知り合うきっかけは違っても同じような関係に辿り着けることってあると思う
僕はぶんぶんと手を振りながら、下を見つめているゼカさんに一直線に駆け寄った。
「会えてよかった! ゼカさー……ん……」
……おっといけない。いい加減に学習せねば。現実で知り合いでもゲームで知り合いではない。僕はなんとか寸前でとどまることに成功する。ふう危ない。
僕は上げていた手をそろそろと下げ、素知らぬ顔をしてあらためて自己紹介をした。
「初めまして。私はサロナといいます。初めまして、ですよ?」
「あ、うん。 え? えーっと……初めまして。あたしはゼカユスタ。……だけどなんで今あたしの名前……?」
「……え、私何か言いましたっけ……。……あ、ひょっとしてそれって! 幻聴じゃないですか?」
「そんな笑顔であたしを聞こえない声が聞こえる人にしないでほしいんだよなあ。……え? あの、本気で誰なの?」
と、僕の後ろから、魔王様も不思議そうな声色で話に入ってきた。
「おや? サロナはあなたと知り合いのようなことを言っていましたが……2人は初対面なんですか?」
「いや、そっちのあなたも誰? そもそもなんか顔が見えないし……ごめん、初めて会った人にこんなこと言って悪いんだけどさ……すっごく怪しくない?」
ゼカさんに言われて、僕はあらためてまじまじと魔王様を眺めた。相変わらずそのフードの奥は、夜の闇よりも真っ暗で何も見えない。
「私、怪しいですかね?」
「あの、まあ、はい。怪しくないと言えば嘘になります」
「もっと素直に言ってもいいんですよ。……しかし、サロナ。聞いてください」
「というかそんなことより魔王様、どうしてピラミッドをいきなり真っ二つにしちゃったんですか。大事にするって言ってくれてたじゃないですか。そんな形の愛情もひょっとしたらあるのかもしれませんけど……この場で私が求めてたのはそういう表現の仕方じゃ決してなかったですよ」
ところが、魔王様は「おや?」と言わんばかりに首をかしげた。なんだなんだ。これってさすがに申し開きができる状態じゃないと思うけど。よっぽど力業じゃない限り。
「……私が、ピラミッドを真っ二つに、ですか……?」
「いやいやさっきご自分で壊したばっかりじゃないですか! さっきの今ですよ!?」
ええい、教皇みたいなごまかし方やめろ。それはさすがに無理があるやろ。
「……さっきのピラミッドってそっちの人が斬ったの!? しかもいきなりですって……!?」
一方、僕の後ろで立っている魔王様を見つめて、ゼカさんはじりじりと距離を取った。なんだか危険人物とみなされている気がする。そりゃあピラミッドより人間の方が斬りやすいだろうからね。斬られた後で「私がゼカさんを真っ二つに……?」とか言われたら死んでも死にきれないだろう。
「いえ、だから……斬りましたが壊していませんよ」
「そういう禅問答みたいなのいいですから。壊してないなら、あそこに落ちている石の塊はなんです……か……あれ……?」
僕が指さした方、さっきピラミッドの上半分が突き刺さっていたはずの砂漠には、なぜか何も落ちていなかった。ゼカさんも目を丸くしてそっちを凝視しているところを見ると、さっき上半分が落ちてたのは間違いないと思う。ところが僕らが見上げると、ピラミッドはなぜか元通りの姿でそこにあった。
「……ですから、あなたが『大事にしてくれ』と言っていたのを尊重して、結界を展開しました。解除したらこの通りです。私にも文化的遺産を重んじる気持ちくらいはありますから」
「結界?」
「ええ、この" 沈默交易 "で」
魔王様はそう言って、ぱさりと扇を広げた。……あ、確かにその扇、プレイヤーに待ち伏せされてた広場で手にしてた気がする。でも、結界って……?
