たまには未来に思いを馳せてみよう(上)
「あなたって、私に弟子入りした割には全然占いに興味示しませんよね」
「へ?」
ゲーム内、占いの館の居住スペースにある居間で僕がのんびり紅茶を飲んでいると、不意にそんな言葉をかけられた。言葉の主はこの館の主である占い師の女の子。僕はもう1口紅茶を飲み、考えた結果、結論を出す。
「……弟子入りしましたっけ?」
「あ、そこからなんだ。いやいや、ずっと昔にいきなりここに押しかけてきて、泊めろ、匿え、挙句の果てには魔王軍と戦えとさんざ私を脅したじゃないですか。まさかそれすら覚えてないとか言いませんよね?」
うん、アルテアさんと最終決戦する少し前だよね。それは覚えてる。覚えてはいるんだけど。確かに弟子入りするとか言った気はする。でも……脅した? そんな物騒な感じだっけ? もう少しいい話じゃなかった?
「……あの時って世界の危機に立ち上がる私に感銘を受けたあなたが、自主的に協力を申し出てくれた、みたいなのじゃなかったでしたっけ……? あれ、ちょっと違います?」
「むしろ合ってる箇所がない」
「えっと、でもあれはほんとに感謝してます。なので弟子入りするのは全然かまわないんですけど……占い、ですか?」
「そうですよ。まあ最初は見習いみたいな感じにするとしても……出来るようになったらそのうち館に立たせてあげてもいいと思ってます」
僕はそれを聞いてちょっと想像してみる。ここで占い師として皆の相談を受けて、未来へのアドバイスをする自分。ホワホワと浮かべた想像の中で、僕の占いを聞いたお客はみな幸せそうな笑みを浮かべて店から去っていった。幸せを呼ぶ館。
おー、なんかいいかもしれない……。期間限定! みたいな感じで宣伝したら客が集まってきたりしそう。ここがにぎわったら以前お世話になったお礼にもなるだろうし。この占い師の子がいなかったらアルテアさんも倒せなかったし、異世界から帰っても来れなかったかもしれない。今こそ恩返しの時では? なんかちょっと燃えてきたかも。
僕は椅子からぴょんと勢いよく立ち上がり、ポンと力強く胸を叩いた。
「全て任せてください! こうなったら、私がここを町一番の繁盛店にして差し上げましょう!」
「いえ、だから見習いですよ、まずは見習い。……聞いてます?」
「で! で! 思い切ってそのうち2号店とかも作っちゃいましょうよ!」
「聞いてないですね」
……落ち着いた後に聞いてみたところによると。どうやら占いというのは、経験というか、場数が大事らしい。お客さんが何を悩んでいるのかを早めに把握することが大事なんだって。未来というのは膨大なものらしく、相手の未来のどこを見るか決めないと先に進めない、そうな。なるほどなるほど。あれ、でも。
「そういえば私って魔法学校の中庭で占いとかしてた時期があったような……。あれって経験になりませんかね? たしか、結構な人数見ましたよ」
「学校の中庭!? なんでわざわざ……? でも、それならいいかもしれませんね。じゃあ次のお客が来たら、やってみますか?」
「ふふ、安心して見ててください。私の占いで、どんな客が来ようが目にもの見せてやりますよ」
「安心っていったいなんでしたっけ」
そして、自信満々で来客に当たった僕だったのだけれど。そこで1つ重大な問題が発覚してしまう。というのも、未来を見る能力があるのは現実世界の僕なので、ゲーム内で占いなんてできるわけがなかったのだ。お客さんと黙って笑い合うだけの気まずい時間という尊い犠牲のもとにそれが判明し、2号店の野望は早くも潰えた。……おかしい、少なくとも客が何に困っているかは今回明白だったというのに。
そして僕はさっそく居間に連れ戻され、占い師からお叱りを受けてしまった。彼女は呆れた顔で、椅子に座って縮こまっている僕の方を覗き込んでくる。大口を叩いた手前、僕は素直に謝罪を表明した。
「ごめんなさい……目にもの見せられませんでした……」
「っていうかそもそもお互い何1つ喋れてなかったですけどね。もう……なんであんな自信満々だったんですか」
「すみません……でも! こうなったらちょっと修行して戻ってきますから! 見ていてください!」
全然信用されていない視線を背中に浴び、僕はリベンジを胸に、現実世界にダッシュで帰還した。……占いは場数が大事。ゲーム内ではそのうち魔王様から未来を見る指輪を貰えばいいとして、今のうちに現実世界で腕を磨いておくのも悪くないだろう。
