突然ですが、っていう話の始まり方はあんまりいいことが起こらない確率が高い
とりあえず占いの館を僕たちは出た、ものの。……これからどうしよう。そもそも、ゲーム内の人間関係が生きてる場合は手伝ってもらえる可能性があったけど、初対面だとそれも可能性は薄そうだよね。僕は素直に話してみた場合の台詞をシミュレートしてみた。簡潔に。
「……突然ですが、私、異世界のゲームの中で、あなたと友達だったんです。これも何かの縁ですよね。つきましては私が元いた世界に戻るお手伝い、お願いできませんか?」
……うわぁ。知らない人にこう言われて素直にいいよと言う人はあんまりいなさそう。むしろこんな質問にすぐにはいと答えちゃう人はなんだか不安になるので、逆にあんまり手伝ってもらいたくない。……うーむ、どうしよ。八方ふさがり。これはちゃんと考えねば。
……それはともかく。執事のお爺さんとの待ち合わせにもまだ時間あるけど、どうする? まだ昼過ぎだから予言者の子との夕方って約束もまだまだだし。そういう疑問を込めて隣のロランドを見上げると、彼はきょろきょろとあたりを見回し出した。目つきが悪いので獲物を探しているように見える。世が世なら職質不可避。
「どうしました? 自分より弱そうな子供やお年寄りを探してるとか、ですか?」
「いや、腹が減った、と思ってな」
ほほう、普通の答えだった。確かにそろそろ昼食の時間を過ぎたあたり。……僕はあんまりお腹空いてないけど、どこかに入る?
「……お前はまだ平気そうだな」
「いえいえ、ちょうど私も空いてきたところなんです。言ってもらって助かりました」
せっかくなので、おすすめのお店があるんです、と言って彼を案内しながら僕は自分のお腹をこっそり見下ろした。……この体になってから、陽の光に当たってたらそれだけで結構お腹いっぱいになる、ってことは言ったら引かれるだろうなぁ。植物か。……まあ、別に食べ物の味もわかるし食べるのもOKっぽいので別にいいけど。でも、いくら食べても膨れないし、どうなってんだこの腹。
さすさすと僕が歩きながら自分の胴体を撫でているのを見て、なぜかロランドは自慢げに僕の方に語り掛けてきた。
「実はそんなに空腹だったか。お前も仕方ない奴だな」
「……はーい」
とりあえず、もうそれでいいや。この人は自分の負い目を認めたら死ぬんだ。そう思うことにしよう。
……そして僕が案内したのは、僕自身がゲーム内でこの街にいた時にバイトしていた食堂だった。あ、この店も角のここにちゃんとある。ということは地理は同じと、とりあえずそう考えていいのかも。それは確認できたね。よかった。
「……どうです、おいしかったでしょう」
「ふん、まあまあだな」
コメントはともかく、注文したものは全て綺麗に食べているので許してあげよう。まだ足りなそうな顔をしてるけど、それを素直に表に出すことができたら、追加注文も認めようではないか。僕は食事の終わった卓上を見ながら、別に自分で奢る訳でもないのにそんなことを考える。
……あれ? そういえば……。僕はふと嫌な予感がして、テーブルに肘をつき、ひそひそ声でロランドに尋ねた。
「……今更、つかぬことをお聞きしますが、……お金って持ってます?」
「爺やが持ってる」
……やはり。そして、爺やはここにいない。つまりお金がない。でも食べちゃった。……僕は目の前でメニューを名残惜しそうにもう一度眺めているロランドを、何となく死んだ目で見る。……この人を人質として置いて、爺やを探しに行くという手はどうだろう。
……でも確かに、自分の手持ちがないのに店に行こうって言った僕が悪いかもこれ。何とかせねば。
僕は店内を走り回っているウエイトレスのお姉さんをじーっと見つめた。確か、ゲーム内でも忙しそうにしてた彼女に声をかけた結果、ここでバイトすることになった過去があるから……素直に事情を話せばなんとかなるのでは……。
「おい、俺はこれとこれを頼むぞ。この店は料理の量が少ない」
前方から聞こえてくる雑音をとりあえず無視し、僕はタイミングを計ってお姉さんに声をかける。
「あの、お忙しそうだったら、お手伝いします、いや、させてください。実は、すみません……手持ちがないことに今気づいて……なんとか体で返させてもらえませんか……お願いします……」
「え? いえ……手伝っていただけるならありがたいんですが、こっちも何も知らない方に教えてる余裕がなくてですね……」
体で返す、というワードに反応してこっちをちらちら見てくるロランドは放っておいて、僕はお姉さんに向かって自信ありげに笑ってみせた。
「……大丈夫です。このお店、慣れてますから」
「お前、ほんとに慣れてたんだな」
「どういう意味ですか」
「また適当な事を言っているとばかり思っていた」
……何か反論しようとするも、自分のこれまでの行いに原因があるような気がしたのでそのまま背を向ける。ぐぬぬ。なんで僕が働いてるのにお前は追加でパスタ風の何かを食べてるんだ。僕はメイド服っぽいこの店の制服を着て配膳に走りながら、謎の敗北感に包まれた。お前も働け。
そうしてしばらくたち来客がひと段落着いた後、ロランドからメニューを奪い取り、その時に向こうが見せた捨てられた子犬のような表情にちょっと胸がすっとするものの、まだ完全に気分は晴れない。……何か、この失点を取り返す一手はないものか。僕はメニューを後ろ手に隠したままで、ロランドのテーブルの傍で考え込む。……まあ、家代は多分出してもらうから、ここの食事代くらい、手伝い料で僕が出すのはいいけど。でもこれからもお金っているよね。……ここで働いてお金を貯めるっていうのも、ちょっと悠長だし。
……そう考えていた僕に、突如電流が走る。この感覚、久しぶり。ゲーム内でいいアイデアが下りてきたときと同じ、ピーンとくる感じ。やはり、必要に迫られたときにこそ、人は進化する。そう、僕は確信した。
……そういえばですよ。基本的なことだけど、ここって異世界だよね。異世界、つまりなんかほら、よくあるあれ。日本のスイーツとか料理的なものを、ここで僕が作ってみたりしたら、……お金とか、儲かっちゃったりするんじゃないだろうか。それはもう、たくさん。えらいことになっちゃうかも。え、どうしよう。
……問題は、僕が何も見ずに作れるメニューなんてほとんどない、ということくらいか。得られるメリットに比べればごく些細な問題である。確かに僕って料理得意って訳じゃないけど、大事なのはフィーリングだよ、きっと。……そして、それによる莫大なメリット。
ふふふ……いや確定したわけじゃない、まだ笑うな、こらえるんだ。僕はうつむき、持っていたメニューでとりあえず、すすすと顔を隠す。
「ちらっと見えたが、お前何だか悪い表情してたぞ」
「はっ、ついつい不謹慎な顔をお見せしてしまいました」
隠せてなかった。……いや、こんなことを話している場合ではない。僕は期待に胸を膨らませながら、食堂の奥へと走った。お金があれば、きっとできる範囲は広がるはず。あとこれから食事のたびに配膳と皿洗いもしないで済むし。僕は厨房の扉を開き、満面の笑みで宣言した。薔薇色の未来への第一歩を。
「――すみません、突然ですが! 新メニューの提案があるんです!」




