筆を見つめると、そこには薄暗い中にも微かに浮かび上がる、血で書かれた呪文。かつてトアが書いてくれた、僕と彼女を確かに繋げるそれ。
……結局、あの時1度光って以降、何度念じても。絵筆は動いてくれなかった。あれってひょっとして……何かの間違いだったんだろうか。それとも、僕の念じ方が足りないから……?
僕は空を見上げる。完全に日の落ちた空には薄く雲がかかっており、手元も見えないくらいに、急速に世界は夕方から夜に変わりつつあった。遠くの街灯がぼんやりと周囲を照らしているけれど、光源としてはいささか心許ない。……いや、暗かろうが、曇ってようが、そんなこと、構いやしない。
僕は半分やけになり、それはもう思いっきり、絵筆を振った。……てぇい! そして、風を切る音がヒュンと響く。
すると、ポン! という大きい音とともに。一瞬辺りが照らされるくらいに、ぱぁっと光が輝く。同時にウサギが宙から飛び出てきて、あっという間にぴょんぴょんと走り去っていった。……!? いやなんか普通に思いっきり出た!? ……なんで!?
とりあえず、僕は足音をダッシュで追いかける。すると、道の先で、誰かがウサギを拾い上げるのが、見えた。……ちょっ、待って! そのウサギ角あるから! 体当たりされるとHP1減っちゃうから!
「ごめんなさい、それ私の……!」
「……もう、なんて顔してるんですか。見てられませんよ」
「…………え?」
相手は、ウサギを抱きしめたまま、被っているフードをそっと上げた。現れたのは、丁寧にサイドで括られた青い色の髪と、それより少し薄い色の瞳。そこには、仕方ないなぁ、という表情がありありと浮かんでいた。
「いくら何でも元気がなさすぎです。……でも、すみません。随分と、待たせてしまいましたから」
「……トア……?」
抱きかかえたウサギをそっと離し、彼女は、思い出の中と同じ顔で、笑った。
「仕方ないですね。もう離れませんので、一緒に行きましょうか。……ここからは、ずっと」
思わず駆け寄って抱き着こうとした僕だったけれど。ふとその途中、トアの後ろの電信柱の陰から謎の人影が顔を出してこちらを窺っているのが目に入ってしまった。トアの直前でキキーッと急激にブレーキをかける僕。笑顔で両手を広げて待ったまま、あれ? みたいな顔をするトア。
しばらく至近距離で僕と見つめ合った後、トアは背後を振り向いた。
「……ゼカユスタさん。見えてます」
「あたしには特等席で見る権利があると思う」
「せめてもう少し隠れるとか」
「ごめん、つい」
「……わざと、ですか?」
「あたしもね、2人には幸せになってほしいと思ってるんだよ。ただ完全に仲間外れにはしてほしくないっていう複雑な思いもね。あるんだよなぁ」
「………………まあ、わかります」
「でしょ」
お、ゼカさんもいるじゃーん! わーい、と僕があらためて駆け寄り感動の再会を喜ぼうとすると、なぜかトアからさっと手を出して制される。えっなにどしたの?
