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契約と、約束

 どうやら対女神戦について、トアには何やら作戦があるらしい。ただ、まず問題は……。


 僕は目の前の女神をちらりと見た。するとばっちり目が合う。女神は笑ったままで首をふるふると左右に振った。


「この世界から逃げるなんて駄目だよ。私、怒ってるんだから」


「いえ、その前に、ちょっといいですか」


 やばいぞ。僕は駄目元で手を上げて女神に待ったをしてみる。だってこのままだとこの女神、絶対待ってくれなさそうだもん。ただ言うことがない。えーっとえーっと、何かないか。あ、そうだ。


「私が死んだときに交渉タイムがなかったことが不公平だと思います。でももうそれは今となってはどうしようもないので……その代わりに、今、作戦を話し合う時間をください。それが公平ってものじゃないでしょうか?」


「……えー、そうかなあ……?」


「そうですよ! お願いします!」


「うーん……」


「お願いします! お願いします!」


「いいよー。面倒になってきちゃった」


 やったぜ。ゼカさん流ゴリ押し交渉術が役に立った。それにしてもこの女神すぐ放り投げるよね。その調子でこっちも見逃してくれたらよかったのに。このまま帰ってくれ、って要求したらよかったかな? ……さすがにそれだとOKしてくれないか。






 女神が待ってくれている間に、僕らはトアを中心に集まった。手早く決めないと。あの女神、絶対気短いと思う。


「作戦はこうです。その絵筆、 水彩画家(アクアレリスト)の力を使います」


  水彩画家(アクアレリスト)先生の? でももう弾切れなんだけど……。


 僕が「我が方に残弾なし」と報告するために副隊長の顔を見ると、彼女は「そうじゃなくて」という風に首を振った。


「といっても、サロナに使ってもらう訳じゃありません。わたしが使います」


「トアが?」


 トアが戦ったことがある相手を呼び出すってこと? トアってこれまで女神よりヤバい相手と戦ってたの? 初耳だけど……。


 続いて、トアは絵筆に顔を向ける。


「確認なんですが。いいですか、 水彩画家(アクアレリスト)さん」


『なにかしら?』


「以前サロナに、自分自身は呼び出すことができる、という話をしていたそうですね」


『ええ。それが何か?』


「……ではわたしが、他の世界のわたし自身を呼び出すのは可能ですか?」


「……魔王様呼んじゃうんですか?」


 僕の想像と違う作戦出てきた。トアは口の端を上げて、かすかに笑う。


「……神に対抗するには、それくらいしかないでしょう?」


『けれど、呼び出すのは術者の記憶の中からしか駄目よ? 会ったこと、ないんでしょう?』


 それに対して、トアは次にルート先輩に顔を向けた。


「ルートさん。占い師の子の能力をあなたが代わりに使ったそうですね。あれはどうやるんですか?」


「えーっとね。手を握って、相手と同じになる感じだよ」


 あ、そっちならなんとなくわかる。相手との境界線をなくすやつだよね。あれがもっと進めば相手の能力も使えるようになる、ってこと? そうか、僕の記憶を使ってトアが呼び出せばいいのか。


「ただ……お互いが相手を信頼してないと、無理かなぁ」


 おお。意外にルート先輩ってあの占い師の子のこと信頼してたらしい。それにちょっとびっくり。ルート先輩の辞書にはちゃんと信頼という言葉があったんだ……。一瞬、そんな失礼な感想が胸によぎってしまった。先輩ごめんなさい。




 僕とトアはお互いをまじまじと見つめあった。彼女はどこか試すような表情で僕を覗き込む。


「信頼……だそうですよ。さて、わたしたちはどうでしょうか」


「私とトアなら問題ないと思います! ……え、大丈夫、ですよね……?」


「……」


「ちょっとそこで黙らないで! お願い!」




 アルテアさんが僕らのやり取りを聞いてこめかみに指を当て、目を閉じながら尋ねた。


「……で、私はどうすればいいのかしら? たぶん想像通りだと思うけどね」


「言いづらいんですが……女神がずっと待ってくれると思えないので、それまでの間、時間稼ぎを」


 ちらりと向こうを見ると。女神は退屈そうに、飛んでいる虫に石を投げて遊んでいた。もうヤバそう。それを横目に見ながら、アルテアさんは引きつった笑いを返す。


「わかったわ……できる限りのことはやるけど。……そんなに長時間は無理よ?」


「ええ。それで構いません」


「私もアルテアさんの方を手伝うよ」


 そう言ってルート先輩がぴょこんと手を上げた。


「やりたいことがあるからね」


 そう言って先輩は静かに微笑んだ。……なんかやりたいことあるんだって。この局面で? あれ相手に? いったい何だろう。でもお任せしよう。


「では、作戦スタートです!」


「あれ、あたしは?」


「スタートです!」


「もうわかったよ! あたしとお姉ちゃんはサロナ達2人を守ってフォローすればいいんでしょ! 後でパフェ奢りね!」


 ……女神退治をパフェで請け負ってくれるとか、ゼカさん心広すぎない? 





