ピラミッドはどうなってもきっと皆の心の中にあると思う
僕らはその後は邪魔も入ることなく、無事にピラミッドに到着した。夜の闇の中、黒々としたシルエットで砂漠に佇む巨大な石の建造物を見上げて、魔王様はどこかしみじみと呟く。
「ここがピラミッドですか。……そういえば初めて来たかもしれません」
「あ、そうなんですか?」
意外。なんか全世界知ってそうなイメージあったけど。……でもそういや魔王様ってだいたい魔王城に引きこもってるもんね。うーん、司令官に知見を広げてもらうためにも、これからはいろんなところに連れて行くべきか。この前見て知ったんだけど、けっこうゲーム内でも観光ツアーやってるみたいだし。
僕はさっそく現在開催されているツアー一覧を開いて、じっくり眺める。……ふむ……。
……この、「火山で女子旅お茶摘み体験&溶岩で焼く鉄板ランチバイキング! 女子に嬉しいビタミンたっぷりみかん狩り食べ放題!」とかどうだろう。ゲーム内でビタミンを摂取することがどう嬉しいのかはいまいちよく分からないけど、魔王様も女子だしきっと喜ぶんじゃないかな。
「……サロナ、サロナ、聞いてます?」
「あ、すみません! ちょっと聞き逃しました!」
「聞き逃したというか完全に聞いてなかったですよね。……まあいいです。さっそく中に入ろうと思うんですが、準備はいいですか?」
僕はこっそり魔王様と僕の2人分をさっきのツアーに申し込み、ページを閉じた後に大きくうなずいた。
「お待たせしました! 準備完了です!」
「よろしい。では行きましょうか」
スタスタと早足でピラミッドの入り口に向かって歩いていく魔王様の後ろを、僕はてててと小走りになって追いかける。
「あ! ピラミッドは注意しないと、罠や迷路がてんこ盛りですから! 初心者には難しいと思うので私が先に行きますよ!」
入口すぐに落とし穴とかあるし。……ところが、魔王様は落とし穴があるはずの場所を普通に歩いて通過した。……あれ? 記憶違いかな?
僕が首をかしげながら後に続くと、一瞬で足元の地面が消失した。
「……ちょっ……!」
そして僕は落下して真っ暗な中を落ちていったはずなのに、次の瞬間、溜息とともに手を引き上げられる。するとどういう訳か、僕は魔王様に手を引かれて普通に落とし穴の脇に立っていた。僕は目をぱちくりさせる。手品にでもあったみたいだった。
「もう。あなたは離れないで、私の後についてきたらいいですから」
「……今のは?」
「" 意思"を使いました。これは空間を曲げられますので」
「おおー」
お、神器だ。……しかしあの腕輪かぁ……。ちょっと複雑。というのも、まだ妹から現物を回収できてないんだよね。……でもよく考えると、妹が持ってたのがこれでよかったのかもしれん。教皇の持ってたメガ粒子砲とか、" 星海 "だったら目も当てられないところだった。下手したら街が消えちゃう。そうなったらさすがに僕も「ちょっと複雑」ですんでないだろうし。
……あ、ということは、空間を曲げたからさっきの落とし穴も回避できたのかな? 確かになんか回避できそう。ただこれからはそうはいかないと思うな。迷路とかあるしね。ふふふ、ここは困ってたら僕がアドバイザーとして魔王様を導いてあげなければ。
うんうんと僕はうなずきながら、使命感を胸に、魔王様についてピラミッドに入っていった。
ところが、魔王様、全然迷路でも迷わない。なぜ……。僕は薄暗い通路の先を指さして、せめてアドバイザーとしての職責を少しでも果たそうとした。
「あの、ここをまっすぐ行ったら三叉路なんですけど……」
「左ですね。ほら、早く行きますよ」
お、おう。せやな。……ひょっとしてここピラミッドだと思ってたけど、魔王様の実家か何か? というか空間を曲げられるならいきなり最深部に飛んだらいいんじゃ? と最初は思ったりもしたんだけど。でも僕は、前を軽やかに歩いていく魔王様を見て、考えを改める。
……うん。なんか、楽しそう。魔王様ってこういうダンジョン探索とかあんまりやらないだろうし、せっかくだから普通に行こうか。今のところアクシデントも起こってないしね。
……その時、カチャリ、とどこか遠くで金属の擦れる音がした。それを聞いて、僕はちょっと不思議に思う。この階で出てくるのはミイラ男とコウモリと蛇のはずだから、金属なんて……? かがり火が焚かれているだけの暗い廊下の奥に目を凝らしてみるけど、狭い通路は闇に包まれており、何も見えなかった。僕は魔王様に尋ね、気のせいかどうか確認する。
「あの、今、何か音しませんでした?」
「耳がいいですね。前方の三叉路を左に行った先の広場で、勇者の一団に待ち伏せされていますよ。三叉路の右にも別部隊がいますから、挟み撃ちにするつもりなんでしょう。念のため別部隊を潰してから広場に行きましょうか」
……あれ? これ魔王様が楽しそうだったのって、ひょっとして戦えるから……?
