海のツキ
〈海のツキ〉
1
前もって死んでおこうと思ったので、屋上に行った。
そうしたらば、奴がいやがったのである。
櫻井という二年生だということは、何度も図書室で名札を見たから間違いあるまい。奴はいつも日当たりのいい所を陣取って、澄まし顔でお勉強している、髪はさらさら、まつ毛がくそ長いガリ勉くそメガネ野郎だ。ここに来ても、奴は日当たりのいい所を陣取って、優雅に昼下がりのスタディタイムを過ごしていやがる。常に知力をから揚げに添えられたレモンの如くぎゅうぎゅうに絞り、脳細胞に刺激を与えていなければ気が済まない万年お受験シーズン野郎に違いないのだ。
ならば、奴に俺の死を見せつけてやろうと思い至った。俺の死を目撃するのに、奴ほどふさわしい役はいまい。奴があたふたしているのを高みの見物してから死んでやるのも面白いだろう。どうせ奴が下の階へ行って誰かを呼ぶ頃には、俺の呪われし黒ずんだ肉体は散り散りばらばらになり、血肉の世界地図は完成されている。そして誰しもが、夢に出るほどのトラウマを脳髄の奥まで植えつけられ、ことあるごとに阿鼻叫喚を再現することとなるのだ。
屋上のフェンスはグラウンドのものよりも高く、上部に行くにつれて内側に沿っているからきつい運動量を強いるだろう。しかし俺は木登りとか、あのカラフルな石がついている壁をよじ登るやつが得意だからいける。
奴がのん気に参考書を開いているのを尻目に遺書を置き、風で飛ばされないように靴を置いた。フェンスを掴み、足をかける。かけるというよりも、つま先を網目の隙間にねじ込む感じだ。指に食い込んでくる痛みはあったが、数分間の辛抱だ。
俺はなかなか筋がいい。もう二メートル登った。もう三メートルだ。もう少しで難関の反り部分だ。自殺防止だか何だか知らないが、だったら初めから屋上に鍵をかけていればいいし、はなから屋上なんてものを作らなければいいのだ。屋上は死ぬために開放されている。言うなれば俗世の出口と思っている。
おそらくこのフェンスは校舎のデザイン性を高めさせるためだけにあるのだ。この私立××中学校はデザイン性を重視していることくらい見ればわかる。可愛い(あわよくば学力もある)女子を呼び込むためのセーラー服。太もも辺りまで丈を短くしなければバランスが悪いスカート。容姿が良くなければ見栄えが悪いデザイン。自分の外見にフィルターをかけてさえいなければ、制服が可愛いからという安直な理由で入ろうと考える女はいまい。
親が勧めたから――それならば同情の余地もあるだろう。お前の両親は我が娘の顔の良し悪しすら判別できないオメデタさんだと称賛することができよう。ならば両親に全責任を押しつけるため、共にこの世に唾を掃き捨てようではないかと誘うこともできよう。
俺は指の力には自信がある。いけると思った。第二関節の皮膚がめくれ、穢れた血がにじみ出てきているのがちりちりとした熱でわかる。もう少しだ。
「ちょっとあんた、間違ってるじゃない」
気持ち悪い声が俺の耳の産毛を下の方から逆立てた。
「あんた、これじゃあ遺書じゃなくてケン書じゃない」
首をどうにか声のした方に曲げると、櫻井が遺書を読んでいた。奴はそれを俺の方に見せつけた。
「ここ。『遺』の漢字が間違ってる。これは派遣の『遣』よ」
奴は澄まし顔でその部分を指して言った。
「このままじゃ馬鹿にされるわよ。ニュースでこれ映されたらどうすんの。ネットで拡散されたらどうすんの」
腹が立って腹が立って、煮えくり返る。なぜこんな薄汚い野郎に漢字の間違いを指摘されなきゃいけないのか。怒りが胃と共に押し上げられそうになるのを冷静沈着にこらえ、ひとまず俺はフェンスから降りてやった。どうやら首を筋違えたらしい。
「お前、オカマなんか」
「そうよ」
と、野郎は俺の胸元を舐めるように見る。
「テレビの中の生き物だと思ってたぜ」
「オネエタレントと比べればキャラ薄いけどね」
「おもしれえ。言いふらしてやろう」
「誰も信じないわよ」
「なんで俺にはオカマ口調でしゃべってんだよ、きんもっ」
「あんた死ぬんでしょ? だったらいいじゃない。きもくて結構。あんただって人のこと言えないじゃない。漫画の読み過ぎよ」
「うるせえ、ボケが」
「ボケはあんた。ほら、書き直す。他にも日本語おかしいとこあったんだから」
オカマメガネは遺書を押しつけた。
「後輩のくせにタメ口きいてんじゃねえよ」
「あら、ご免遊ばせ。滝ツ瀬、さ、ん」