「結界内部で起こったことについて、どんなに物を壊しても、実際に影響はありません」
「……こんな道具、ありましたっけ?」
「あなたと初めて会ったとき、確か街の広場でしたかね。あのとき周りに誰もいなかったのも、この子で結界を張っていたからですよ」
「へーそうなんだ……あれ? 誰もいないようにもできるんですか? そのわりにはプレイヤーはさっき普通に出てきてたような……」
僕の疑問に対し、魔王様はなぜかふいっと目をそらした。……んん? そしてそのさまよう視線(?)が、ふとゼカさんに止まる。
「……近くにいるかもしれない探し人も排除してしまうと意味がありませんからね」
あ、これ戦いたかっただけだ。……ま、まあいいか。どうあれピラミッドは無事にすんだんだし。横っ腹に大穴が1つ開いてる気がするけど気のせいだろう、うん。それにあれだけ大きい穴があれば団体客が来てもきっと並ばずに中に入れそうだし、きっと砂漠の国の皆様も便利になったと喜んでくれると思う。
まあともかくピラミッド問題は無事解決したことだし、あとはゼカさんと友好を結ぶだけなんだけど……。しかし今のところ、何もプラス印象を築けていない気がする。いいや、当たって砕けろ!
「で、あたしに何か用なの?」
「……えーっと……とてもいい人そうなのでぜひ友達になりたいなと」
「……友達……?」
「はい!」
「いや、怪しくない……?」
「どのへんがですか?」
「いやどのへんっていうか……え、そんなに不思議そうな顔するほどわかりにくいかな? 話したのって『初めまして』くらいなのに、いきなりいい人って言われても……ひょっとしてあれ? 壺とか売りつけてくるの? それとも前世がどうとか言い出す方?」
「いや違います、でもその、わかるんです。というのはですね……」
僕はそこでいったん言葉を切って考える。……どうしようか。
……でも、ここで嘘を言っても良くないかな? 最初に嘘をついてしまえばあとでめちゃくちゃめんどくさくなるということを、今の僕は知ってるしね。うんうん、これって成長じゃないかなぁ。ここは素直に事実を伝えよう。
「実はですね……私たち、別の世界で友達だったんですよ」
「ほ、ほら言い出した! 言わんこっちゃない! というかさっきの今よ!? さすがに早すぎるでしょ!?」
「そんな……私は前世とは言ってません。別の世界って言いました」
「それはもう一緒よ!!」
そこでゼカさんは視線を僕から外し、僕の後ろに立つ魔王様の方を見つめた。
「もう、こっちと話してても埒が明かないわ……ねえ、そっちの人。この子の上の人みたいだけど……」
「なんでしょうか?」
「あたし、もうこの場から去りたいんだけど。いいわよね?」
「あなたはサロナの探し人ではないんですか?」
「うん。悪いんだけど別の世界での友達なんて、私には1人もいないからね」
「……この世界でもいないんじゃ……」
「はいそこうるさい! ……もう、こんなボケた子が知り合いにいたら絶対に覚えてるはずだし、知らないよ」
魔王様は僕とゼカさんを交互に見て、どうしよう、みたいな感じで首をかしげた。僕はふるふると首を振り、交渉打ち切りに反対の1票を投じる。
うーん……みたいな感じで困った後、魔王様はゼカさんに向き直り、急に話を変えた。
「ピラミッドの最深部に毒を満たしたのはあなたですか?」
「あ、ああ、うん……そうだけど……それはごめんなさい」
「サロナの探し人だったら、不問にしようと思っていたんですが……そうでないなら、残念ですね。私に攻撃したと見なさざるを得ません」
「えっ」
「斬りましょう」
「ままま真っ二つは駄目ですよ魔王様!?」
「ままま魔王ですって……!?」
