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僕らは自分の存在と引き換えに、本当の世界の果てを知る(下)

「では、試す前にいくつか準備が必要ですね。まあ、そんなに時間はかからないでしょう」


「準備……?」


 ……なんかあったっけ? 不思議そうな顔をする僕を見ても、トアはもう呆れた顔も見せなかった。なんか諦められてる気がする。い、いや違うよ。ただ思い出せないだけだし。


 


「……まず、女神の攻撃を察知するための警報機を調整しましょう」


「ああ、目覚まし(仮)……? でも、もう女神って邪魔できないんですよね。ならいらないんじゃ?」


「相手は神ですから。あの後どうなったかわかりませんが、もし万一死んでいたとしても……やがて蘇り、力は少しずつ取り戻しますよ。船に積んではいましたけど、予備がありますから」


 なんとあの女神はいつか再び闇から現れるらしい。まるで悪の魔王みたいなやつだ。




「次に、サロナが元の世界に戻ったとき、座標をどうやってこちらに伝えるかですが……。これは、 水彩画家(アクアレリスト)を使いましょう。少し貸してもらえますか?」


「あ、はい」


 なんかよくわからないけど、絵筆先生の出番らしい。僕は言われるまま、 水彩画家(アクアレリスト)を手渡した。




「あとは、魔石でしょうか。聞く限り、サロナの元の世界って、魔法がないんですよね。おそらく魔力が伝わりにくい、少ない環境でしょうから……こちらのように休めば魔力が完全に回復する、というわけにはいかないかと。できるだけ魔力を補給して、魔石も持てるだけ持って行ってください」


「はい」


 そうだよね、魔力なくなったら僕死ぬもんね。もうお腹が張り裂けるくらいに詰め込んでいこう。また僕の魔石レシピが潤ってしまうな。……正直ちょっとくじけそう。そうだ、帰ったらご褒美に焼肉食べ放題とか行こう。一人で牛タンばっかりひたすら焼いたりとかしよう。




「そして、最後に」


「……まだありましたっけ?」


「過去のあなたに渡すための翻訳魔法の魔石を、忘れずに持って行ってください」


「そうでした」


 一番大事なのを忘れていた。それがないと帰る意味わかんないし。危ないところだった。しかしこれだけやること多いとなんか忘れちゃいそう。頑張って覚えておかねば。えーっと魔石と……。





「そんなに急がなきゃいけないの? ゆっくり準備したらいいのに」


 ゼカさんの疑問に、トアは首を振って答える。


「いえ、この計画は翻訳魔法がきちんと作動していることを前提としていますが、管理していたウルタル氏がいなくなった以上、いつまで正常に動くかは未知数です。今のうちに決行すべきでしょう」











「……それでどうして 水彩画家(アクアレリスト)を?」


「これが、わたしの血とサロナの魔力が一番馴染んでいますから。わたし自身なら追尾は比較的容易なんです。あなたとわたしが契約していればこそ、ですけどね」


 そういえばこれって、武器屋のカウンターで、まだ出会って間もないトアに血で召喚の呪文を書いてもらったんだっけ。あの時からここまで、色んなことがあったけど。あの時と同じ武器屋のカウンターで、カチャカチャと絵筆をいじる彼女の細い指先を、隣で僕はなんとなく眺めた。




「……そういえば、 水彩画家(アクアレリスト)って直してもらったんですよね?」


「ええ、このとおり使えますよ。……ほら」


 その言葉の通り、トアが軽やかに絵筆を振ると「ポン」と音がしてウサギが現れ、ぴょんぴょんと跳ねて去って行った。おおー。でもなぜにウサギ……?


「え? ……いつも出していたので、てっきり好きなのかと……」


 いやそれ君と違って自由に出せないだけだから。それに僕って戦った相手しか出せないんだから、もしウサギ好きだったら、好きなものをあれだけ虐殺しまくっていたやばい人になってしまう。しかし絵筆先生は機能的にはやっぱり復活してるんだって。


「じゃあ、どうして話してくれないんでしょう……」


「眠っているだけだと思いますよ。また、そのうち喋り出してくれるんじゃないでしょうか。……それより、もう召喚は使わないんですか?」


「ええ、もう私には残弾がありませんから」


「……え? そう、ですか……? まあ、どちらにせよ……あっちに行ったら使えないのは一緒ですかね」


「ん?」


「この発動の呪文はわたしがいないと作動しない、って最初に言ったじゃないですか。契約して範囲が劇的に伸びているとはいえ、違う世界はさすがに範囲外ですよ」


 ……そうなんだ。でも大事に持っておこう。絵筆先生は、僕の大事な参謀だからね。眠っているだけなら、その間は僕が1人で頑張ってみせねば。





「……あとは、これを」


 トアからさらに時計のようなものを手渡される。あ、これが目覚まし(仮)? 僕が前にリクエストした時計の形を採用してくれたらしい。ひょっとしたら、朝に目覚まし時計の代わりにもなるの? ……いや、僕のあの希望って半分冗談だったから、せめて形はみたいな感じかな。その2つの機能一緒にするって今考えると意味わかんないしね。


