聖者に捧ぐ花 ~蔓日々草~
「ジーク、やる」
本来、随身であれど皇帝の私室に足を踏み入れることは許されない。
が、過日正式に皇帝位を継承した少年は頓着なく随身の一人を私室に招き入れ、テーブルに置いていた一振りの剣を差し出した。
「なんだ、その趣味の悪いキラキラ模様は」
受け取りもせずに一瞥しただけでつかれた悪態に、新皇帝はむっと口を曲げる。
「見た目で判断するな。文句は中身を見てから言え」
例え随身の方が年かさとはいえ、このような口の利きかたが許されるはずもないが、それでも二人きりの時はこういった口の利き方がお互いにとって日常だった。
剣を受けとった青年は、形ばかりに「失礼」と断って鞘から剣を引き抜く。
瞬間、青年の右目が輝いたのを見逃さず、少年は満足げに口角を上げる。
青年は完全に剣を引き抜き、鞘をテーブルにおいて少年に刃先が向かぬよう注意しつつ、剣の重さ、柄の握り加減などをあらためる。
口を開いてこぼれたのは感嘆。
「見事な業物だな。流石、皇帝陛下」
青年が浮かべた笑みに、少年も屈託なく笑みを返す。
「鞘も業物だぞ。まったく、鞘がなければ痛むんだから、鞘も大事にしろ」
そう言いながら鞘を取り上げ、そこに刻まれた文様を指の腹で撫でる。
「・・・蔓日々草は、身につける者を悪い者から守り、繁栄と幸福をもたらすんだぞ」
わずかに頬を膨らませて呟かれた言葉に、青年は苦笑を零す。
そして表情をあらため、まだ幼さの残る皇帝の前に跪く。
「ジークフリード・ルー・セーブル、我はわが名において生涯の忠誠と献身を貴方に捧げ、貴方の剣たる事を誓う」
ジークフリードは刃先を己に向けて剣を差し出し、差し出された柄を少年は受けとる。
そして平らにした剣の刃を青年―――ジークフリードの肩に置き、三度叩く。
「女神と始祖の名において、我、汝の忠誠に応える。我が王として相応しく無きときはその剣を持って王家への忠誠を果たし、我が王として相応しきときは我が剣、我が盾としてその献身を捧げよ」
若き皇帝は剣を回し、刃を持って柄をジークフリードに向ける。
ジークフリードはその柄を捧げ持ち、美しくも怜悧な光を放つ刀身に口づける。
上げた顔には晴れ晴れとした笑み。
大勢の前で行われる叙任式になど意味はない。
物心ついたときから互いの傍にいて、兄弟のように過ごしながらも生涯の忠誠を誓い合う仲だと互いが認識していた。だからこそ、互いが互いだけに誓い合う。
再び渡された鞘に、ジークフリードは目を細める。
「悪しき者を退け、幸福と繁栄をもたらす、か」
「そうだ」
皇帝は、自分より高い位置にある貌を見上げる。黄水晶の色に輝く右目、眼帯の下に隠された左目は己と同じ黄金の瞳。
兄で有り、親友で有り、腹心の部下である青年は、同胞。
その思いを知っているのか知らないのかは不明だが、青年は少年の望む笑みを浮かべて見下ろしてくる。
蔓日々草の言い伝えは、ジークフリードに教えたとおり。
そして、教えなかった花言葉は「幼なじみ」「朋友」。
その大切な同胞を、いつか自分は殺すだろう。
皇帝の性で。この身を守るために、騎士である男の命を求めるだろう。
その時が少しでも遅ければ良い。
そう思いながら、少年は皇帝の証明である黄金の瞳をしばし閉じる。
その耳に柔らかな声が届く。
「じゃあ、俺がお前の蔓日々草でいてやる。・・・悪いものから、全部、必ず、守ってやる」
―――だから、心配するな。
笑みを含んだ声音に、少年は目を閉じたまま笑みを浮かべ、応える。
「・・・知ってる」
―――それは遠い日の、約束。
ムーンライトで投稿している作品の、スピンオフ作品です。
拍手小話に書いたのですが、公開終了したのでこちらにそっと置きます。
作者の自己満足。