夢の終わり、あるいは始まりに至る門(中)
「でえい!」
「むっ……」
ガキン! と教皇が僕の大剣を受け止めた後に、ポポポポン! と虚空から何羽も現れたウサギが、教皇の顔やみぞおちに特攻する。ふははは、聖剣を僕の剣でふさぎ、ウサギで攻撃する。これが僕の黄金コンボよ。……あれ? でもよく考えたら、どうして僕の大剣を受け止めるんだろう……? だって障壁に任せといたらよくない? ダメもとで聞いてみるか……?
「どうして受け止めるんですか?」
『斬られる可能性がありますからね』
「あれ……障壁は……?」
『あなたの剣は、私の聖剣と同じ種類の武器ですので』
なんか普通に返事返ってきた……。でもよくわからない。とりあえず30羽くらい召喚したウサギで、教皇をもふもふで埋め尽くしていったん距離を取る。でもどうやら、斬ってもいけるかもらしい。そういや僕のこの剣って魔法も斬れるし、なんでも斬れる、って魔王様のお墨付きだっけ。教皇も斬れる、とは言ってなかったけど。たぶん「なんでも」の中に入ってるよね。
そんな風に考えながら剣を構えなおしたその時、もふもふが一瞬で切り捨てられ、光に変わる。なんだかわからないけど嫌な予感がして、とりあえず反射的に上に跳んだ。足元を何かが通り過ぎていく。……な、なんて動物に優しくないやつなんだ。
「ほう……かわすのがお上手ですね」
ふふ、伊達に回避のみの生活を送ってきてはないぜ。1回教皇もHP3で生活してみたらいいと思う。地面の凹凸にすごい敏感になっちゃうから。それでもたまに転ぶけど。さあ、どんな攻撃でも避けて見せようではないか。
「……では、これならいかがでしょうか」
その瞬間、ベッテさんが僕の襟首を掴んでその場を離脱した。一瞬後、教皇を中心に全方位に対して針のようなものがジャキンと生えたのが見える。……うわぁ……。いや、かわす選択肢がないのは無理やわ。卑怯だぞ。あと襟首伸びちゃう。その運び方正式にせんどいて、頼むから。
その後もトアと僕とで斬りかかりつつもふもふを発射し、危ないとゼカさんとベッテさんがフォローに入る、という戦略で戦った。しかし、聖剣をかわしながらの戦いにはやはり困難を極めた。2対1のはずなのにだんだんと教皇に追い詰められてくる。
やがて、僕とトアが着地で体勢を崩したところに、どうやったか知らないけど、2人に別れた教皇の聖剣が同時に迫ってきた。ベッテさんゼカさんは少し距離がある……間に合わない!
「――君は少々防御が甘いのではないのではないのかね。当たっても大丈夫だと、そういう驕りが見える」
僕とトアの襟首を掴んでぷらんとぶら下げたままで、ウルタルがそう言った。遠くに、教皇とベッテさん、ゼカさんの姿が見える。…………え? なんで? 移動した? どうやって?
「私の魔法を使えば、入れ替えることなど簡単だ」
あ、入れ替えてくれたんだ。……入れ替え?
