夜光宮
暗い水の中で藻掻くみたくして、魘されてた悪夢から浮かび上がる。
あたしは汗まみれで跳ね起きた。貼りつく髪をむしり自分の顔を引っ掻く。
「ルシィーリア、おちつくがよい、おちつくのじゃ」
ほっそりとした白い腕が背から抱きすくめる。
あたしはそれに齧りついた。
「らるるる~~っ!!」
獣みたく喉から呻りが洩れる。
「よしよし、大丈夫じゃ。
また、悪い夢をみたのか」
それでもその腕はあたしを抱きしめてる。
血が甘い。甘酸っぱい果実みたいだ。
貴腐した葡萄みたいな香気がする。
あたしは陶然としてそれを啜り果肉を貪る。
「大丈夫じゃ、大丈夫じゃ。
妾がここにおるぞ。
妾がついておるぞ」
子供を抱きあやすみたいに繰り返される。
安心して口をはなすと、やさしい手が髪を撫でる。
もう片手が空に癒やしの魔法を綴る。
ふんわりとやわらかな光があたしを包んだ。
「あ~、えう~っ?」
我にかえる。うちはいまなにしとったんや?
畏れおおうてしょんべんちびれそなりながら後ろ振り向いた。
せやけど、ここは姫様といっしょの寝台やし、粗相してもうたらめもあてられへん。
うちに尻尾あったらぴったし股に挟んで肝縮みあがとったやろ。
あ、うち金玉ないやん。
流れ落ちる金の髪だけ身に纏うた白蝋みたいな肌の姫様がふわふわの羽根布団にぺたんと膝ついて座っとらはった。
まだ幼そうて乳はあんまないんやけど、ほそうて嫋娜やかな肢体しとる。
顔のそばかすと瞳の色は昔のうちのもんと似とる。せやけどうちやったんとはくらべもんならん別嬪や。
ここは王都カスタリス、夜光宮と呼ばれる宮殿の一室。
けど、寝室には暗い闇が蟠ってるみたいだった。
うち一ぺん、死んだらしい。王様から手籠めにおうて殺されたんや。さっき夢がほんまやったら二へんめなんかわからんけどな。
浮かばれんで幽霊なるとこ、姫様が可哀相おもうてな。錬金術やらゆうんで作ったやらゆー、ご自身そっくりな体に入れてくらはったんや。
「どれ、傷は残っておらぬか。うむ、かわいい。同じ姿でも中身がちがえばこうもちがうものかのう。妾は、ふてぶてしそうで憎たらしげにみえてどうもいかぬ」
空色の瞳は仄かな火影の中でいまは暗ろうにみえる。
うちの顔がその瞳に映っとる。姫様とおんなし姿の顔や。
「姫様、なにしとんのや! うちより先に自分なおしなはれ!」
ふと目落としたら血がだらだら片腕から垂れとるんに気づいた。
肉が獣に喰われたあとみとうに抉れて白い骨が覗いとる。
「ん? これか、大事ないぞ」
透けるよな肌した腕もたげて、ちらりとみやらはった。
「そないなわけあらへんやろ」
うちんことはめっちゃだいじにしとるんやけど、ご自身ことはどうでもよさげなとこある。
「これしきなら、舐めておけばなおる。ぬふふ~っ、間接的口づけなのじゃ」
かぷっと傷んとこ咥えるみとうにした。
笑ろう唇が化粧したよう赤うて妖婉やった。
「姫様、うちは人間やなかったかもしれへん。
きっと魔物や。うちを喰うって化けたんや」
両手で掴まえ治癒の力そそいどったんやけど、まともにみれんようなって項垂れてもうた。
「うむ、そうじゃのう。
それがどうかしたか」
きょんとしていわはる。
「どないしたかやない。うちは信用ならんわ。
姫様を殺めて喰うってもうかしれへん」
顔あげて睨みつけた。
「そなたになら殺されてもよいぞ。
生きながら喰らわれてもかまわぬ。
尿やせつなぐそひりながら息絶え、
妾はそなたとひとつになるのじゃ。
ついでにそなたのうんこになるのじゃ」
はあはあと姫様の息が荒ろうなり、くねくねもじもじと身を捩りよる。
膝の間がぬらぬらしたぬめるもんで濡れ、惚けた表情で口の端から涎が垂れとる。
あかんがな、やんごとなき御身が魔物のうんこなんぞんなったらあかんわ。
この女子は百合っけあるし、えろう淫乱やった。
そいで、しょんべんやうんちが好きやねん。性悪と献身といっしょくちゃやし。
うちが厠使うたあと、匂い嗅がんでほしい。手淫の泌み付けてもうた下穿き、厨子入れて拝むんやない。
唇吸うくらいんはええよ。舌入れんといて。やめいゆーとんのや、揉むよな乳ないやろ。
裾めくるんやない、布とるな。尻なでんといて。頬ずりすな、穴なめるな。
広げて弄うな。んなもんいれたらあかん、膜やぶけたらどないするねん。
せやけど、こない残念なとこみせてくれるんはうちだけやさかい、うちはこの残念しごくなひいさん嫌えへんのや。
「いや、やはりいかぬな。そなたの自我はまだ弱い。
そなたが妾の体を喰らえば、そなたの魂は妾に呑まれてしまう」
ようやっと、正気もどったようや。
せやけど、それちゃいますやろ。
「これはいかぬのう。はてさて、どうしたものか?」
頭掻きむしらはるんで、金糸みたいな髪が乱れるわ。
きれやな。ほんま綺麗やなとうちは思うてもうた。
「おお、そうじゃ! よいことを思いついた」
放した指と髪の隙間から、魔物みとうに光る眼覗かせる。
「そなたが殺められぬくらいの化け物に、妾のほうがなってしまえばよいのじゃ。
そなたを守るにも好都合じゃし、我ながら素晴らしき妙案じゃ」
――なんでやねん! どないしたらそないなるんや?
「いましばらく、休むがよい。
もう、悪い夢は妾がみさせぬ」
甘くやさしゅう紡がれる眠りの呪文。
「じき、夜が明ける。
明けぬ夜はない。
――じゃが、夜明け前が
一番暗い。暗いのう」
そないな、呟きと吐息ききながら、目蓋が重うなった。
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