「ちょっとその前にいいですか? 1つ確認しておきたいことがあります」
「……なんですか?」
「あなたが飛び立つ時に、その……わたし、何か言いましたよね。あれって聞こえてました……?」
「飛び立つ時…………?」
ああ、確かに何か言ってたけど、正直全然聞こえなかった。なんか言ってるなぁ、くらいで。僕が腕組みして考え込んでいると、トアが慌てたように続けた。
「聞こえてなかったならいいんです。あの時はわたしもちょっと盛り上がってしまっていたというか、いえ、別に言ったことは全然嘘じゃないんですが、聞こえてるか聞こえてないかは大事ですからね。ほら、これからのスタンスというか」
なんかめっちゃ早口で喋ってくる……。でも聞こえてないならもうどうしようもないので、僕は申告することとした。正直全然聞こえませんでしたっと。すると、トアはなんだか微妙な顔をした。
「……へえー。そうですか。ふーん…………いえ、いいんですけどね」
「ちなみにあたしにはもちろん聞こえてた」
「ちょっと!? 絶対言わないでくださいよ!?」
「まあ流石に言わないけど。でも今聞こえてなかったって言われてちょっぴりほっとしたでしょ」
「…………してません」
「どうだかー?」
「あの……私も話に入れてください……」
僕を置いて2人で盛り上がらんといて。さみしい……。しかし、2人は前より仲良くなっている気がする。これは僕も追いついていかねば。あ、でもここで立ち話もなんだし。
「じゃあ、ともかく家に帰りましょう」
「あの、もし可能なら、今日泊めてもらえますか? まだ宿がなくて……」
おずおずと頼み込んでくるトアに、僕は笑顔で答えた。僕が彼女の家に何泊させてもらったと思っているんだ。もう百万泊くらい泊まっていくといいさ。というか……。
「トアの部屋、用意してますよ。一緒に住もうと思って」
「…………えっ?」
「おっ?」
あれ、なんか2人して微妙な反応。そんなに意外? いちおう僕も受けた恩は忘れない方だと思うんだけどなぁ。これはもっと感謝を日々表現していった方がいいのかもしれん。
「…………実は聞こえてました?」
「え、何を?」
「その…………」
「あ、これあたしわかっちゃった。トア止めといたほうがいいと思うな」
そう言ってつかつかと前に出てきたかと思うと、ゼカさんが自分自身を指さした。
「で、あたしの部屋は?」
「そりゃ当然ありますよ。2人の部屋は隣です」
「……だってさ」
すると、なんだかがっくりとトアは肩を落とした。同時に深い深ーい溜息もつく。我らが副隊長はたぶん長旅で大変お疲れなのだろう。これは早めに我が家にお連れせねば。
「じゃあじゃあ、向かいましょう! 綺麗に掃除してるから部屋もすぐ使えますよ! 疲れも癒してくれます!」
「そうですね……なんだかここまでの旅より今の方が疲れました」
「あたしは大いに楽し……ごめん、そんなに睨まないでよ」
それから、トアがなんだか黙りこんでしまったので、主にゼカさんと話しながら家路をたどる。ゼカさんは興味深そうにあちこちをきょろきょろ見回しながら、苦笑いしてここまでの旅の大変さを語ってくれた。
「いやー、もうひたすら退屈だったわ! 窓もないし。2人ともさ、寝てばっかり」
「ならトアは大丈夫そうですね。寝るの得意じゃないですか」
「…………いやぁそれがね……」
ちらりと後ろをついてきてるトアを見て、ゼカさんはなんだか大いに複雑な顔をした。言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、みたいな。いったい何があったんだ。
「まあ時間があったのはある意味良かったよね。あたしなんか再会の台詞の練習まで付き合わされ……」
シャキン、と何かが抜かれる音が聞こえた。同時にゼカさんが不自然に口を閉じる。……なんかよくわからないけど、聞かない方が良さそうだ。僕かゼカさんの前髪が短くなってしまう。……あ。そうだ。
僕は立ち止まって振り返り、トアに向き直った。
「そういえば、私からも1つ確認しておきたいことがあるんでした」
「……なんですか?」
「いえ、そんな身構えなくて大丈夫ですって。思うがままに答えてくれたらそれで。トアの正直な気持ちが聞きたいんです。一緒に暮らすうえで確認しておかないといけない大事なことです」
「…………えっ?」
「おお? これはあたし静観しちゃおーっと」
ゼカさんはそう言うとちょこちょことカニ歩きで道の端まで移動し、電信柱の陰から頭を出す体勢に入った。……どうでもいいけどあれがゼカさんの静観モードらしい。
しん、とその場が静まり返った。遠くで時折微かに聞こえる人の声が、かえってこの場に僕らしかいないということを知らせてくれる。まるで、向かい合う僕と彼女のお互いの鼓動まで、聞こえるような気がした。トアは姿勢を正し、そわそわと僕を見る。僕も真っすぐに彼女を見返した。
「な、なんでしょう……?」
僕は、真面目な顔で、口を開く。
「……トアって心霊現象、平気でした?」
空間を歪める武器の他にもきっかけがないと世界に穴なんて開かないよね、という。いやぁここまで長かった。
途中で出てきたゆるふわ系の美少女は、この前完結させた「恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、今日も攻略を回避するのに忙しい」のキャラですが、別に知らなくても支障ありません。世界に穴が開いた原因なんだな、くらいで。