「最初は魔力の揺らぎを感知するもの、として作っていましたが、あなたの世界だと魔力が薄いかもしれないということで……これは単に、存在を感知します。通常をはるかに超えた存在がその場に現れれば、警報を」


「どうやって止めるんですか?」


「感度の下限を引き上げていますから、女神が来たとしてもせいぜい5回ほど鳴れば止まるように作ってあります」


 ……単に止まるボタンでもつけてくれたらよかったのでは? と思ったけど、僕は製作にまったく寄与していないのでその感想は置いておくこととする。


 そして彼女は最後に、不思議そうな顔で付け加えた。


「……いちおう、希望していた目覚まし時計の機能もつけておきましたが……本当に使うんですか?」








 それから準備も一通り終わり、あっという間に出発の時がやってくる。僕はずっしりと重い袋を担ぎなおし、見送ってくれる2人に別れの挨拶を告げた。


「では、出発します。お世話になりました」


 魔石もしばらく見たくないくらいに食べた。そして背中に背負った大きな袋の中にも大量の魔石が詰め込んである。これはトアが実験の余りだと言って無理やり持たせてくれたもの。たぶん余りじゃないと思う。……よし、トアには僕の世界に来たときに、僕から好きなものをいつでもご馳走してもらえる権利をあげよう。ついでにゼカさんにも。




「……じゃあ、元気でね!」


「そっちこそ!」


 ぶんぶんと思いっきり手を振ってくれるゼカさんに、僕も思いっきり手を振った。次に、トアに向き直る。


「では先に行って、待ってます」


「ええ。では、また。……いいですか。観測する限りでは、この空の向こうにこの世界の境界線があると思われます。そしてそこを越えると、何もない空間に入るはず。船もなしにそこに突入するのはおそらくあなたが初めてでしょうが……今のあなたなら、生身でも大丈夫です。パニックにならないように。その何もない空間をしばらく通過すれば、やがてあなたの世界の境界線を越えるかと」


 最後にレクチャーしてくれた後に微笑んだトアと、どこかひやひやした顔をしているゼカさんの顔を目に焼き付け、僕はまぶたを閉じる。さてこれから僕の魂を探さないといけないわけだけど……そもそも魂ってどこにあるのかわからん……。まあ、たぶん底の方にあるだろう。どれどれ。




 ……そして僕が意識の底に沈んでいくと、この世界に来てからの記憶が、どんどんと溢れてきた。




 昨日、トアとゼカさんの3人で夕食を囲んだ。女神や教皇と、味方を総動員して戦った。海底神殿でトアにお腹をすっぱり割かれた。アルテアさんの元に生き別れになっていたサロナを連れて行った。3人でペンダントの女神と話して「お前を殺したのは私だ」とぶっちゃけられた。




 トアにひっぱたかれて学校の中庭の池に落ちた。トアがずっと僕の前で契約のために踊ってくれた。研究所でルート先輩の昔話を聞いた。トアとゼカさんと3人で、トアの部屋で集まって会を結成した。海辺の街へ行く道中、ゼカさんと2人で星を見た。火山に冒険に行った。雪山に行った。




水彩画家(アクアレリスト)を倉庫で見つけた。トアと会った。ゼカさんと会った。シャテさんテヴァンと会った。ルート先輩と会った。ウルタルと会った。ロランドと会った。……いつの間にか死んで、気づいたら見知らぬ小屋の中にいた。





『心を読むためには、相手との信頼関係が大切です』


 そう、どこかでトアに教わった気がする。……こうしてスムーズに沈んでいけるということは、僕は自分を少しは信頼しているってこと? なら少しだけ、嬉しい。


「いったい、何のためにこの世界に来たんだろう」


 そう悩む僕の姿が浮かんだ。これは、いつのことだっただろう。でも、今なら。その答えを僕は知ってるよ。







『――捕捉しました。目的地までの追尾が、可能です』


 いける。飛べる。目を開くと、トアと目が合った。彼女は何か言おうとして、口を開く。そこで、景色が揺らいだ。転移が開始される。その瞬間、彼女はまっすぐ僕を見つめて最後に何かを、確かに言った。


