親族が自宅に来る時ってちょっと特殊な緊張感がある気がする
「まずいことになりました」
僕はゲーム内、ギルドの中でヴィートと向き合い、そう口を開いた。周りでは、ざわざわと色んなプレイヤーがそれぞれ会話をしているのが聞こえる。
「今度はどうした?」
そう返事をするヴィートは、面白がってるような表情にも見えるし、呆れてるようにも見えた。そういえば僕が「引っ越した」と話した時も同じような表情を浮かべてたような気がする。……ということはこれ呆れてる? いやいやそんなことないよね。僕は真剣な表情で続けた。
「……実は、妹が家に来そうなんです」
「お前、そもそも兄弟いたのか」
「いますよ。妹が1人」
「で、なにがまずいんだ」
僕は誰かに聞かれていないかきょろきょろと周りを確認した後、小さな声で問題点を伝えた。
「実家から『様子を見てこい』と指令を受けてくるみたいなんですけど……。私の認識阻害ってそこまで長時間できないですから。ずっと居座られると困ります。自分の兄だと思ってたら急に金髪の女の子に変わるんですよ? ホラーじゃないですか。それは避けたいんです」
「……つまり?」
「妹の相手をしてやってください」
「いや、なんで俺が……?」
「妹は人見知りなので。あんまり怖い人は駄目なんです。ほら、この時点で2人は脱落するでしょう?」
「ユウに頼めばいいんじゃないか?」
「……わかりました。……あーあ。ヴィートにしか頼めないと思ったのになぁ。私の中ではパーティー内で頼りにしてる人ランキング1位だったのに……」
「……よし。仕方ねぇなぁ! 俺に任せとけ!」
その時、ユウさんがこちらに手を合わせながら、僕らの横を走り抜けた。
「さっきはごめんね! その日はちょっと用事が入ってて……妹さんにもよろしく言っておいてね!」
「……」
「……」
「えーっと」
「ユウに断られてから来てるじゃないか」
「……はい」
「俺2番目じゃね?」
「同率1位です。ただユウさんの方が先に会っただけなんです」
「「にしか頼めない」?」
「ユウさんに断られた時点でそうなりますね」
「へー、そう……」
「――それでは作戦の確認です」
僕と友人は新しい我が家の食堂で集合し、もうすぐ来るであろう妹の来襲に対する最後の確認を行っていた。友人はちょっとやる気のなさそうな顔で、僕の方を眺める。
「だからお前が基本的には相手をして、幻覚が解けそうになったら俺が気をそらす。で、どれくらいで解けるんだ?」
「30分くらいでしょうか。解けそうなときは分かるので、合図をします。あとは集中が乱れたら解けるときもありますけど……まあ、私もこれは長年やってますから大丈夫ですかね。ふふ」
「そ、そうか。……あれ、合図? 俺には解けたのは分からないのか?」
「幻覚にかける相手は妹だけですから」
「あ、ああ、なるほど。俺には本物の姿でずっと見えてるってことか。……で、妹ってどんな子なの?」
「性格は私に似てると思いますけど……あ、ちょっとクールぶってるような。でもたぶん、私の方がしっかりしてると思いますよ」
「それ妹ヤバくない? 大丈夫なのか?」
「ん? それってどういう意味……?」
その時「ピンポーン」とチャイムが鳴り、僕は玄関へ、ててて、と走る。どうやらご到着なさったらしい。僕が玄関に到着すると同時に、バタバタとあたりに大勢の足音が鳴り響いた。
……あ。心霊現象のこと忘れてた。どうしよう。……いや待てよ。気づかないふりをしたらなんとかなるのでは? たぶんなるな。ふふふ、ピンチでもすぐに対応策を思いついてしまうこの頭脳が憎いぜ。
「はーい! お待たせ!」
ガララ、と戸を開けると、そこには果たして我が妹が立っていた。おお、なんかこうして会うのも久しぶりな気がする。表情の出にくい端整な顔に、黒髪のセミショート。相変わらず全てのパーツがちんまりしている。
僕はまずは両手を広げて、歓迎の意を精いっぱい示した。
「いらっしゃい!」
「兄さん、わざわざ一軒家に引っ越したんだ。……どうして?」
実は兄は国家権力に追われているのだ、とはさすがに肉親相手でも第一声では告げづらいな。……ふむ。ここは適当にごまかしておくか。
「仕事の都合かな。まあ入って入って」
「ふーん……?」
そして妹が玄関で靴を脱いだ時、バタバタと足音が再び鳴り響いた。妹はあたりを見回した後、くるりとこちらを振り向いて首を傾げた。
「今の音なに?」
「今の音……?」
わけがわからないよ。今僕らがいる玄関って、先生がブチ切れた直後の小学校の教室くらいに静かだったけどなぁ。
そして、僕が不思議そうな顔をしたままでいると。妹は何か言いたそうな顔だったものの、黙って自分の脱いだ靴を揃える作業に戻った。……ふふふ、作戦通り。物証がないからね。気のせい気のせい。