……右にいた別部隊の方々は、魔王様が放った光弾によって一撃で壊滅した。それはいい。ただ、ここで別の問題が発生する。魔王様の攻撃はそのまま壁を貫通し、直径10メートルくらいの穴がピラミッドにあいてしまったのだ。
その穴を覗いてみると、僕らはけっこう奥まで来ていたはずなのに、普通に外が見えた。穴から吹き込んでくる夜風が、そよそよと僕の前髪を揺らす。……アカン。いや、快適度で言うと今の方が上かもしれないんだけど、ピラミッドに風通しのよさはきっと求められてはいないはずなんだよ。
「魔王様、魔王様」
「なんでしょうサロナ」
「ピラミッド、大事にしましょう。この建物って単なるダンジョンというよりは、砂漠の国の人々のアイデンティティというか……」
「そうでしたか。わかりました。善処しますよ」
「ありがとうございます!!」
とりあえず、砂漠の国の人々に代わって全力でお礼を言っておく。これ以上のピラミッドへのダメージは何とか避けなければいけない。地形や建造物は修復に時間がかかるのである。
待ち伏せ組を倒した後に、僕らは三叉路を左に行く。その先には扉があり、奥はちょっとしたホールになっていた。ホールの中は廊下と違いなぜか明るく、僕は急にまぶしい場所に出たことで目をしぱしぱさせる。
そして僕らが入ると同時に、ホール内の物陰からわらわらとプレイヤーの皆様方が姿を現した。総勢10人ほど、その中からリーダーらしき1人が進み出て、魔王様とついでに僕を順に睨みつける。
「ここから先には行かせない。……お前が、魔王だな」
「ええ、いちおう私が魔王軍の大将格となっています。以後お見知りおきを」
いちおう僕も、魔王様の隣でぺこりとお辞儀をしておく。しかし今更だけど、僕はどういう立場でここにいたらいいんだろう。
……さて、まずは余波で死なないようにしなければ。主に魔王様の攻撃で。
僕の内心が伝わったかどうかは定かではないものの。魔王様が異空間らしき場所からごそごそと取り出したのは、刃渡り20センチほどのごつごつしたぶっといナイフだった。いちおう僕との約束は覚えてくれていたらしく、剣でも砲撃系でもない。……でもあれ……なんだっけ? たぶん魔王様がこのあと解説してくれるだろうけど。
「サロナ、もっと近くに寄ってください」
「え、もっとですか?」
もう隣にいるのに……? 僕が首をひねると、魔王様は僕の肩をつかんでさっと僕を抱き寄せた。それとともにあっちこっちに隠れていたらしいプレイヤーがばっと姿を現し、一斉にこちらに魔法を放ってきた。僕らに迫りくる稲妻に、火球に、竜巻。ただ、そのどれもが途中で軌道を変え、僕らには当たらない。周りに着弾した魔法が床を砕き、大きく燃え上がるものの。その余波も何かに遮断されているかのように、僕らには何も届かなかった。見えない障壁の向こうで、ゆらゆらと空気が揺れる。……" 意思"。空間を曲げる、神器の力。
「――さて。このナイフは、" 勇往邁進"といいまして」
何事もなかったかのようにそのままナイフの解説に入る魔王様を、彼女の腕の中で見上げて、僕はくいくいとその袖を引っ張った。いちおう、念のため。
「あの、魔王様、魔王様」
「なんですかサロナ」
「もしですね、そのナイフの効果が"神の光"みたいに『半径1キロの敵を灼き尽くす』とかだったら使うとヤバいです。ゼカさんがピラミッド住まいだった場合、一緒に家ごと丸焼きになっちゃいます。今って夜だから寝てますよたぶん」
「ふふ、大丈夫ですよ。当然、心得ています」
僕を抱きかかえたまま、ヒュン、と魔王様は軽くナイフを振った。すると、10メートルくらい向こうにいたさっきのプレイヤー代表が、後ろの壁ごと真っ二つになって光に変わる。
「この子の能力は、『無尽に伸びる刀身』ですから。無差別に巻き込むことはありませんし、破壊の範囲も多くはなりません」
……無尽に……? すっぱり切れた壁の向こう側を、僕はゆっくりと眺める。あの壁の裏にゼカさんの家がないことを、僕は心の底から願った。
そしてさらにそんなとき、僕は魔王様の小さな呟きを耳にしてしまう。
「でも戦うときにいちいち気にするのも面倒ですね……では、こうしましょうか」
……あ、やばい、なんか中身出ちゃってる。めんどくさがりのトアが出てる。これはいけない。