「―――、――」


 異世界で最後に聞いた言葉も、僕がこの世界に来たとき最初に聞いた言葉と同じように……結局、僕の耳に届くことはなく。そして、その場から僕は飛び立った。











 糸のようなものが空の向こうにずっと続いているように感じる。短距離の転移を繰り返し、やがて長距離へ。最初にいたあの小屋から。その先へ。運ばれてきたその元々の場所へ、自分が歩んできた軌跡を追いながら、転移を繰り返す。





 そうして物凄いスピードで転移し続けていると、次第に高度は増し、空の向こう側へ。青い空の深い奥底へ、僕は物凄い速度で溶けこんでいく。


 


 ――そして、あるとき。不意に体が、何か見えない境界線をふっと越えた気がした。それと同時に周りの空気が、明らかに異質なものに変わる。




 ……きっと。それがトアがあれほど越えたがっていた、この世界の果てだったんだと思う。僕はもう届かないだろうけど、残してきた彼女に語り掛ける。――確かに君の言う通り、世界の果ては、あったよ。今、越えた。意外にあっさりだったけど。






 そして僕は転移を続け、そのままトアの言っていた何もない空間に出た。透明なのに何も見えない、広い、ということもできないくらいに広大な空間。どこまで続いているのかすら認識もできない。転移を繰り返しているらしき気配だけがするけれど、周りの景色は変わらず、何もない。……しばらくはこのまま、かな。



 ところがその時、突然僕の手元の目覚ましがジリリリリ!、と甲高く、音を立てて鳴り響いた。……!? 女神の攻撃か何か!? しかし、5回ほどで鳴りやむとトアが言っていた目覚ましは、何度鳴っても鳴りやまない。……これは、いったいどういうこと……?




『……わぁ……!』



 僕の心の中で大きく響くその溜息は、僕の同居人のものだった。……どうしたの? そう訝しがった次の瞬間、僕にもわかった。全身で感じる、巨大な何かの存在。見上げると、この空間の奥、はるか彼方に、何かがある。僕の目にははっきりとは見えないけど、明らかに、そこに。




 ……結局、その存在を感じていられたのは、10秒にも満たない時間だったと思う。驚異的な速度で転移しながらそこを通過する僕の、はるか真上で……その何かは、ただそこにあるだけで、圧倒的な存在感を示していた。……何もない空間なんてこと、ない。手の届かないはるか遠く。そこには、間違いなく巨大な何かが、あった。




 ――ひょっとしたら、あれが……僕らの知らない、本当の世界の果て、だったんじゃないかと思う。


 転移の速度が上がり、完全に周りの景色が見えなくなってしまう中で、僕は今自分が見たものを胸にしっかりと焼き付けた。いつかトアに、教えてあげよう。――僕らが思っていたよりも、ずっと、ずっと――世界の果ては向こう側にあったんだ、って。













 そして僕が周りの景色が消えたまま、自分の来た道を辿って転移し続けていると、なぜか突然その道が2つに分かれた。僕はどちらの道も上手く追えず、転移が終わる。結果として、僕は宙からどこかの空間に放り出された。そのままドゴッ、と脇腹を床で強打する。僕はしばらく床を痛みでゴロゴロとそのまま転がった。


「いったぁ……なんで……?」


 なんで2つに分かれんねん。そしてやがて痛みが治まり、僕が体を起こしてあたりをきょろきょろと見渡すと、どうやらここは小さな、白い部屋らしかった。部屋の端にはベッドがあり、そこには誰かが寝ている。僕はそこに近寄って覗き込み、息を呑む。そこにいたのは、よく知ってる顔だった。


「……あれ、僕だ……」


 え、いやいや、なんで? ……これって、まさかテストプレイ中の僕……? ……ひょっとして……辿っていったら、ゲームの時まで、戻ったってこと? 過去に、転移した? そんなことできるの?


 でも、それなら理解できることがあった。あんなに発動まで魔力が必要だと言われた理由。……あれは、僕が戻りたいと思った自分がかつていた場所までの、時間転移分まで加算された魔力の量だったんだ。




 でも、無事戻れた。よかった。さて……僕は自分の寝顔を何とも言えない気持ちで眺める。これから、この自分が死ぬところを見届けないといけないわけだけど……。なんだかそう考えると、あんまり気分はよくなかった。ルート先輩の言っていた③何もせずに見守る……。まあ、見守らないと僕が消えちゃうかもなら、そうせざるを得ないんだけど。だってそうしないとここまで戻ってきた意味がないし。


 ……何が引っかかってるんだろう。肝心の目の前の見殺しにする本人に意見を聞いてないこと? 自分だけどね。けどせめて「自分も同じ立場だったら見殺しにするから気にしないで! アハハ!」くらい明るく言ってくれたら、こっちの気持ちも軽いんだけど。でも、そんなことを聞けるわけないし……。




 しかしこの、人の気も知らずにのんびりと寝おって。ぺしぺし、ととりあえず顔を軽くはたいてみると、目の前の僕は「んー」と言って、ちょっぴり顔をしかめた。……ん……?


