旧交と新しい出会いと、その両方。
長ーい! 1万字ですって!
いや、切り時が分からなかったから……
魔王様が優雅に絵筆を振るのを、僕はそばで見守った。……あ、でも魔王様が使ったらいったいどういう効果になるんだろう。魔王軍幹部の固有技能を再現する、とかだったような気がするけど。再現て。
僕がじっと見つめていると、ポン! と音がして、宙からアルテアさんが出現した。スタッと着地した後、アルテアさんはまじまじと僕の顔を覗き込む。
「あら……どうしたの? いつもよりさらにおかしな顔してるわよ?」
「えーっと、あれ? 再現って……?」
「つまりは一時的な召喚です」
じゃあ僕の使い方、完全に合ってたんだ。未知の武器を使いこなしてしまうとは、ふふふ、我ながら自分の才能が恐ろしいな。まあ絵筆先生に言われるままにただ振ってただけなんだけど。
ぎゅーっとアルテアさんに抱き着きながら、僕は魔王様が 水彩画家を振っているのを眺めた。なんだか久しぶりに絵筆先生が活躍しているのを見る気がして、感無量。
魔王様はそれからもポンポンと筆を振り、次々に魔王軍幹部を召喚しはじめた。
――№19、金城鉄壁、岩山の竜、ペルセトリア。
――№17、あらゆる魔法を操る知謀家のラミア、ルチア。
――№25,26、疾風の双子、イングリットとジークリット。
あ、ペルセトリアだ。向こうではたいへんお世話になりました。それに下半身が蛇の女性と、小学生くらいの元気いっぱいな双子の女子2人。後者は登場してすぐ、ペルセトリアの周りをわ-いわーいと楽しそうにぐるぐる走り回った。
ふむ……ルチアも半分蛇だし……こうして見ると動物シリーズ多いかもしれないな。これってやっぱり先輩の動物好きが反映されてるのかなぁ。……たぶん好き、だよね? ふりじゃなく。
しかし召喚を見守っていて1つ、ちょっと気になることがある。
……なんかさ、数多くない……? ていうか絶対多いだろ。しかもまだ絵筆を振るのを止めない魔王様の姿を見て、つーっと僕の頬を1筋の汗が伝った。まさか……いやいやそんな。あれはたぶん、勢いがついて止まらないだけだよ。うん、きっとそうだ。
しかし、僕の目の前で、さらに巨大な影が3体、「ポン」と出現した。……き、巨大? なんか嫌な予感が……。出てきた3体を僕はおそるおそる見上げた。
――№9、左右の腕に巨大なビームガンを装備したロボ、オーガスタス。
――№21、赤く燃え上がる灼熱の牡牛、アグスティン。
――№8、全てのアンデッドを統べる髑髏の王、インゴベルト。
「ちょ、ストップ! ストーップ! 出しすぎ! 明らかに出しすぎです!」
しかもなんか攻撃力特化なのばっかりやんけ。特に最後に出てきた3体がアカン。これで1桁ナンバー計3人もいるし!
「……そうですか? なんとなく、必要な気がしますけどね」
「そうでないわけがありますか。なんで魔王軍幹部がえーっと、……私も含めるといきなり9体もいるんですか!?」
信じられないけど、何度数えても僕以外に8体いる……。どれだけ負けたくないねん。トラウマ残り過ぎやろ。魔王様は、僕の指摘に対してちょっぴり何かを考え、思いなしかさっきよりも小さめの声で答えた。
「……でも、勇者たちは38人いますし……」
「だからなんですか!?」
だからこっちも38体出すつもりだったとか言わないよね。よかった途中でストップかけて。なんでタイマン前提やねん。いちおう全員ボスやぞ。1対1で負けるわけがない。……僕以外。というか38人とな。結構減ってるやんもう。
「さすがにオーバーキルが過ぎます。ちょっと戻しましょうか。……ほらみんなも落ち着いて。ゆっくり深呼吸して……ね、平和を愛する心を思い出しましょう。見てください、今日は綺麗な夜空ですよ」
「あーっ! 勇者だぁーっ! それー、かかれーっ!」
「あ、こら! 待ちなさいって!」
僕の静止にもかかわらず、双子の女の子が楽しそうにプレイヤー集団の方へぴゅーっと走っていく。その後を、ドスンドスンと動物シリーズと無機物組の面々が追いかけていった。結果その場に残ったのは、アルテアさんと僕とルチアの3人だけ。……え!? 3人!? 残り全部行っちゃったの!?