 僕とトアはさっそく手を繋いで、お互いの心の境界をなくすイメージを思い浮かべ始めた。僕も目を閉じ、トアの心の中をおそるおそる探る。


 ……あれ? でもトアはあんまり心の壁がないような……? こんなもんなんだろうか。相場がわからん……。なんか心の壁固そうな気もしたけど。


「どうしてこんなにわたしに対して壁があるんですか」


 逆に僕が怒られてしまった。えーっと、信頼してないわけじゃないっていうか……。でも全てオープンにするのはさすがに恥ずかしいっていうか……。ほら誰にも見せたくないものってあるじゃない……? 例えば部屋に隠した黒歴史とか。


「わたしはこんなに包み隠さず、あなたに全部見せてるのに……」


 トアさんその台詞はアカン。なんかそれだけ聞くと完全に違う意味に聞こえちゃうから。





『無事、捕捉したわよ』


「……では始めます」


 トアは絵筆を手に、目を閉じた。僕より魔力の扱いに慣れてるだけあって、すぐに 水彩画家(アクアレリスト)も手の内に入れたらしい。彼女は筆を握ったまま、独り言のようにぽつりと呟く。


「これが他の世界のわたしなんだ……」


『まずいお知らせよ。……明らかに魔力が足りないわ。いったい何を呼ぼうとしているのよ……?』


「えっ」


 召喚する魔力が足りないと、捕捉しても意味ないんじゃ……? いやでもトアならその対策をきっと講じてるはず……。


 僕が期待を込めて彼女の顔を見つめると、なぜか彼女は何も言わなかった。そして引きつった顔で、ただ目を泳がせる。……あっ……。


 ……これトアの反応見る限り駄目っぽいぞ。ていうか 水彩画家(アクアレリスト)さん燃費いいのに足りないって、魔王様どんだけやばいんだろう。僕ってあの人と直接戦ったことないから強さがいまいちわからないんだよね。ただ、わからないからこそ、強さの上限は見えない。アルテアさんは最後に一騎打ちしただけあって、だいたい把握してるんだけど。


「だからこそ、なんです。きっとこの絵筆は、術者の記憶、イメージを再現するものだから……だから、あなたの中で強さの上限が見えない魔王のわたしを呼び出せば、あるいは……」


 トアに握られている僕の手が軋んだ。彼女は、ぎゅっと目を閉じて、一心に絵筆に、別世界の自分自身に祈っていた。


「お願い、わたし……力を貸してよ……そうじゃないと……」





 僕が視線を上げると、アルテアさんとルート先輩というこの世界でも最上位の部類に入る2人を相手に、女神が戦っているのが見えた。いや、遊んでいるのか。女神はアルテアさんが放った黒い光の直撃を受けてもけろりとした顔で、ルート先輩の聖剣を受け止めてぶち折ったところだった。もう時間はない。



 ……きっと、祈っても魔力が足りないのは変わらない。……魔力が足りない。ならどこからか、持ってこないといけない。ここまで彼女が線を引いてくれたなら、残りは僕が形にしてみせようじゃないか。ここでの問題はただ1つ。魔力をどこから持ってくるか。


 ……魔王軍の皆さんとそれぞれ契約でも結ぶ? だって僕って複数契約できるようになったんだし。……いや、魔力はそれでも足りないだろう。それに時間も。何時間も踊っている余裕は今の僕達にはない。でも、どこかから魔力を持ってくる方法は他に思いつかなかった。


 ……踊る……? 考えていると、何か心に引っかかった。そもそも契約ってどんなのだっけ。


 「方法はなんでもいい。踊っても、瞑想しても。集中してたらそのうちに、ふと相手と魔力が繋がる瞬間が掴めるはず」「相手と魔力が細くても繋がったなら、あとは切れないように補強していくだけ」。……たしかこんなんだったはず。


 つまり、踊らなくても、魔力の線が繋がったらそれを契約というらしい。繋がってさえいれば、相手の力を借りることができる。そして今回であれば、繋がる相手は大量の魔力であればあるほどいい。つまり、僕が魔力の線をどこか大量の魔力に繋げたらいい……? でも、魔力の線なんてどうやって………………魔力の線……? そして不意に、僕の脳裏で、いろんな人物の話している場面がフラッシュバックした。