オカマメガネは厭味ったらしく手をひらひらさせて投げキッスをすると、参考書を片手にいなくなった。
――いやらしい奴だ。
俺は遣書をぐしゃぐしゃに破り口に放り込んだ。ぎりぎりと咀嚼して、吐き捨てた。ぷっと吹き飛んだ先に、田瀬月子がいた。
俺の汚物を拾い上げた彼女は、何事もなかったかのようにいなくなった。
俺には三人の兄がいた。長男の太陽は俺が生まれる半年前に海水浴で死んだから、俺には二人の兄がいる。入れ代わりのように俺は生まれたから、両親には随分と甘やかされることとなった。
三男の大地はまだ幼かったこともあったから、太陽に関する記憶はほぼ薄れたと言っていいだろう。俺に対してずっと兄貴ぶった。兄だから当たり前だ。
大地は当時丸刈りサッカー少年で、いつも付き合わされた。しかしその後は必ず駄菓子屋でおやつを買ってくれて、俺はそのためだけにサッカーに付き合っていた。大地はそれを知ってか知らずか、いつも下唇がめくれるほどの歯ぐきと笑顔を向けていた。青い鼻水を垂らせば昭和のクソガキのできあがりだ。
あいつも俺には甘かったのだろう。ボールで怪我をしたら、転んだらどうするんだ、と母さんは叱ったが、大地は大地で、強い体になれば怪我をしにくくなるとか何とか、ませた反論をして母さんをキーキー言わせた。
俺が一度近所のクソガキに泣かされたことがあったから、大地に頼んで金玉の蹴り方を親父と母さんに秘密でレクチャーを受けた。俺はクソガキに復讐した。クソガキの親から知らされて、大地は親父からげんこつをくらった。お母さんは俺に向かって泣きじゃくった。俺は何も悪くなかったから誰にも謝らなかった。
二男の海洋は太陽と双子の兄弟だ。奴はいつも俺をにらんでいた。ゴミを見るような目で見下していた。俺は一時、自分が臭っているんじゃないかと思って入浴時間が増えた。母さんに恥を忍んでねだって香水も買ってもらった。奴は余計に臭そうに見下していた。
俺は勇気を出して言った。俺のことが嫌いなのか。奴は答えた。
「代役のくせに。全然おれに似てない。太陽さえ戻ってくれれば、お前なんか用済みなんだ」
太陽が死ななければ俺はいなかった。奴はそう思い込んでいたのだ。俺は月でしかないらしい。太陽が沈んだことで海洋は暗くなった。月ごときの明かりで満足できないのだろう。
俺は太陽じゃない。誰よりもそれをわかっていた。そのはずだった。しかしながら、どこかで俺は写真やビデオ映像でしか知りえない太陽の数少ない面影を探っていたのだろう。欠片を紡ぎ合わせようとしていたのだろう。
海洋のためだったのか、自分の心を守るためだったのか、結果的に自尊心を反故するような結果となった訳であるからこの際どうでもいいだろう。出来上がったのは太陽とは違う、月とも違う、訳のわからない物体だった。月とすっぽんということわざがあるが、すっぽんですらない。比較するべきではなかった。母さんが泣いたのはそれで二度目だった。
親父は太陽の遺品を隠そうとした。海洋は捨てられると思ったのだろう、暴れた。親父は奴の気持ちを考えず、目の前に現れた謎の物体への対策に焦っていた。親父は知らずと海洋を否定したのだ。
海洋は衝動的に親父をハサミで刺した。死にはしなかったし、元々会社の重役だった親父も大事になることを避けるために日曜大工のヘマだと病院をごまかした。海洋はそれっきり死んだ魚のように目がうつろで、口もだらしなく半開き。放心状態が続いている。
初恋は小学の三年の時だったから、六年前だ。アメフトの試合で、サッカーで培われた俊足と跳躍力を買われてワイドレシーバーとなった大地を応援しに行った日だ。
女二人と女の子がいた。女の子が三人だったのかもしれない。俺には女二人の方は大人に見えた。俗に言うおねえさんというやつであるが。
女二人に連れられていた女の子が可愛らしかった。髪はショートボブ。淡いピンクの花柄ワンピースを着て、つばの広い麦わら帽子には白いリボンが結ばれていた。夏場だったから、あの子はやわらかそうな頬を赤くしていた。おねえさんからタオルを渡されて顔をぬぐい、日焼け止めを塗ってもらっていた。
俺は大地のポイントを見逃した。兄貴のスーパーファインプレーなんかよりも、あの子がおねえさんに、しっとりとクリームを塗ってもらっている様子の方が見応えがあった。
いやらしい――。
おねえさんが。
あの子が。
そして俺も。
はて、大地のチームは勝ったのだっけ?
