夢の終わり、あるいは始まりに至る門(下)
なんだか早く書けました。
わかりにくいですが、この(下)の前に(中)があります。
「ね、ねえ、今の黒いの何? ……あ。アルテアさん……? お久しぶりです……?」
ゼカさんが目を丸くしている横を僕とアルテアさんは駆け抜ける。そしてその奥にいる教皇もどうやらちょっと引いているようだった。教皇的にも、あの黄金の光を相殺されたのはどん引き案件だったらしい。
「光を相殺するとは……あなた方は、いったい何なのですか……?」
「……なんでしたっけ?」
「あんたは本当に忘れっぽいわね。私達は、魔王軍よ。そうでしょう?」
「そうでした! 最近所属がちょっとあやふやになっていたもので」
「まあ、あんたの頭だと覚えておくのはちょっと難しかったかもしれないわね」
……なんかこっちのアルテアさんって異世界バージョンと比べて口悪くない? 別にいいんだけど。ていうかこっちの方がいいや。異世界バージョンの方ってなんかちょっと距離あったもんね。仕方ないんだけどさ。
僕はびっ、と教皇を指さして宣言する。
「ということで、神と神のしもべは私達の敵です! 即刻殲滅されるべきなのです! この世にチリ一つ残らないと思いなさい!」
「あ、サロナの世界だとそこまで過激な団体だったんだね」
「なんと……なんと恐ろしい……」
「そう言うあんたも半分神のしもべじゃなかったかしら」
せっかくいいところだったのに、アルテアさんがなんかいらんツッコミを入れてくる。そこで僕は遠い目をしながら、アルテアさんに世の中の複雑さを教えてあげた。
「ふう……世の中白と黒じゃ割り切れない、そんなこともあるんですよ」
「ならあんたはさしずめ無色ね。0は何で割っても0だから」
「あ、ひどい!」
「今のは微妙に褒めてくれたんじゃないかな。変わらないって意味でしょ」
その言葉で初めてゼカさんのことを認識したのか、アルテアさんはあらためてゼカさんの方をじっと見た。そして、こくりと首を傾げる。
「……そういえば、あの子は誰かしら? あんな子いた?」
「この前挨拶して一緒に食事もしたじゃないですか!? あたしです、ゼカユスタですよ!」
それを聞いてアルテアさんは目を閉じた。……あ、考えてる。そしてちょっと困ってる。やがて眼を開き、申し訳なさそうに言った。
「……知らない子だわ。ごめんなさい……」
「ひどい!? そんなに時間経ってないのに!? ……サロナも何とか言ってよ!」
「まあ、このアルテアさんは知らなくて当然かなって……初対面ですし……」
「あ、この! 同席してたくせに!! 裏切者!! ……最近あたしの扱いひどいからね! 『親友に順位をつけてはいけない』って会則に違反してるよ!」
「……親友……?」
「ほらさっそく出た! そういうとこ!」
「……仲がいいのは結構だけど。今やらないといけないことかしら?」
「はい」
「すみません」
叱られてしまった僕とゼカさんは下を向きつつ、お互いに「お前のせいで怒られたやろが」と目線で相手を責め合った。
アルテアさんは僕らを叱った後、教皇の方に向き直る。そして、両手で自分のスカートの裾を軽く掴んで持ち上げ、ふわりと優雅にお辞儀をした。それに対して教皇はオペラ歌手のように大きく会釈をして応える。……なんかこの2人だけ舞踏会みたいになってる……。
「さて、お待たせしてしまったけど。あなたが敵のトップ、ということでいいのよね?」
「ええ、それでおおむね間違いありませんよ」
「結構。なら始めましょう」
「そうそう、早く始めますよ」
僕もアルテアさんの隣に立ち、存在を忘れられないように発言しておく。ただ、特に言うことがないのでアルテアさんの言葉をそのまま繰り返すことにしておいた。うん、大事なことなので2回言ったんだよ。
ところがそれはアルテアさんにはなんだか不評だったようで、じろりと横目で睨まれてしまう。
「隣で腰巾着な言動やめてくれないかしら? やる気が削がれるわ」
「はい! 腰巾着な言動やめます!」
「そうそう。いい子ね。わかってくれて嬉しいわよ」
ふと視線を感じて横を向くと、ゼカさんが何か言いたそうな視線を僕とアルテアさんに向けていた。……なに? なんか『お前らも一緒やんけ』みたいな意思を感じるけど……。僕らはいつも通り真面目にやっているつもりなので、大変心外であった。
「先ほどの魔法、素晴らしい威力でした……どうです? 私と、組みませんか?」
「あら?」
……あ。なんかちょっと他のこと考えてる隙に、教皇が交渉ターンに入ってる。彼はなんだか芝居がかった様子で、ゆっくりと両手を広げた。
「あなた方は、あの方を倒したいのでしょう? 私も協力しますよ。どうですか、戦力は多い方がいいのではないですか? いや、よかった。今なら間に合います。まだ何も始まっていませんから」
……この人僕らに生身の刃物で斬りかかってきたこと、さっそくなかったことにしようとしてない?
