プロローグ(1)
前作「ゲームの中で魔王から世界を救おうと思ったらジョブが魔王軍のスパイだった」の続きになります。
たまに前作の人が出てきたりしますが単体でも読めるように書く、つもりです。でも前作も読んだ方が楽しめると思いますよ!(あからさまな宣伝)
では、完結目指して頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします。
夢の中にいるようで、どこか現実感のない、そんな光景。どうやら自分が床に倒れているらしい、ということだけが分かった。
周りの景色から色が消え、ふっと意識が遠くなる。このまま自分はもう2度と起き上がることはできないだろう、と何となく理解した。周りの音も次第にふわふわと途切れて、何も音が聞こえなくなり。何となく、自分がこのまま死ぬんだろう、と感じて、その静けさの中に、どこまでも沈んでいく。そして、そのままどれくらい時間が経ったのか、分からなくなったその時に。
「――ら、――」
……あれ。なんか聞こえる。
「――れで、――」
近くで誰かが喋ってるみたいだけど、ぼそぼそ言ってて内容が良く聞こえない。もっと大きな声で喋ってほしい。
耳を澄ませる。まるで自分が宙に浮いているような浮遊感だけがあった。目を開けようとするも、眩しくて何も見えない。ただ、何かを手に渡されたような感触があって。……触ってみる。すべすべとして、ひんやりしている。なんだこれ。
……そして、最後にかけられた言葉だけが、やけにはっきり耳に残った。
「――別に何か特典を渡す訳じゃないけど、これはないと困るだろうから、あげる。こういう言い方で正しいか自信はないけど、お餞別。……それじゃあね」
「――待って!」
手を伸ばして、ぱちりと目を開ける。……なんか嫌な夢を見た気がする。具体的に言うと、自分が死ぬ夢的な。だいたい夢の中で自分が死んだ時って体がびくってして目が覚めるから、最後まで完走するのは珍しいよね。僕はぼんやりしたまま、何となくそんなことを考えながら枕元のスマホを手で探った。……今何時?
寝ころんだまま、何度か手を動かすも、何もない。やたらつるつるした床の感触だけが、指先に残った。……あれ、床……? 寝ててベッドから落ちた? それで起きないってどんだけ熟睡してたんだ。僕は寝起きで霞んだ眼を擦りながら、目を開けた。じわりと眼尻から涙が零れ、何故か大切なものを無くしたかのような喪失感に包まれる。……?
とりあえず目を閉じたまましばらく落ち着くのを待って、もう一度目を開ける。
……まず目に入ったのは、木が組まれている天井。体を起こして見回すと、そこは窓のない、小さな小部屋のようだった。床は板敷で広さはうちのワンルームと同じくらいだから、8畳くらい? 奥に祭壇らしきものがある他は、部屋の中には何もない。……!? え、マジでどこ、ここ?
寝ぼけてゲームにログインしたまま、とかだろうか。僕は昨日も夜遅くまでやっていたVRゲームにこんな場所があったっけ? と考えるも、やはり覚えはない。きょろきょろとあたりを見回していると、ふと手から何かが滑り落ちるような感覚の後、足元から「カタン」と音がした。
「……何これ?」
床に転がった物をかがんで拾い上げてみると、それは小さな赤い宝石だった。角度を変えると煌いて、とても綺麗。それを見た瞬間、僕は理解した。やっぱりここはゲーム内だ。現実世界で僕の手元にこんな宝石がある訳ないから、これはほぼ確定である。……ログインした覚え、ないんだけど……。とりあえず今の現状を確認するべきかな。
僕は続いてステータス画面を呼び出そうとして、失敗する。……あれ? 心の中で「ステータス」って思い浮かべたら、表示されるはずなのに。
……故障? 不具合? それともまた運営の嫌がらせかな? それでこんな見たことない場所にいきなりいる説明にもなるし。……それはないか、と信じきれないのがこのゲームの運営である。僕も今やその一員ではあるから、責めきれない部分はあるけど。