忘れた。俺は試合が終わってからも、家に着いてからも、あの子のことを考えていた。
今、確信した。あのガリ勉くそメガネ野郎が。万年お受験シーズン野郎が。
あの子だったのだ。
あの子は女の子のふりをしていやがったのだ。実は双子じゃないか、親戚じゃないかと考えるようにしていたのに。
そうか、そういうことだったのか。男だとわかっていながら。あのおねえさんは。
いやらしい。
いやらしい奴らだ。
どいつもこいつも、クソ野郎だ。
2
また櫻井が屋上で勉強していやがったと思ったら、雑誌なんか読んでいやがった。しかも赤文字のファッション雑誌だったから邪魔してやろうと思った。
俺は隣にどかりと座り、奴の肩に頭を預けた。男のくせに平べったい肩をしている。俺の方が肉はあるみたいだったから憎々しい他なかった。
「なあ。お前、本当にオカマなんか?」
「そうよ」
「マジで? 中学生のくせに」
「オカマに年齢制限なんてないわよ」
「ふうん。本当に、女に興味ない訳か」
俺は興味半分でさらに擦り寄ってみた。櫻井は眼鏡の位置を直しながら、俺を横目で見下してきた。
その目だ。汚物を見るような目。正体不明の物体をうかがうように。海洋と同じように。俺を蔑んでいる。
「ビッチじゃあるまいし。もっと別な方法で誘ったらどう?」
「それに関しては否定しないとか」
「別に。あんたみたいなのが男とイチャコラするところなんて、あたしは想像できないし。それとも本当にビッチなの?」
「んな訳ねーだろチンカス野郎」
チンカス野郎は鼻で笑って、読書の邪魔しないでよ、と頭を置いている肩を揺すってきた。
「それで読書とか、幼稚」
「簡単な漢字を間違える方がバカだと思うけど」
「うるせえ、ガリ勉オカマ。ガリ勉ならンなもん読んでんじゃねーよ」
「ガリ勉はキャラ作りなの。別にあんたの前ぐらい自然体でいたっていいじゃない」
「他の奴が来たらどうすんだよ」
「その時は、これはあんたの私物だって言うわ」
「最低だな、マジで」
「その制服は私物なの?」
「はあ?」
「おさがり?」
「何でそうなんだよカス」
「まあいいわ、そんなことより」
メガネオカマは完全に雑誌から顔を逸らし、俺と向き合った。
「遺書は書きなおした?」
メガネオカマはしばしフェンスの上部を指差した。
「あそこまで登ったんだから、てっきり本気なんだと思ってたけど、違うの?」
「そんなに俺に死んで欲しい訳か」
「じゃなきゃあたしがカミングアウトした意味がなくなるじゃない」
狂っていやがる。オカマは男よりも女よりも感覚が違うのだろうとは思っていたが、こいつは格別に頭がいかれていやがるのだ。
「で、死ぬの? 死なないの?」
俺に死を催促してきやがる。もし遺書を書き損じていなければこの野郎は見捨てていたのだ。俺の死にざまに鼻白むことなく、フンとおざなりに笑い捨てるつもりでいたに違いあるまい。そして事件の目撃者として、説得を試みたが間に合わなかった、心を開いてくれなかったと涙ぐませて同情を誘い、人畜無害な心優しいガリ勉を演じ、先公の心証を良くしようという計画だったのだ。何てクズだ。
俺は死にたかった。自分は一体何者なのか、人間であるのかもわからない。俺は人間の皮をかぶっているだけの、太陽になり損ないの何かだ。死ねば肉体から魂が抜け出る。そうすれば自分の正体がわかるだろう。四足だが、すっぽんですらない、どす黒い何かだ。
俺は死にたかった。もしかしたら、太陽が戻ってくるかもしれない。どこからともなくひょっこりと、写真やビデオ映像通りの調子で帰って来るかもしれない。月が沈めば自然と太陽が昇るものだ。いや、俺は月なんかじゃない。この世界には太陽も月もないのだ。
俺は死にたかったし、その有り様を、謎の物体を学校の奴らに見せつけて、一生脳裏に焼き付けて苦しめてやりたいと思っている。ええかっこしいな××学校の華のイメージをぶち壊し、経営難になればいいと思っている。特にこいつは存在自体がいやらしくてクソだから、俺を止められなかったことを永遠悔めばいいと思っていたのに。
命令されるのは鼻につくし癪に障る。
「今はやめとく。くそったれ」
「じゃあいずれ死ぬのね?」
「俺は死にたい時に死ぬ。オカマ野郎に指図されたくない」
オカマ野郎は素っ気ない「そ」の一言で、雑誌に目を落とした。俺は距離を置いた。男とぴったりひっつくなんて愚かだ。汚らしいオカマ菌が移るかもしれないというのに。