とりあえず、家にあった折り畳みの椅子2つとテーブル、テーブルクロスをひっさげ、街角にがちゃがちゃとそれらしくセッティングしてみる。……うむ。あとは水晶玉でもあれば完璧なんだけど……。ああいうのってどこで売ってるんだろうね。……まあいいか。あっても使えないし。さて。
僕は仕上げに、テーブルの上に手書きのプレートをいそいそと立てる。
「恋、仕事、運勢など、あなたの心配ごと 何でも占います 要相談」
……要相談ってこんな使い方で合ってたっけ? まあいいや。とにかくこの看板(?)がないと、単に道路の端でなぜか受付してる人になっちゃうからね。よし。
僕はちょこんと椅子に座り、初めての来客を待った。さーて、どんなお客さんが来るのかなっと。一期一会って言うし、いろんな人との新しい出会いを大切にしていきたいものである。
ところがその後すぐ通りかかったのは、新しい出会いというかよく知ってる子だった。……偶然、かなあ? ちょっとそこに疑問符がついてしまうけれど、気のせいだろう。うん、考えすぎは良くない。僕は目の前の友人に笑顔で手を振った。
「何やってるのサロナちゃん」
「いえ、占いの練習を……」
「……なんでいきなり……? なんのため?」
「それはまあ……2号店のため、ですかね」
僕が遠い目をしてふっとそう答えると、目の前の『ナズナ』は不思議そうな顔をしたものの、それ以上突っ込んでは来なかった。そして彼女の視線がテーブルの上のプレートをちらりと捉える。
「……恋愛相談?」
「など、です」
「これ、いくらなの?」
……あ。そういえば値段設定を忘れてた。こういうのって普通いくらくらいなんだろう。1回1000円……? いや、でも練習なんだからボリ過ぎかな? お釣りが面倒だから500円にする? ちょっと安すぎるかなぁ? いいや、開店記念ということで特別価格で! いやぁお客さん運がいいよ!
「500円です!」
「安っ! え、何分で?」
「えーっと、時間……」
早くも財布を取り出し、500円と聞いたはずなのになぜか高額紙幣を数えている『ナズナ』を見て、僕の勘が告げた。相談が終わるまでいくらでも、と答えるときっとなんだかまずいことになる。よし。悩みを聞いて、未来を見て、アドバイスをする。せいぜい5分くらいで終わるだろうけど、ここはちょっと多めに見ておくか。
「10分です」
「じゃあ1時間なら3000円ってこと?」
なんで最初から延長前提で考えてんねん。……あれ? でも確かに時給にすると3000円か。結構するな。1回500円でも高かったかもしれん。最初のお客さんなのに高く請求してしまうとは。ここはあと10分くらい延長しても許してあげよう。でも、いちおう基本は。
「いえ1人10分です。次のお客さんもいるので」
「いないじゃない」
「もうすぐ大挙してここに大勢やって来るんです。私の占いがそう告げています」
「……まあ、いいけど。じゃあお願い」
『ナズナ』はそう言うと、それ以上は何も言うことなく僕の前に座った。そして頬杖をつき、ちょっと遠い目をしながらふう、と溜息をつく。あ、さっそく始まる感じなんだ。
「私ねー、悩み事があるんだ」
「え、それなら別に占いとかじゃなくても聞きますよ」
「ありがとう。でもねー、今日は占いがいいかな。……私、悩み事があるんだ」
ええー。でも友達からお金を取って悩み事を聞く、ってなんか不健全じゃない? けどこれはたぶんあれだな、友達としてってより、初対面の占い師として聞いてほしい、という感じか。よしわかった。ここは大いに客観的な意見をプレゼントしようじゃないか。
僕も、今日初めてお会いしましたみたいなよそ行きの顔で、『ナズナ』を見つめる。相も変わらず小動物系の可愛い雰囲気。この子がストーカーだとか言う人がいたら、きっとその人は心が汚れてるよ。
「あなたの悩み事とはいったいなんですか?」
「悩み事っていうか……気になってること、って言いかえてもいいかな」
「……はい?」
なんでそう言いかえたのかよくわからず、僕は首をかしげた。はて。
「私ねー、振り向いてほしい人がいるんだけど」
「…………ふむふむ」
いかん。客観的に、客観的に。僕は初めて聞いた風を懸命に装い、こくこくと首を縦に振る。へーそんな人いるんだ。全然知らないけど、その人異世界とか行ったことありそう。まあなるほど、それでそれで?