しばらくして、遠くの方から「ぎゃー」「うわーっ」という声がかすかに聞こえてきた。これはまずい。ゲームバランス的に大いにまずいぞ。……あれ、まずいのかな? この際、1人残らず全滅させてしまった方が目撃者もいないのでは……?
「では、何をすればよろしいですか。魔王様」
一方、1人だけちゃんと走り出さなかったルチアが、かしこまって魔王様にそう尋ねた。……いや、アルテアさんも残ってるんだけど、こっちは僕が抱き着くのを止めないからだから……。いい加減放さないとたぶん怒られるよ。そう思ってちらっとアルテアさんの顔を見ると、目を閉じて何かを考えてるらしき最中だった。……あ、これもう怒ってる。
「仕方ありませんね。サロナもこう言ってますし……ルチア、すみませんがいったん彼らを呼び戻してきてください」
「………………はい。ご命令とあらば」
すました顔してるけど、ルチアが一瞬「マジかよ」みたいな表情になったのを僕は見逃さなかった。あの集団に言うことを聞かせるのは至難の業だろうしね。
にょろにょろと気重げに遠くの喧騒の方へ向かうルチアを、僕は心の中で敬礼しながら見送った。……あれ、でもどうして魔王様が直接行かなかったんだろう。
一方その魔王様はゼカさんに向き直り、何やらもう1度あらためて、彼女の罪状を問い詰めているところだった。
「ゼカユスタさん、ところであなたはどうして財宝を盗んでいたんですか?」
「ぬ、盗んでたわけじゃないの! ちょっと無断で借りただけで……!」
目が泳ぎながら答えるゼカさんだったけど。それを世間では盗んだと言うんだぞゼカさん……。でもどうしてそんなことを? ゼカさんが人様に迷惑をかけるなんて、きっとよほどの理由があったに違いない。
「ピラミッドの奥にある小部屋にね。特定の宝物を捧げると、太古の怪物が蘇る……っていう夢を見たの」
「へー、夢……」
僕の顔に「なんだそんなことか」というのが出ていたのだろう、ゼカさんはこちらを見ながらばーっと喋ってくる。
「あ、こらその顔! 馬鹿にしてるでしょ! 毎晩見たのよ!? ほんとか嘘かはともかく、どうにかしないと安眠もできないじゃない!」
「ま、まあそうかもしれないですけど」
「で、夢のとおりにピラミッドの中の何の変哲もない壁に触ったら、小部屋みたいなところにすっと移動して。で、ほんとだったのかなって思って。……それに、太古の怪物っていうのも気になったし」
ゼカさんの中二病精神がくすぐられておる……。しかし太古の怪物とな。僕が知る限り、この砂漠の国にそんな存在はいなかったはず。公式にというか、運営的にも。だってこれけっこう大がかりだよね。さすがに見落とすわけはない。……いったい、どういうことだろう……?