ついでに俺も退屈だから雑誌を覗き込む。背が高いくせにヒールなんか履いて、それ以上高く見せてどうしたいのか理解できない。俺は背の低い女の方が好きだ。見下されなくて済む。
「お前、聞いたりしねえの?」
「なんで死にたかったって? 聞いてほしいの?」
「別に」
「ならそんな質問しないでくれる?」
「お前は死にたいって思ったことある?」
「ないわよ」
「嘘だ。オカマのくせに」
「偏見かまさないでくれる?」
「心と体が一致しないのって苦痛じゃねえの?」
核心をついて傷をえぐってやろうとしたが、櫻井は平然としていた。
「いちいち男らしくしとかなきゃ周りに馴染めないのが苦痛ね、あたしは。今って情報社会じゃない。比較的早いうちに自分はオカマなんだって自覚したから、演じることでいじめられることを避けられた訳。うちのお父さん頑固でさぁ、オネエタレントのこと嫌悪してんのよね。あと宝塚とか。男は男らしく、女は女らしくってね。カミングアウトしたら殴り殺されると思う。まだ勘当されたくないし。おこづかいもらえるうちは良い子でいるわ」
あのおねえさんは家族じゃないのか。親戚だろうか。――どうでもいい。
「ずっと内緒にしとくつもりかよ」
「親にはね。早いとこ家を出るつもり。あとは環境によるかな。自然体でいられるような高校生活を送れたら最高なんだけど」
「ねーよ、そんな学校」
俺がそう言い放つと、クスクスといやらしく笑い出したから気持ち悪い。
「性転換とか考えてんの?」
「いいえ」
「ちんこがぶらさがっててキモくねーの?」
「オカマでもタイプがあるの」
「普段は女装してんの?」
「しないわよ」
嘘をつけ。とぼけたって無駄だ。俺は知っているのだ。スカートを履くことに何ら抵抗がなく、自然な女の子のふりを楽しむことができることを。スカートの中で男のシンボルをぶらぶら揺らしているにもかかわらず、それがあることを周囲が気づくか気づかないかと胸を高ぶらせることすら快感であることを、知っているのだ。心は女のくせに、容器は男で構わなく、その装飾は女にする三重構造。意味不明だ。
「お前絶対に女の格好いけるぜ。試しにやってみろよ」
「勘弁してよ。何のネタにするつもり?」
「俺が爆笑するだけ」
「爆笑じゃなくて大笑いでしょ。爆笑は大勢で笑うことよ」
「いちいちつっこむんじゃねーよ。そこは男かよ」
「もうやってらんない」
櫻井は大袈裟に溜め息をついて、雑誌を閉じると無愛想に立ち去った。後ろめたさがあって逃げたのだろう。クソ野郎だと思った。
入れ違いに月子が現れた。許可した訳でもないのに俺のそばに座り込む。その顔に似つかわしくないダサいスカートがいい加減に折れ曲がる。可哀想に。お前の親は哀れな頭をした人間だ。
月子は幼稚園からの馴染みだ。毎回クラスが一緒で、ことあるごとに俺のところへ寄ってくる。猫みたいな奴だ。猫みたいに眼はでかくて、俯きがちに顔をなで回している。触り過ぎるからニキビが悪化するのだ。
月子からは妙に信頼されている。園児の時に、彼女は俺に秘密を明かした。兄弟の死と、暴力。
そうして俺たちは繊細でくすんだ糸で結ばれた。なぜ俺にしたのか、月子は教えてはくれない。切なげにうなだれるだけだ。
無条件に受け入れるしかなかった、暴力と死という秘密の共有は、確実に俺の心の陰りを濃くした。幼くして俺の心はずたずたにされた。
そうだ、俺は月子の影なのだ。心のよりどころなのだ。頼りにされているのだ。しかし、だから何だというのだ。月の影なんて、闇夜に紛れて存在しないも同然じゃないか。
一体俺は、何のために生まれてきたのか。アイデンティティーはあるのか。
わからない。わからない。
3
最低な夢だ。俺はどす黒い四足の物体だ。直径十メートルの巨大な黒い心臓が脈動している。
ナウシカのどろどろ巨神兵よろしく、もののけ姫の祟り神よろしく徘徊するのだ。月のない夜の海辺を疾駆するのだ。朝日に怯え、灼熱に耳障りな悲鳴を上げて、炭酸の泡のように溶けて蒸発していくのだ。
腐った夢だ。異端な存在だと確信してからより鮮明になり、忘れてしまうことを許されなくなった。俺は呪われし者だ。腐敗を運命づけられた哀れな存在だ。
これは正夢なのだ。むしろあっちの世界が現実なのだ。あれがやがてこっちの世界に影響を及ぼす。天啓を授かったのだ。
やがて全身の毛穴から黒い体液がにじみ出てくるのだろう。鏡の前で顎のニキビを潰したら、黒く粘っこい膿が出て洗面台を汚した。翌朝に確認したらほくろができていた。