「あちらには私の書き損じの論文を置いておいた。処分する手間が省けたよ」
「あ、どうも、助かりました。……でもそれ、置く必要あります……?」
「入れ替える魔法な以上、代わりの物は必要なものでね。……む、まずいな」
教皇のいたあたりで、ぱあぁっと光が溢れた。……げ。あれって……。
「―― 黄金の光」
僕らの視界全てが光に染まる。ききききちゃった教皇の必殺兵器! これかわしようなくない? 入れ替えとかそういう問題ではもはやないと思うんだけど。……いや、ひょっとして、これもウサギで相殺できないか? そう思って僕が駄目元で筆を振ろうとすると、不意に、僕の肩にぽんと誰かの手が置かれる。
僕のすぐ隣から、ピロロロ、と電子音がした。
バシュウゥゥゥ、という音を立て、黄金の光は僕らの真横を通過する。まるで少しだけ、僕らの場所を見誤ったかのように。僕が隣を見上げると、そこには頭の代わりに円盤を浮かべた不思議な容姿の。ゲームの世界でもお世話になった、僕の敬愛する先輩の姿があった。
「ほう、相手の認識をずらすか。非常に興味深いな」
「UFO先輩!」
その後もベッテさんに襟首をひっつかまれ、ゼカさんに腕を引っ張られ。ウルタルの入れ替え魔法で何度も窮地を救ってもらい、それは果たして、何回目だったか。
遂に僕の筆から、ウサギでなく何か違うものがずぬぬ、と出現する。30メートルを超える巨体。岩山のようなごつごつした表皮。意外につぶらな瞳。……№19のペルセトリア。どうやらウサギゾーンは無事抜けたらしい。よし、ようやく、終わりが見えたな……。
僕がやり遂げた顔をしている一方。何の前触れもなく隣にいきなりアンギラスみたいなのが出現した魔王軍の方々は、それはもうパニックに陥った。
「ななななななんだこれ!? 生きた岩山!?」
「いえ、違います。これは私の同僚の、魔王軍幹部です。№は19ですよ」
「19!? あれ19番目!? この上に18人いるの!?」
まあ、ここにいらっしゃるUFO先輩は№12だったけどね。
そしてペルセトリアの吐いた炎の塊は、ゴアッという音を立てて教皇を直撃した。教皇は倒れなかったものの、プスプスと全身から煙を上げる。……おおー。どうやら召喚した魔物だと、炎も全部無効にはできないらしい。……あれ? でも吐く炎、あんなに大きかったっけ? 最初にウサギ召喚した時から疑問なんだけど、全般的に召喚する魔物って、なんか僕の知ってるより強くない……?
僕が首を傾げていると、ペルセトリアはそのままドスンドスンと足音を立てて教皇に突進していき、1人と1体で壮絶な肉弾戦を開始した。たまに地面がズズン、と揺れ、ペルセトリアの振り回された尾によって、近くの小高い丘があっという間に陥没し、クレーターに変貌する。
「魔王軍っていうかあれもうただの怪獣だろ……。あんなのがいたら俺、街に安心して家買えないよ……」
「職場で隣に座られたくない……」
「純粋に怖い」
なんかえらいぼろくそに言われてる……。ペルセトリアかわいそう。いや、同僚って言っても隣のデスクで仕事するとかじゃないんだから。そこまで言わんでも。というか君たち魔王軍でしょ。特に1人目の奴、なに街に家買おうとしてんねん。魔王軍が永住の地求めてるんとちゃうぞ。
「……あ!」
その言葉に戦場の方を振り向くと、ちょうどペルセトリアを極大の黄金の光が2度、3度貫き、岩山の竜は消えた。おおう。しかし教皇も1発じゃ消せなかった模様。……それにしても、№19を数ターンキルか……。教皇ほんとチートキャラやな……よし、ならば次々行こう。
そして僕が絵筆を振るたびに、金色のライオン、骸骨の剣士、三匹の龍などが現れ、次々に教皇の元に殺到していく。かつて敵だった彼らのそんな後ろ姿に、僕はちょっと胸が熱くなってしまう。
「みんな力を貸してくれるんですね……ありがとう……」
「まさかあれ、みんな魔王軍なの……?」
