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スタートラインに立つ前に

 僕は自分がかつて入院していた病院にやってきた。僕の予想が正しければ、ここにはやがて、魔法を使う怪しい人物が現れるはず。……おそらく先輩が。そこで話をして、船をパクっていったことに対して賠償の代わりに僕の姿を元に戻してもらえさえすれば、全てが解決する。


 僕は自分の病室を廊下の向こうから確認した。……ふむ、あそこだ。ただ、今の僕みたいなのが来たって記憶はないので、病室に近づくのは危険だろうか。ならば、廊下から観察しよう。





 その後、廊下の角からじーっと病室を延々監視しているのが怪しかったのか、看護師さんにつまみ出されてしまうという痛ましい事件が起き、僕は過去の自分のベッドの下に隠れてそのまま不審者がやって来るまで待つことにした。


 ……別に自分を見守るくらいいいと思うんだけど……。「不審者がやって来るので見張ってるんです」とその看護師さんには一生懸命説明したけど、「それはあなたですよ」と冷たく言われてしまった。くそう、世の中絶対間違ってる。






 そして、ある夜。皆が寝静まった深夜に、いかにも怪しい人影が病室にがらりと入ってきた。……ふふふ、飛んで火にいる夏の虫とはこのことよ。いや、でも前にそう思ってベッドの下から手を伸ばしてがっしり足を掴んだら夜回りの看護師さんだったからね……。あの時悲鳴を上げた看護師さんには悪いことをしてしまった。


 ということで、ここは反省を生かして慎重に見極めなければいけない。今入ってきたあの足の持ち主が人ならざるものという可能性もあるし。……というのも、噂によるとこの病室って最近霊が出るそうな。恐ろしいね。




 カツン、カツンとその人物はゆっくりとした足取りで過去の僕が寝ているベッドの脇までやってきた。ふむ。病院のナースシューズではない……。前に間違って掴んでしまった時はその確認を疎かにしていた。僕が目を凝らすと、その人物は革靴を履いてるみたいだった。……よし間違いない、不審者だ。



 僕はベッドの下から手を伸ばし、その足首をがっしりと掴む。すると、びっくりしたのか、ビクン! とその足は反応した。そして同時に男の声が上がる。


「うおっ!?!?!?」


 ……あれ? 先輩じゃない……? 男の声、というかどこかで聞き覚えのあるような……。僕がベッドの下からひょっこり顔を出すと、そこにはロランドがいた。……あ。生きてたんだ。





「お、お、お、お前……! ふざけるな! 心臓が止まるかと思っただろうが!! というか放せ!!」


 ひそひそ声で怒鳴る、というなかなかに器用な真似をしてみせたロランドは、いちおう夜の病院では静かにするという常識を心得ているようだった。まあ、勝手に夜忍び込むって時点で常識外れではあるんだけど。……こいつが来るというのは予想してなかったけど、先輩かウルタルのお使い?




 僕がちょっと考えごとをしていたら、ロランドはなんと僕が掴んでいる方の足を勢いよく振り回し始めた。あ、こら。ちょっと……! 


「君らはいったい何をやっているのかね」


 ぶんぶん振り回される僕と振り回しているロランドを見て、病室の入り口から呆れたような声が聞こえる。あ、ウルタルも来てたんだ。……で、先輩は……?







「……ルート君が『君によろしくと伝えてくれ』、とさ」


 病院の屋上で、夜の街の灯りを見ながらウルタルは僕にそう言った。そしてなぜか、ペットボトルと箱に入ったクッキーをくれる。僕はしげしげとその2つを眺めた。ペットボトルには、「おいしい水」と印字してあり、クッキーの箱には何やら聞いたことのある山の牧場の名前が書いてあった。


「……なにこれ」


「お土産だそうだよ」


「……ああ、なるほど」


 どうやら先輩は、会いたいと言っていたお姉さんと無事に会うことができたらしい。でもなんでここには来てないんだろう。


「最初はルート君がここに来るつもりだったようだが……途中で『やっぱりやめておきます。だって、つまらないですから』と言って、我々の前からも姿を消した。それっきり、彼女がどこに行ったかはわからない」


 ……そうなんだ。「聞きたいことがあるなら聞きに来たら?」ってことかな。そうした理由は、その方が面白いから、だろう。だって『おもしろき こともなき世を おもしろく』って言うじゃない、と笑う先輩の姿が浮かぶ気がした。……またいつか、会う時があれば。その時に。