近頃はもっとほくろやしみが増えた。太陽の黒点のようだった。やけにそわそわして、どことなくワクワクしている。
誕生が近づいているのだ。俺はサナギだ。内側では刻一刻と、真の怪物化が進んでいる。黒い心臓が脈動している。
オオ、イエイ、ウェルカム。どれだけおぞましい姿となるのか楽しみになった。心も体も、俺は怪物の虜となっていくのだ。
それにともなって、海洋は俺になついた。たまに俺のことを太陽と呼ぶ。俺の努力は実った。俺が帰宅するなり奴は安堵の表情を浮かべた。俺は幻覚魔法が使えるようになった。親父も奴の前では俺のことを太陽と呼んだ。親父は母さんに対してもそれを強要した。
一方で、大地は俺のほくろやしみを両親よりもしつこく指摘した。そこで俺は露出している部分は月子が学区外のコンビニで購入してくれたファンデーションで塗りたくり、塗り薬で治ったと嘘をついた。今は脳みそ筋肉の馬鹿な大地をあしらう方が面倒だ。
そんな頃に、櫻井がまた余計なうんぬんをほざきやがったのである。
「あんた、首にまでファンデーションを塗ってるの?」
と、隙をついて人差指で俺の首筋をなぞりやがったのである。俺はぞくっとした。どんなにこいつが否定しようが、いやらしさは手先に現れるのだ。ついたファンデーションを親指と中指の腹とでこすり合わせるのがまさにそうだ。女々しい野郎だ。母さんにもばれなかったのに、女装癖がある奴は目の付けどころが違うらしい。
「ちょっといつから? いつからそんなんなの?」
「てめーには関係ねぇだろ」
「ないけど心配ぐらいはするっての!」
櫻井は目を三角にして、素っ頓狂な声を出した。こいつが焦りをあらわにしたのは初めてだったから気分が良かった。
「病院に行ったんでしょうね?」
「ああ行った行った。オカマは美肌気にするもんな」
「話をすり替えないでよ。本当に、行ったのね?」
「行ったつってんだろ、しつけー野郎だな。死ねって言ってるくせに心配とかマジ矛盾じゃねーか」
櫻井は澄まし顔で肩をすくめた。俺が最もむかつく気持ち悪い仕草だ。
「あんたも死ぬ気がないくせに死ぬ死ぬ言ってんじゃない。あたしには心配されたいけど大騒ぎされても嫌だからそうやって下手に隠してるように見えんのよ。実際はどうな訳? 何が正解なの?」
「マジでうぜぇよお前」
「ほら、そうやって悪態ついて逃げる」
年下のくせに達観しているかのような態度だ。自分は大人だと思っていやがるのだ。オカマのくせに男よりも一足お先に精神が発達していると思っていやがるのだ。オカマな自分を受け入れているあたしってば健気な乙女ぇ、キャハハ、キラキラハートマーク、だと思っていやがるのだ。
俺は暗黒の溜め息をついた。霧状の悪意が広がる。
「本当に逃げた方がいいのはてめえの方だ」
「何それ」
「避難と言ってほしいね。俺はいつか周りにいる奴らを誰でもいいから殺すんだ」
「ふうん。最初の被害者はあたしな訳?」
「お前は最後まで取っておいてやるよ。それが一番恐怖だからな」
「あらそう」
いつまでもすかした態度を取っていやがるから、俺はポケットからカッターナイフを取り出してやった。生きていて我慢の限界に達した時、これを使って暴れ回ってやるつもりだった。警官が来ようが自衛隊が来ようがへっちゃらだ。散弾銃でハチの巣にされたって、そこから俺の本性があらわになるだけだ。黒い体液が吹き出し、固まり、無数の脚となってうごめくのだ。
ようやく俺の本気を察知したのだろう。こいつは黙り込んだ。俺はにやりとした。
「……本当にどうかしてんのね」
真顔で、ようやくしゃべったかと思えば。
「そういう時は定期的にストレスを発散しなきゃよ。趣味はないの? フェンスよじ登るのはうまかったから、ボルダリングとかどう? そういう施設知ってんの」
焦りからか早口になりやがった。これはこれで大地並に面倒だ。
「興味ねえよ、そんなもん」
「そう。じゃあさ、カラオケ行ったことある?」
「ある訳ねーじゃん」
「じゃあ放課後行きましょ。安いとこ知ってるから。曲数は少ないけどね」
奴は浮かれていた。
本当に奴は歌いたいだけだった。オカマ野郎は俺にタンバリンを押しつけアイドルソングばっかり歌った。キャンディーズとかピンクレディーとか、昔の歌ばかりをきゃぴきゃぴと踊りながら歌った。そうかと思えば宝塚の曲も歌った。裏声を駆使して歌った。奴は早く曲を選ぶよう、間奏中に命令した。タンバリンで撲殺してやろうかと思った。