僕が嬉し涙を拭いていると、この世界の魔王軍の皆さんも感動したみたいで、おそるおそる召喚された魔物を指さした。きっと、こんなに協力してくれる仲間がいるなんて信じられない、そういうことだろう。僕は満面の笑みでその問いに答える。
「ええ。みんな、心強い私の同僚です」
「うわぁ……そ、そうなんだ……」
……あれ、『うわぁ』ってなんだ……? ……なんか引かれてる……? いやまさか、引かれる要素なんて特になかったはずだし。
「ふん、なんで僕が力を貸さないといけないんだよ」
……あ。そうこうしてるうちに、心強くないやつが出てきてしまった。僕は黙ってその少年の足をひっつかむと、教皇のいるあたりに放り投げる。やがて彼方で黄金の光が空に立ち上った。……さらば。来世では魔王軍に関わらず生きていくんだぞ。
「い、今のも……?」
「いえ、今のは違います。あれは魔王軍に常備されてる、ああいう風に投げて使う人型の爆弾なんですよ」
「し、喋ってなかったか……?」
「暇なときはお喋りの相手にもなるんです。ちゃんと名前もあるんですよ」
「爆弾に喋る機能と名前つけるの!? 怪物な上にサイコな集団すぎる……俺絶対あんたのところに所属したくない……」
いかん。あいつ1人のせいで、僕らの魔王軍の風評が悪くなってしまった。しかし。ここまで来たら、もう残りは1つ。今は魔王軍の評判よりも大切なことがある。
僕は万感の思いを込めて、今までで一番大きく筆を振った。僕の手札のラストカード。魔王軍№7、暗黒魔法と呪いを駆使する、我が敬愛する上司アルテアさん。さあ、いらっしゃいませ。
しかしその瞬間、もう1度、教皇の元でチカチカと光がまたたいた。……あ、あ。やばいやばい。あいつ空気ほんと読めないな! とりあえず僕は召喚されたばかりのアルテアさんを、目の前にぐいぐい押し出して叫んだ。
「あ、敵の攻撃が来ました! お願いします!」
「えっ? えっ? ちょっと!? 何!?」
アルテアさんはそう叫びながらも両手から極大の黒い光をノータイムで打ち出し、教皇の黄金の光と真っ向から打ち合った。やがてキィィィィン、と高い大きな音を立てたかと思うと両方の光はぱぁっと弾け、眩い光とともに、宙に消える。
……え、マジで……? あれって相殺できるんだ……。
僕が驚愕におののいていると、アルテアさんはくるりとこちらに向き直った。相変わらずの金髪碧眼の美少女だけど、その顔はなんだか目が吊り上がってる気がする。僕は迷わず直立不動の態勢を取った。アルテアさんはそんな僕を見て、あれこれ考えたらしき長い間の後に、目を閉じ、一言だけ静かに言う。
「お願いだから、いきなりはやめて」
「はい、ごめんなさい。そうですよね、びっくりしちゃいますもんね」
「もう、そういうことだけじゃなくてね……あら? あんたしばらく見ないうちに顔変わってない? まあ、行動がそのままだから分かるけど。ちなみにこれ、褒めてないから。あんたにも分かるように、念のため言っておくわね」
「ありがとうございます。で、実はですね……あれを倒したいんです。力を貸してもらえませんか?」
そう言って、僕はアルテアさんの隣に立つ。……前は最後に戦ったアルテアさんが横にいる。なんだか不思議な感じだった。そんなに大きくないはずなのに、隣にいてくれるだけで安心する。……そして、なんとなく。僕ら2人で行くなら……なぜか負ける気がしなかった。今まで共闘したことなんてないんだけど。
「あら。ついてこれるのかしら?」
「ええ。……少しは強く、なりました」
「へえ……そう。ふふっ……」
そこでなぜかアルテアさんはおかしそうに、笑った。そしてよっぽど面白かったのか、しばらく小刻みに肩を震わせる。
「あの、どうしたんですか?」
「……どうしてかしらね、思ったの。――私と今のあんたなら、負ける気がしないって。これが笑わずにいられるかしら。……さあ、準備はいい? 行くわよ!」
そうして僕らはともに、駆け出した。あの時とは違い、同じ方向へ。僕は少し前を行くアルテアさんの背中を見つめて、同じように笑って追いかける。今なら、きっとどんな壁だろうが門だろうが、越えられるに決まっていた。