僕とゼカさんは手を取り合い、揃ってパニックに陥った。おいお前これどないすんねん、みたいな顔で僕を見つめてくるゼカさんに僕は黙って目配せをする。バチーン! と僕がゼカさんにウインクをすると、彼女ははっと何かに気づいたような顔をした。そして僕の顔を指さして、大きな声を上げる。
「……あ、あ、あー! お、思い出したー! ひょっとして、あなたあの時の!?」
「そ、そうそう! あの時の! 私です!」
僕らは手を取り合ったそのままにくるくると踊って、架空の出会いからの再会を祝った。魔王様はそんな僕らを保護者みたく満足げに見守る。きっとこの場の誰1人も「あの時」が何なのか理解してないと思うけど、結果よければ全てよし。僕らが思い描いたハッピーエンドがここにあった。
……しかし、残念ながら、事態はそこで終わらなかった。
「では、これで解決ですか? ……おや?」
魔王様は急に振り向いたかと思うと、遠くを見つめ……何かを見つけたあと、小さく呟いた。
「うわっ……」
どうしたんだろう。僕も魔王様が見つめているあたりを眺めた。んー……何やら大勢の人がこちらに向かってる? 結構多いな……50人くらいいそう。
「なんでしょうかねあれ。穴の開いた新生ピラミッドをさっそく見に来た地元の方々とか?」
「勇者の軍勢でしょうね……はあ……」
何かトラウマを刺激されているようで、魔王様は珍しく嫌そうな声を上げた。……あ、そうか。パーティーにとどまらない大勢のプレイヤーって、ひょっとして前クリアされた時に集団でボコられたのを思い出して苦手なのかな。でも逃げようと言わないあたりが負けず嫌い。
魔王様はそのままその場に残り、「さすがに守り切れないかもしれないので」と言われた僕とゼカさんは、いったん遠くに避難することになった。
夜の砂漠を歩きながら、僕とゼカさんはピラミッドの陰を目指す。ざっざっ、とお互いが砂を踏みしめる音だけがその場に響いた。
「で、さあ。そもそもその『ゼカさん』って何?」
「あだ名ですよ」
「そのままじゃない……」
なんと。もう少し捻った呼び方がいいんだろうか。愛用のあだ名なのに。……でも確かに、ゼカさんの中二病心を刺激するにはそのままだと物足りないのかもしれないな……。うーん……かっこいいあだ名かぁ……。
「じゃあ『ソロモンの悪夢』って呼んでいいですか?」
「じゃあってなによじゃあって。というかそのあだ名はどこから来たのよ。私成分0じゃない」
僕らがピラミッドの前に到着したちょうどその時、突然後ろから轟音が響いた。僕が振り返って魔王様が戦っているあたりを見てみると、さっきいたあたりは遠目で見ても爆心地みたいになっている。……守り切る自信がない、じゃなく巻き込まない自信がない、だなあれは……。
「うわぁ」
「すごいわねー。……あれ? でも、なんかこっちにも来てるような……」
そして大きく回り込んだらしきパーティーが、僕らの存在に気づいたらしくこちらに近寄ってきた。別動隊がいたらしい。しまった、人数が多くて認識阻害をかけ終わる前に近寄り切られてしまった。
「――うわこっちにもいる!? あれ、でも……? ウサギの子と……横の子は?」
「魔王軍幹部の誰でもないな……」
「ひょっとしてあれが『ゼカサン』なんじゃないか?」
彼らはひそひそと目の前で作戦会議をし始めた。しかしまずいぞ。プレイヤーは魔王様に狩られるために存在しているんじゃなく、ゼカさんを探す競争相手だった。すっかり忘れてたけど。……まあ、ここはごまかせばゼカさんは何とかなるだろう。ただ問題は、僕は速攻で退治される可能性があるということだろうか。HPいまだに9だし。……しかし、現実よりゲームの方が弱いってどうなってるんだろう。
そして、プレイヤーの方々はおそるおそる、といった感じで僕らに話しかけてきた。正確には、僕の隣にいるゼカさんに。