俺はお金がもったいないと思って、仕方ないから適当な曲を歌った。櫻井は馬鹿みたいに口を開けていた。そうかと思えば、俺が歌い終わるなり発情期のサルみたいに喚いた。
「すっごおい! のど自慢大会に出られるんじゃない? 予選大会出たらどうなの!」
「てめえが出てろや」
「馬鹿ね。お父さんにばれたら殺されるじゃない。こっちは出たくてもまだ出られない事情があるのよ」
「女装すればいいだろ。ほんで偽名使え。プリティーチェリーブロッサムなんてどうだ」
「うげげ、だっさ。でもそうね、そのネーミングは頂けないけど、あんたが予選に出るっていうなら、あたしも女装して出てあげてもいいわよ」
「は?」
「だから女装してあげるって言ってんの」
二人きりの狭い個室というシチュエーションで気がおかしくなったのだ。タンバリン殺人事件の可能性もにわかに否定できまい。
「誰が好きで見るかっつうの」
「前は随分の興味があるように見えたけど」
いやらしい目で見つめてきやがったから舌打ちする。このオカマ野郎は下腹部をぞわぞわさせるのがうまい。やけに茶色く澄んだ魔性の目を持っている。カッターナイフでえぐり取って、飲み込んでやりたくなった。きっとカフェオレみたいに甘ったるいのだろう。そうすれば俺はもっと黒くて強い怪物に変身できるに違いない。
4
『若きウェルテルの悩み』に興味を持った。主人公と同じやり方で自殺をした奴がたくさんいて、社会現象にまでなったなんて現代文の先生がどや顔で言うから、どんなもんかと読んでやろうと思ったのだ。
図書室にも行きつけの図書館にもなかったから、仕方なく古本屋で探した。立ち読みしようとしたら店のサル顔の親父がこっちをにらんでいた。茶色い店内で茶色いジャージの奴は同化していた。俺は無駄遣いを一切してこなかったから金は余っていた。しょうがないからサル親父に恵んでやった。
俺は普段から部屋に鍵を三つかける。それぞれ親、海洋、大地を意味している。かけなければ親が堂々と入ってくるし、一つかけても海洋がドアを蹴りまくって破壊したからだ。オナニーをするのに二つかけても、どうせ察知した大地がタックルして突き破って叱るのがオチだろうと思って三つだ。
俺の部屋には何もない。敷布団と座卓と衣装ケース。手鏡と化粧道具。あとは大地がよこした漫画数冊とユーフォーキャッチャーで得た何らかのキャラクターのぬいぐるみぐらいだ。大地は顔に似合わず少女漫画が好きで、俺に感情の共有を求めてくるからかなり面倒くさい。公園でエロ本を拾った時も、奴は慌てて取り上げてカンとビン専用のゴミ箱に無理やり突っ込んでいた。中学生になっても俺に純情さを求めてくる辺りも相当に気色悪い。
さて、買った本の内容に対して、特に感想はない。
俺は無性に腹が立っていた。本の頭に行きつけの図書館のハンコが押されてあったからだ。誰かが小遣い稼ぎで盗んで、あのサル親父に売ったのだ。なぜ買おうとする前に気づかなかったのか。金を払ったのに盗みを働いた気分だった。俺まで共犯にされた気分だった。図書館に行ってサル親父のことを告げ口してやろうかと思ったが、同時に俺の罪まで明かされ責められる感じがして、結局はこの本を床に叩きつけ、真っ二つに引き裂いて、また床に叩きつけただけだ。
一ページも読まなかった。読んでいたところで共感できるところなどあるはずもないのだ。公園のカンビン専用ゴミ箱に突っ込んで蹴ってやった。
脳が黒に犯されていっている。前頭葉がうめき声を上げている。
ずきずきとする。心臓が跳ね上がると、脳みそも頭蓋骨を叩くのだ。これはカウントダウンなのだ。
くたびれたジャージを着た知らないおっさんが話しかけてきた。気分が悪いなら吐いちゃおうと、肩に腕を回して公衆便所に促そうとする。どいつもこいつも気色悪い。どいつもこいつもいやらしくて、いやらしくて、腐れ脳みそのクソ野郎どもだ。
目を合わせると、おっさんはぎょっとしていた。俺は嬉々として足元に転がっていた栄養ドリンクのビンを奴の黄色い歯に打ちつけようとしたが、その前に逃げられた。軟弱な後ろ姿だ。ああ、カッターナイフで鼻を削ぎ落してもよかっただろう。
無事に変身を遂げたら、まずはああいう奴らを始末してしまうことに決めた。一匹見つかれば何十匹もいるとかなんとか聞いたことがある。ならば分身するしかあるまい。死を超越する未来の俺は何だってできるのだ。
――ブランコをだらだら漕いでいる月子を発見する。首を気だるげに持ち上げて、何か言いたげに唇をもぞもぞさせている。