「その人にねー、誰か他に気になる人ができたんじゃないかっていうのが心配なんだよね」
「へー……?」
「あ、今、なんで今更? って思ったでしょ? それはね、ちゃんと理由があるんだよ」
……なんか知らないけど、勝手に話が進んでいく。これ逆に僕が客みたいになってない? 今のところ相づちしか打ってないんだけど。ていうかもう向こうは初対面設定早くも消えてるやろ。
「理由ですか?」
「うん。……その人ね、最近よく空の向こうを見てるの。何か、待ってるみたいに。……いや、こう言い換えてもいいかな。誰かを、待ってる」
「……はい」
「それは、特別な誰かなのかなあって。……ねえ、私の振り向いてほしい人はさ。空の向こうで、恋人でも作ってきたのかな?」
「これ占いというより単なる尋問なんじゃ……」
「……作ってきたの?」
「……いえ……」
思わず目をそらしながら言ってしまったけど、決して嘘じゃない。だって恋人なんて作ってないもん。確かにトアの話をちょっとしたら雰囲気が怖くなったから、『ナズナ』にはトアの話は全体的にちゃんと出来てないんだけど……。だから、異世界から来る子を待ってる、ってあたりも、お世話になった誰かがもしかしたら来るかも、みたいな大変ふわっとした話になっちゃってる現状。でもこれまずかったかな。またちゃんと話をせねば。
……それにそれはともかくとしても。トアは別にそういうあれじゃないし。うん。
『ナズナ』はじーっと僕の顔を見つめた後、目を細め、しばらく宙を見上げた。そして大きくうなずく。
「なるほどねー」
「なんですか?」
「だいたいわかった。気になることはそれだけかな。……じゃあ、占い頑張ってね」
今度の土曜に会った時また結果聞かせてね、と言って『ナズナ』は立ち上がる。ほんとに満足したらしい。今ので何が分かるとも思えなかったけど。
と、1度は背を向けた『ナズナ』が何かを思い出したように足を止め、振り向いた。そして、にっこりと笑う。
「あ、そうそう」
「ん?」
「その女の子がもしこっちに来たら、私にもちゃんと紹介してね? 正面からちゃんと挨拶したいから」
「あ、はい。それはもちろん」
手をひらひらと振って、今度こそ『ナズナ』はとっても綺麗な笑顔で去っていった。僕も立ち上がってそれに手を振り、座りかけて疑問を2つ抱く。
……今、おかしくなかった? 女の子ってどこかで特定できる要素あったかな? これが1つ。
2つ目。どうやら来るのは1人だと思われてるっぽいけど。ゼカさんってどう紹介したらいいんだろう……。ゼカさんのポジションってなんか説明しづらいよね。まあいいか。会員で悪友で№7だ。全部伝えたらどれかは伝わる。うん。……しかし……。
僕は空を見上げた。まだ冬の初め。15時過ぎなのに日が傾き始めている、青く薄い空。世界の端までなら魔力が届くとトアが言ったことが正しければ、絵筆が光ったあの時点で、もうそこまで来ているはず。あの後すぐ到着していてもおかしくはない。でも、今のところ、とんと船が現れる気配はなかった。
「いったいいつ、着くんだろう……?」
そう誰に問うでもなく尋ねながら、なんとなく手を空に伸ばしてみる。
……どうやら、占いを必要としているのは他でもない僕自身、らしかった。