 ……僕。


『自分の中から覚えのない魔力の線がいつの間にか生えてて、どこかに繋がってます』



 ……トア。


『おそらく、ほぼ全ての人から魔力の線が出ています。その人自身は、知らないうちに』



 ……ルート先輩。


『国民全員だよ』



 ……ウルタル。


『翻訳魔法を使う者は、全員ここに――』









「……ねえトア」


「なんですか!?」


「契約で魔力の線を繋げた後、補強するっていう話でしたよね」


「いきなり何の話……」


「でしたよね?」


「え、ええ。まあ……」


「補強するのって時間かかります?」


「いえ、短時間で済みます。線が途切れなければいいので……」


「あ、そもそも補強するって必要なんですか?」


「……? ええ。だって契約って、つまりはその人との永遠の繋がりを誓うものですから。長く続くものなので、決して切れたりしないように……」


「つまり短時間だけ、例えば相手から魔力を1度だけ借りるなら……? その瞬間に、切れない線が繋がっているのなら、補強自体いらない、ってことになりますよね」


「……え、ええ。……あの……?」


『いい考えかもしれないわね。わたくしは別に構わなくてよ』


 ……無事、先生のOKも出た。よし。僕は戸惑うトアから 水彩画家(アクアレリスト)を受け取る。





 僕はひょろっと自分から伸びている、細い魔力の線を辿った。どこに行こうが決して切れない線が続く、この世界に来てからずっとお世話になっている、その魔法の源へ。この原っぱから魔法都市の門をくぐり、通りをまっすぐ、魔法学校の近くの、かつて屋敷と研究所のあった、その地下へ。




 僕が辿った先には、先日訪れたばかりの、翻訳魔法を司っているという血の色の巨大な魔石。そこからは、確かに数えきれないほどの魔力の線が伸びているのがわかる。――この瞬間だけ、僕はこの仕組みを作ってくれていたウルタルに感謝した。たとえ目的が、自分の研究のためだったとしても。




 そう、僕はずっとこの世界の人たちと心の底で繋がっていた。僕自身が気づかなかっただけで。そしてこれは、きっと僕だけが使うことのできる道だ。契約の制限を外されて、なおかつ体のスペック自体は世界で誰よりも上のはずの、僕だけが。……いつでも助けを求めることはできたんだろう。気づきさえ、すれば。……そうして魔力は僕の願いに応え、こちらに移動を始めた。女神が作った、この世界のルール通りに。




 ……繋がった先から、莫大な魔力が流れ込んでくる。この魔力の量に耐えられるのはきっと僕だけだから、僕自身で魔力のコントロールはしないといけない。……さあ、あとはこれを無事に落とし込める? そして……いや……! 僕は 水彩画家(アクアレリスト)を見た。こんな大量の魔力を一気に注がれて、無事に……? でも、もう止められない……!




『――だから言ったじゃないの。構わなくてよ。……それに約束したものね。あなたの望みが叶うまでは力になると』


 ()()は、微笑みながら優しく僕に囁いた。そして、さっき見たアルテアさんのよりも優雅な淑女の一礼が、一瞬だけ見えた気がした。



『……なかなかに楽しい時間だったわ。あのまま倉庫の片隅で転がっているよりは、ずっとね。……あなたのこれからに、いつも幸運がありますように。……では、ごきげんよう』


 ……その時、そっと。隣のトアが僕の絵筆を握る手に、自分の手を添える。その瞬間、僕とトアの心は完全に1つになった。







 ――ふっ、と。


 突然、その場が暗くなる。その異変に、女神も、ルート先輩やゼカさん、ベッテさんも動きを止めた。アルテアさんは、もういなくなっていた。




 さっきまで日の光が眩しい昼下がりだったのに、見渡す限り、世界全体が黄昏時のように暗く、赤い。まるで急に、この世界全ての光が、影を潜めたようだった。そして地面に複雑な文字が浮かび、赤く光りながら、ゆっくりと大きな魔方陣を描いていく。それが完成して一瞬輝き、消えた。……その場の空気が、変わった。ただ、そこには誰もいない。




「し、失敗ですか?」


「いえ、お呼びでしたので、やってきましたよ。私にどんな御用ですか?」


 僕がこの世界で聞き慣れてるより少し作った、よく聞き覚えのある声が後ろから響いた。僕らが振り向くと、そこにはフードを被った、ローブ姿の小柄な影。そのフードの中身は真っ暗で何も見えない。ただ、今の僕はその中身が誰かを知っていた。久しぶりに会う気がする、僕の上司の上司。そして……神の敵としての役割を与えられた存在。




「……魔王様!」



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― 新着の感想 ―
[一言] とても胸熱な展開!
[一言] 前作から続き終盤に来て熱い展開を書かれる。 応援しています。
[良い点] おおー!熱い展開!
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