クローバーの日記帳
小学5年生の時、初めて買った日記帳は
周りと真ん中が薄い緑色で、その間を白い太い線が入っていた。
クローバーの絵が中央にあり、とても落ち着いた日記帳だと思う。
内気な自分を象徴しているのだろうか。
当時の友達が持っていた日記帳は、キラキラ輝いてピンク色のハートが散りばめられた
それはそれは、女の子らしい物だった。
私の日記は、小学5年の中旬から始まり、小学六年の終りで
机の引き出しの中に封印されてしまった。
初めての、本物の恋が終ると共に。
「おませちゃんだ」
高校3年になった。
引き出しの中に封印されていた日記帳は
押入れの、ダンボールの中へと移動していた。
中学卒業前、机を捨てる時に移動させたのだ。
その時は、色あせた緑色の表紙を撫でるだけで
中は開けなかった。
だけど、高校3年の冬休み。
大掃除をして、興味本位に開けた日記帳の中は
なんとも恥ずかしい内容だった。
しかも、すごく字が汚くて漢字も微妙に違っていたり全く違っていたり。
それは今も変わらないのが悲しい。
壁に引っ付くように置かれたベッドに上がり
白い壁を背もたれにして、その表紙を開いた。
読んで一分後の感想が、先ほどの言葉だ。
今の自分よりも前向きで、「キス」と言う単語を力強く綴っていた。
ふと思い出すのは、この日記が書かれている間
付き合っていた私の当時の彼氏。
そして、その男友達と、その彼女。
男女4人。私達は仲良しで、ダブルデートをよくする仲だった。
初めての彼とのキスは、もう一組のカップルの女の子の部屋。
「せーので、しようぜ」
その子の彼氏が、ふざけた調子で真剣な顔で言ってくる。
その違いに、私が笑ったと、日記には書かれていた。
これはよく覚えている。
でも、私は次の瞬間に気分を害していた。
「そんな遊び半分でするの、よくないと思う」
あぁ、こんなこと言ったな。
初めてのキスを、そんな調子でしたくなかった。
うん、よく覚えている。
2人きりで、いいムードでしたい。
幼い自分は、そんなことを強く思っていた。
親の居ない家で、部屋は別々にし、キスすることになった。
「ドキドキするな」
彼の次に私の言葉はこう書かれていた
「うん・・・」
恥ずかしくて、一旦日記帳をパタリと閉じる。
でも、その時の光景は隅から隅まで覚えていて
日記帳を閉じても、その後のセリフ、キスのタイミング
感触、彼の笑顔、彼の手・・・
全てハッキリと覚えている。
「抱きしめようか」
「じゃぁ、どっちが腕を下にまわそうか」
「俺が上な!頭、右に傾けろよ」
ただ抱きしめるだけなのに、抱きしめる前からそんな打ち合わせ。
開いていない日記帳から、どんどん思い出が溢れてくる。
あぁ、次は何をしたっけ・・・。
「おーいお前ら!見せ合いっこしよーぜ!」
そうそう!お互い抱きしめる姿を見せ合いっこしたんだ!
本当、恥ずかしい。
私達は上手く抱きしめたのに、あの子達は上手くできなかったっけ。
「もう一回!」
上手く抱きしめあう姿を見せたいのか
彼らはもう一回抱き合った。
「15秒だぞ!15秒!」
初めから決めていた抱きしめる時間。
私は彼とカウントをとっていく。
手を繋いで。
「恥ずかしい・・・!」
彼女がしゃがみこんだ。
本当に恥ずかしそうにしていて、可愛いなぁと私は思った。
「次!今度長くしよーぜ!」
キスや抱きしめることだけで、午後を全部使った様な気がする。
それでも、その時が、その時間が凄く幸せで
本当にこのまま時間が止まればいいのに、と思った。思っていた。
「あ、ヤバッ」
母が一階から階段を踏む音が聞こえてきた。
押入れの中が全部出された部屋は、足の踏み場も無い。
日記帳を手に取り、いつの間にか30分も経過していた。
それなのに、この部屋の汚れ様・・・。
私は日記帳をベッドヘッドに投げて、床に座って
さも「片付けてます」風な動きをした。
「俺の母さんが、付き合っちゃダメだって・・・」
彼の別れの理由がそれ。
嘘だって、分かった。
だって、私は・・・いや、言うのやめておこう。
私はあれから彼氏を作っていない。
臆病になり、性格は更に内気になった。
女子高に進み異性と話すことが無くなり、
ただ女友達と好きなアイドルで盛り上がる日々。
そんな日々が終ろうとしている高校卒業2週間前。
「・・・おぅ」
自動車学校で、彼と再会した。
END