「そこの君さ……ひょっとしたら『ゼカサン』って名前じゃない?」
「違います。この子は『ソロモンの悪夢』っていうんですよ。ねー」
「全然違うわよね。違いすぎて驚いちゃったわ」
僕とゼカさんは顔を見合わせて肩をすくめた。まあ実際違うし。なんやその「サン」って。なんか外人っぽさ半端ない。語感的には農場とか経営してそう。しかし、完ぺきだったはずの僕らの演技を見て、プレイヤーはなぜか大声を上げた。
「い、いたぞ! この子がゼカサンだ!」
……なんでだろう。
「捕まえよう! とりあえず無力化させる!」
そして、棍棒がゼカさんに向かって振るわれるのがやたらにスローモーションで見えた。思わずその前に僕は飛び出し、ばっと両手を広げる。
――ごしゃっ、という衝撃が全身に走って、僕はその場に崩れ落ちた。
「あっ……」
誰の声かわからないけど、そんな声が遠くから聞こえる。いかん、なんかつい体が動いてしまった。でもヤバいこれ致命傷だ。無力化とか言ってたけど僕ってHP9だしね。アリを潰さないように踏むのは難しかろう。
ぼやけた視界の中で、倒れた僕の脇で座り込むゼカさんと、なんだか「やってしまった」感じで遠巻きに見守っているプレイヤーの皆さんの姿がうっすらと見えた。
ゼカさんはどうやらおろおろしながらしゃがんで、横になったままの僕に手を伸ばす。
「な、なんで、かばうのよぉ……そんな脆いのに」
その手を取って僕はおそらくゼカさんがいるらしき方に向かって微笑んだ。
「ああ、無事でよかった……友達を助けるのも私の大事な仕事ですからね……」
……しかし、よく考えてみたらゼカさんも結構強いんじゃ。かばう必要なかったかな……。でもついやっちゃったんだからしょうがないと思う。強くても誰でも角材で殴られたら痛いと思うし。
そしてそんな時、ゼカさんのこぼした小さな呟きが僕の耳に入った。
「ぐすっ……め、目を開けてよ……ごめん、友達にでも何でもなるからさ……」
…………え、マジで?
「やったぁ!」
「うわっ!!!」
僕がぱっちりと目を開け、普通に身を起こすと、ゼカさん及び周りのギャラリーにはめっちゃびっくりされる。それは置いておいて、とりあえず僕は回復薬で自分のHPを復活させた。危ない危ない。また三途の川見えちゃった。
「いや、明らかに死んでたでしょ! 手足とかヤバい方向に折れ曲がってたし!」
あ、そうなんだ。ふふ、これが、1回だけならHP1で踏みとどまれるという我がスキル「不倒」の力よ。しかし普通に致命傷だったな……。というか僕って誰かをかばうのにはあんまり向いてなさそう。
不意に、ざっ、と足音がしたのでそちらを振り返ると、さっきのプレイヤーたちはいつの間にかいなくなっており、魔王様がこちらに戻ってきていた。
「無事ですか。勇者が分散しているので、離れている方が危険かもしれません」
「無事っていうかこの子さっき、馬車に轢かれて壊れた人形みたいになってたわよ」
「そういう具体的な表現はやめてください。想像しちゃうので。……それにしても、プレイヤーが多いとやっかいですね」
「まあ、問題はありません。こちらも数を揃えましょう」
そして、魔王様は1本の小さい、シンプルな絵筆を取り出す。……それは、僕にもよく見覚えのある。異世界で何度も何度も、僕を導いてくれた、彼女。
「この子も、使って見せるのは初めてだったかもしれませんね」
「……いいえ」
「おや、そうでした?」
「いえ、使って見せてもらうのは初めてですけど……どんな武器かは、よく、知っています。その能力も、……どんな性格かも」
魔王様はそれを聞いてちょっと残念そうな雰囲気になったものの、優雅な手つきで筆を宙に向かって振るった。
「では、いきますか。起きてください、――水彩画家」