「初めまして。妹の莉瑚です」
妹とヴィートがお互いに自己紹介をした後、僕らは応接間でのんびりとお喋りしていた。友人もさすがの社交的スキルを発揮し、妹とも上手く話せているみたい。……これなら大丈夫かな。
僕は2人を置いて、我が妹と友人に紅茶を淹れてあげるべく台所に立った。ここからでも、2人で談笑している様子がかすかに聞こえてくる。よしよし、せっかくだから君たちには特別おいしい紅茶を用意してあげようじゃないか。
「――私、こう見えても嘘をついたことがないのが自慢なんです。それが我が家の家訓でして。兄もそうじゃありませんか?」
「ははっ」
妹の話に対し、なぜか友人は乾いた声で笑った。妹もこの話題はなんだか反応が悪そうだ、と察知したのか、話を変える。
「この家にはよく遊びに来られるんですか?」
「まだ、2,3回だよ」
「あ、そうなんですね。……最初、玄関でびっくりしませんでした?」
「ああ、あれ? まあね。でも音だけで実害がないからすぐ慣れ」
ガシャン! と僕は高速で戻って叩きつけるように2人の間にカップを置く。……まったく。僕は友人をじろりと睨みつけた。……うかつだぞ。ここにいるのは実家から派遣されたスパイだということを忘れてはいけない。
一方、妹はきょろきょろと天井を見上げたり、食堂の窓をじーっと見つめたりしていたけど。やがてカップをちまっと両手で持ちながら尋ねてきた。
「そういえば、兄さんの仕事ってなにしてるの?」
「VRゲームのスタッフというかなんというか……初心者向けのアドバイスをする係みたいなのかな」
「そういえばゲームだっけ……面白い? 私もやってみようかな」
「やめときなさい」
「……えっ……つ、つまらないんだ……?」
「いや、面白いけど、仕事をしてる僕を見られたくないっていうか」
そりゃそうだろうな、という顔で友人が僕の方をちらりと見た。僕もさすがに肉親の前で猫を被ったあれやこれやのやり取りを見られて平常心は保てないと思う。初心者向けのアドバイスをくれるキャラが目の前で突然小刻みに震えだしたら怖いでしょ。バグかと思われてしまう。
「……まあ、親族に働いてる姿を見られたくない人もいるしね。わかった」
僕のアドバイスに素直に従って、妹はこくこくと頷いた。その手首に巻いてある銀色の腕輪に、ふと目が留まる。……あれ? あんなの付けてたっけ……っていうかあの腕輪見たことあるな……。どこでだっけ? 腕輪なんて目にする機会あんまりないと思うんだけど……?
僕は内心で心当たりを思い返しながら妹と談笑を続けた。……腕輪、腕輪。細い鎖の、シンプルな銀色の腕輪だ。僕はたぶん、あれを手に取ったことがある。妹関係ないところで。……でも腕輪を手に取る……? 確か、なんか涼しいところでだったような。で、あれはヤバいものだった気がする。だから思い出しておいた方がいいはずなんだけど……。ヤバい物っていったらアイテム……? でもこの世界にアイテムなんて……。
ああもう、魔王様やトアだったらこんな時すぐに名前が出てくるんだろうけど……けど……?
ガタン! と僕は立ち上がり、妹の手首を見つめる。……そこに光る、銀色の腕輪は。
「 意思……?」
「どうしたどうした。急に立ち上がったりして。妹さんもびっくりしてるじゃないか」
まあまあ、ととりなしてくれる友人と、僕を見て目を丸くする妹。やがて妹は、不意にポーチを持って立ち上がった。なんかちょっと焦ってる気がする。珍しい。
「ごめん、ちょっとトイレ貸して」
「えっ……うん。そりゃいいけど」
……タタタ、と早足で去っていく妹を見送り、僕と友人は顔を見合わせた。
「……いやいや。どうしたんだよ。急に」
「妹が神器を持ってるような気がするんですけど……」
「神器?」
……あ、そうか。神器って呼んでたのは異世界でだけか。こっちでは……。えーっとえーっと。僕は頭の中で文章を組み立てる。分かりやすく、相手に伝わるように。簡潔に、事実だけを言うと。
「魔王様の武器を妹がなぜか装備してます」
「それすっげぇヤバくない!?」
「ヤバいですよね?」
「絶対ヤバい」
……いかんぞ。さっきから僕らヤバいしか言ってない。しかしこれは回収しなければ。絶対まずいことが起こるに決まってる。……あれって直接攻撃系とかそういうのではなかったはずだから、誰かに危害を加えるとかじゃないにしても。
「ただいま兄さん」
しばらくして。いつも通りの無表情になって戻ってきた妹が椅子に座るのを見計らって、僕はさりげなく切り出した。
「妹よ、ちょっとその腕輪を兄さんに貸してみないかな」
「嫌」
「なんで!?」
「戻ってこなさそうだから。……それより、廊下の天井からぶら下がってる女の人、あれなに?」
「……えっ?」