「実は私もこの状態を変えなければ、とずっと思っていたのです。この世界を、憂いていたのですよ」
「……ですって。……どうかしら? 白か黒か、判別できる?」
……あ。なんか今、ちょっと懐かしかった。
僕はなんとなく、この世界に来てからすぐのことを思い出す。……ずっと前、ロランドに家臣の白黒を判別させられた、あのとき。あのときはほぼ全員黒だったけど、今回は……。
「……真っ黒です!!!」
「そう。ならいいわ。とっとと倒しましょ」
アルテアさんがそう言って、両手に黒い光を纏う。
「……ちっ……」
手を組むよう誘ってきたので楽勝かと思ったら。全然強いやんけ。教皇と切り結んでいた僕は、思いっきり弾き飛ばされて後ろに転がる。飛び上がって立ち上がると、アルテアさんが手刀で教皇を袈裟切りにするところだった。しかし、教皇は何事もなかったかのように聖剣を振るう。それをふわりと躱して、アルテアさんは僕の隣に立った。
「固い……それに、やっぱりあの剣が邪魔ね」
僕らと教皇は、少し距離を開けて睨み合った。しばらくやりあったものの、どちらもお互い決め手に欠ける。すると、制限時間のあるこちらが不利か。召喚の最大時間は1時間、と 水彩画家が言ってたはず。それまでに教皇を倒して、女神を何とかしないといけない。……でもこのままだと…………あれ?
不意に、いつの間にか僕らと教皇の間に、黒い何かがいるのに気がついた。黒い炎の塊のような、何か。それを見ていると、背筋をぞわぞわ寒気が駆け上がる。ちらりと一瞬、その黒い何かがこちらを見た。目がない。その無機質な雰囲気。それに僕はとても見覚えがあった。……御使い殺しの、獣。
「 驅魔客……」
「……何よあれ。得体が知れないわね」
トコトコと獣は教皇の元へ歩いて行く。……ルート先輩はあの獣を味方にしてくれる、って言ってたけど。あんまりにのんびりしすぎじゃないだろうか。あれじゃまるで、飼い主の元に行く忠犬……。まさか失敗してたりとか……。
「おやおや、よく帰ってきてくれました。さあ、敵を一緒に殲滅しましょう……ぐっ……!」
獣はゆっくりと歩み寄ったそのままの勢いで、がぶりと教皇の聖剣を持つ手にかぶりついた。同時に僕らの後ろから声がする。
「今だよー」
「アルテアさん!」
「分かってるわよ!!」
アルテアさんの放った黒い光を避け、いったん教皇は後ろに引いた。落とした聖剣を黒い獣がくわえ、僕らの後ろから現れたルート先輩の元にトコトコと運んでくる。おお、見事に飼い慣らされてる……。どうやったのかは知らないけど。
先輩は、じゃーん、という感じで聖剣を掲げ、いつものようにふわふわと笑った。偶然立ち寄った店で美味しいケーキを発見した! みたいなノリだけど、その手に持ってるのは血の付いた大剣なので、ちょっとホラー。いや、でもナイスだ。
「お待たせ! どう? これが邪魔だったんでしょ?」
「あ、でもすぐに呼び寄せられるんじゃ……!」
「ふーん?」
ところが、一向に呼び戻される気配がない。というか、教皇は呼び出そうとして一生懸命腕とかめっちゃ振ってるんだけど、全く転移しない。……あ、そうか。転移系はこの黒い獣に妨害されるんだっけ。
やがて呼び寄せるのを諦めたのか、教皇はこちらに手を伸ばしつつ懐柔を始めた。
「その剣は、悪意のない者でないと扱えません。私を主と認めていますから、他の者にはただの置物ですよ。ほら、いい子ですから返しなさい」
いやいやそんなのに今更乗るわけ……。僕が教皇を睨みつける横で、底抜けに明るい、お日様みたいな声が弾んだ。
「へえー、そうなんですね! さすがは教皇様!」
そして先輩は、ニコニコしながら聖剣を手に、言われるままに教皇の元に歩み寄る。……ん?