「何だよ。文句あんなら言ってみろや」
いつもいつも、こいつは俺を見ているだけだ。俺の醜態を糾弾する訳でもなく、ただ観察している。行く末を見守っているとでもいうのか。秘密を押しつけてきたのはテメェだぞ。
「俺はもう、疲れたよ。お前の相手をすんのは」
見放そうとしても、月子は唇をもぞもぞさせ、顔を触りまくることしかしない。そもそも俺たちは意思疎通ができていたのだろうか。一方的に振り回されていただけじゃないのか。自分だけが楽になろうとして、俺のことはどうだっていいのか。
死と暴力の秘密は呪いとして俺に付きまとっている。俺の心に根を張っている。それなのに他人事だとでもいうのか。だったらもういいさ。
怒りはあっという間に通り越して虚無感に包まれる。月子のことなんてどうでもいい。もうどうだっていいのだ。
5
海洋が海開きを理由に海に行こうとねだってきたから渋々ついていくことにした。ついでに大地も誘ったらこいつもガキみたいにはしゃいだ。
海洋は水着を持ってきていた。俺は浜辺をぶらつくだけにしていたが、奴は浅瀬で死体みたいにぷかぷか浮いて空を見ていた。大地はゴミ拾いがマイブームになっていたから、ずっとトングを片手にポリ袋を引きずっていた。
肌寒くなってきたし、潮風で髪がべとついて気持ち悪かったから帰りたくなった。まだ海洋はぷかついていたから声をかける。返事はなく、このまま風邪ひかれても面倒だったから、靴と靴下を脱いで近寄った。
俺は足を引っ張られ、橙の海面に叩きつけられる。
すっかり油断していた。海洋にかけていた魔法は海の力によって解けていたのだ。奴は俺が無防備に死の領域に踏み込んでくるのをクラゲのように待ち構えていたのだ。俺は束の間のもみ合いに負け、奴は馬乗りになる。
冷たい魔の手が首を押さえつけてくる。痩せこけているにもかかわらず凄まじい力で、殺意がひしひしと伝わってきた。見下す青白い顔はまるでゾンビだ。「くーッくーッ」と掠れた鳴き声を発しながら、喉仏が上下している。目は炎のように爛々として、俺の目を焼こうとしている。
なるほど。海洋は海洋で怪物になろうとしていたのだ。怪物と対等になれるのは怪物だけだから。俺が魔法をかけたことによって、体質に影響を及ぼし、魔を受け入れたのだろう。
海水が俺の体内を犯した。奴の背後に見えた太陽が相当大きい。後光だ。
ああ、これは太陽が天から戻ってくるための儀式なのだ。これで俺はもう用なし。いや、初めから用などなかったのだ。生まれてきたから、適当に扱われていただけなのだ――。
気づけば病室にいる。大地は涙と鼻水で顔をぐちょぐちょにしながら、兄失格だと謝ってきた。俺は二日間も眠っていた。
海洋は大地の手で警察に突き出されていた。二度と近づけさせないと大地は言い放った。こいつは本当に俺に甘い。両親は忙しくて見舞いに来る暇がないとか、いちいちつかなくてもいい嘘までつく。あの男と女は俺への興味が尽きているだけだ。いい加減そろそろ離婚するだろう。
大地はアメフトをやめてバイトを始めた。怪物を生かすためにせっせと働くなんて不幸な男だ。医者が俺の眠っている間に体をいじくって、でたらめな情報を与えたせいだ。
肌色の鎧が消えつつある。俺のおぞましい本性があらわになってきていた。鎖骨の辺りの吹き出物が潰れていたから黒くてやわらかい塊をほじくった。太陽にでも焼かれたか、焦げ臭かった。
櫻井がのこのこと現れたのはその翌日だ。早く病院で診てもらわなかったから悪化したのだと責めてきた。見当違いにも程があった。
「これじゃあのど自慢大会に出られないじゃない」
「マジで出る気だったのかよ」
「あんただって結構ノリノリだったじゃない」
「お前の目腐ってんじゃね?」
「ねえ、そうやって悪態つくのは構わないし、むしろじゃんじゃん言っちゃって構わないから」
「ドMかよ」
「お願いだから一人で抱え込まないで、ね? 力になってみせるから」
俺の手を熱く握って、魔性の眼差しで目を覗き込んできた。目が射抜かれ、脳内を書き換えられそうだった。もしかしたら奴も魔法を扱えるのかもしれない。魔女へと進化を遂げる素質を持つ恐るべきゲス野郎だ。
「だったら解いてみせろよ。呪いをよ」
「病気を治せるのは医者とあんたの気力よ」
「違う。これは呪いだ。チュウしてくれたら消えるかもな」
櫻井は溜め息をついてにらんだ。
「オーケー」