僕が今職場としている、この、現実世界を再現したかのようなVRゲーム。プレイヤーはこの、魔法やスキルのある仮想の世界で、冒険に勤しむもよし、生産に打ち込むもよし、NPCとの触れ合いを楽しむもよしと、様々なゲーム内での生き方を選ぶことができる。
僕がこのゲームに関わることになったのは、正式にサービス開始する前のテストプレイに応募したことがきっかけで。そのテストプレイ中、僕はなぜか現実の性別に反して女性キャラを演じることになっていた。うん、なぜか。気がついたらそうなってた。……いや、正直、こっちもちょっとノリノリだった部分もあるのは否めないけど。だってどうせなら可愛い女の子キャラになってプレイもいいな、って思ってたのは事実。それは認めようではないか。……ただ、他の選択肢は欲しかったよね。なぜ強制だったのか。
まあ結果的にはいい友達もできたし。テストプレイ後に勧誘され、僕も今は運営側のマスコットキャラとして仕事も得られたわけだから、良かったことは良かったんだけどね。……ただ、僕は変わらず女性キャラとして。自分を客観的に見ると精神に何か致命的なダメージを受けるような気がして、もはや公式HPとかは第一級の危険地帯と化していて、見られない。キャラの姿自体は、緑髪に紫目の可愛い女の子の姿とはいえ、ねえ……。
……そういえば、自分の体をよく見たら、女性バージョンである。現実世界に比べ、全体的にちんまり。まずそこに気づくべきだった。ゲーム内であること確定。……服はなんかワンピースっぽいの着てるけど、イベント衣装か何か? ただ、全体的にどこかちょっと違和感がある。……なんだろ?
……とりあえず、ここでいるのもなんだし、外に出ますか。僕は部屋の端に1つだけある扉を開こうと、手をかけた。
――ガチャ、ガチャガチャ。バキッ。……鍵がかかってる……。うん、まあいい。何かが壊れる音がしたのは気のせいということにしておこう。結局開いてないし。
それよりも、祭壇にお供え物的な何かがあるってことは、きっとここにはそのうち誰か来るだろうから。僕は祭壇を暇つぶしに眺めると、魚の骨? やら木の枝っぽいのが祭壇の前に重ねられている。……しばらくまじまじとそれを見つめるも、飽きて他の場所に目を移す。……ここ、ほんとに何もないね。
****************
「エリック!今日のお供え物、頼んだ」
「はいはい」
女神への供物は、毎日の夕方。その役目は神殿の司祭の息子である、エリックに任されることが多かった。茜色に染まる通りを駆け抜け、街の中心にある本堂と、街外れのご神木のふもとにある祠の2か所。はるか昔、この神木のふもとには、神の御使いが降臨したことがあるという。数十年に一度しか現れない、神の御使いは、強大な魔力で多彩な魔法を操った。その言い伝えを、エリックは毎晩のように就寝前に聞かされたものだった。
……そして、いつものように、本堂にお供え物を備えた後、小さな祠の方に回って、エリックは息を呑んだ。
……4つあった錠前のうち、1番大きなものが辛うじて引っかかっており、それ以外の鍵はすべてがねじ曲がり、壊れている。……まるで、強大な力で無理やりこじ開けようとしたように。ガチャンと鍵を開け、焦って扉をくぐり。中は真っ暗なので魔法で灯りをともし、中を見回す。御神体は、無事だろうか。
「……うわっ!」
誰か、いる。――鍵が、かかってたのに?
部屋の端で、10代半ばくらいの女の子が、自分の膝を抱え込むように座って眠っているのが見えた。しばらく眺めていると、目を覚ましたようで、女の子は伸びをして立ち上がる。その動きに、きらきらした魔力の軌跡を見取り、エリックはしばしそれを凝視する。この子は、まるで魔力の塊のようだった。
「まぶしっ」
そうその子は灯りを見て呟き、エリックの方を見て、首を傾げる。
「すみません、開けていただきどうもありがとうございました。ここでこのまま出られないかも、と思ってちょっと心配しちゃいました」
続いて出てきた台詞は、エリックにはよく理解できない言葉だった。
「……どういうイベントなんですかね?」
そう言って、目の前の彼女は短めの金髪を揺らして、困ったように、笑った。