 待てよ、なんか今。自分がとんでもないものを忘れてきたような気がしたぞ。……あれ? なんだっけ? なんか致命的な何かを忘れてきたような……、え、なんだ?




 僕が寝ている自分のほっぺたをびよーんと引っ張りつつ、考えこんでいると。ふと遠い記憶の中で、忘れものじゃなくてさっきの件について、何かが引っかかる気がした。自分に直接聞けたらいいのに、っていうあれ。


 ……そういえば。かつてゲームの中で、さっきみたいなことを誰かから聞かれなかったっけ……? そう、自分がもしセーブポイントに戻って、そこからやり直せるなら、その代償として自分が消えてしまうならあなたはどうする、みたいな話を。当時も確か、おかしな質問をされたとそう思った覚えがある。あれって……。いやいや、でも過去の僕って今ゲームの中に入ってるやん。それこそ僕も入らないことには……。



 僕は寝ている自分の繋がっている装置をじーっと眺めてみた。すると、あの時は気づかなかったけど、僕に繋がっているゲームの装置にはもう1人分、人が接続する用の端子があることを発見する。これ……まさか2人用……? まさか僕も入れるの? でもその接続する機材がないんだって。……え、どっかないかな。






 そこでさらにガサガサと部屋を探した結果、椅子の裏から予備らしきセットが出てきた。僕はおそるおそるそれを身に着けてみる。そしてヘッドセットを頭にかぶり、ゲームの中に入ろうとしてみた。すると、無機質な機械音が頭の中に響く。



「――パスワードを、入力してください」



 ……そうだよ。今ってそもそもロックかかってるから事件になってて、みんな出られないんじゃん。入れたら世話ないって。


 僕はヘッドセットを外し、そのままぼーっと部屋の中を眺めた。あー、なんか無駄に期待してしまった。まあ、別に聞かなきゃいけない訳でもないしな……。ただ、僕の気持ちの問題ってだけで。死ぬ前にでも目の前に現れて聞いてみる? 「君もうすぐ死ぬけど見殺しにしていい?」って。……いや、死神みたいだな。やめとくか。






 そうしていると、ふと、視界の端で、部屋の隅にある机があるのに気がついた。引き出しが1つだけある、そんなシンプルな机だった。


 ……あの机、なんか見覚えあるな……。そう、確かあれは、ルート先輩の幻覚の中で。いきなりあそこから手が出てきたっけ……。ゼカさんがただ気の毒だった。





 するとその時、部屋のどこからか声がした気がした。




「――忘れないで」




 ……え? 僕はもう1度、机をゆっくりと眺めた。なんだか覚えのある言葉だった。確かあの幻覚の中でも、あの机からそんな声が聞こえたっけ。



 ……そういえば先輩は船を分捕っていった別れの時に、何て言ってた? 「私のこと、忘れないでね」とか言ってなかった? よく考えたらあれっておかしい気もする。あの人がわざわざそんなことを、言う? ……まさか……。



 僕は机の引き出しを試しに引っ張ってみた。ベキベキ、と音がして鍵がかかっていたらしき引き出しはガラリと開く。……あ。すまぬ。この弁償費用はロランドにつけておいてくれ。さて、どれどれ。




 ……その引き出しには、1枚のメモが入っていた。丸文字で、何やら文字列が羅列されている。僕はもう1度ヘッドセットを被り、パスワードを求められた際に、それを入力してみた。……すると、無機質な機械のアナウンスが耳の奥で響く。それは、……さっきとは少し違うものだった。








「――パスワードを、承認しました」





次が最終話です。エピローグがその後に1話あります。

残り3話で終われませんでしたね……

もうこれから話数を宣言するのはやめておこうと思います


昔過ぎて私以外誰も覚えてないと思うのですが、おかしな質問された云々は前の題名でいうと「選択と可能性、の話」あたりでしょうか

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― 新着の感想 ―
[一言] サロナさんの雰囲気は軽いのに物語がしっかり作り込まれてて好き。
[一言] そんなこともあったような気がするぐらいにしか覚えてないなぁ かなり壮大な伏線だったんたなぁ
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