「それで、もう捧げ終わりましたか」
「うん。今晩、最後の1つを置いてきたところ」
「なるほどなるほど」
なんだか納得している魔王様の袖を僕はくいくいと引っ張る。こらこら、1人だけで完結しないでください。クイズには常に正解発表の場が必要なんですよ。
すると魔王様は僕の方にくるりと向き直った。
「あなたはこの話、知らないんですよね?」
「えーっと、はい。でも、これがどういうことなのか……」
「ここが世界として管理者の手を離れ始めたのかもしれません。それとも、前の管理者の置き土産か。どちらにせよ、面白いことになってきました」
「前者の意味が全く分からないんですが……」
後者は分かる。ウルタルと先輩の置き土産ってそれだけでたちが悪そう。特に先輩が残したのなら、きっとそれは何かの意味がある。あと、それにしても……。
「太古の怪物ってなんでしょう?」
「サロナ、ここまで飛んでくるときに気づきました? この大砂漠はね、ピラミッドを中心に文様を描くように、建造物やオアシスが配置されています。最初からそうだったのか、それとも……いつの間にか、そう変わったのか。きっと、この砂漠自体が巨大な魔法陣なんでしょう。それを利用して、『何か』を召喚するのでしょうね」
……全然気づかなかった。というか僕って魔法陣とか詳しくないから、言われてから見ても分からないと思うんだ。
そのとき、ゴゴゴゴゴゴ、と突如地面が揺れ始める。そして離れた場所の砂の中から、巨大な何かが浮かび上がっていくのが、淡い月の光の中でも見て取れた。
「というわけで、今回は残念ながら勇者と戦っている暇はありません。ただ、私たちなら勝てるでしょう」
「一番勇者と戦ってたのは魔王様な気がしますけど……。あ、でもさすがです! みんなを直接呼び戻しに行かないのって何か理由があるのかとは思ってたんですけど、ゼカさんに先に確認することがあったからなんですね」
魔王様すばらしい。しかし、僕のその賞賛の瞳を受けて、彼女はなぜかふいっと顔をそらした。……おや?
「ま、まさか単に呼び戻す自信がなかったからとか……?」
「ルチアならきっとうまく皆を呼んできてくれるでしょう。ええ、そのはずです」
ルチア信頼でっけえ。丸投げとも言う。本人はめっちゃ嫌そうだったけど。
「……こっちに勇者よりも面白そうなものがあるって!? そいつは聞き捨てならないなー! ……で、なに!? ひょっとしてあれ!? あのでっかいやつのこと!?」
楽しそうな声に振り向くと、そこには走り去っていった双子ほか4名が鎮座して、きらきらした目で一様に空を見上げていた。一瞬太古の怪物とやらの出現を見越したうえでそう言って連れてきたのかと思ったけど、空に浮かび上がる大きな影を見て、「なにあれ」みたいな表情をルチアが浮かべたのを僕は見逃さなかった。「面白そうなものがある」ってぜったい出まかせだったろ。でも結果オーライである。
浮かび上がったのは大きすぎて最初は何かわからなかったけど……それは100メートル以上ある、紙でできた巨大な竜だった。小さなお札みたいなのが寄り集まって竜の形になってる、らしい。これはメンバーの中で一番目のいいペルセトリアの視力を、僕が一時的に借りて見たものだった。異世界で精神魔法の制御を学んだおかげか、今は僕もこれくらいのことはできるのである。そして視力を借りた際、ペルセトリアが「まるで怪獣のようだ」と思ってるのも読み取ってしまった。うん、その感想もわかるけど、それいつも君が思われてることだから。
魔王様がふわふわと夜空に浮いている竜の様子をしばらくうかがい、戦闘方針を決定した。
「空中にいられるとやりにくいですかね。とりあえず撃ち落としますか。勇者は放っておきましょう」
「とりあえず」
「巨大ですけど、羽がありますからね。あれをまずは破壊しましょう」
「……どうやってですか……?」
「オーガスタス、ここへ」
ガション、ガションと機体をきしませながら、呼びかけに応じてオーガスタスが前に一歩出る。№9、オーガスタス。一言でいうと3頭身くらいの巨大ロボット。世界観にまったく合ってないような気もするけど、よく考えたらゴーレムとかキラーマシンぽい魔導兵器もいたし、いいのかな。体高は5メートルくらい。チャームポイントは、左右の腕に装着された巨大なビーム砲。それが、ウイーンという音をたてながら上を向いた。
次の瞬間、極大の光の帯が轟音とともにほとばしり、夜空へ消える。
そして一瞬あと、ぐらっと夜空の竜が傾いた。え、マジで? 暗いのに当たっちゃうの? でもよく考えたら機械だった。視力関係ないのか。
しかし、なかなか竜は落ちてこない。さっきよりは低い高度になったものの、ふよふよ夜空を漂っている。
「ふむ……羽が両方落ちても浮いていますか。別に浮力が働いているのかもしれませんね」
魔王様が興味深げに竜を眺めていると、はらはらと何かが空から雪のように無数に落ちてきた。……なんだろう。お札……? ひょっとして攻撃で剥がれた竜の一部?
