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終わりを変える言葉

 ルート先輩曰く、女神はもう邪魔できないらしい。ということは、元の世界に戻ることができる、ということになる。僕は今日も工房の隅に座って、いそいそと船の調整を進めるトアを眺めた。でも気づかないうちにぼーっとしていたらしい。気がついたら、目の前にトアの心配そうな顔がアップで広がっていた。


「なんだか元気がありませんね。……ねえ。わたしに何かできることがあれば、言ってもらえませんか」


「んー……」


 できること。トアにやってほしいことも特にないもんなぁ。…… 水彩画家(アクアレリスト)は回路がショートしていたらしくって、トアによって修理されたものの、結局、元通り話し出してはくれなかった。


 そして僕自身も体がだるいというか、あんまり調子は良くない。なんでも、慣れてないのに体に無理やり大量の魔力を流したせいなんだって。 水彩画家(アクアレリスト)がショートしたのも半分はそのせいだったと言われた。魔力の流れが歪すぎたとか。「次はもっとスムーズに流れると思いますよ」とトアには励ますように言われたけど、別にそんな機会ももうないからそれはいいや。うん。







 女神と戦ってから、既に1週間が経っていた。確かに先輩の言う通り、女神は姿を現す様子はなく、順調に他の世界に行く準備は進められている。昨日なんかゼカさんがこっそり食べ物を船に持ち込もうとして、トアにガチ説教されたりもしてた。よし、おおむね平和だ。


 ……まあ、移動中の食料として試食させてもらった粘土の塊みたいなやつの味を思い出すと、ゼカさんの気持ちもわかる。あれって明らかに地面の味だったもん。トアって意外に味音痴なのかな……?


 僕が作業中の彼女の後姿をちらりと見ると、トアはばっとこちらを振り向いた。……やっば。なんか心が1つになった影響か、考えてることが筒抜けみたいなんだよね。まあ、僕は常に清廉なことしか考えていないから、そんなに問題はないけれども。ただ今みたいに、何も言ってないのに睨まれたり、呆れられたり、頬を赤らめられたりする。なぜなんだ。特に3つ目。……ただ、この現象もそのうち収まるとか。


 ……できること、というか。自分でやらなきゃいけないことといえば、知ってる人、お世話になった人に別れを言いに行くことかな。ということで、僕はこの数日、知人の間を巡るのに忙しかった。さらば異世界。こうして終わりを迎えてみると、長かったけど悪くはなかった気がする。みんな達者でね。






 家で食事をしている時に、ロランドにも契約終了を告げておいた。


「そういえば、僕、元の世界に帰ることになったから。なので、ロランドのお世話係も終わりってことで」


「なんだと……俺の学校生活はどうなる!? 今も友人が全くできないんだぞ! さすがに不自然だろう。これは、俺をよく思っていない者が裏で仕組んでいるに違いない……いったい誰なんだ……」


「……その基準だと容疑者いっぱいいそう……」


 ロランドは最後まで「うん」とは言わなかったけど、彼の意向で帰るかどうかを決める気はないのでもちろんスルーしておいた。すると、ロランドはとんでもない提案をしてくる。


「俺も連れて行ってくれ! きっとこの世界は俺には狭すぎるんだ」


「駄目。行くならご自分の力でどうぞ」


 僕もトアにおんぶにだっこなので大きなことは言えないけど。トアも絶対駄目って言うに決まっているので、僕が代理で却下しておいた。ロランドを乗せるくらいなら、ゼカさんの持ち込もうとしたやけに潰れやすい果物の方がまだなんぼかマシである。……船に持ち込むときに半分潰しちゃって、トア監修の元徹底的に掃除させられてたっけ。……しかしなぜあえて潰れやすい物を選んだんだゼカさん。彼女の発想は時に僕の手の届かないところに行くよね。









「そう……寂しくなるわね」


「サロナ嬢も達者でな」


「お2人も、ありがとうございました。特にシャテさんにはいつも気にかけていただいて……」


 シャテさんとテヴァンの2人組にもお別れを言いに行った。この世界でトアと引き合わせてくれたのもこの2人だし。そういえばゼカさんと会ったのもこの2人と冒険に行った時だっけ。うわめっちゃ重要人物。いくら感謝しても足りない。


