【死にたい】時は流れる【死にたい】残酷に【死にたい】ゆっくりと【死にたい】早々と【死にたい】とめどなく【これがあなたの終点】
浮気がばれた。
悪いのは完全に私のほうだ。夫は最後まで私に尽くしてくれた。勤め先の男に私の心が揺らいだ。世界のすべてを知っているようで、仙人のように悟っているようで、それでいてなにもわかっていない男。
なんでだろう。なんであんな男についていこうと思ったんだろう。すべては過去のこと。忘れたくても忘れられない私の昔。
昔といえば。
万引きで警察に補導されたことがある。
署からアパートへと向かう道中で、隣を歩く母が泣いていた。母はなにも悪くない。なのに母だけが泣いていて、私は無感情で。ただただ、いつものお菓子よりちょっと豪華なものを食べたかっただけで。
なんでだろう。なんであのとき母は私を叱らなかったんだろう。すべては過去のこと。忘れたくても忘れられない私の昔。
そういえば。
息子が結婚したらしい。
でもすでに縁は切れている。息子は離婚した夫についていった。式には出席しなかった。その義理はないと思った。私と夫が離れたことで、息子もだいぶ苦労しただろう。さぞかし憎いに違いあるまい。
なんでだろう。なんで息子は結婚式に私を招待したんだろう。すべては過去のこと。忘れたくても忘れられない私の昔。
昔といえば。
万引きで捕まったあの夜、 母は異様に私に優しかった。
夕飯はカレーだった。牛肉やじゃがいもがたっぷり入っていた。お菓子もあった。私が盗もうとしていたチョコパイを、母はその日だけは買ってきてくれた。でもその日以降は、いつものようにご飯と味噌汁だけだった。母が食べない日もあった。
なんでだろう。なんで私のような親不孝者に優しくしてくれたんだろう。すべては過去のこと。戻りたくても戻れない私の昔。
ああ。
社会に見捨てられたような人生だったけれど。
特別なにかを成し遂げた人生ではなかったけれど。
そこにあった確かな幸せ。当時はわからなかった人の心。
「お袋、しっかりしろ、お袋!」
私の手が誰かに包まれている。
「おい、お袋はどうなってたんだ!」
「ご自宅でその……首を吊っていたところを、近所の人が……」
「お袋、俺はここにいるからな! 死ぬなよ!」
なにもない人生だった。
負けっぱなしの人生だった。
私の人生なんてくそくらえだ。
けれど