そしてそれが砂漠に落ちると、わらわらとそこからグールか腐った死体っぽいやつが湧いてくる。……うわぁ……というかなんかめっちゃいっぱい出てきてるし!
「インゴベルト、ここへ。あれを片づけてください」
それに答えて出たのは、ボロボロのマントを羽織った巨大な骸骨。№8、インゴベルト。この世界におけるすべてのアンデッドは彼(?)の支配下にある。それに違わず、インゴベルトが視線を向けると、こちらにごそごそと移動しかけていたグールの群れは、それだけで全て塵に変わった。
……んん? いやいや、でもちょっと待って。
グールの群れがいなくなったのは、いい。ただ……さっきのオーガスタスといい、今といい。なんか、ちょうどよすぎない? たまたま魔王様が召喚したメンバーが、たまたま相性がよかった……? そんなこと……。
そのとき、砂漠の砂が、波のようにうねり始めた。魔王様はそれを見て、慌てる様子もなく指示を出す。
「なるほど。では皆、ペルセトリアの背に乗りましょうか。彼なら、多少砂が波打とうと問題はありませんからね」
「……魔王様、ひょっとして、これから何が起こるか見えてます?」
意外にも、僕の質問に彼女は首を振った。
「いえ、見えているわけではありませんが……起こることに対応できる手札は揃っているはず、という確信はあります」
「……えーっと……それはどういう……?」
「……おや?」
それまで全く動じずに状況をさばいていた魔王様が、初めて不思議そうな声を上げた。……お? なんだなんだ? そんなにおかしなものを見たのだろうか。「こんな時間に砂漠を虚無僧が歩いてる」とか意味不明なことを突然言い出したらどうしよう。
そうして僕が彼女の視線をたどってみると、そこには砂の中であっぷあっぷしているプレイヤーの方々がいた。……あ、そうか。砂漠全体がうねってるからそりゃ巻き込まれるよね。砂漠がうねるなんて今までなかったもんなぁ。えーっと……。たぶん魔王様はあれをどうしようかを迷っていると思うんだけど。
「あの、助けましょう!」
「なぜですか?」
助けたら今までの無理ゲーっぷりの埋め合わせに少しでもなるんじゃないかな、という僕の意見は採用されなさそう。えーっとえーっと。
……駄目だ、全然思いつかない。もうこれは手を合わせて彼らの冥福を祈るしかないのか……。僕がそう諦めていると、あっぷあっぷしていたはずの彼らは氷魔法を駆使し、足場を作って、上空の竜に色んな種類の魔法で攻撃を仕掛け始めた。
「ほう……大したものですね」
空を見上げ、魔王様は感心したように呟く。どうしたんだろう。一瞬、上空の竜が炭酸抜きコーラでも飲み始めたのかと思ったけど、絶対違うな。
「……いいですよ。ただし、私たちの邪魔をしないなら、です」
一瞬、何を言われたのか分からなかったけど、プレイヤー集団を助けてもいいということだと理解する。……あのプレイヤー嫌いの魔王様が。どうしたんだろうと思うけど、「やっぱやめ!」と言い出す前にこれは実行してしまわねば!