「そういえば、シャテさんに謝罪しなければなりません。私はウサギを射出しないと言いましたが……あれは嘘でした。本当は全身からポンポン発射しますので、謹んで訂正させていただきます」


「ほら! やっぱりそうだったじゃない!! ……まあ、もう今となってはいいけれど」


「塔の前でいきなりウサギの首が飛んできた時、尻餅をついたシャテアンナの顔は今思い出しても傑作だったぞ」


 いや、あれは僕が射出した奴じゃなかったけどね。あのウサギにも感謝したい。この世界の魔物がゲームより小さくて弱い、ということに気づかせてもらったのもあれのおかげだったし。僕は片耳だけ黒かったあのウサギの冥福を心から祈った。彼(?)の生前の姿は僕の心の写真棚に入れておくとしよう。この世界で最初に戦った魔物として。


「それで、いつ出るのかしら?」


「3日後だそうです」


「そう……見送りに行くから、時間が決まったらまた教えてちょうだい」


 僕は2人に手を振って魔法学校を後にした。あとは……。







「えーっ! 帰っちゃうの!?」


「ええ。3日後に出ますから、お別れを言いに来ました」


 抱き着いてきたこの世界のサロナをなでなでしながら、僕はアルテアさんと屋敷で最後のお別れの時間を過ごす。


「……本当にあなたには感謝してるわよ」


「えーっと、私の世界ではアルテアさんにはもうやばいくらいにお世話になってますから、気にしないでください」


「そんな……」


「いやマジでお世話になってますから。過労死させるくらいに」


「そ、それは言い過ぎじゃないかしら……」


「あはは」


 言い過ぎじゃないんだよなぁ。今回も結果として教皇のメガ粒子砲(仮)からの盾にしてしまったような気がする。お詫びに、帰ったら僕が厳選した屋台巡りの旅に一緒に繰り出すこととしよう。僕はそのまま、アルテアさんとサロナが和やかに話しているのに耳を傾けた。





「……それで……女神様が……」


「ん?」


 ……なんか今やばいワードが聞こえた気がする。あの諸悪の根源の女神がなんだろう? 地獄に落ちますように、とかかな?


「いえ、気のせいかと思うんだけどね。ずっと前、この子が無事戻ってこないかと私が教会で祈っていた時のことなの。……突然、どこからか鈴の音と、『かわいそう』『ならその子を私が探してきてあげる』っていう女の子の声が聞こえた気がして……。結果として、この子は帰ってきてくれたわけだから、ひょっとして女神様のご加護もあったのかもね、って話していたのよ」


 ……えーっと。んん? それって、女神だよね……。かわいそうってお前のとこの教会が原因やろが、というのは置いといても。……探した結果、殺して他の世界から無理やり連れてきたってこと? まず自分の世界で生きてないか探せや。でもあの女神ならやりそう。


 ……ああ、でもわかった気がする。なんで女神が「あなたの居場所はそこじゃない」って言ってたのかが。……でも、結果として、僕がここに来なかったら。ひょっとしたらこの世界のサロナはアルテアさんの元に戻るきっかけがずっと掴めなかったかもしれない訳だし……うん。


「……まあ、そうかもしれないですね」


 僕は笑ってそう伝えておくことにした。大筋で言うと、そこまで間違っちゃいないんじゃないかな。









 ……そしてついに出発の前日。これからトアは魔力を込める作業に入るとかで、その前にと……トア、ゼカさん、僕の3人で、工房にテーブルを出して食卓を囲むことになった。トアがなぜかめちゃくちゃ手の込んだらしき料理をいくつも作ってくれて、それがテーブルにずらりと並ぶ。僕も手伝おうかって言ったんだけど、1人でやりたいと断られてしまった。めんどくさいと隙あらばベッドでゴロゴロしていた君はどこへ。


 ……あれ? ひ、ひょっとしてトアさん、味音痴かもって思ったこと、結構気にしてたりする……?


