こっそり探し物をする時は小さな声を心がけよう
さて、しかし探すといってもどうしたものか。僕が知ってるゼカさんならどこにいるか……。でもこの砂漠の国ってそもそも街と近くのオアシスとピラミッドくらいしかないんだよなぁ。ふむむむ、全然わからん。
しかしどこかにヒントがあるはず。えーっと、クエスト名が「僕らは1人では強くなれない」……? うん、意味が分からん。ただ何か意味がありそう。それで目撃されたゼカさん(仮)はなんて言ってたんだっけ。「群れに答えなどない」だった? そっちはいつものゼカさんのような気もするけど……。
1人では、か。そう考えこんでいると、僕の脳裏に自分が弱かったころ、初めて仲間を見つけた時のことがよみがえった。そうだ、仲間を見つける場所といえば。
僕は街角にある建物、砂漠の国のギルドの扉を開いた。ひょっとしたらここでゼカさんの目撃証言が得られるかもしれない。そう、ここが有力な手がかりに違いない、なんだかそんな気がする。根拠はないけど間違いない。僕は胸を張って、カウンターに向かって一直線に歩いて行った。
「あの! すみません、ここにゼカさんって子が来ませんでした?」
「ごめんなさいお嬢さん、他の人の個人情報は教えられないの」
しかしニコニコ笑うツインテールの受付嬢にそう返答され、有力な手がかりは早くも暗礁に乗り上げた。いや、これで諦めていてはいけない。いつでも偉大な発見は無数の試行の後にあったのだ。僕はカウンターにぺしーん! と両手を叩きつけ、つい前のめりな姿勢になってしまう。
「私が探してるのは中二病の子で」
「あのね、だから」
「ちょっと奇行が目立つけどいい子なんです」
「いい、聞いて? 他の人の情報はね」
「そこをなんとかお願いできないでしょうか! あ、そうですよね、外見の特徴がないとわからないですよね。黒髪の15歳くらいの女の子ですよ」
「わかるわからない以前にできないから言ってんでしょうが! えーい、とっとと出ていきなさい!」
カウンターから出てきた受付嬢に首根っこを掴まれ、ぺいっと僕は外に叩き出された。すぐに建物内に戻るも、じろりと受付嬢に睨みつけられ、僕はカウンターに近寄るのをいったん諦める。くそう。でもよく考えたらギルドと迷子センターを混同してしまっていた気もする。うーん、ここは引くべき……?
「あはは! ねえ、あの子って、もしかしてあなたの友達?」
いきなりそんな声が聞こえて振り返ると、冒険者らしき女性が笑いながらこちらを覗き込んでいた。……あの子ってあの受付嬢のこと……? ひょっとして、この砂漠の国では首根っこを掴んで屋外に放り出すのが友好の証とかそういうのなんだろうか。どういう風習なんだ。あ、でも河原で殴り合ったら友情が芽生えるみたいなそういうこと……?
僕がおそるおそる受付嬢の方を見ると、彼女はにっこり笑いながら「とっとと出ていけ」というメッセージを僕に飛ばしてきた。器用。うん、これ友情芽生えてないな。とするとどういうことなんだろう。
「1か月くらい前だったかなぁ。このギルドにね、さっきあなたが言ったような子が来たの」
「それって……!」
「でもあなたが探してる子かはわからないよ。なんかね、『ここ、闇の組織からの依頼ってありませんか? こっそりあたしにだけ教えてください』って目を輝かせながら何度も聞いて、あの受付嬢の子に首根っこ掴まれて叩き出されてた」
「間違いありません! その子です!」
「……それでいいの?」
なるほどなるほど。1か月くらい前に。これでゼカさんの生存が確認できた。……えーっと。それで……?
「その子って、その後どうなりました?」
「なんかね、ギルドの中の冒険者に片っ端から声かけまくって。で、受付嬢の子に首根っこ掴まれて叩き出されてたよ」
「まさかの2回目」
「そだね」
「で、なんて声をかけてたんです?」
「『ピラミッドの奥には誰も知らない部屋がある』って。そこに一緒に行かないかって誘ってた」
「誰かその話に乗る人はいなかったんですか? たとえばあなたは……?」
「やだよ。だって普通に怪しいじゃない。あれって人のいないところに誘い込む追剥ぎの手口だよ。友達選んだ方がいいんじゃない?」
「えーっと。追剝ぎとかはしない子だと思いますよ。単にそういう年頃なんです」
ふむ。ゼカさんはどうやらピラミッドの奥に興味があるらしい。とするとそこにヒントがあるのかな? ピラミッドに隠し部屋は結構な数があるんだけど、『誰も知らない部屋』ねえ。なぜ誰も知らないのにゼカさんが知っているのかという疑問は残るものの、ひとまず現地を見に行くべきだろう。よしよし。ふふふ、これはプレイヤーにも大幅に差をつけてしまったのでは。さらばプレイヤーよ。君たちはせいぜい砂漠に出る緑のカニとでも戯れているといい。
僕はさっそく宿に戻り、魔王様に調査結果を意気揚々と報告した。あなたの部下が見事情報を収集してまいりました!