「さっきトイレに行く途中ですれ違った……でいいの……? まあうん、とにかく見たんだけど」
「なんでそんな冷静なんだよ」
「びっくりはしました。けど、何か事情があるかもしれないし」
「……この子絶対お前の妹だわ」
事情……事情? 天井からぶら下がる事情ってなんだろう。けどここで説明しとかないと実家に報告されてしまうかも。えーっとえーっと。
そして少し間が開いたのち、僕はちょっぴり自信なさげになってしまったものの、その疑問に答えた。
「……たぶん、友達が電球を替えてくれようとしてたんじゃないかな……」
「天井からぶら下がって?」
「あの人は暗くてじめじめしたところが好きなんだよ」
「それなのに電球替えてくれるんだ?」
「泣けるでしょ」
「うん」
「じゃあこの話はこれで終わりで」
「わかった」
うむ、めでたしめでたし。……僕と妹が揃って頷いていると、横から友人が余計な口を挟んだ。そして、信じられないものを見るような目で妹の顔を見つめる。
「……え、マジで今のでいいの? 変に物分かり良すぎないか?」
「まあ……あまり聞かれたくないデリケートな部分って誰にでもありますしね」
「物分かり良い!」
* * * * * * * * * * * *
俺がその後の会話を見守っていると。友人とその妹さんとの間では、結局「お互い今は不干渉」という条約が結ばれたようだった。……ほんとにそれでいいのか? 危なくないか? 俺がそう思って金髪少女化した友人の方を見ると、彼(彼女)はにっこりと満面の笑みを浮かべていた。……俺は理解する。この条約は、近い将来破られるだろう。
そして、俺と彼(彼女)は妹さんを見送りに玄関先に出た。
「じゃあね。また来ていいよ」
「……そういえば兄さん、やかん火にかけっぱなしじゃない?」
「え、そうだっけ!?」
「私が覚えてる限り。あんなに急いで紅茶持ってきてくれたから……見てきたら?」
「……いやそれ、もう少し早く言って! ……ちょっと待っててね!」
そう言って身を翻し、家の中に消える金髪少女。その後ろ姿を見送った後、妹さんは俺の方を見上げた。そのまま、感情の読めない瞳がじっと俺の顔を見つめる。……どうしたんだ?
「お聞きしたいことがあります」
「なんだい?」
「あれって本当に兄ですか? なんだか途中から、私より年下の女の子になってたんですが。しかもやたら可愛い」
……おい。「私もこれ長年やってますからね」って何だったんだよ。思いっきり幻覚解けてるじゃないか。俺はどう言うか迷い、とりあえず事実だけを彼女に伝える。
「……えーっと……いちおう、中身は君のお兄さんで間違いはないと思うぞ」
「……ならいいです。とりあえずですが」
「いいのかよ!?」
「ですから、あまり聞かれたくないデリケートな部分ってあるでしょうし。それに私も、今は他人を気にしている余裕がなくて」
ふっと遠い目をする妹さんに、俺はもう1つ疑問を抱く。
「……なあ、火って本当につけっぱなしだったのかな?」
「……ああ」
妹さんはそれには答えず、くすっと笑い。俺に「兄にあれこれ言われそうなので帰ります」と頭を下げて去っていった。やがて俺の問いに対する答えだけが、不意に風に乗って小さく聞こえる。
「――私は嘘をつかないと言いましたが、あれは嘘ですよ」
少しして、てててと軽い足音が響き、金髪少女がその場に姿を再び現した。興奮したように俺の顔を見上げて、なぜかちょっと跳ねながら火元の確認の結果を報告する。
「火ついてなかったんだけど! っていうかよく見たらIHだった! この家意外に近代的!」
「そこは最初から気づけよ」
そこまで話すと、彼(彼女)はあたりをきょろきょろと見回した。そして「あれ?」とばかりに首を傾げた後、俺の方を妹さんと同じような角度で見上げる。ただ妹さんと違うのは、その感情はとても読みやすかった。まるで彼(彼女)の頭の上に、?マークが5個くらい浮かんでいるように見える。
「……莉瑚はどこに?」
「帰ったよ」
「あー。何か言ってました?」
俺は、しみじみと呟いた。……それはもう、しみじみと。
「いや……妹さんの方が絶対しっかりしてるわ」
「なんで!? 何言われたらそうなるの!?」
意思……第32話「トカゲとドラゴン、プールと氷の湖も大まかなジャンルで見たらギリギリ同じ」で登場。
主人公の妹が登場です。人見知り……? ……というかこの子は別の連載(「「宙から突然現れる女の子に呼び止められて返事をすると、直後に悲惨な死を遂げる」という都市伝説が流行ってるらしいですが、それたぶん私です」)では主人公だったりするんですが(そっちは読まなくても今話は大丈夫です。でも読んだらより楽しいと思いますよ!(←あからさまな宣伝))、今回みたいにサブキャラとしての方が100倍動かしやすかったです。なぜなんだ。