僕はもう1度袖を引っ張って、何やら扇のようなものを取り出した魔王様に注意喚起しようとした。しかしそれは、リーダーを失ったプレイヤーたちが叫び声を上げながら攻撃してくるのにかき消される。
……結局その戦闘で、ピラミッドにはもう2つ、大きな風穴が開いた。
* * * * * * * * * * * *
「……ここが最深部ですか。何度か勇者の攻撃はありましたが、無事に着けましたね」
「今はただピラミッドがもちこたえてくれたことに感謝したいです」
……さて、ピラミッドについてはどうしようもないので後で考えることとしよう。もう壊れることもないだろうし。それにしても……最深部って、ピラミッドの中心にある小学校の教室くらいの大きさの小部屋なんだけど……ここ、行き止まりなんだよね。
……えーっと、ゼカさんが言ってたのってなんだっけ? 「ピラミッドには誰も知らない部屋がある」だっけ。なら別に最深部ってわけじゃないのかもしれん。何となくここまで来ちゃったけど。
僕は殺風景な小部屋を見回して、うーん、と首を振る。というか見回すってほど広くもないんだけど。一方、魔王様は部屋の中心まで歩いて行ったかと思うと首をかしげた。
「……おや」
「あれ魔王様、どうしました?」
「この部屋、どうやら毒が充満しています。勇者の仕業でしょうか」
「なんと」
あ、そうなんだ。全然気づかなかった。僕ら2人とも状態異常無効だから意味ないけど。ただそれは向こうにはわからないもんね。しかし、意外に手段選ばないなぁ。……あれ? でも、毒といえば……。
「……そういえばゼカさんって、毒に謎の憧れを持ってたような……」
毒ナイフとか持ってたし。
「ということは、その探し人の仕業かもしれないという訳ですか。ということは、近くにいるかもしれませんね。このままだと、らちがあきませんし……こちらからもアプローチをかけましょうか」
「……アプローチ?」
僕が魔王様の方に振り向くと、彼女はさっきのナイフ、" 勇往邁進 "を取り出しているところだった。そのままナイフを構えて、さっきプレイヤーと戦った時よりもずっと大きく振りかぶり、そのまま振りきる。魔王様の体はほぼ一回転し、そのままぴたりと止まった。
すると、ずずず、とどこかで何か重いものがずれる音が聞こえた。……何の音だろう?
上で何かが動くのが見えたので僕が見上げると、僕らがいる部屋の天井が次第に横にスライドしていくのが見えた。そのまま轟音とともに、なぜか部屋の上半分が横に滑り落ちていく。そして見上げる僕の目に、ピラミッド最深部からは絶対に見えてはいけないはずの夜空が見えた。同時に、ズズン、と重い音と振動が伝わってくる。
…………え? いや夜空? 夜空って何? え、だって。ピラミッドの上半分はどこいったの……?
斜めに切り裂かれた部屋から下の地面を眺めると、ピラミッドの上半分と思われる巨大な岩の塊が斜めに砂漠に刺さっているのが目に入った。……マジで? マジでか。……魔王様、ピラミッド丸ごと切りよった。……いやさすがにちょっと思い切りよすぎない……?
「ま、魔王様! ピラミッドは大事にするって! 善処するって! 約束したじゃないですかぁ!!」
「大丈夫ですよ」
「これが大丈夫なわけがあるかぁ!!」
何が大丈夫やねん。あ、でも新たな観光名所にはなりそう……? 半分になったピラミッドなんて見たことないもん。……いやいやそういう問題でもない気がする。砂漠の国のアイデンティティみたいなもんでしょこれ。日本でいうとある日富士山が半分になったようなもんだよ。新しい観光名所ができたぞ! って喜ぶ人はあんまりいないと思う。それにゼカさんが近くにいないと、これって手がかりなくなっちゃうんじゃ……。
「……な、なんなのいきなり!? ピラミッドが!?」
ふと。その時、近くでよく聞き覚えのある声が聞こえた。
僕は声の方に振り返る。すると、ちょっと離れたところで目を丸くして下を見つめている、黒髪の女の子の姿があった。彼女はしばらく考え、やがて何かに納得したように1度うなずく。
「……ひょっとして、ピラミッドってあんな風にいきなり崩れるものなの?」
――懐かしいその声に、その姿に。彼女と出会ってからの出来事が、走馬灯のように甦る。迷子の会員でもあり、今回の探し人でもある……久しぶりに会う僕の親友。
「――ゼカさん!」