「まあ、先輩がいないのはわかりました。じゃあ、今日はこれを渡しに来たんですか?」


「そんなわけがないだろう。入院している方の君の傷を治しに来たんだよ。君にだけゲームのクリア報酬が無いのは不公平だと思ったのでね」


「……ん? いやいや、意識不明者全員治してくださいよ。むしろ私の傷なんてほっといていいですから」


 だってそのうち死ぬし。というか僕の記憶だと治った覚えがない。僕があの時願ったのは、自分が治ることじゃなかったはずだ。




「この世界だと魔法はほぼ使えない。なんとか君1人だけなら、といったところだ。全員なんて到底無理な話だな」


「やっぱり魔法は使えないんですか?」


「どうも他者に魔力が伝わりにくいらしい。出力を上げないことには、全員治療するなんてことはとても不可能……どうしたね?」


 僕はにっこり笑ってウルタルの方に腕を伸ばし、手を広げてみた。


「ところで、私に触れると魔法の出力って飛躍的に上がるらしいですよ。……試してみますか?」














「まさかこんなに違うとはな。今度あらためて研究させてもらえないか」


 そして無事に全ての意識不明患者を治療し終わり、僕らは再び屋上に戻ってくる。なんだか興奮しているウルタルからちょっと距離を取り、僕はぶんぶんと首を振った。


「お断りします。……あ、そうだ。もう1つ頼みがあるんですけど」


「今叶えただろう」


「今のは過去の私に対してでしょう。私の船を盗んだお詫びがまだですよ」


「あれは別にお前の船ってわけでもないだろう」


 そう言って、ロランドが横から首を突っ込んでくる。……細かいことを気にするやつである。どっちにせよ、あれが君たちのじゃないってことには違いないぞ。


「ロランドには聞いてないから。あ、そうだ。ロランドは僕に戸籍を用意してくれる、とか言ってなかった? あれ早く叶えてほしいよね」


 まあ無理だろうけど。でもちょっと黙っといてほしい。今大事な話をしてるんだ。僕はあらためてウルタルに向き直った。





「で、私の姿を元に戻してほしいんです」


「無理だな」


「なんで!? また手握っていいですから!! 我慢しますし!」


 しかも全然考えてくれなかったよこの人。即答。……え、そんなに無理なんだ……。




「君の体の対魔法防御を、この世界の出力で突破できるとは思えないのでね。それこそ、君に対して魔法を行使できるのはルート君くらいのものだろう。彼女は内側からのそういう細工に長けているからな」


「な、なら先輩をどうして連れてきてくれなかったんですか!?」


「君の記憶力は大丈夫かね。さっき言ったばかりだろう」


「なら今からでも連れてきてください!!」


「ウルタルさんこいつ頭おかしいですよ」


「お前に! 頭おかしいとか言われたくないんだけど!」


「まだ夜だ、静かにしたまえ。常識だろうに」


「あなたに!! 常識とか言われたくないんですけど!!」


 なんだこいつら!? しかも2対1とか卑怯だぞ。平等という言葉の意味を教えてやりたい。


 僕は女神と教皇の2人相手に10人以上で自分が戦ったことには目をつぶってそう憤った。……物事の善悪というのは状況によって変化するものなのだ。あれは大きな目標があったから別に問題ない。「ずるい、卑怯は敗者のたわごと」と昔の偉い人も言っている。……あれ?




 そして、ふーふーと息をついてしばらく心を落ち着けた僕の心に、1つの疑問が湧きあがってきた。……目標、かぁ……。そういえば……。


 僕はせっかくの機会なので、あらためて、目の前のウルタルに尋ねてみる。


「そういえば、結局あのゲームで何がやりたかったんですか?」


「他者の手の入らない環境で、人がどう動くのか、それを観測したかった。それだけだ」




 カッ、カッ、とロランドより小さな歩幅で、ウルタルはゆっくりと歩いて僕の隣に並んだ。そして何が面白いのか、ククク、と不意に小さく含み笑いをする。


「……ただ、プレイヤー側が勝つ可能性は果てしなく低い位の難易度では作ったはずなのだがね。特に最上位の存在は、神にも勝てるほどに。だからクリアされたのは正直言って意外だったよ」


「……はぁ?」


 僕が怒りと呆れの半々くらいを込めて隣を振り向くと、そこにはもう誰もいなかった。


 


 きょろきょろと見回しても、深夜の屋上にはもうロランドも含めて誰もいない。がらんとした夜の闇だけが広がり、風が吹き抜ける。まるで、最初から僕1人しかここにはいなかったみたいだった。……さながら、魔法か何かにかけられたみたいに。




 僕は手元の水とクッキーを持って、屋上を去ることにした。これがあるってことは、さっきのあれは夢や魔法じゃない。とりあえず、元に戻る手掛かりは途切れはしないものの、ずっと遠くに行ってしまったようだった。……いつか、かぁ……。僕は深い溜息をつく。




 あとやり残したこと、やっとかないといけないことっていったら、なんだろう。もう残っているのもほとんどないはずだけど……まず1つは、自分が死ぬときに翻訳魔法の魔石を渡すこと。あとは……あ、そうか。


 死ぬ前に、「部屋の中に誰かいる気がする」って悩み事を友達に相談したいって言ってた気がする。……それってたぶん見守ってた僕だよね。ということでそれは解決したからいいんだけど、もっと大きな問題があるんだよなぁ……。さて、どうしたものか。僕は、夜の病院の階段をゆっくりと下りながら首を傾げた。





 ……ちなみに、その時も夜番の看護師さんに実は僕は目撃されていたらしく。特定の病室に出ると言われていた幽霊は実は病院全体に出る、と話が大きくなってしまったらしい。……後で聞いた話だけど。

次がエピローグです。

もう何も言いませんが、えー、この話が思ったより長くなったので……はい。

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