僕はペルセトリアに頼んで、プレイヤー集団が氷の足場を作っている場所に近寄ってもらった。どうやら氷の足場は不安定ですぐ消えてしまうようで、すぐに作り直してはいるものの、20人くらいいるうちの半数は砂の中。
彼らはペルセトリアが近寄ると一瞬抗戦の構えを見せたけど、すぐに諦めの表情になった。うん、幹部丸ごと乗ってるもんね。プレイヤーにとっちゃ死神しか乗ってない宝船みたいなもんだろう。
僕はとりあえずペルセトリアの背中の端からひょこっと顔を出し、眼下のプレイヤーの皆さんを勧誘してみる。
「あのー……こちら、まだ乗れますのでいかがでしょうか。今なら攻撃しませんと魔王様のお墨付きですよ」
「そんなもん信じられるか!」
せやな。どうしようか。全員洗脳する前に何人か砂に飲まれちゃいそうだから、平和的に乗ってくれるのが一番いいんだけどなぁ。
「プレイヤーを攻撃しないと言ってる魔王様めっちゃレアですよ。今しかない、間近で見るチャンスです。この冒険の記念に握手の1つでもいかがでしょう」
「攻撃しない保証がない!」
「じゃあリクエストに応えて攻撃しましょうかね」
あ、やばいやばい。魔王様がちょっといつもの感じに。しかしそれを聞いてプレイヤー側もこのままでもどうせ撃墜されるし、という空気になり、ペルセトリアの背中への移動を承諾してくれた。こちらをおそるおそる、といった感じで見つめるプレイヤーの男性に僕は笑って手を伸ばす。……あれ、なんかこの人ちょっとさっき見た気もする。まあいいか。
「さ、つかまってください」
「あ、ああ。……ありがとう」
しかし、その男性の体重移動に耐え切れず、僕は砂漠に頭から落下した。結局砂の中からはアルテアさんに助け出されたものの……わーわー言いながら魔王軍とプレイヤーの両方が助けようとしてくれたことにより、少しだけ両者の溝は埋まったような気がする。うん、結果オーライだよ。……うん。
「さて、ではあらためて。あの竜はどうやら火炎魔法に弱いようですね」
「同感だ」
魔王様の呟きに、向こうのリーダーっぽい男性も同意する。……へーそうなんだ。さっき見上げてたのはそれを確認してたのかな?
「となれば、話は簡単です。盛大に燃やしましょう」
「だが、相手はまだはるか上空だぞ? どうやって?」
「……イングリット、ジークリット。そしてアグスティン、ここへ」
はーい! という元気な返事とともに、双子。ズシン、という足音とともに炎を纏った牡牛が前に出る。……熱い熱い。アグスティンめっちゃ熱い。
「では、イングリット、アグスティン、ジークリットの順で並んでひたすら砂漠を走り回ってください。全員、固有技能を使用した状態で」
「まーかせて!」
「それ、行くぞー!」
スタッと砂漠に降り立ち、2人と1頭はそのへんを縦横無尽に駆け回り始めた。すると、双子を中心に竜巻が巻き起こる。そしてしばらくすると、その竜巻は渦巻く炎に変わった。
「ほう、風を操る双子と火炎の牡牛のコンボですか……」
僕がメガネをかけていたら、くいっとしていただろう。やがてその炎の竜巻は、空に鎮座している竜に届いた。はらはらと、無数の赤く燃える紙が、夜空から砂漠に静かに舞い落ちる。それは幻想的な光景だった。
「あの竜巻に火炎魔法を放り込んだら威力は増しますよ。さて、どんどんやりましょう」
あ、容赦ない。追撃を指示する魔王様に従い、プレイヤー集団と魔王軍、両者協力のもと、巨大な竜は無事炎上した。この両者が協力したことなどこれまであっただろうか。……あ、でも僕が死んだときもいちおうそうかもしれないけど。うん、集団で協力することに意義があるんだよ。たぶん。
竜を討伐したあと、ゼカさんの入ってた小部屋に現れたクエストクリアの報酬はプレイヤーと7:3で分け合うこととなり、魔王様監修のもと我が魔王軍も戦利品を得ることに成功した。きっとあの中からまた厳選されたものが魔王様コレクションに加えられるのだろう。しかし……今回のことで1つ困ったことが発覚してしまった。
「うーん……遠距離だと私ってあんまり攻撃に参加できない……」
そうなんだよ。僕の遠距離の攻撃手段といえば毒の刃だけなんだけど、これ使い勝手あんまりよくないからなぁ……。
僕が悩んでいると、魔王様がなんかトコトコとやって来て、僕の前でちょっと首を傾けた。……なんだろ?