「ということで、明日はピラミッドに行きましょう!」
「……? 別に今からでもいいですよ」
「だって、もうすぐ日が暮れちゃいますし」
そうなのである。聞き込みがあまりスムーズにいかなかったせいもあって、既にあたりは暗くなり始めていた。今日はもうこれまでにして、砂漠の国名物、鳥の砂蒸しでも食べて明日に備えようじゃないか。
そう考えると僕のおなかがぐー、と鳴った。それにちょっと眠くもなってきたし。やばい。日が暮れたばっかりなのに。小学生のころ、遊んだあと家に帰ってきたときみたい。確かに異世界から戻ってきてから、日が暮れたらすぐ眠くなるのは確かなんだけど。これはまさか小学生時代まで退行してるのかな……。いやいや、ここは子ども心をいつまでも忘れない、と前向きにとらえたい。
ところが、魔王様は僕の提言に対して、こくりと首を傾けた。何か言いたげだったので、どうぞ、と発言を求めてみる。
「いや、私たち魔族は夜の方がいいじゃないですか」
「あ、そうでしたっけ」
そういえば。ゲームの中だとそうだった。現実世界だと光合成するくらい昼型になってしまったので、すっかり正反対になってしまった。たまにゲームと現実、どっちがどっちだったか混乱してしまう。ゲームの中だと僕って魔族だから夜の方が活動的になるはずだもんね。……あれ?
「では行きましょうか」
魔王様はそう言って、窓を大きく開いた。外はもうすっかり暗くなっており、夜風にカーテンがふわりと大きく揺れる。その向こうで彼女はこちらを振り返った。ほら早くついてこい、という感じだけど……。
「あれ、玄関から出ないんですか?」
「下には既に勇者が何人か張っていますから。街の外だと全員消せばいいんですけれど、ここだと少々面倒です。ということで、飛びますよ、サロナ」
僕はその手を取り、魔王様とともに窓から宙へ飛び出した。そのまま僕らは浮き上がり、現実世界より3倍ほど大きな月をバックに夜の空へ舞い上がる。足元には、ぽつぽつと明かりのつき始めた街並みが広がっていた。僕はそれを眼下に見ながら、さっきの続きを考える。
……ゲームの中では夜の方が活動的になるはずなのに、日が沈むと眠くなるのは、どうしてだろう?
「おや」
ピラミッド目指して飛んでいると、急に魔王様がそんな呟きを漏らすのが耳に入った。……いったいどうしたんだろう。実はピラミッドがどっちにあるかわからない、みたいなことを言い出したらどうしよう。正直魔王様に任せっきりでぜんぜん方向とか見てなかった僕は、今更ながら一生懸命に周りを見渡した。すると、なんだかこちらをめがけて飛んでくる複数の人影が目に入る。……今の呟きは、ひょっとしたら魔王様もあれを見つけたからだろうか。
「待ちなよ。ここから先には行かせるわけにはいかない。あんたたち、魔王軍だな」
いきなり目の前に現れたかと思うと西部劇のガンマンみたいなことを言い出したそのご一行は、どうやらプレイヤーのパーティーのようだった。男性ばかりで5人。装備を見る限りだと、結構手ごわそう。しかしおかしい。ピラミッドの情報は僕しか知らないはずなのに、なぜ先回りされたのか。
「悪いがあんたたちには、ここでリタイアしてもらおう」
「サロナ、戦えますか?」
「えー、すみません。ちょっと空中戦は……」
今の僕って無限回復モードではないものの、装備品とアイテムで強化してるのでそれなりには戦える。でもそのアイテムの中に飛行を可能とするものは含まれていなかった。現実世界では飛べるのに。うーん……しかし空で戦うことは想定してなかったな。ちょっと僕も自分の装備品を真剣にアップデートしなければ。いかんいかん、こんなことではトアに叱られてしまう。
「まったくもう、準備がなっていませんね」
と、その前に魔王様から叱られてしまった。さすが同一人物。でもなんだろう、その割にめっちゃ嬉しそう。そしてどうしてそんなに彼女がウキウキしているのかは次の言葉でわかった。
「では仕方がありません。この者たちの相手は私がしなければいけませんね」
「みんな、相手は魔王軍の幹部だ。心してかかれ。だが俺たち "赤い鷹"なら必ず勝てる!」
あ、なんか2つ名を名乗りだした。でもあれ自称だったら自分で言っちゃうのはちょっと恥ずかしいと思う。でもそうか、2つ名って相手が知らなかったら自分で言うしかないのか。こういうのは広い心で流してあげるのが大切なのだ。うん、まあ好きにしたまえ。
「さて、どうしましょうか」
そう呟くと魔王様は片手を空に向かって差し伸べる。ちりん、とどこかで鈴のような高い音がした。
「――" 空中聖戦 "」
次の瞬間。僕らを中心にした、見渡す限りの範囲に。音もなく、天から幾千もの光の柱が降り注ぎ。一瞬だけ、世界が昼間のように明るくなる。そしてあたりが元通りの夜の暗さを取り戻した時、空にはもう僕ら以外誰もいなかった。
「いやなんですか今の」
「サロナ、私が今しているこのスカーフが何かわかります?」
「まずフード被ってるからスカーフしてるのすら見えないです」
「この子はですね、 空中聖戦といいまして。空を飛んでいるという限定された状態でのみ発動する……」
……あ、魔王様も何か言い出しちゃった。この武器の名前って全部魔王様が考えてるんだろうか。でもいいよね、作成者が自ら解説してくれるなんて。とっても貴重な機会だと思う。そういえばトアも武器の話するの好きだったもんなぁ。僕はうんうんと頷きながらちょっぴりしみじみとした気持ちに浸る。
そして、さっきの明らかに先回りしてきたらしきプレイヤー集団を思い出して、僕は再度首をかしげた。それにしても。
……どうして先回りが、できたんだろう?
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≪掲示板≫
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