ゲス野郎は身を乗り出してきた。既に亀裂の入っていた夏の思い出が砕け散った。あの日の試合の声援が耳元でわぁんと膨れ上がり、ぷつりと途絶えた。
「どう? 満足した?」
こいつは救いようのない、真性のいやらしさだ。一体誰にファーストキスを捧げたのだろうか。夏のワンピースをひるがえしながら、今みたいに軽率に唇を重ねたのだろうか。それともファーストキスによって清純さという価値を損なわせてしまって、あとは穢れていくだけだとわかっているからだろうか。
「鏡見せろ」
ゲス野郎はいつもリップと手鏡を持ち歩いている気持ち悪い野郎だ。
俺はどうなっているか顔を確認した。鼻水を垂れ流した、まだら模様の醜い生き物が映っていた。はらわたが煮えくり返った。
「なんだよ! 全然解けてねえじゃんかよ! 期待させやがって!」
「あたしはあんたの王子様じゃないんだから。しょうがないでしょ」
「黙れ売女野郎! 出ていけ!」
「あたし以外の相手にはいい子でいるのよ?」
「ぶっ殺すぞ!」
「はいはい。また来るから」
クソ野郎は俺を見捨てて逃げ帰った。むしゃくしゃしたから点滴のやつを窓から投げてやった。
誰の力をもってしても、強大な呪いを打ち消すことができないのだ。こんな悪夢はもううんざりだ。ファーストキスの相手がオカマだなんて最悪だ。気持ち悪い。
唇が痙攣している。ぐつぐつと煮たついている。キスは失敗だった。奴の魔法は相性が悪すぎた。呪いが解けるどころか、悪化した。俺の中の魔が活動的になった。胎動だ。
俺は真っ黒いゲロを吐いた。ゲロは泡立って蒸発した。全身が熱い。細胞の一つ一つが悲鳴を上げて死んでいく。
この偽りの体から解放されるのも時間の問題だろう。あの時自殺を止めさえしなければ、中に眠る怪物も道連れにして楽に死ねたのに。あの時はまだ何とかできたのだ。まだ俺は人間であろうとしていたのだ。それなのにお前が止めるから、怪物が起きてどうこうあれこれしようがどうでもよくなってきた。クソビッチ野郎。
大笑いした。月子はどうでもよくなって、海洋は俺の前からいなくなって、ますます俺がこの世界にいる価値がなくなった。
俺は止めに入った看護婦を突き飛ばして上を目指した。屋上に出た途端に夕日で目が焼けた。黒い液体が足元に滴り落ちた。早く急げ。奴らが追いかけてくる。
フェンスを越えて、白衣の天使とやらを見渡した。みんな怪物誕生に血相変えて怯えている。もう遅いのだ。次に目覚めた時、俺はもう俺じゃない。
肉体が復活した時、怪物は街に繰り出すのだ。海洋のような怪物のなり損ないや、櫻井のような魔女予備軍や、そうさせたいやらしい腐れ女どもを食って回ってやるのだ。
俺は高笑いを残して飛び下りた。
太陽が手を伸ばした。ほうら、やっぱり帰ってきたじゃないか。
そして奴は光の手で俺の胸を突き刺し、えぐり取った。粘り気のある黒い心臓が天高くオギャアと産声を上げる。やわらかな小さい手を広げ、もがき蒸発していく。俺を閉じ込めていた肉体の方は糸の切れた人形のように半回転して落ちていく。
俺の役目は終わったのだ。あとは勝手にしやがれ。
俺はもう自由だ!
6
「滝ツ瀬は死んだってことでいいのかな」
「呪いが解けたんでしょ」
「呪いって。そんなもんで片付けられる問題かよ」
「彼がそう言ってたんだからしょうがないじゃない」
「お前はいつから気づいてたんだ?」
「制服の名札と遺書に書いてあったのと一致してなかったのよ」
「あー……。物心ついた時からいたからさ。あれが普通だと思ってたんだよ。結局、いつから本物の妹としゃべってないのかわかんない。……何もかも、海洋のせいだ。あいつが妹を壊したんだ。わかってたら、ぶっ殺してたのに。太陽だってきっとあいつが」
「しっ!」
「……」
「今更、怒り狂ってもどうにもなんないでしょ。あたしもあまり深く考えたくないわ。……で、リハビリの予定は?」
「下半身がやばくてさ、車椅子生活になる。でも不随じゃないからいずれ歩けるようになるって」
「そう」
「お願いがあるんだけどさ。妹の前ではオネエ口調やめといてほしんだよ。聞かれてさ、彼女いるのかなって」
「イヤよ」
「目覚めて早々、失恋なんて最悪じゃん」
「いいじゃない。あんな高い所から落ちても生きてたのよ? しかも病気まで自然治癒されつつあるってんだから。ずぶとく長生きするわよ、あの子。静かにしてればカワイイんだから、いくらでも男作れるわよ」
「やめろよ、人の妹に向かってそんな言い方。純粋なんだぞ」
「あら、ご免遊ばせ。田瀬大地、さ、ん」
〈了〉