「いやいやいや!ちょっと待ってください!」
僕が止めても、先輩は振り向きもせず。ゆっくりふわふわといつも通りに歩いて、向かっていく。そばまでやってきた先輩に向かって、教皇は微笑んで手を伸ばした。……フォン、と音がして、その手が、ポトリと地面に落ちる。
「ところで、悪意ってなんですか?」
そう言って聖剣を握り、屈託なく笑いながら先輩は首を傾げた。確かに悪意なんて微塵もなさそうだった。他人の手を今、斬り落としたばっかりなのに。これって今更ながら、絶対育ての師に責任があると思う。
僕は後ろを振り向き、遠くのウルタルをじーっと睨んだ。するとウルタルは感慨深げに大きく頷く。……何に同意したか知らないけど、絶対それ違う。そうじゃない。
「ぐっ……」
『――クーちゃん、追い詰められてる? 助けてあげようか?』
ちりん、と不意にどこからか鈴のような音がして、小さな女の子の声がした。
…………来た。
「え、ええ! お願いします!」
『はーい。確か、死は救いなんだっけ。じゃあ、与えてあげるね』
助けが来たと思ったのだろう、天に向かって懇願していた教皇の顔がそれを聞いて凍り付いた。慌てたような口調で話しながら、空に向かって首を振る。
「い、いえ。そんなことはありません! 死はとても恐ろしいものです」
『そうなんだ? 救いだって言ってたから、いくら殺しても、見逃してあげてたのに』
「いえ、救いです! ……いや……その……」
『あ、嘘ついたんだ』
「違います!」
『あなたは嘘つき?』
「違います!!」
『――こ の う そ つ き!!!!!』
ぐしゃっと教皇がその場に潰れる。彼が身に着けていた法衣だけが、その場に残された。あんなに固く、どんな攻撃にも平然としていた教皇が、あっけなく。
そしてちりりん、と再び鈴の音がして、残された法衣の隣の、空間が歪んだ。がっ、と歪んだそこから小さな手がこちらにぬっと出てくる。その手は、べりべりと周りの空間自体を剥がし始め……やがて、人が出てこれるくらいに、空間に穴が開いた。
「よいしょ」
そこから顔をのぞかせたのは、15歳にも満たないくらいの女の子だった。やたらに整った顔に金色の瞳、金色の髪。少し癖っ毛のそのこめかみのあたりには、鈴の髪飾りが付けられている。その髪飾りが、りん、と鳴る。女神が来た。来たのは、予定通りなんだけど……。あれ?
「なんかサロナと同じ顔じゃない……? 目の色違うし、あっちの方がずっと神々しいけど」
「その感想後半いらないから」
しかし、そうだった。なんで僕と同じ顔してんねん。いや、でもそうか。この体って神の使いだから……。
「そうだよ。御使いって私の模写だから」
……あれ? でも1つ前のお姉さんって違う姿じゃなかったっけ……?
「あれはね、交渉されたから」
「交渉?」
「うん。元の姿がよかったんだって。なんだか色々言われて、面倒だったから」
ちょっと待てや。僕の時にそんな交渉タイムなんてなかったやんけ。
僕のその憤りが伝わったのだろう、女神は子どものようにあどけない笑みを見せた後に、首を少し傾けた。
「それはね。あなたがすぐに死んだから」
「ねえ、あれと戦うの?」
女神と話している最中にアルテアさんがそんなことを聞いてくるので、僕は返事をしようと隣を振り向いた。すると、アルテアさんの頬に伝う冷や汗。
「えーっと……ひょっとして、勝てませんか?」
「あれは無理ね」
あっさりそう言われる。……あ、これほんとに無理っぽい。いやでももう来ちゃってるんだけど……。まずい。明らかに勝てないなら、この世界の魔王軍の皆様に協力してもらっても駄目な気がする。ど、どうしたら……。
その時、くいくいと後ろから袖を引っ張られる。……ルート先輩? そう思って僕が後ろに振り返ると……そこにいたのは、トアだった。彼女は緊張した面持ちで、僕とアルテアさんに囁いた。
「……わたしに1つ、考えがあります。ただ、それにはあなた方の協力が必要です。どうか力を、貸してもらえませんか」
それが何だろうと。僕らには「乗る」以外の選択肢はなかった。……副隊長の策が、上手くいかなかったことなんて、これまでない。ならきっと、今回も。それに僕らは魔王軍、なら魔王様の命は絶対。そうじゃないかな。アルテアさんがどう考えたかはわからないけど、僕らは同時に頷く。
「――もちろん!」
……最終戦第二幕目、開始。