「あの、トアの料理とっても美味しいと思います。私好きです」


「……別に気にしていません。ええ、全然気にしていませんから」


 じゃあ何で2回言ったんや。絶対気にしてるやんけ。


「……?」


 僕らのやり取りに不思議そうな顔をするゼカさんだったけど、まあいいやと思ったらしくもぐもぐと食事を頬張りながら船を眺めた。そうして、感慨深そうに呟く。


「それにしても、明日出発かー……」


「ありがとうございました。お陰で無事神器も揃いましたし。これで、世界を越えられます。これまでに自分の意思で世界を越えた者は、おそらく誰もいないはずですよ」


「ふふふ、まだ信じられません。こうして元の世界に無事戻れるなんて」


「言ったじゃないですか。あなたとわたしなら、世界の果てにきっと手が届く、って」


 トアはそうさらりと言って微笑んだ。かつてあの池のそばで同じ台詞を言った時と同じ、優しい笑顔だった。


「あれ、あたしそれ知らない……。そこにあたしは含まれてるの?」


「もちろん入ってますよ。もう、いつもゼカさんは当たり前のこと聞きますね」


「あなたとわたし、って2人以外の人間含まれようがなくない……? あれ、あたしがおかしいのかな……?」


 ゼカさんが何やら悩み始めてしまった。まあ僕もたぶん嘘は言ってないよね。


「そういえばそんなことより、ゼカさんはお姉さんとお別れはしてきたんですか?」


「うん、すっごく悲しんでくれたよ」


「え、ベッテさんも悲しむんですか……?」


「当たり前じゃない!! いったいなんだと思ってるの!? うちのお姉ちゃんはね、とっても優しい人なんだから!!」


 まずいぞ、ベッテさん、想像の中ですら悲しんでくれない。無表情で他人の顔面に蹴りを入れる人、ってイメージしか。まあ、ゼカさんがそう言うならそうなんだろう。悲しんでるところもちょっと見てみたい気もしたけど。





「そういえば、お姉ちゃんってルートさんと同じ年なんだって」


「へー。でも仲悪いんでしたっけ?」


「あはは……」


 あ、乾いた笑い。なんか聞いてるのかな? ひょっとして喧嘩相手やライバルだった、とか?


「お姉さんは先輩のこと、なんて言ってました?」


「筋の通ったろくでなしだって」


「へ、へえー」


 思ったより辛辣だった。……そ、そうかなぁ。結局女神戦でも手伝ってくれたし。そこまで悪い人って印象でも……あ。そうだ。そういや女神戦で先輩がやりたかったことって結局なんだったんだろう。先輩はあの後すぐどこかに行っちゃったから聞けないし……ゼカさん何か見てないかな?


「ああ……。うーん……よくわからなかったけど。そういえば、魔法を使ってなかったかな。女神様って身体能力からしてやばかったんだけど、それにひたすら接近戦を挑んでた」


 魔法を……? 効かないことを見切って? それとも……先輩には危険を冒して近づいてまでやらなければいけないことが、あった? それはいったい……?






 そうして僕ら3人が食事していると、突然、どこからかゴウンゴウン……とお腹に響くような重低音がした。……船から? ひょっとしたら船も出航を喜んでくれてるのかな? 忘れないでくれよ俺もいるぞ! みたいな。……そんなわけないか。なんだろう。


「!? どうして出航の準備が……?」


 トアも船を見て驚きの声を上げ、立ち上がる。……いやいや、ここ数日、他でもない君がその準備してくれてたですやん。もう忘れちゃったの?


「もう、あなたと一緒にしないでください! そういうことじゃありません! ……出発には魔力を充填する必要があるんですが……それがいつの間にか完了しています。どうして……? わたしはなんで気づけなかったの……!?」



 


「――楽しく話してるところ、ごめんね。ちょっと可愛い妹弟子に確認したいことがあるんだよ。最後にね」


 頭上から、声がした。僕らが見上げると、そこには船の上に座って僕を見下ろすルート先輩。その側にはウルタルと、付き従う黒い獣。先輩は今日もいつも通りのふわふわとした笑顔だった。ただその手には、折れて短くなってしまった聖剣が握られている。




「その返事によっては、連れて行ってはあげられないかなぁ。残念だけどね」


 そう言って、クスクスと先輩は笑った。とても楽しそうに。……ただ直感する。これから先輩の話す言葉はきっと……この旅の終わり方を決定的に変える、そんな何かだと。

たぶん、もうあと3話くらいで終わります。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 後数話で終わりと聞いて寂しい [一言] どうなるんだろう……
[一言] 最後にしかけてきたなぁ
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