「確かに、戦う手段が少ないのはこれから不安かもしれませんね。角材で殴られたりしていましたし。……よければ1つ、私の武器を貸してあげましょうか? 私がまた使う時まで、あなたが持っていてかまいま「ほんとですか!?」
いかん、めっちゃ食い気味になってしまった。角材で殴られたのは攻撃手段云々とか関係ない気もするけど、そんなことは問題ではない。……今、大事なのは。
「……なら、私が選ぶのは――」
僕は魔王様から小さな絵筆を受けとる。この世界で僕が使えば、どんな能力になるのかはわからないけど。それがどんなものでも、きっと彼女は力になってくれるに決まっていた。僕はぎゅっと大事に絵筆を抱きしめた。
「これからまた、よろしくお願いします」
『また……? どこかでお会いしたこと、あったかしら……。わたくしのこと、ご存じなのね。少年? いえ、少女……? どちらにせよ、あなたが求めるなら。わたくしはいつでも力になるわ』
「ありがとうございます。……あの、くれぐれも無理しすぎない範囲で!」
『あら、わたくしは自分の限界くらい、心得ていてよ?』
「心得ていてもぶっちぎる可能性があるので!」
『……ねえ、どこかでお会いしたこと、あったかしら……?』
「――そういえば、魔王様。今回のはどういうことだったんですか?」
「今回の、というと?」
「未来がわかってたみたいなあれです」
「ああ……今回はこれを使っていましたから」
魔王様が手のひらを上にすると、虹色に光る円盤みたいなのが浮かんだ。なんかきらきら光って、まるでDVDの裏側みたいだ。
「……なんですかこれ?」
「 占板ですよ」
また神器だ。本日2つ目。……あれ? でも 占板って縁に目盛りが刻まれてる円盤みたいなのじゃなかったっけ? こんな田んぼのカラス避けのCDみたいに反射してたかなぁ。
「稼働状態だとこうなるんですよ。なかなかコントロールするのは難しいですけどね」
「へえー」
「これを使っていると、これから起こることに対してどのように行動したらいいか、が何となくわかるようになるんです。あなたに武器を貸したのも、その方がいいような気がしたからですよ」
「何となく、気がする、ってなんだか曖昧ですねえ」
「だからいいんですよ」
そういうものらしい。うーん。でも、この神器の能力って前聞いたことある気がするな。えーっと……確か……。
「つまりこの 占板は……一言で表すなら『運命を制御する』。そういう能力を持つことになります」
「無駄に壮大だ」
やれやれ。しかしこれで今回の事件も無事片付いたのではないだろうか。クエストはクリアしたし、図らずも絵筆先生を魔王様から貸与してもらえることになったし。ピラミッドは守りきれたし、プレイヤーも無事だったし。ちなみにプレイヤーは当初の50人弱から、最後には20人程度に減っていた。いったい半分以上はどこに行ってしまったんだろう。謎は深まるばかりだけど、これ以上追及するのは止めておきたい。えーっと……あとは……。
「ねえ。あたしのこと、忘れてない……?」
「そんなわけないですよ! やっと事件が片付いたのでようやくゼカさんと友好が深められるなと思っていたところです!」
いかんいかん。当初の目的を忘れて満足してしまうところだった。僕は笑って、ちょっと膨れっ面をしているゼカさんに手を伸ばした。
「ではとりあえず、行きますか」
「……え? どこに?」
「火山ですよ」
「いや、なんでいきなり砂漠から火山なの!? 唐突すぎない!?」
「なぜって……うーん、一言で言えば……他の世界でかつて約束したから、でしょうか」
「あ、その設定生きてるんだ……なんかもうさ、無駄に壮大じゃない」
諦めたように溜息をついたゼカさんは、それでも僕の手を取って。「仕方がないなあ」と言わんばかりな顔で、少しだけ苦笑した。
「まあいいわ。……少なくとも、退屈はしなさそうだし」
ちなみに僕が予約を入れたツアー「火山で女子旅お茶摘み体験&溶岩で焼く鉄板ランチバイキング! 女子に嬉しいビタミンたっぷりみかん狩り食べ放題!」には予定通り魔王様も入れた3人で行った。お茶摘みをフード姿のままでする魔王様はちょっとシュールだったけど、そこで食べたみかんを大いに気に入ったようで。
彼女は今も、魔王城の彼女の部屋へのみかんの差し入れを、たまに僕に要求している。




